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25歳の誕生日のプレゼントは地下負債物件  作者: シンリーベクトル


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制度というベクトル

夜の「彩」奥のカウンター。

サイジムの稼働が安定し、会員は四百五十名を超えた頃。

白鳥たちは、次の展開――“地方支店構想”を前に頭を抱えていた。


「もう一店舗出すにしても、設備費が重すぎますね。」

西村がノートPCの試算表を見ながら眉を寄せる。

「人件費、備品、改装……最低でも一千万円単位です。」


「クラファンは?」

涼子が提案するが、白鳥は苦笑した。

「理論ファンは増えてるけど、まだ投資段階には遠いな。」


そのとき、カウンター奥でグラスを磨いていた武田が静かに口を開いた。


「――制度を使えばいい。」


一同が振り向く。

「制度?」と西村。


武田はグラスを置き、スマホの画面を見せた。

そこには厚労省のページが開かれている。


「“自立支援医療(精神通院医療)”と“地域共生社会づくり推進事業”。

 この二つを組み合わせれば、サイジムの一部は公的助成対象にできる。」


白鳥が目を見開いた。

「え、それって医療機関じゃないと無理じゃ……?」


「原則はそうだが、“地域連携型のリカバリー拠点”として登録すれば、

 精神科医や心理士との提携で助成対象になる。

 自治体によっては“生きづらさ支援施設”として運営委託費が出る。」


涼子が目を輝かせた。

「つまり、民間でも“心のリハビリ施設”として扱える?」


「条件付きだが、可能だ。」

武田は資料をテーブルに置いた。

「俺が以前関わった福祉法人が使ってた枠組みだ。

 “依存症回復支援事業”と“地域共生拠点整備事業”を組み合わせていた。

 補助率は最大で3分の2。設備投資の負担が一気に軽くなる。」


西村が驚いたように言う。

「そんな制度、全然知らなかった……。」


「知らない人が多い。」武田は静かに笑う。

「でも、“理論を社会実装する”ってのは、制度を使うことでもある。

 研究論文だけじゃ人は救えない。現実に通すには、枠組みの力が要る。」


涼子が手帳を取り出す。

「じゃあ、必要なのは……提携医と、実績報告書の仕組みね。」


「そのへんは俺が担当する。」

武田は端末を操作しながら言った。

「“企業のメンタルヘルス支援”名義で申請すれば、

 “産業メンタル支援モデル事業”にも引っかかる。

 つまり、企業福祉+地域福祉のハイブリッドとして運用できる。」


白鳥が感嘆の息を漏らす。

「まさか、理論の実証施設が国の制度で回せるとは……。」


「利用できる制度は、遠慮なく使え。」

武田は笑みを浮かべた。

「社会の仕組みは、“セフティの巨大構造体”だ。

 活かすか、無視するかでベクトルの摩擦は変わる。」



その夜、カウンターの空気が変わった。

“夢物語”だったサイジムが、現実の社会制度の中に接続され始めた瞬間だった。


涼子がグラスを掲げる。

「……これで、本当に“人を救う理論”になる。」


白鳥が小さく笑い、武田の方を見た。

「あなた、やっぱり投資家じゃなくて……哲学者ですよ。」


武田は軽く首を振る。

「違う。俺はただの現実主義者だ。

 “希望”を運営するには、制度という燃料が要るだけさ。」


氷がカランと音を立てた。

秋の夜風が、看板の「Ψ-GYM」を揺らしてた。


一カ月後の夜のサイジム。

カウンターの奥では、白鳥と西村が新しいプログラムの試作をしていた。

「吸わない夜」から始まった禁煙コースが軌道に乗り、今度は“出られない心”向けのリハビリプランが進んでいる。


そこに、黒いスーツの女性が入ってきた。

ショートボブに、冷静な眼差し。

武田の妻――麻衣子だった。


「手続き用の資料、全部そろったわよ。」


白鳥が慌てて立ち上がる。

「た、武田さんの奥様……!」


「そんな堅苦しくしないで。」

麻衣子は落ち着いた口調で言いながら、書類をカウンターに置いた。

「“地域共生社会推進事業”と“依存症回復支援モデル”の併用で通せるわ。

 それと、自治体指定の“心理リハ拠点”登録も申請中。」


涼子が目を丸くする。

「えっ……そんな早く? あれ、普通は数カ月かかるはずじゃ……」


「普通ならね。」

麻衣子が微笑む。

「でも、“武田家ルート”は少し違うの。

 彼が外資系証券で動かしてるCSRファンド――“WellBeing Japan Fund”から寄附金を出す形にして、自治体と連携したの。

 企業CSR+公的補助の二重レールよ。」


白鳥が驚嘆の声を上げた。

「そんな仕組み、聞いたことない……!」


「書類上は“企業の地域メンタル支援モデル”よ。

 補助率は三分の二、公費で賄える部分が拡大される。

 足りない残額をファンドが“地域実証実験”として拠出する形。

 だから――完全に合法。」


西村が画面を覗き込みながら呟く。

「すごい……まさか理論の社会実装を、金融と行政で繋ぐとは。」


そのとき、ガラス扉が開き、スーツ姿の武田が入ってきた。

仕事帰りのネイビーのスーツ、ネクタイは緩めず、手にはコート。

「やれやれ、また遅くなったか。」


涼子が笑う。

「ご主人、奥様に全部やられちゃいましたね。」


武田は苦笑しながらグラスを受け取った。

「俺がやるより早い。麻衣子はもともと官公庁との交渉が得意でね。

 “理論は現場で証明される”って言ったのは俺だけど、

 “現場を制度で守る”のは彼女の方が上手い。」


麻衣子は淡々と答える。

「理論だけじゃ、補助金は降りないわよ。

 “再現性”と“地域性”――それが行政の評価軸。

 西村さんのデータと、白鳥くんの現場記録があれば十分通る。」


白鳥が頭を下げる。

「本当にありがとうございます。麻衣子さんがいなければ、ここまで来られなかった。」


「いいのよ。」

麻衣子は書類をまとめながら、ふと笑った。

「この国はね、“安心”を届ける仕組みを作った人に、ちゃんと支援するようにできてるの。

 ただ、誰もその使い方を知らないだけ。」


武田がグラスを傾け、低く呟く。

「……まったく。俺が市場で動かしてる資金より、

 この人の書類一枚の方が社会を動かすんだ。」


麻衣子は肩をすくめる。

「資本も制度も、どちらも“セフティ”の形よ。

 あなたは数字で安心を作り、私は手続きで安心を作る。

 ……いい夫婦業務分担でしょ?」


白鳥たちが笑い、武田もわずかに口元を緩めた。

その横で、西村がそっとつぶやいた。

「理論が制度に届く日……それが、本当の社会実装ですね。」


カラン、とグラスが鳴る。

その音が、夜のサイジムに小さな希望のリズムを刻んだ。


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