コンセプトブレスト
高校の同窓会が終わり、駅前のざわめきが夜風に流れていく。
二次会に流れる組と別れ、涼子は旧友たちを誘った。
「ちょっと寄ってほしい場所があるの」
案内されたのは、繁華街の外れにある錆びたシャッターの前。
キーを回すと、湿った空気が地下から押し上げてきた。
コンクリートの階段を下りた先には、がらんどうのスケルトン空間。
防音材の残骸と焼肉店の油の匂いがまだ残る、失敗の歴史そのものだった。
「……ここが涼子が言ってた例の?」佐伯理沙が目を丸くする。
「そう。父の持て余してる地下物件」涼子は淡々と答える。
西村が壁を叩き、音を確かめる。
「防音はまだ生きてる。湿気は問題だけど、空間自体は使えるわね」
理沙が真っ先に声を上げる。
「やっぱり、ここはシンプルに居酒屋がいいよ! ワイワイできて、安く飲める場所!」
彼女らしい直球に場が和むが、白鳥は壁にもたれて首を振った。
「……ただの居酒屋じゃまた潰れる。
商売の基本は“承認を満たすこと”だろ。
だったら、ここにしかない形で承認を与える場所にすればいい。街には安い店なんて山ほどある。俺たちが狙うべきは、余裕のある客層――裕福層や知的層だ。
彼らは“安さ”じゃなく、“ここで自分が認められる”という体験を求めている。」
その言葉に続けて、山本が少し遠慮がちに口を開いた。
「……だったら、ソロの客に焦点を絞るのはどうだろう。
裕福層や知的層って、大勢より一人で動く人も多い。
ここを“隠れ家”みたいにすれば、ソロでも安心して来られるし、そこで承認を得られる」
白鳥が目を細め、にやりと笑う。
「なるほどな。団体客は承認を仲間内で完結させるけど、ソロ客は外からの承認を求める。
確かに、そこにこそ俺たちの出番がある」
西村がすかさず補足する。
「ソロ客なら思い切ってパソコンを置いてみてはどうかしら。
一人で来てもログインして注文したり、持て余した時間を退屈にさせない。スマホだとダウンロードという敷居が邪魔するの。昼の部にコワーキングスペースとして使う前提で」
涼子がノートを取りながら、力強く頷いた。
「いい……富裕層や知的層を狙いながら、“ソロでも承認される空間”。孤独をプラスに承認させる。
この地下物件の方向性が、はっきり見えてきたわね」
高橋が「せっかく防音効いてるんだから俺にアコギライブやらせてくれないか?なかなか演奏する機会が無くてな。きっと店のプラスにしてみせる。
それと……ドラムの山城、みんな知ってるだろ?あいつ料理めっちゃ上手いんだぜ。
いろいろあって仕事辞めているみたいだからここに誘ってもいいかな?」
「ちょっと待って!」理沙が声を上げる。
「女の子が来やすい工夫もいるよ! スイーツや映える照明なら、SNSで“私ここに来た”って自慢できるでしょ!」
涼子はノートを閉じ、満足げに頷いた。
「理論、音楽、食、内装、IT、映え――全部で承認を満たす。
裕福層や知的層が“選びたくなる場所”を作るのよ」
白鳥は皮肉混じりに笑った。
「……承認の総合商社、か。これなら地下物件の呪いも跳ね返せるかもしれんな。
理論を語るだけじゃ広まらなかった。でも、“場”で見せるなら話は別だ。
ここで“サイサイセオリー”を実験してみよう。」
西村もノートを覗き込みながら頷く。
「確かに。
この場所なら理論を“観察できる現実”にできるわ。」
白鳥が笑った。
「おいおい、結局お前も火がついてるじゃないか。」
「そっちこそね。」
西村の返しに、白鳥は肩をすくめる。
涼子は二人を見て、静かに言った。
「高校の時のあの理論を、もう一度“生きた形”で証明しよう。
ここが、その始まりになる。」
錆びた地下の空間に、わずかに熱が戻る。
止まっていたベクトルが、再び動き出していた。




