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序章 心の整備士はどこにでもやってくる

 その男の名は──墨野福之助。

 初めて耳にしたとき、多くの人は冗談だと思う。だが、彼に出会った者は口を揃えてこう証言するのだ。『あの人は紳士的で穏やかだった……けれど、どこかぞくりとする不気味さを隠していた』と。


 彼はごく普通の空間に現れる。

 カフェの隅で新聞をめくる男として。

 夜更けのバーで、琥珀色のグラスを揺らす常連として。

 あるいは、深夜に鳴り出す電話口から低く落ち着いた声を響かせる存在として。


「こんな時間にすみません。……どうやら、心のネジが少し緩んでおられるようで」


 SNSの広告欄に、突如として彼の名前が表示されたという証言もある。コメント欄を追っていたら、どこからともなく『墨野福之助』のアカウントが反応を寄せてきた。もちろん即座に削除したはずだ。だがリロードすれば、また同じ言葉が並んでいる。


 ──整備が必要です。


 病院の待合室でも、彼を見かけた者がいる。

 窓際の長椅子に腰かけ、穏やかに足を組み、手帳にペンを走らせていた。名前を呼ばれて診察室へ向かおうとした患者がふと振り返ると、手帳にはこう書かれていたという。


 【整備対象:未定】


   ◇   ◇   ◇


 彼はいつも柔らかい口調で語りかける。丁寧で礼儀正しく、声を荒らげることなど一度もない。けれども、その奥底には言いようのない圧が潜んでいる。笑みを浮かべていても、背筋を這い上がるような寒気がまとわりつくのだ。


 そして彼に出会った者は、誰もが奇妙な体験を語る。

 気がつけば心の迷いが消え、決断できるようになった。

 あるいは、今まで抑え込んでいた衝動に身を任せられるようになった。

 それは救済にも見えるし、破滅にも見える。


「整備して差し上げましょう」


 彼が口にするのは、ただその一言。

 具体的に何をするのかは誰も説明できない。工具を手にしているわけでも、儀式を行うわけでもない。けれども確かに──心の奥で何かが直されるような感覚だけが残るのだという。


   ◇   ◇   ◇


 墨野福之助。

 彼を知る者は、畏怖と敬意をこめてこう呼ぶ。


 “心の整備士”。

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