31話 奈落と終焉
「ん……」
救世主が目を覚ます。彼の声にはやけに色気が含まれていた。彼がカーテンを開けると、そこには黒、いや無と言う方が相応しいほどに真っ暗な夜空が浮かんでいた。
「……昼寝したんだっけか」
眠気のあまりに飛んでしまった記憶を取り戻そうとするアダム。しかしその記憶が戻って来た瞬間、顔を赤くした。まるで先程見た夕暮れの空のように。彼は脳内にカリンの寝顔が映し出されると、火照る頬を両手で抑えた。もしもカリンが今のアダムの表情を見たのなら、彼女の理性は吹き飛んでいたことだろう。
「…………」
アダムは顔を赤らめたまま、再び寝ようとした。しかし、眠れない。先ほどのことが鮮明に思い出されてしまうのだ。明日は戦いに出る可能性があるため、早く寝なければならないのだが。カリンの幼い顔はそれほどまでに可愛かったのだ。
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結局アダムは3時間ほどしか眠ることが出来なかった。しかも起きた瞬間イザベラが来て、戦いの準備をしろと言ってきたのだ。ひとまずいつも通りのモーニングルーティンをこなし、朝食を食べに行く。しかし食事の会場にはカリンがいる。アダムはまともにカリンの顔を見れる自信がなかった。そしてこの気持ちもカリンに読まれるのか、と考えると、恥ずかしくてたまらなくなった。実はこの時期カリンはアダムの心を読まないようにしていたのだが、それはまた別のタイミングで話すとしよう。
さて、朝食時に会ったカリンはいたっていつも通りの態度だった。昨日の膝枕事件はカリンにとっては子供同士のじゃれ合いくらい程度にしか思われていなかったようだ。明らかに不自然に彼女を避けようとしているアダムに違和感を持ったのか、いつもよりグイグイ行くが、アダムは逃げ出してしまった。自分が何かしたのだろうかとかなり落ち込むカリン。彼女の心はコルミナとの会話で晴れるのだが、これも今は置いておこう。
なんとかカリンの顔を見ずに済んだアダムは戦の準備を終え、イザベラと共にその地へ向かっていた。テリア公国と大角帝国、二国の決戦の地へ。
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第52代大角帝国皇帝、ガロア=バルタ。彼がその地位に着いているのは彼の父親であるカガラのおかげであることに他ならない。大角帝国の皇帝は一応世襲制ではあるが、度々反乱が起きるため建国時点から既に8度も皇帝の血筋が変わっている。52代というのは初代皇帝からの通算だ。皇帝の血筋が変わるとなると国名や制度なども変わるものだが、大角族の頭が悪いせいかは分からないが、彼らの場合は『大角帝国』という捻りの一つも無い国名も、適当極まりない制度もずっと受け継いできている……もう確実に彼らの頭が悪いためだろう。
15年ほど前、カガラは50代皇帝ウィンダ=アルレラに反旗を翻し、その座を奪い取った。というのもウィンダはまだ10歳、まともに皇帝になれる年齢では無かった。この時、政治は摂政たちの独断で行われており、それはあまりにも自己中心なものだったのだ。一軍人であったカガラだが摂政たちの横暴に我慢することができなくなり、ついに仲間たちと共に立ち上がったのだ。そしてウィンダを国外追放し、皇帝の座に着いた。そして彼は救国の英雄として讃えられるようになった。
……これは真っ赤な嘘だ。カガラが自らを正当づけるために民衆に流した大ホラだ。こんなストーリーが実際にあったわけがないだろう。そもそも、大角族には政治のことを考える頭なんてない。摂政たちの横暴政治なんて作り話もいいところだ。
カガラが反乱を起こした真の理由は、単純極まりないものだった。
ーーー権力が欲しい。
彼は欲に溺れた馬鹿者にしてはまともなその後を送った。皇帝になっていきなりテリア公国に戦争を吹っかけて大勝利を収め、その後も国を持たない亜人族たちをどんどん支配下に置いていく。大角帝国、とはいうものの国民は大角族のみではない。
正に順風満帆の人生、いや亜人生。しかしやはり彼は最期だけは悲惨だった。……誰もこんな馬鹿者の話なんて興味がないだろう。割愛しよう。
そんな愚か者の息子、ガロア。彼は自ら意見を言う事がなかった。まあ自発的な意見なんて帝国では必要ないものだが。今回の戦争も彼の配下の独断によって始まった。脳筋種族、大角族。押して押して押しまくれば勝てるという考えは某国の某曲のようだ。少なくとも彼らはこの作戦、いや作戦と呼ぶのは『作戦』という言葉に足して失礼だろう、で負けたことが無かった。しかし今回は例外だった。それは救世主の存在。救世主を敵に回すなんてなんて頭が悪いんだと思われるだろう。残念ながらこれが大角族の実力だ。そして案の定劣勢に追い込まれ、皇帝自ら出陣する羽目になったのである。
「……なんでこんなことに」
彼は誰にも聞こえないような小さい声でそう呟いた。弱音を吐いたのが知られると軍全体の指揮に関わるためあえて小声にしたのか、それともただ彼の声が小さかっただけなのか。
救世主と戦うなんて。絶望する彼をよそに、戦闘はいつの間にか始まっていた。
そして、彼が国の行く末を案じているうちに、とてつもない衝撃が襲った。気がつくと、彼を含む国の重鎮や護衛たちは、奈落に向かって落ちていった。
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テリア公国の戦士たちは、奮い立っていた。なぜなら、アダムが彼らに強化魔法をかけたからだ。こうなった彼らは、生まれつきの戦士である大角族に五角以上に戦えている。さらに、
「『竜巻』」
前線の敵兵たちが吹っ飛ぶ。そのうちに公国の兵士たちが攻勢に出る。アダムはさらに攻撃を仕掛ける。
「『炎陣:塔』」
今回の戦争で何度も使った魔法。彼はこの魔術を最初に使った時には敵が可哀想だと思ったが、今では戦争だから仕方ないと割り切っている。それでいいのか、救世主。いや、駄目だろう。
アダムが何度も魔法を撃ち、敵の前線が崩れて行く。
ーーーよし、今だ。
アダムは心の内側で呟き、こう唱える。
「『爆発』」
シンプル極まりない名の魔法。ただその破壊力はえげつない。敵陣のかなり後ろの方で爆音が鳴り響く。そしてこの戦争を終わらせる最後の一手を打つ。
「『擬似奈落《巨大罠設置》』」
恐らく敵の本陣があるであろう位置に超巨大な落とし穴を出現させた。
それにより、敵軍は大混乱に陥り、強化された兵士たちに蹂躙されていった。
では、また次のお話で。




