義理人情
山本のソロ居酒屋デビュー(苦い原体験)
まだ「彩」が生まれる前のこと。
山本は仕事帰り、勇気を振り絞って街の居酒屋の暖簾をくぐった。
(よし……ソロデビューだ。大丈夫、大人なら普通のことだ……)
しかし、カウンターに座った瞬間から居心地の悪さが押し寄せる。
右隣は会社帰りのサラリーマン三人組が大声で乾杯。
左隣はカップルが親しげにグラスを合わせている。
山本は声が裏返りそうになりながら注文した。
「す、すみません……枝豆とポテトと、生一つ……」
店員の事務的な返事のあと、サラリーマンの笑い声が一層大きく響いた。
(……なんか俺だけ浮いてないか?)
枝豆を口に入れる。
「……しょっぱ」
小声が自分の耳に跳ね返り、さらに居心地が悪くなる。
ふと、左隣のカップルの視線を感じた。
「ソロで居酒屋とか、ちょっと寂しくない?」
「まあ、自由でいいんじゃない?」
――実際には何も言われていないのだろうが、心が勝手にそう聞き取ってしまう。
(おまえらのラブラブ会話をBGMにして食う枝豆の味を知ってるかよ……!)
結局、ビールを半分も飲まずに「お勘定で……」と立ち上がる。
夜風が妙に冷たかった。
(……二度とソロ居酒屋なんかするもんか)
この苦い経験が、のちに「彩」での “ソロ客をどう迎えるか” を考える原点となる。
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理沙と茜 ― スイーツ研究部の芽生え
別の日、カウンターの端。
理沙と茜が小声でスイーツを分け合っていた。
佐伯が嬉しそうにスプーンを掲げる。
「ねえ茜、このプリンめっちゃ美味しくない? トロける系!」
茜は一口すくい、少し間を置いてから答えた。
「……うん。悪くない。卵のコクがちゃんと出てる。」
理沙はむっとした顔。
「ちょっと! “悪くない”って褒めてるの? けなしてるの?」
茜は頬を赤らめ、視線を逸らした。
「……私は、山城さんのケーキに勝ちたくて修行してるから。簡単に“美味しい”って言いたくないの。」
理沙は目を丸くした後、ニヤリと笑う。
「わかった! 茜はツンデレスイーツ評論家なんだ!」
「ち、違うから!」
「じゃあさ、今度二人でスイーツ巡りしよ? 私が“キャピキャピ感想”担当で、茜が“辛口評論”担当!」
茜は思わず吹き出した。
「……あんた、ほんと変な役割分けするよね。でも……行ってもいいかも。」
理沙はウィンクしてグラスを掲げる。
「決まりっ☆ 彩スイーツ研究部、発足〜!」
笑い声と甘い香りが、夜の店内をやわらかく包んだ。
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常連と義理人情
カウンターでビールを飲み干した常連のサラリーマンがつぶやいた。
客
「結局さ、人って欲求だけじゃ動かないんだよな。
酒なんて体に悪いってわかってるのに……“店長に顔見せないと悪いかな”とか、
“同僚に誘われたら断れない”とか。そういう義理とか人情で来ちまうんだ。」
佐伯が元気にうなずく。
「それそれ! “顔出さないと寂しいと思われるかな”って思って来るお客さん、けっこういます!」
そこで西村が箸を置き、冷静に語った。
西村
「それって、サイサイセオリーで言えば“関係のベクトル”なの。
義理は ランク欲求――“約束を守る自分でいたい”“人から認められたい”。
人情は ユナイト欲求――“つながりを切りたくない”“仲間でいたい”。
つまり、“飲みたい”とか“お腹すいた”じゃなくても、人は動くのよ。」
客は目を見開いた。
「なるほど……俺は義理人情だと思ってたけど、実はランクとユナイトか。」
白鳥が茶化すように笑う。
「要は“義理で動く俺カッコいい”って自己承認と、“仲間を大事にする俺”って帰属感だな。」
理沙はにっこり笑って唐揚げを差し出した。
「つまり! この唐揚げは“義理人情味”ってことですね!」
客は吹き出し、店内に笑いが広がる。
重い話題も、結局は温かい空気に変わっていった。




