第四章 ⑥
テルにとって、琴乃は帝都でできた初めての友達。自分だけのものだと思い込んでいた。それなのに、彼女が見たことのない、しかもテルとは違ってとてもいい身なりをしているお嬢様方と楽しそうに話している。その光景はテルにとって見ていてあまりいい気分のものではなかった。これは今まで感じたことのない感情で、彼女が知っている言葉の中ではこれがうまく表現できなかった。琴乃が自分と知らない人と楽しく話しているところなんてこれ以上見たくはない、でも視線は勝手にそちらに向いてしまう。
テルが葛藤している姿を見て、克治は声を出さずに笑っていた。
「何よ、オッサン」
克治の笑い方も気に入らなくて仕方ない。テルは克治を睨みつける。今は何にでも噛みついてしまう猛獣のようだ。
「教えてやろうか? 今のお前の気持ち。それ、やきもちって言うんだよ」
「やきもちぃ? そういうのは男と女の厄介ごとでしょ?」
「お前はコトちゃんがあの二人に取られたと思って気に入らないんだ。それも、立派なやきもちだ」
「気に入らないって……」
テルは四人が座るテーブルを見る。確かに、気に入らないような気がする、とテルは小さく頷く。
「まあ、そうだけど」
「あのお嬢さん方は二人なりの方法でコトちゃんを支えようとしている。お前は、お前の方法でコトちゃんに寄り添ったらいいんだよ」
珈琲杯を磨きならが、克治はテルを優しく諭す。言われたことは理解できても、まだ幼さの残る心では受け入れることができなかった。テルが難しそうに唇をへの字に曲げているのを見て、克治はまた笑う。
「まっ。コトちゃんの記憶が戻ってもこの町からいなくなっても、俺はずっとここにいるから。それなら寂しくないだろう?」
「うわっ! 急に恥ずかしいこと言わないでよ、オッサンのくせに」
テルはムキになって言い返すが克治にとってはどこ吹く風。また笑っている。それもテルにとっては腹立たしい。腹を立てていると、例の四人のうち、高価な上着を着ている令嬢がスッと上品に手を挙げた。育ちの悪いテルには絶対にできない仕草だ、それだけなのに腹立たしい。
「ごめんなさい、マスター。紅茶のお代わりをいただいてよろしいかしら?」
「あ、私もお願いします」
千代が追加の注文をすると、彼女につられて琴乃と時景、梅子も、それぞれ紅茶と珈琲を注文した。
「かしこまりました。……お、珈琲豆が切れそうだな。取ってくるわ」
「いい、ウチが行く」
この場から逃げるようにテルは納戸に向かう。輸入品のコーヒー豆の袋は何て書いてあるか分からないけれど、袋の柄は覚えているからそれを取りに行くくらいならテルにだってできる。
「えっと、どの箱だったっけ?」
納戸に積まれている木箱。テルはそれの隙間を覗いていくが、中々見つからない。どこだろうと棚の上のあたりに手をかけた時、指先が冷たいものに触れた。テルはそれを手に取る。持ち上げたのは少し大き目の角缶だった。
「これかな? 見たことのないブリキ缶だけど」
テルは角缶を開けていた。次の瞬間、まるで頭を強く殴られたみたいな強い衝撃に襲われていた。
「……なによ、これ」
テルの声はわなわなと震えている。
缶の中には新聞や雑誌の切り抜きばかりが詰まっていた。ロマン堂の納戸にあったのだ、きっと克治の私物に違いない。問題なのはその中身だ。切り抜きの一番上にあった記事をテルは取る。文字が読めなくたって、彼女は絵や写真だったらわかるのだ。手に取った写真に写るその姿は、さっきまでテルがよく見ていた人物だった。
「……コトちゃん?」
いつもの笑顔ではなく無表情の写真だけど、これは間違いなく琴乃だ。いつもの地味な着物を着ているのに、写真の琴乃は煌びやかな振袖を着ている。テルが缶の中を漁ると、次々に琴乃の写真が載った新聞の切り抜きが出てくる。テルの膝はがくがくと震えだし、それを握り潰しその場に力なく座り込んでいた。
これは記憶を失う前の琴乃の姿だ。先ほどの二人が話していた、女学校に通っていて、なにかの事件に巻き込まれる前の琴乃。そしてこれらの切り抜きは、琴乃が巻き込まれた事件とやらについて書いてあるのかもしれないが……テルには全く分からなかった。この時ほど自分が文字を読めないことをテルが悔いた日はない。
そして、彼女にとっての問題は別のところにもあった。
「どうしてオッサンがこんなもの集めているのよ……」
嫌な予感ばかりがテルの心を渦巻く。克治を疑いたくなかった、けれど……もしかしたら、彼は琴乃の記憶喪失の原因と何らかの関りがあるのかもしれない。そうではないと、こんなに執念深く琴乃の記事ばかり集めないはずだ。
テルはその謎と葛藤をどうにかして自分の中に納めようと、しばらく納戸に座り込んでいた。




