表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25歳の誕生日のプレゼントは地下負債物件  作者: シンリーベクトル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/44

誕生日の夜に

夜のリビング。

テーブルの上には、誕生日ケーキの甘い香りがまだ残っていた。


ソファでノートパソコンを閉じた父は、深いため息をつく。

「……例の地下物件、また空室だ。ライブハウスも焼き肉屋も、一年ももたなかったな。

 何度も潰れる場所ってのは、それなりの理由があるんだろう」


その声を背に、コーヒーカップを二つ持った朝比奈涼子が現れる。

父は鍵の束を取り出し、差し出した。


「涼子、25歳の誕生日祝いだ。前から言っていた湘南の別荘の鍵だ。

好きに使え」


しかし、朝比奈は鍵を見ただけで首を振った。

「ありがとう。でも――私いらない」


「ん? どうした? 欲しがってただろう」


「違うの。今の私が欲しいのは、“理論を試す場所”なの」

彼女はまっすぐに父を見据えた。

「だから、さっき見ていたあの地下物件を私に任せてくれない?」


父は目を細める。

「おまえが?……あそこは失敗の履歴書だぞ。負債しか残っていない。

 素人同然のお前が手を出しても、失敗は目に見えている」


「分かってる。それでも挑戦したいの。

 今の私が欲しいのは、“安全”より“経験”なの」


沈黙のあと、父は低く呟いた。

「……焦る気持ちも分かるが、簡単じゃないぞ?」


涼子は小さく笑う。

「私だって、お父さんの娘よ?」


父は深く息を吐き、静かに言った。

「……いいだろう。ただしこれは遊びじゃない。半年で採算に乗らなければ、すぐに返してもらう」


「わかったわ」

涼子は迷いなく応じる。


父は腕を組み、じっと見据える。

「……もし利益が出たとして、その金をどう扱うつもりだ? 俺の負債を勝手にいじる以上、遊びでは済まさんぞ」


涼子は真っすぐに答えた。

「これはビジネス。半年で黒字化できたら、その時点から利益を分配する。

 父さんの取り分は当然確保して、そのうえで、私たちが築いた分は私たちの成果として返してほしい」


父が片眉を上げる。

「成功報酬で分け前を主張するか。……ずいぶん強気だな」


涼子は笑みを返す。

「強気じゃなきゃ、“地下物件の呪い”なんて跳ね返せないでしょ?」


父は苦笑した。

「……分かった。半年で黒字にできたら、その実績に応じて分け前を渡そう。

 だが失敗したら容赦なく返してもらう。」


「分かってるわ」


長い沈黙の末、父はもう一度ため息をつき、ゆっくりと頷いた。

「……いいだろう。受けて立とう。好きにやってみろ」


25歳の夜。

朝比奈涼子は、贈られた別荘を断り、“呪われた地下物件”に挑む権利を、自らの意志で勝ち取った。



──リビングの灯りが消え、静けさが戻る。

涼子はノートパソコンを開き、画面に映る一つのファイルを見つめた。

『Psy-Sci Theory/人間行動の欲求力学』


それは高校時代、仲間と共に“世界を変えられる”と信じて作り上げた理論だった。


当時は確信があった。

放課後の部室で語り合うたび、未知の真理を発見したような興奮があった。

だが、社会に出るとその熱はあっけなく冷めた。

理論を語っても誰も関心を示さず、いつしかファイルは開かれなくなった。


そして今、二十五歳の夜。

涼子は再びそのファイルを開き、静かに呟いた。


「もう一度、この理論を世に出す。

 高校の部室で終わらせるには、もったいなさすぎるから。」


──忘れかけていた“発見の続きを証明する物語”が、ここから始まる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ