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25歳の誕生日のプレゼントは地下負債物件  作者: シンリーベクトル


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ノイズ

夜の「彩」。

奥のテーブルでは、男女三人ずつが向かい合って座っていた。

スーツ姿の男性陣と、華やかなワンピース姿の女性陣。

いかにも「セッティングされた飲み会」だが――空気が固い。


カウンターで様子を見ていた理沙が、グラスを拭きながら小声でつぶやく。

「この店に合コンなんて、初めてじゃない?」


山城がちらりと奥を見て、ぼそっと返す。

「まあ、昼間のコワーキングスペースの利用客だろう。うちの店の感じは悪くないからな。」


理沙は苦笑する。

「ね。あんなに男女そろってるのに、まるで“無音トレーニング”だよ。」


山城が小さく吹き出した。

「確かに。静かすぎて、俺らの会話まで聞こえそうだな。」


そして――


「……あの、趣味とか、あります?」

「えっと……読書です。」

「へぇ……どんな本を?」

「……ミステリーとか。」


それっきり沈黙。

笑い声どころか、氷の音すら聞こえない。

店内のBGMが、かえって気まずさを際立たせていた。


カウンターの白鳥が、それを見て小さくため息をつく。

「……完全に合コン初心者だな。」


武田が興味なさげに、ちらりと振り向いて確認した。

白鳥は指先でカウンターをトントン叩く。

「互いのベクトルが“外向き”なんだ。

 男も女も、ランク(承認欲求)のベクトルを“見せたい方向”に向けすぎてる。

 本来、ベクトルの交わる角度が小さいほど、相互作用は強くなる。

 でもあの6人は全員、自己紹介ベクトルが90度ずれてる。」


武田が笑った。

「つまり、誰も“相手の方向”を向いていないわけだな。」


「そうだ。

 “自分がどう見られるか”にばかりエネルギーを使ってる。

 結果、ユナイト(共感)の合力がゼロになる。

 だから盛り上がらないんだ。」


涼子がカウンターから身を乗り出す。

「ちょっと待って。それ、聞いてるだけでストレス溜まるんですけど。」

彼女はワイングラスを置くと、すっと立ち上がった。

「もう見てられないわ。ちょっと行ってくるわ。」


白鳥は苦笑した。

「また始まったか。」



涼子は軽やかにテーブルに近づき、にっこりと笑った。

「こんばんは。初めて“彩”に来られたんですよね?」

男女6人が一斉に驚いた顔を向ける。


「ちょっと見てて思ったんですけど……皆さん、“会話を成立させよう”って、少し頑張りすぎてません?

 せっかくの合コンなんだから、“会話”より“空気”を作ったほうがいいですよ。」


女性の一人が戸惑いながらも笑う。

「“空気”ですか?」


「そう。たとえば――」

涼子は席の端に置かれたPCのメニューを広げた。

「この“ずんだビシソワーズ”、三人でシェアしてみてくださいな。

 味の感想を言い合うだけで、共通のベクトルが生まれます。

 それが“ユナイトベクトル”。」


男性の一人が興味を示した。

「へえ……じゃあ頼んでみますか。」


「それとね――」

涼子は女性側にも視線を向けた。

「さっき“読書が趣味”って言ってた方、好きな作家を一人じゃなくて“三人”挙げてください。

 共通項があると、人は“話そう”じゃなく“つながろう”に切り替わるんです。」


小さな笑いが起きる。

注文が入り、会話が少しずつ流れ始めた。



カウンターに戻った涼子が、満足げに腰を下ろす。

「はい、“ユナイト角”、だいぶ小さくなりました。」


白鳥が苦笑してグラスを傾ける。

「お前、ほんとに人のベクトルを“実地調整”するよな。」


武田が感心したように言った。

「つまり、空気を“合わせる”んじゃなく、“合流させた”わけか。」


涼子はにやりと笑った。

「ええ。“盛り上がらない”ってことは、向きがバラバラってこと。

 だったら少しだけ、ベクトルの“交差角”を縮めてあげればいいの。」


白鳥はうなずいた。

「さすがだな。理論で終わらせないところが、お前らしい。」


涼子はグラスを掲げる。

「理論は、現場で試すものよ。

 ――ほら、あっち見て。もう笑い声、出てるでしょ?」


白鳥と武田が振り向くと、

テーブルでは“ずんだビシソワーズ”を囲み、自然に笑う6人の姿があった。

誰も“自分を見せよう”としていない。

ただ、空気の流れが一つになっていた。


白鳥は静かに呟いた。

「ベクトルが交わった瞬間、ノイズは消える、か。」


涼子は満足げに微笑んだ。

「でしょ? ――合コンも、科学ですのよ。」


————


店の夜は、少し静かだった。

カウンターの奥では山城が鍋をかき回し、理沙がボトルを磨いている。

常連の笑い声もなく、氷の音だけがやけに響いていた。


白鳥がグラスを見つめながら言った。

「……なあ武田さん。為替のチャート見てると、つくづく思うんだよ。ノイズって、なんなんだろうな。」


武田はウイスキーを傾け、ゆっくりと答える。

「方向を持たない動き、ってとこだな。

 誰かが売って、誰かが買って――結局、意味のない上下を作る。」


白鳥は小さく笑った。

「人間も同じだな。

 “やらなきゃ”と思った瞬間に、“でも無理かも”って気持ちが打ち消す。

 ベクトルが上と下で打ち消し合って、結局、進まない。」


武田はうなずく。

「ノイズだな。

 自分の中で無数の微小ベクトルがぶつかり合ってる。

 あっちへ行こうとした瞬間、別の自分が止めに入る。」


白鳥がペンを取り、紙ナプキンに線を引く。

「じゃあトレンドは“意思の合力”ってことか。」

「そうだ。」

武田が笑う。

「そしてノイズは“情動の微振動”。

 怒り、焦り、承認欲求、不安――全部が小さなベクトルとして生まれては消える。

 だが、平均すればゼロ方向だ。」


白鳥はグラスを回しながら、じっと液面を見つめる。

「ゼロ方向、ね……。

 でもさ、そのノイズって完全には消せないよな。」


「消す必要はない。」

武田の声は落ち着いていた。

「ノイズがあるから、トレンドが本物かどうかが分かる。

 揺らぎに耐えられるベクトルだけが、次の足場になる。」


「つまり、ノイズは敵じゃなくて――テストか。」


武田はグラスを掲げた。

「そうだ。

 “お前の方向は本当にそれでいいのか”って、人生が試してくるノイズだ。」


白鳥はゆっくりとうなずいた。

「……深いな。

 俺もチャート見てる時、あの細かい揺れを“雑音”だと思ってた。

 でも、あれは自分の感情の反映でもあるのかもしれない。」


武田が微笑む。

「そう。

 ノイズを消すより、ノイズの“平均”を取ることだ。

 どれだけ乱れても、最終的に向いてる方向さえブレなきゃ、トレンドは続く。」


白鳥は静かにグラスを掲げた。

「……ノイズの中で、方向を見失わないこと。

 それが、俺たちの課題か。」


武田もグラスを合わせた。

氷がカランと鳴る音が、店の夜に深く溶けていった。


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