表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25歳の誕生日のプレゼントは地下負債物件  作者: シンリーベクトル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/44

言い訳

最近、現場続きで顔を出せていなかった白鳥が、ようやく店に顔を出すと、奥のテーブルで広中が部下らしき社員に注意をしている場面に出くわした。


「言い訳ばかりしてないで、まず動けよ。」

広中の低い声が響く。社員は視線を泳がせ、口ごもりながら弁解を繰り返す。


――その光景を見て、白鳥は内心で呟いた。


「……人は言い訳をする生き物だ。それは怠慢でも不誠実でもなく、本能に近い。

サイサイセオリーで言えば、セフティ(安心のエナジー)が揺さぶられた時、人は自分を守るために“認知的不協和”を埋めにかかる。

つまり、失敗した自分と“自分は有能だ”という自己像との矛盾を埋めるために、言い訳が生まれるんだ。」


社員がさらに苦しい理由を並べる。広中は溜息をついて首を振った。


白鳥は心の中で続ける。


「言い訳は不自然じゃない。むしろ自然反応だ。問題は、それをどこで止めるか。

言い訳に逃げ続ければ、ベクトルは摩擦に変換されてドレイン(消耗)になる。

だが一度それを自覚し、行動に切り替えれば、逆にリジェネ(再生の力)に変わるんだ。」


ふと横で聞いていた西村が目を細める。

「……あんた、出てくるたびに心理学者みたいね。」


白鳥は苦笑して肩をすくめた。

「いや、俺はただの現場監督だよ。ただ、人の言い訳の“必然”は、少し見えてきた気がする。」

営業後、静まり返った「彩」のカウンター。

片付けを終えた広中がグラスに水を注ぎ、隣に座る白鳥へ視線を向ける。


「さっきの社員、結局“時間がなかったから”って言い訳を続けてたよな。……正直、聞いてるだけで腹が立つ。」


白鳥は腕を組み、少し考えてから口を開いた。

「広中さん、言い訳ってね……実は次の行動のベクトルを歪めるんだ。」


「歪める?」


「そう。サイサイセオリーで考えると、本来の行動ベクトルは“改善”や“挑戦”に向かうはずでしょ?

でも言い訳を作ると、心の中で“自分は悪くない”っていうセフティが働く。

その瞬間、ベクトルは外に逃げるんです。つまり、『環境のせい』『誰かのせい』って方向に。」


広中はグラスを口に運びながら黙って耳を傾ける。


「するとどうなるか。行動は改善じゃなく“自己正当化”に費やされる。

一回そうなると摩擦が積み重なって、次の挑戦すら避けるようになる。

……つまり、言い訳は単なる声じゃなく、次の一歩そのものを歪ませる“力”なんだよ。」


広中はふっと笑った。

「なるほどな……。俺はただ苛立ってたが、理屈で見ると確かにそうだ。

言い訳を叩き潰すんじゃなく、どうベクトルを戻すか考えないといけないわけだな。」


白鳥はうなずき、カウンターの天井を見上げる。

「そういうこと。人間は本能的に言い訳をする。問題は、それを放っておくと方向を失うってことだ。」


二人の間に、どこか納得の静けさが広がった。


白鳥「だから、広中さんがやるべきことはシンプルですよ。彼に小さな成功を一つ与えること。成功体験でセフティを満たして、ベクトルを『自分は有能だ』という肯定的な方向に強制的に戻すんです。それが、言い訳をリジェネに変える一番早い道です。」

広中「……小さな成功、か。なるほどな。」



開店時間を迎え、カウンター席に客が入り始める。

「いらっしゃいませ!」

理沙の明るい声が響いた。

その屈託のない笑顔は、茜には少しまぶしすぎる。

人の目をまっすぐ見るのが苦手な茜は、いつものように厨房の奥へ身を引いた。


カウンターの方から、広中と白鳥の笑い声が聞こえてくる。

どうやら「言い訳はベクトルを歪める」話で盛り上がっているらしい。


「……行動は自己正当化に費やされる」

白鳥の落ち着いた声が、スチームの音を縫うように届いた。


茜は手を動かしながら、その言葉を反芻した。


自己正当化――その響きに、昔の自分が反応する。


前の職場で怒られた日の記憶がよみがえる。

「もっと愛想よくしなさい。あなた、不機嫌そうに見えるのよ」

その瞬間、胸の奥で何かが固まった。


(……私はクールなんだ。)


そう思った瞬間、心の中で一本のベクトルが立ち上がった。

それは前へ向く力ではなく、自分を守るために折り曲げた“言い訳”のベクトルだった。


“私はもともとそういうタイプだから”

“商品を並べてたから仕方ない”

“お客さんに気づかなかっただけ”


積み上げた理由の数だけ、

本当の気持ちは奥へ押し込められていった。



「言い訳ってのは、ベクトルを内側に曲げる。

 守ってるつもりでも、動かなくなるんだよ。」


カウンターから白鳥の声が響く。

茜は包丁を握ったまま動きを止めた。


(……あのときの私は、まさにそれだった。)


“クール”を装うたびに、

心の向きが少しずつ内側へと折れていった。

動けない理由を「性格」に変換して、

摩擦をごまかしていた。


でも本当は――怖かっただけだ。

誰かに近づいて拒まれるのが、

もう一度“否定される”のが。


(私は“落ち着いた人”を演じてたんじゃない。

 本当は、怯えたまま止まってた人を“クール”って呼んでただけ。)



包丁を握り直す。

まな板の上で、ネギが一定のリズムで刻まれていく。

その音が、自分の中で眠っていたベクトルを、

静かに“外”へと引き戻していくように感じた。


白鳥の声がまた届く。

「歪みは、気づいた瞬間から修正が始まる。」


茜は小さく息を吐き、

カウンターの向こうの理沙の笑顔をちらりと見た。

今度は、少しだけ微笑み返す。


(……私はクールなんかじゃない。

 ただ、怖くて丸まってただけ。

 でももう、少しずつ戻していける。)


包丁を置いた手が、

さっきよりも軽く感じた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ