ゼロ話 アブノーマル・デイ
その日も街は平和だった。
紅い夕焼けがいつにも増して美しかったように思える。通り魔もいないし暴走トラックも走っていない、危険一つ無いいつも通りの普通な街。
道を歩いている誰もが、今日一日を平和に終えることができると信じて疑わなかった。
事故が起きるかも知れない、事件が起きるかも知れないなんて考えは誰の頭の中にもなかった。
だが。
次の瞬間。
轟音が響いた。
何かの破片が飛び散った。
と同時に、それを掻き消す程の大きな悲鳴が起き、街を包んだ。
平和な時間は終わった。
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「あ〜、つまんねー」
この世界はいつも普通でつまらない。なにか刺激的なことをしてみたい。
俺、氷見 穂九斗は思う。そう思ってはいるが、平々凡々とした欠伸の絶えない日々を送るしかないというのが現状なんだ。俺はそれを嫌っている。心の底から。
「なんか事件起こらねーかなー」
「おいおい、またその話か?」
「いいじゃないか。祐介も思ったりしないのか?この世界はつまらない、って」
「思わないなぁ。だっていつもこうやってお前と話してる時は楽しいからな」
「ははっ、確かにそうかもな」
「それに、身の周りで事件なんか起こったら面倒だろ?」
「そうか?楽しそうじゃね?」
「お前なぁ……身の周りで人が死ぬのは嫌だろ?」
「当たり前だろ。誰も死なないけどワクワクするような、普通じゃない事件が起きて欲しいんだ」
自分たちの家へと歩みを進めながら俺らは喋る。
「そういやもうすぐ高3だな」
「そっか、あと1年ちょっとで卒業か」
「高3、何か普通じゃないことが起きるといいな」
「そうだな、どうせ何も起きないだろうけど……」
「まあまあ、世の中何が起こるかわからないぜ?だって、ここはエーイチみたいなのに彼女ができるような世界なんだぞ。そう悲観するなよ」
「は?!あいつに彼女!?」
「あれ、知らなかった?クラスじゃ話題になってたぞ」
「マジかよ、信じられねー……」
「お前の考えも彼女が出来たら何か変わるんじゃないか?まぁ、出来ないだろうけど。」
「失礼すぎだろ」
「ははは、失礼」
そんななんでもない雑談をするうちにも、別れの時は近づいてくるものだ。
「もうすぐお前んちだな」
「おう。そうだな。じゃあな、穂九斗」
「じゃあな」
「また明日」
祐介の背中が遠ざかっていく。
「また明日、か」
それにしてもどこか悲しい。今まではあっさり別れていたはずなのに。また明日会えるはずなのに、おかしいな。
俺が世界がつまらないと言うのは本心だ。だが、大抵の奴らはそれを『イタい』と言って笑ってくる。
それに加えて俺は本来口数が少ない方なので、友人が一人しかいない。それが祐介だった。彼は、自分を受け入れてくれた。俺は、その事実がただ嬉しかった。
『いつもこうやってお前と話してる時は楽しいからな』
その言葉がただ嬉しかった。そして、彼といるときは退屈など感じずむしろ楽しいということに、今やっと気づいた。そう気づいたから彼と離れたくないと思ったのかな?
よく分からない。そういうことにしておこう。
俺の登下校ルートであるこの道で聞こえるのは、足音だけだ。人通りは多いというのに不思議なほど声が聞こえない。かなり都会なのだが、声一つ聞こえない。皆んな疲れていて喋る気力もないのか、あるいは満たされていて喋る必要もないのか。彼らは無言だからわからないが、兎に角俺にとってこの道は異質極まりないなものであった。
ふと、視界に一人の人間が入った。数メートル先を歩いている。俺と同学年くらいだろう。制服を着ていないが学校帰りのようだ。おそらく電車通学で制服のいらない私立高校にでも行っているのだろう。見知らぬ人だ。しかしなぜか、そいつから目が離せない。ヘンだ。
「疲れてるのかもな…」
と呟く。
ふと、私服高校生の真上の方を見る。
「あ」
頭の中が恐怖で埋め尽くされた。
俺の目線の先には、大きな看板がある。
落ちてきている。
事故だ。
誰か気がついていないのか。いや、そんなこと確かめる時間はない。
ーー俺が、俺が彼を救わなきゃ。
9割9分を恐怖が占めた脳内でそう考える前に、体が動いていた。私服高校生の方へ、落ちてくる看板の真下へ向かって走る。
ただひたすら走る。目の前の命を救うために。
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ドゴォォォォォーン…
物凄い音が鳴る。そして、俺の耳には人体が潰れる音が、確かに聞こえた。
俺は、彼も俺も助からないだろうと感じた。
「死ぬの、か…」
俺はここで死ぬんだと分かった。
確かに事件が起きてほしいとは思ったさ。でも、人が死ぬほどのものは望まないと言っただろう。世界はあんなに普通だったのに、最後の最期に要らないことをしやがる。
「祐介にも、もう会えないのか…」
彼の言葉を嬉しいと感じたばかりなのに。彼といるときだけが楽しいということに気がついたばかりなのに。けど、もう悔やんでも仕方ない。もうすぐ死ぬから。
でも。
「せめて、お前だけは救いたかったな…」
目の前にあるぐちゃぐちゃになった高校生にそう呟き、後悔しながら、俺の意識は消えて行った。
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『今日の午後5時21分、〇〇区で看板が落下する事故が発生し、男子高校生2人が巻き込まれ死亡しました。現在、警察は看板の設置者に聞き取りを―――』
その日、空は紅かった。
はじめまして、曙に鴉です。この度は拙作を読んでくださりありがとうございます。誤字脱字などがありましたら教えて頂けると幸いです。
文章を変更することがかなりあると思うのでご容赦ください。
週2〜3話投稿を目標にして書いていくので是非お付き合いください。
では、また次のお話で。