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AD:2040 AI時代の公務員の憂鬱!衛星オフィスで東京一極集中が解消されたら

作者: 卯月らいな

近未来、AI時代の公務員の葛藤を描いた空想小説です。お話を語りたいというよりかは、今の社会情勢とテクノロジーだと、未来のデスクワーカーはきっとこんな働き方しているんじゃないかなという1日のシミュレーションをしてみました。

僕は、若手の国家公務員、田村だ。人口1万5千人の町に暮らし、人口5千人の町に、毎日通勤している。


農家のおじさんが、トラクターに乗りこなしながら、にかっと笑顔を僕に向ける。


「兄ちゃん。応援してるで! 頑張ってや。地元の声を中央に届けてな。中央のやつら、わしらの暮らしのこと全然わかってないからな」


時は2040年、都市部に集結していたデスクワーカーたちに、リモートワークという選択肢が登場したのが20年前だ。


しかし、自宅での勤務は、サボり、中だるみが発生しやすく、会社もいい顔はしない。特に、営業マンなどの間には直接、顔を合わせて、握手する商習慣が重視され、そうすぐにはリモートは普及しなかった。


そのため、都市通勤と自宅勤務の折衷案として、サテライトオフィスという選択肢が普及しはじめたのが、5年前の2035年ごろだ。


各都道府県に、東京だと50箇所程度、地方の人口が少ない県でも最低5箇所、官民、あらゆるデスクワーカーが利用できるサテライトオフィスが設置されていた。


たとえば、僕が住む奈良県においては、奈良市、生駒市、郡山市、天理市、香芝市、橿原市、吉野町、十津川村に、大小様々な規模のサテライトオフィスが設置されている。僕が住んでいるのは大淀町。単線のローカル線に揺られては、毎日、吉野町のオフィスに通勤している。


電車がやってくるので乗車する。僕の学生時代、サテライト制度ができる前の時代は、この路線の主たる利用者は、高校生中心で少ないものだったが、サテライトオフィスが出来て以来、座席に座れない程度には混雑している。


働き盛りの世代の男女たちを見渡す。スーツを着こなす人間もいれば、ラフにサンダルを履いている者もいる。様々な人間がいるが、平均的にはビシッとしていて、ドレスコード的には、東京と大差はない。


吉野駅で降りると、顔馴染みが話しかけてくる。


「田村さん。こんにちは、暑いですね。ジョンくんは元気ですか?」


ジョンはうちの家で買っているゴールデンレトリバーだ。ペットの名前を知っている程度には、顔馴染みがこの辺りには多い。


「ああ、澤野さん。こんにちは。いやあ、さすがに、近年暑いので、夏は冷房入れて部屋に入れてますよ。トイレのしつけができるまでが大変で」


「ははは。大変ですね。では、また」


都会に暮らしていたら、このような会話を通勤中にすることはないだろう。都会の人間の顔、田舎の人間の顔の二つを僕は使いこなしていた。


オフィスに歩いて向かうと、今日も駐車場前が渋滞していた。いくら田舎であるとはいえ、大小多様な規模の企業や官公庁、自治体の関係者が一ヶ所に集うとなると、さすがに混雑する。


サテライトオフィスは小さな町といって差し支えない。2010年代に全国の郊外に登場した巨大ショッピングモールよりさらに広大で、そして、日々、拡張されていく。


全国にある県庁所在地かつ車社会な場所にあるオフィスなどは、渋滞が大問題になったため、国土交通省が、巨大公共駐車場とシャトルバスのバス停をセットを各地にバランスよく配置し、日々、公共交通整備の努力をしているという。


広大な駐車場に併設された動く歩道に乗り、オフィスビルに向かう。オフィスビルと言っても、田舎だと、土地も広大なので、3階建て程度。だが、人はごった返している。


昔ならば、こんな閑静で広い土地に人がごった返している光景なんてコミケット、あるいは半導体工場くらいでしかお目にかかれなかったが、今は全国津々浦々、サテライトオフィスでは、見かけることができる。


マイナンバーと紐付けられたセキュリティカードをカバンから出し、首からぶら下げる。これを無くしたら大事故になるので、取り扱いは慎重になる。駅の改札と似た構造の入り口に、カードをかざす。通り抜けると、指紋認証コーナー、顔認証コーナーをたらい回しにされ、全部を通過すると、ようやく建物に入ることができる。


「えーっと、今月は、部屋替えだったかな。E-00293室」


スマートフォンを取り出すと、部屋を検索し、廊下と階段を辿っていく。そして、個室ブースに辿り着く。


カードをかざし、指紋認証と顔認証を再び経て入る。すると、消灯していた部屋の明かりが灯る。


ピロリローン。MeetOSの起動音が響くのを尻目に着席する。緊張感が走る。


「部署2342の山下さんから着信があります。15分後の9:00から朝会がカレンダーアプリに設定されていますが。応じますか」


「はい」


AI音声に手早く返事をする。大昔の会議ソフトはパソコンのマウス操作しかできなかったと聞くが、今は人間の五感を駆使して操作でき、多くの人は最も操作時間が短い音声認識機能を使う。


「やあ、おはよう。田村くん。君、確か奈良の子だったっけ?」


新しい部署の上司の山下さんの顔がモニタに映し出される。


部屋の中には5箇所、カメラが設置されている。おそらく、僕の正面の顔にあるカメラが山下さんのMeetOSモニタに映し出されているはずだ。どのカメラの映像が向こうに届くと、コミュニケーションを取りやすいかはAIがすべて制御してくれている。


「おはようございます。山下さん。ええ、そうです。ちょっと山の方ですけど」


「はっはっは。僕も山の方だよ。宮城の蔵王。スキー場なんかが有名だけどね。昔だったら、こういう仕事は東京に行かなきゃいけなかったんだけどね。雪おろしや消防団に呼ばれながらも、花形業種にも携われる。本当に、地方の人間にとって、いい時代になったよ」


MeetOSは、シリコンバレーのベンチャー企業が開発した会議用OS兼端末だ。カメラ、モニタ、マイク、ハードウェアの4点セットになっていて、部屋の間取りも含め、同一デザインのものを大量生産することでコストダウンがはかられていた。HDMI回線とパソコンを接続すると、会話の流れに合わせて、AIが自然なタイミングで画面共有、必要な資料を拡大縮小してくれる。セキュリティ申請した間柄であれば、マウスの制御だって簡単に相手に渡すこともできる。


リモート会議の普及初期において問題になっていたハードウェアの性能上のストレスや人間の温もりの欠如などは、おおよそ解決済みと言って差し支えない。話しかけるタイミングを掴む空気感も現実のオフィスにいるのと変わりない。


営業マンも車や公共交通機関などを使った移動なしに次々とアポを取ることができるようになったし、直接、膝を突き合わせなくても、BtoBの職種であれば、おおよそ、人間味のあるコミュニケーションを取れるようになった。


とはいえ、決していいことばかりではない。サボっていたり、休憩していたり、トイレに行ったりが、カメラを通して丸わかりなので、労働生産性を会社や官庁が、高度に管理できるようになり、勤務時間中、気を抜けることはない。実際に、椅子上部に仕込んであるクッションセンサーによって、パソコンのロックをかけたり離席であることを上司や同僚に伝える機能も兼ね備えているのだ。


高度な監視社会という一面でもあり、新たなメンタルヘルス上の問題も引き起こしている。


「田村くん。さっそくだが、これについての国会答弁資料を作ってくれるか」


モニタに表示されたのは『人工知能指令電磁的記録安全促進法』だ。


人工知能がゲーム用途のコンピュータプログラムに本格導入されはじめたのが2025年頃。だが、人間の生命や財産を預かる用途のプログラムについては、初期から、コードの生成などには、使われていたものの、最終的な安全性、信頼性、品質チェックに至るまで、全面にわたって信用に値するとみなされるまでには、長い時間を要した。


だが、近年は、AIの精度も上がり、CAD技術者やプログラマーなどの仕事の全自動化を進める機運も高まっていた。この法案が通ると、組み込み機械の開発コストの低減が進む。そうすると、ロボットの開発コストが下がり、やがて、人間不在の工場、建築、林業、農業、漁業などの開発への大きな一歩として期待される。デスクワーカーだけでなく、肉体労働もテクノロジーに置き換える未来に一歩近づく。


だが、安全性に、まだ、問題がある、失業者が増えるなどの理由で、野党から、法案可決に反対の声が上がっている。野党の質問に備えて、与党の大臣の答弁書を作るのが僕の仕事だ。どういった質問が来るだろうか。それに対して、大臣はどう答えるべきか。頭の中でシミュレーションを巡らせる。


ふと、今朝、あいさつをしたおじさんの日焼けした顔が思い浮かぶ。この法案が通れば、おじさんたちは失業してしまうのだろうか。人間の労働力はいらなくなるのだろうか。


そして、ここ、吉野町は、林業が盛んな町だ。親の仕事も林業。ここで働く人たちの首を絞めるようなことを僕は職務的にこなさないといけないのか。


これから、訪れるであろう人があくせく働かなくていい時代が来るとすれば、幸福なのか不幸なのか。


「こんな法案……」


言い淀んでいたところに山下さんが口を挟む。


「田村くん。気持ちはわかるよ。僕も地元経済の姿を見聞きし、肌身で感じているからね。だが、僕らの仕事は国会議員ではなく、公務員だ。自分の意見を盛り込む余地はない。もし、意見があるなら、国政に立候補することだ。僕たちは、冷徹にプロフェッショナルな仕事をしなければならない」


「わかりました」


言いたいことはあったが、忍耐した。


AIツールを起動し、質問、AIが出してきた一次情報の信頼性確認、不足があるものは国会図書館サイトや統計資料を確認、想定質問と想定回答をまとめあげた資料を作成。野党議員も昨今はAIを使うので、捻った質問にも対応しなければならない。識者でなければわからない情報に突き当たれば、アポを取り、大学の研究室などとつなぎ、リモート会議をする。


1日の仕事は、資料探しであれ、コミュニケーションが必要なものであれ、おおよそ、この3畳ほどの閉鎖的な空間で、完結する。会いたい人間はMeetOSを介して会えばいい。運動不足などが気になるのであれば、バランスボールに座ったり、ウォーキングマシーンを走らせながら、パソコンを操作することもできる。


夕方、資料をまとめあげ、大臣に提出することにした。AIに軽く話しかける。


「部署6932の喜屋武大臣に接続してください」


「喜屋武大臣は、秘書の山本巴さん、事務次官の島田伝次さん他3名と通話中です。通話開始から7分です。会話内容からAIが予測する通話完了時間は10分後です。割り込み許可権限を申請しますか?」


「いいえ」


「通知しますか?」


「はい。今すぐではなく、通話が終わったタイミングで構いません」


「承知しました」


こんな調子で定型文のやりとりをする。パソコンのウィンドウを切り替え操作しなくていいものだから気楽なものだ。しばらく待っていると通知音声が来るので応じる。


大臣は、サトウキビ畑の壁紙を背景にアロハシャツを着こなしていた。


「うむ。よくできている」


「ありがとうございます。失礼ですが、今、いらっしゃるのは沖縄ですか?」


「そうだよ。俺の地元。昔は、内地に我々の生の声を届けにくかったけど、ありがたい時代になったよ」


その昔、東京一極集中が問題だった。本社機能と官公庁を霞ヶ関周辺に集積した方が経済効率が良いとされていた。


だが、サテライトオフィスが発達し、日本各地、世界各地に人材を分散することができるようになった。


明日、大臣が、答弁する国会も一応は、国会議事堂で開かれるが、着席する議員は、全体の1/10ほど。内閣総理大臣や議長ですら、どこかからか、リモート参加している。


リモート参加者たちは、コーヒーなどを自由に飲めるため、昔のようには居眠りがニュースになったりはしない。


半分バーチャル国会と言っても差し支えなく、公共放送局が中継するときには、MeetOSのAIがカメラを自在に切り替える。


「お疲れ様でしたー」


1 時間の残業、今日やるべきタスクを終え、常設ミーティングルームから脱出すると、モニタはスクリーンセイバーに切り替わる。


二人の老人が握手する姿が映し出される。二人はそれぞれ、保守とリベラルを象徴する米国の州知事だったと聞いている。この写真はMeet型都市構想の文化的アイコンとして象徴化されているため、何かとネットニュースとして目に機会は多い。


MeetOSの開発の時代背景には、少し昔の時代のアメリカ社会の分断があった。


東西海岸と内陸部、共和党と民主党。都会の論理で粛々と動く社会に対して、田舎の人々が反旗を翻し、社会は混乱した。


最初は強硬な姿勢を貫いていた金融や情報産業の従事者たちも、やがて田舎の声に抗えなくなる。


ビッグテック企業群は、分断をこれ以上悪化させないための落とし所を探ることになり、テキサスとニューヨークが共存する社会をスローガンに、「どこにいても人とつながる」ことを前提とした新時代の都市設計構想を発表した。


Meet型の都市構想の理念である、中央集権から地域分散へは、アメリカ以上に日本や韓国など首都機能の分散が長年の課題だった国々の方がより、深くフィットすることになった。


最初は、東京中心の構造を維持するための抵抗や構想の骨抜き化の動きはあった。だが、新鋭の議員たちの努力で乗り越えると、日々、地方の声が中央に届けられていくようになった。


都市圏で利益を得ていた不動産業者や地主などは、今の時代、大変らしい。


少し前なら、ほぼ、全入でボーダーラインだった地方の大学も活気を取り戻し、東京圏、大阪圏の大学が少しブランド力に陰りが見えかけているという。


だが、第二次世界大戦前後の日本は学問の地域格差は、それほどでもなかったらしい。


幕末の日本において、薩長に学問や発信力があったのと同じように、本来あるべき姿に回帰しているとも言える。


あらゆる常識が少しずつ変化している。


この先、僕たちを待ち構えているものが、人類の繁栄なのか破滅なのか。


僕たちは、その過渡期を生きていた。


-完-

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