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第七章 ④


***


 頭が痛い。意識を取り戻した琴乃はすぐにそれに気づいた。ゆっくりと目を開けると、真っ黒に焼けた柱や天井が見える。呼吸をすると焦げ臭さが鼻につく。琴乃は、焼け焦げた廃屋で倒れていた。体を起こそうとしたとき、身動きが取りづらかった。どうやら手首と足首がそれぞれ縛られているらしい。簡単に身動きが取れないが、芋虫みたいに這えば動けそうだった。琴乃は身をよじり、まずはその場に座り込む。手首を縛る紐が緩かったのか、わずかに余裕が生まれる。琴乃はなんとかして解こうともがく。


 その時、外から砂利を踏む音が聞こえた。どんどん近づいてくる。琴乃は逃げることもできず、その場で身構える他なかった。

 廃屋に黒い頭巾を被った男が入ってきた。琴乃は息を止める。その男の挙動を見ることしかできない。慌てた仕草で男は頭巾を取り去った。そこにいたのは、今の琴乃にとっては思いがけない人物だった。


「……島村さん?」


 琴乃はその正体に大きく目を丸めていた。どうしてこんなところに三郎がいるのか、その理由を考えた瞬間、手首の紐が皮膚に食い込んだ。琴乃はその痛みによってすぐに答えを得ていた。琴乃を昏倒させ、廃屋に連れ去り、手足を縛りつけた。それら全て、三郎の仕業に違いない。


 三郎は何かに苛立っているのか、落ちている黒焦げの木片を蹴り飛ばし、鬱憤を晴らすように当たり散らしていた。彼は唸り声もあげている。琴乃の目にはまるで話の通じない獣のようにも見えてきた。しかし、琴乃は勇気を振り絞って彼を問いただす。


「ここはどこなのですか? どうして島村さんが、このようなことを……」


 マサや時景は無事なのか、それも問いただそうとする。しかし、三郎が胸元から取り出したある物を見て体を強張らせていた。それのせいで呼吸すらまともにできなくなる。彼が持っていたのは――拳銃だ。本物を見るのは初めてだったが、その武器はいとも簡単に琴乃の体を恐怖で支配し、彼女は身動きが取れなくなっていた。


「わかりますか? お丈男さん。ここは燃え落ちた宮園邸ですよ」


 琴乃はその言葉を頭の中で繰り返す。宮園邸。それは琴乃が生まれ育った家。けれど、事件の際に無残にも焼け落ちてしまった。この焦げ臭さは、彼女が失ってしまった物の臭いだったのだ。


 三郎は拳銃のグリップで黒焦げの柱を殴りつける。ボロボロと木片が落ちていく、過去の琴乃にとって大切だった家が、壊されていく。


「クソ、あと少しだったのに! あのクソババア!」

 

 三郎は何かに激昂している様子だった。琴乃は勇気を振り絞り、震える声を張り上げた。


「どうしてこのようなことをするのですか、島村さん!」

「どうしてだぁ? 金のために決まってんだろ!」

「……お金……?」

「借金返さないと、俺、殺されちまうんですよ……優しいお嬢さんならわかってくれるでしょう? 俺が殺されたらかわいそうでしょう?」


 そんなことのために? 琴乃は三郎を睨む。


「やべえ奴から借金しちゃいまして。新聞社の給金じゃ利子すら払えねぇ。返せなかったらどうなるか……」


 三郎が琴乃に近づき、目を合わせるようにしゃがみ込んだ。


「だから、お嬢さん誘拐して、その身代金を要求したんですわ。一万円、お嬢さん、持っているでしょう?」

「知りません、そんなお金……」

「俺は知ってんですよ! あのムカつく作家先生と、男爵たちが話をしているのを聞いてんだからな! 宮園家の遺産の話をよ!」


 三郎の大声に琴乃は怯え、わずかに後ろに下がる。その時、彼女の手に金属の冷たさが触れた。琴乃は三郎にバレないよう、それが何なのか音を立てないように触れて確かめる。さび付いているのかザラザラしていて、平べったくて、尖っている。刃物のようだった。琴乃は一縷の望みを込めてそれを掴み、紐が切れないかと三郎にバレないよう試行錯誤する。目の前の三郎は借金のことで頭がいっぱいなのか、琴乃の様子は気にしていない様子だった。


「あー、もう。……どうすりゃいいんだ……」


 三郎は立ち上がって、うろうろと落ち着きなく歩き出す。そして、手元の拳銃を見た。


「身代金も手に入らない、ババアにも俺だってバレた……金のために生かしていたけれど、もうどうでもいいのか」


 身代金の受け渡しに失敗した三郎は、これから借金取りからだけではなく警察からも逃げなければいけない。そうなったら琴乃はただの荷物だ。拳銃の弾倉を見る。六発分の弾を込めることができる弾倉には、まだ三発分残っていた。彼女をここで殺せば、自分がどこに行ったのか知る者はいなくなる。三郎にとって有利になる。


 琴乃は三郎をまっすぐ見据えて、対峙する。本当は泣き叫びたいくらい怖くて仕方がない。自分の命すら諦めてしまいそうになる……でも、今ここで生きることを諦めてしまったら【彼】に顔向けできなくなってしまう。一緒に生きてくれると約束してくれた、たった一人の愛しい人。心の底から繋がっていると信じることのできる唯一の人。彼女は祈る。今すぐここに来てほしい、と。身動きは取れないが、心だけは自由に羽ばたくことができる。……琴乃には、もうそれしかできない。


「じゃあ、お嬢さん、今までお世話になりました」



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