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25歳の誕生日のプレゼントは地下負債物件  作者: シンリーベクトル


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地動説の事業化

店内はいつもの夜気配──カウンターの明かりだけが低く灯り、ジャズの最後のフレーズが消えかけていた。

武田はグラスを置き、ゆっくりと四人の顔を見渡した。


「おまえらのサイサイセオリーに、投資する。」


一瞬、時が止まったような沈黙。白鳥が目を見開いて、思わず口を挟む。


「マジかよ。……で、何やるの? 事業化って、具体的に何さ?」


武田は淡々と答える。

「サイサイセオリーを活かせれば、形は問わない。講座でも、企業研修でも、コンテンツでも、居酒屋『彩』をハブにしたコミュニティビジネスでもいい。要は“理論を現場で回す”んだ。お前らが考えろ。」


涼子が手を挙げるように小さく笑ってから、言葉を重ねた。

「期限は?」


「一週間後に、具体案を聞かせてくれ。」

武田の声は静かだが、そこに揺るぎない重みがある。

「一週間で骨子を出せ。金額や条件はそれから詰めよう。」


白鳥はグラスの縁を指で弾き、少し間を置いてから吐き出すように笑った。

「一週間か……やることリストが見えてきたな。で、誰が何をやる?」


そのとき、入口付近の椅子から甲斐が体を起こした。いつもの淡々とした表情に、今日は少しだけ興奮が混じっている。


「なるほど。私も社会経済学の端くれだ。おまえたちの理論を世に出す手伝いをさせてくれ。学会に殴り込みだ。」


広中が思わず噴き出す。

「学会に殴り込みって、甲斐らしいな。でも、それが刺さる層もある。アカデミアの認知がつけば事業的信頼は一気に変わる。」


皆がそれぞれ頷く。空気が締まる。白鳥がふ、と笑みを浮かべた。



武田はグラスを持ち上げ、小さく笑った。

「時間も知見も投げる。だが口は出す。最終判断は俺がする。約束しよう、使えるだけ使う。」


甲斐はしばらく黙っていたが、ゆっくりと立ち上がり、彼女のノートパソコンをそっと閉じた。

「西村さん、私がサポートするから論文を仕上げてくれ。」

その声には、学者というより“同志”の響きがあった。


武田は最後に、少し柔らかい目をして言った。

「――お前らの理論。面白そうだ。使えるかどうかは、お前たち次第だ。だが、お前たちが本気なら、俺は本気で賭ける。」


カラン――。氷の音が、いつものように夜の決意を告げた。


一週間後


理沙が両手を合わせて言った。

「ねえ、そもそも“彩”みたいな居酒屋をもう一軒やるんじゃダメなの?

 雰囲気もファンもついてるし、早い話、それが一番現実的じゃない?」


西村が苦笑しながら首を振る。

「私も最初はそう思ったけど……結局、“サイサイセオリー”を活かせてないのよね。

 考えたけど、自己啓発本みたいな構成しか浮かばなかったわ。」


涼子がペンを回しながら言葉を挟む。

「なら、セミナーはどう?

 “理論を体験できる講座”って形にすれば、居酒屋よりスケールできるかも。」




白鳥が確認するように

「向かいのスポーツジム、まだ空き物件のままだよな?」


グラスをゴクンと飲み干し

「一階をそのままスポーツジムにして、二階を“心のジム”にするのはどうだ?

 サイサイセオリーを使って、メンタルの“筋トレ”をする場所。」


理沙が目を丸くする。

「心のジム? それって、何をするの?」


「たとえば、“自分のベクトル測定”とか、“摩擦耐性トレーニング”とか。

 行動心理をゲーム感覚で鍛えるんだ。」


西村が頷く。

「ベクトル診断を数値化すれば、フィードバックも出せるわね。

 “今日はランクが上がってる”とか、“セフティが過剰反応中”とか。」


涼子がすぐにメモを取る。

「サブスク形態で月額モデルにすれば安定も見込める。

 企業契約も視野に入れられるわ。

 メインの二階を完全に差別化すれば、“体と心のジム”としてブランディングできる。」



武田が黙って聞いていたが、ゆっくりと笑みを浮かべた。

「……悪くない。

 フィジカル×メンタルの掛け算は、数字的にも伸びしろがある。

 特に“行動心理”の分野は市場がまだ整っていない。

 サイサイセオリーを活かすなら、この形が一番現実的だな。」


広中が続ける。

「それに、甲斐先生の学会発表が上手くいけば、理論の裏付けもできる。

 学会で話題を取れたタイミングで、セミナー型コンテンツを展開すれば完璧だ。」


武田が頷く。

「よし、方向は見えたな。

 一階は既存のトレーナーに委託し、二階はお前たちで構築する。

 “心のジム”のプロトタイプを一か月で形にしてくれ。」


白鳥が笑う。

「また短ぇな。」


涼子が手帳を閉じて、力強く答える。

「一か月で仕上げましょう。“流れ”が来てるうちに。」



カウンターの上でグラスがぶつかる。

カラン――。


甲斐が静かに言った。

「学会は任せろ。サイサイセオリーを正式な理論として通してみせる。

 “学問が現場に負けた夜”が、ようやく来たようだな。」


白鳥が笑う。

「じゃあ決まりだ。“彩”から“心のジム”へ。

 理論を動かすのは、次のステージだ。」


武田がグラスを掲げる。

「――一週間でここまで来るとはな。

 さあ、お前らの理論、現実にしてみせろ。」


ジャズが流れ出す。

閉店後の「彩」に、再び新しい夜が灯った。

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