彩の日常
「よぎぼーぅ」ボフッ、理沙がニコニコして戯れている
西村がついトリビア
「ヨギボーが座り心地いいのはね、実はパスカルの原理が働いているからなの」
理沙がきょとんとする。
「パスカル?」
「そう。液体や気体の圧力は、閉じ込められた空間では等しく伝わるっていう法則。
ヨギボーの中身は細かいビーズで、ほぼ流体に近い性質を持っている。
だから座ったときにかかる体重が一点に集中せず、全体に均等に分散されるのよ。
結果、体にフィットして“浮かんでいる”ような感覚になる」
「へーー」
振り向くと山城がへーボタンを鳴らしていた。
「茜にもらった。深イイレバーもあるぜ。
この店にいたら必需品だって」
コスメトーク
女子だけでテーブルを囲んでいた。
理沙がポーチを広げてキャピキャピとリップを塗り直す。
「やっぱり新作リップはテンション上がるよね〜☆」
その横で、涼子が冷静にグラスを揺らした。
「私はさ、正直コスメにそこまで熱くなれないのよ。
だって――“標準偏差値の顔面”さえあれば、十分勝負できるから。いくらでも塗っちゃえばいいわ」
理沙が「えー!」と声を上げる。
「それ言っちゃう? 夢がないよー!」
涼子は肩をすくめて続ける。
「むしろ、化粧の技術が極端に低くなければ、社会で通用するの。
残りは立ち居振る舞いと会話力でカバーできる。コスメは“微調整”でしかない」
そこで、西村が眼鏡を押し上げて口を開いた。
「……でも、社会人になってから思ったのよ。
私も昔はコスメに興味なかったけど、“女の社会人としての嗜み”っていう意味は確かにあるって」
茜が首をかしげる。
「嗜み?」
西村は淡々と説明する。
「要するにね、名刺交換や会議の場で“清潔感”や“準備してきました感”を見せるのはマナーの一部。
だから最低限のメイクは、数式で言えば“社会摩擦を減らす潤滑油”なの」
涼子が小さく笑った。
「なるほど。つまり“立ち振る舞い+社会人としての嗜み”が揃えば、最小コストで最大効果ってわけね」
理沙がリップをひらひら振りながら頬を膨らませる。
「えー、私はコスメはテンションアップのリジェネ効果派だもん! 嗜みとかコストとか言わないで〜!」
茜は小さく笑いながら呟いた。
「……彩の女子トークって、やっぱり理屈っぽい」
店の夜。カウンターはほぼ満席で、テーブル席も賑わっていた。
佐伯が注文を取りながら振り返る。
「今日も満員御礼! すごいね、武田さんのおかげだね」
グラスを片手にした武田が苦笑した。
「いやいや、俺はただ知り合いを呼んだだけだよ」
白鳥は隣の席でニヤニヤしながら
「“ただ知り合いを呼んだ”ねえ。武田さんが一人紹介するだろ? その紹介した奴がまた二人連れてくる。さらにその二人が四人を……」
理沙が笑いながら割り込む。
「それ、まるでネズミ講じゃないですか!」
「だろ?」
白鳥が肩をすくめる。
「でもな、普通のネズミ講は誰かが損する仕組みだろ? ここは違う。紹介した側もされた側も得するんだ。メシはうまいし、酒は回るし、何より愚痴を言って笑える」
カウンターの隅で聞いていた客が頷く。
「確かに。あそこで打ち込んだ“上司の言い訳”の話、めっちゃ盛り上がったもんな」
白鳥はグラスを傾け、少し照れくさそうに目を細めた。
「……皮肉を言っといて何だけどよ。武田さんが最初にここを選んでくれなきゃ、今の賑わいはなかった。ありがとな」
武田は手を振って笑った。
「俺だって、ここがなかったら部下の愚痴を聞く場所もなかったしな。持ちつ持たれつだ」




