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第七章 ⑥


 三郎の拳銃から放たれた銃弾は琴乃の胸にえぐりこみ、あたりには血しぶきが飛び散った。そのまま、琴乃は倒れ込む。時景は彼女の体を抱きかかえるが、ぐったりとした体は重たかった。


「……琴乃?!」


 天井から克治も落ちてくる。三郎をめがけて飛び降りのしかかる。身動きが取れなくなった三郎は暴れるが、火事場の馬鹿力か克治の方が上回った。


「お前! 銃を離せ!」


 克治は銃を奪い取り、グリップで後頭部を殴りつける。それが効いたのか三郎は気を失っていた。克治は三郎を離れ、琴乃を抱く時景に近づく。


「お嬢さん!」


 胸からはまるで泉が湧き出るように血がこんこんとあふれ出している。琴乃は真っ青な顔をしていて、息苦しそうに浅い呼吸を繰り返していた。あまりに無残な姿を目の当たりにし、克治は拳銃を床に落としてしまう。


「血が止まらないんだ……」


 時景の涙声が廃墟に響く。


「先生、これを使ってください!」


 克治が懐から真っ白なレースのハンケチを取り出し、傷口に当てる。痛むのか琴乃は顔を歪めた。しかし、出血は全く止まらない。ハンケチは真っ赤に染まり、すぐに朱色に刺繍されていた琴乃の名前も読めなくなった。克治は医者と警察を呼ぶと言って宮園邸から飛び出していく。


「琴乃、琴乃……!」


 時景は何度も琴乃の名を呼び、何とか血を止めようと手で押さえるが、指の隙間からどんどん噴き出していく。鮮やかな赤色は琴乃の着物を染め上げ、時景は彼女の体がわずかに軽くなったような気がした。


「……先生……」


 とても小さな声で、琴乃は彼を呼ぶ。時景にとってはずっと聞きなれていたはずの呼び方なのに、彼はどこか懐かしい響きを感じ取っていた。


「しゃべるな。血が止まらないんだ」


 あぁ、これで自分はおしまいなのだと琴乃は悟っていた。真っ青な彼の顔、焦る瞳、涙交じりの声。それらが全て、今の自分の状況を教えてくれる。最期に見るものが彼で良かった。琴乃は力を振り絞り、手を持ち上げ、彼の頬に触れた。彼女の指先にも血がついていて、時景の頬もその血で濡れる。この人のそばで生きていたのだ、と刻み付けるように琴乃は彼の頬に血筋を描いていた。


「……先生は覚えていらっしゃいますか? 駆け落ちすると決めた日の事を」


 記憶を取り戻したのか、と時景は驚き息を飲む。しかし、今は思い出話に浸っている場合ではないのだ。時景は思わず声を荒げてしまう。


「琴乃、頼むから喋らないでくれ、傷が広がってしまう!」

「……空がとてもキレイだったんですよ。今まで見たことがないくらい」

 

 息絶え絶えになりながら琴乃は懸命に言葉を紡ぎ、あの日の夕日を思い出そうとしていた。

記憶を取り戻した今ならはっきりと思い浮かべることができる、あの燃え上がるような茜色を。沈んでいく夕日と、その反対側には濃紺の夜空が広がり三日月が清かな光を放っていた。太陽と月、それぞれの光があんなに美しく見えたのは生まれて初めてだった。それはきっと、自分の心が高揚していたからだと琴乃は思う。


「駆け落ちしようと決めたあの日、あの時、私はこの世で一番の幸せ者だったのです」


 時景の目から涙がこぼれ、頬についた琴乃の血と混じりあい、その二つはすっと落ちていった。時景はもう、彼女が喋るのを止めようとはしない。これが最期の言葉になるに違いない。もう、頷くしかない。


「それは、今も同じです。あなたに出会って、お側にいることができて……私は、本当に……」


 琴乃の体から一気に力が抜け、彼女は意識を失っていた。体がどんどん血が抜けているのに、体がまるで金属のように重たく、冷たくなっていく。ひゅっと息を吸い込んだと思ったら、長く吐き出す。それを何度も繰り返しているうちに、心臓の鼓動は弱くなり始めていた。


「琴乃、琴乃!」


 時景が何度も名前を呼ぶ。しかし、彼女は返事をしなかった。


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