24話 トラウマ
彼女は、強かった。
彼女は、賢かった。
彼女は、美しかった。
彼女は、そう思っていた。
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廻暦999年のこと。とある女性が戦場に向かっていた。彼女は自身に満ち溢れていた。それもそうだろう、彼女は先の戦で最も活躍した兵士の一人に、司令官直々に選ばれたのだ。天狗になるのも無理はない。
「あっ、すげー。\+€・様だ。すげーよな。まだ15歳なんだってよ。前の戦で初陣だったのに、選ばれたんだぜ、『<\:』に。もはやバケモノだよなぁ」
「おい、聞かれてるんだしバケモノは駄目だろ」
彼女は誇らしかった。自分を見た全ての人間が褒め称えてくれるのだ。バケモノと言われても気にも止めない。もはやそれすら褒め言葉に感じられた。
今回の戦でも活躍し、再び『<\:』に選ばれる。そう信じて疑わなかった。
彼女は強かった。
初陣にして数十人を討ち取った。それどころか敵軍の大将すら討ち取った。
彼女は賢かった。
幼い頃、周りの子供達の中で誰よりも成績が良かった。それどころか学年首席だったこともある。
彼女は美しかった。
数え切れないほどの男に告白された。そしてそのうちの一人の男と婚約した。
彼女は満たされていた。なのにさらに上を目指そうとした。
「うおおおぉ!!」
戦闘が始まると同時に敵陣に突っ込んでいく。そして手当たり次第に兵を斬る。敵を討つことは、彼女にとって目的ではなく手段だった。
「……弱い」
彼女は名も知らない敵の首を刎ねながら呟く。
物足りない。確かにたくさん殺したが、こんな雑魚共を殺しただけで手にする『<\:』に価値などないと考えた。
そこに、何か異様な雰囲気を醸し出す男が向かってきた。
ーーー強い。
彼女はそう感じた。そして喜んだ。
コイツを殺せば、価値ある『<\:』が手に入れられる、と。
「ふむ、その死体はホルイか。そっちはツア」
男が言う。
「そちらはサウガ、そしてポート」
「それが何だ?お前の部下か?」
「ふむ。そうだ」
「そいつらを悼んだって無駄だぞ。お前は今からそいつらの敵に殺されるんだから!」
相手の反応を待たず、彼女は斬りかかる。
しかし。
カキィン。
鋭い音が戦場に響く。
「……えっ?」
「俺の部下を殺し、挙句の果てに侮辱する。お前は俺を本気にさせたぞ。そのことを地獄でも後悔するといい」
折れた自分の剣を呆然と見つめる彼女。やがて自分が挑んだのがどれほど恐ろしい男なのかを理解する。
「まだ名乗ってなかったな、名乗る必要もないと思うが。俺はカサラ=アグリゴス。『首刈り』のカサラ=アグリゴスだ」
『首刈り』。彼女もその名を聞いたことがあった。それに会うと生きては帰れない。軍の中で噂になっていた。
そんな奴とであっても殺せばいいだけだ。そう思っていた。しかし今は違う。こんな化け物に勝てるわけがない。彼女の自信は崩れ去った。
「じゃあ、死ね」
カサラの斧が振り下ろされる。
「ひっ」
斧を防ぐ武器は折られてしまった。彼女にできることは死を待つこと、そして『首刈り』に挑んでしまったことを後悔することのみだった。
彼女が今まで抱くことのなかった感情、恐怖。それが脳内、そして体中を支配する。
ーーー死にたくない!
その願いが届いたのだろう。
カサラの斧が彼女の脳天に届く直前、彼は動きを止めた。斧を振り下ろす体勢で固まっている。
「へ……?」
彼女は間抜けな声を上げ、振り返る。
「\+€・!!無事だったか!!よかった……」
そこにいたのは彼女の婚約相手、ギュア=サンタリアだった。
「ギュア……!!ありがとう!!」
彼女はギュアに飛びつこうとしたが、腰が抜けていたため立つことすらできなかった。
「おい、お前。よくも\+€・をこんな目に合わせてくれたな。覚悟はできているんだろうな?」
ギュアは固まっているカサラに言い放つ。その言葉には殺気が込められていた。
「\+€・、君を待っている兵士たちがたくさんいる。先に行っててくれ」
「……分かったわ」
彼女はギュアの連れの兵士とともに戦線へ戻る。
しかし、先ほどの恐怖がまだ拭い落とせない。戦績は酷いものだった。
だが彼女の心は折れ切ってはいなかった。ギュアという婚約相手がいるからだ。
いや、いたからだ。
「あっ、イザベラ様……」
彼女を見た者たちの様子がおかしい。
「どうしたんだ?みんな様子がヘンじゃないか?」
「えっ……」
相手は驚いたような、憐れむような顔で彼女を見つめる。
「知らないんですか?」
「何を?」
少し間を置いてから相手は言う。
「……ギュア様が、お亡くなりになられたこと……」
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彼女に関する噂は、悪いものばかりになった。
彼女は失った。自らへの自信を。名声を。そして愛する人を。
そこから空虚な生活が始まっていく。
トラウマを負ったせいで初陣の時の強さを失い、戦争への興味をなくした。しかし国の言うがまま戦争に参加し続けた。
大角族が宣戦布告をした時。救世主の家へ向かっていた時。彼女は狼の群れ如きから大きな傷を受けてしまう。
彼女が満たされることはなかった。
そして、彼女ーーーイザベラ=ムーンライトが本当に満たされるのはもう少し先の話なのだった。
では、また次のお話で。




