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第六章 ①


 時景からの報せを受け取った琴乃とマサは急いで病院に向かっていた。その途中、新聞社からやってきたのか汗だくで自転車に乗る三郎にも出くわして、そのまま三人で病院に飛び込んでいった。


「三郎、西さんは? 西さんも一緒にと電報を打ったはずなのに」

「え? あぁ、西さんは他の仕事で出られてなくって。代わりに俺が」


 三人を見つけた看護婦が克治の病室まで案内してくれた。時景とテルが廊下の長椅子に座り込んでいる。


「先生、何があったのですか?」


 琴乃は時景に尋ねながら、病室に目を向ける。そこには寝台の上に横たわる克治の姿があった。頭に包帯を巻き、微動だにしない。深く眠っているみたいだった。時景の隣ではテルが泣きじゃくっている。琴乃はテルの涙をハンケチで拭う。


「殴られたのか、頭を怪我しているそうだ。まだ意識が戻っていない」

「何てこと……目覚めるんですよね?」


 マサの問いかけに、時景は分からないと言わんばかりに首を横に振った。時景は医者の言葉を思い出す。いつ意識が戻るかもわからない。もしかしたら一生このまま……覚悟をしておいた方がいい、と。克治と生活を共にしていたテルにとっても衝撃的な話で、彼女はさっきからずっと声を上げて泣いていた。


「ウチがオッサンのこと疑ったせいだ……ウチがあんなものを見つけて、コトちゃんの家に行ったから」

「……あんなもの?」


 三郎はテルの言葉が気になるようだが、それ以上追求しようとするのをマサが止めていた。泣きじゃくる彼女に問い詰めるなんて、あまりにも不憫すぎる。琴乃はずっとテルの背中を撫で続けている。少しでも落ち着くようにと願いを込めながら。

 琴乃は小声で時景に尋ねた。


「誰がマスターをこんなひどい目に遭わせたのですか? 何が起きたのですか? 警察はなんて?」

「強盗が入ったかもしれない、とは聞いているが……それにしては不自然らしい」


 不自然? 琴乃は首を傾げる。


「強盗ならば、金目の物を奪っていくはずだ。しかし、店にあった現金も金庫も手つかず、何かが盗まれた形跡は今のところないらしい」


 警察による捜査はまだ大して進んでおらず、犯人像も動機も一切不明なまま。まるで宮園家事件のようだ、と時景は思う。

 黙りこくる五人の元に、看護婦がやってきた。


「面会はそろそろ……」

「もう少しだけいさせてください。この子は克治さんとは家族のようなもので……」


 マサが食い下がってくれるが、看護婦は頑なだった。深夜の付き添いは家族だけだと突き放されてしまう。「家族のようなもの」だったテルもダメらしく、皆泣く泣く帰るしかない。喫茶ロマン堂は警察が捜査しているため立ち入ることができず、テルは今夜は琴乃の部屋に泊まることになった。


「テルちゃん、ゆっくり休んでね」

「……うん」


 テルはまだ泣いている。目は赤く腫れあがっていて、見るのも痛々しい。マサが冷たい手拭いを用意していた。明日の朝、少しでも腫れが引くように、と。彼女を一人にして、琴乃は隣の部屋に入っていく。時景が文机に克治の切り抜きを並べ、真剣に見つめていた。琴乃は彼の近くに落ちていた記事を拾い、目を通す。ゴシップ誌に掲載されていたそれには「現在の宮園家令嬢の状況」について面白可笑しく書き綴られている。


「そんな記事、読むのはやめた方がいい」


 時景は琴乃を心配し、すぐに切り抜きを取り上げてしまう。


「……驚きました。このようなゴシップ誌は、本当のことはひとつも書いていないのですね。今も目覚めず山奥の病院で療養しているとか。お金持ちの妾になったとか。一体どんな人が書いているのでしょう? まるで違う人の物語を読んでいるみたいです」

「こういった三流雑誌は品がない記事ばかりだ。事件解決の参考にもならない」


 もしかして、時景も同じ雑誌を買って読んでいたのかしら? と琴乃は思う。

 隣の部屋からは物音も聞こえてこない。テルが少しでも眠れたらいいのだけど、と琴乃はため息をついていた。


「それにしても、マスターがあんなに酷い目に……」


 琴乃は手をぎゅっと握る。


「問題はそれだけじゃない。どうしてマスターがこんなにも執念深く宮園家事件の記事を集めていたのか……もしかして、本当に犯人だったのか?」

「でも、本当にマスターが犯人だったら、もうとっくに私は殺されているに違いありません!」


 琴乃は事件を目撃している可能性がある。いつ記憶が戻って犯人を告発してもおかしくはない。犯人ならばその前に口封じをしているはずだ。マスターには何度だってその機会があったはずなのに、彼はちょっとも琴乃に触れようともしなかった。


「ですから、マスターは犯人ではありません。私は彼を信じます」

「……ならば、どうしてこんなにも宮園家事件の記事ばかり?」


 二人は首をひねって考える。時景の答えは「犯人を捜すため」だった。


「懸賞金目的で事件について調べていた……?」


 一向に犯人が見つからない事件には警察が懸賞金をかけると聞いたことがある。おそらくこのまま未解決ならば、宮園家事件もその対象になるかもしれない。


「マスターが犯人を捜していたならば、マスターを襲った犯人って、まさか……」

「宮園家事件の犯人、という可能性はある」


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