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第四章 ⑤


 千代と梅子の話を聞き、気まずそうに顔を逸らす時景。その仕草が面白かったのか、二人は口元を隠しながらクスクスと笑っている。琴乃は意味が分からなくて首を傾げるだけだった。


「あら、先生も覚えがありまして? 琴ちゃんの恋のお悩みについて?」

「意地悪な言い方はおよし、千代。まあ、琴ちゃんいつも英先生の話していたから、私たちはすぐに分かったわよねぇ」

「えぇ。英先生のお話をしていた琴ちゃん、まるで恋する乙女という感じで。頬を紅色に染め、目を潤ませて。何より、本当に幸せそうだったんです」

「琴ちゃんと英先生に関する噂もあったくらい」


 時景がギョッと表情を強張らせる。梅子の言葉に、千代は深く頷いていた。どうやら彼女たちが話していることは事実らしい。


「あまりいい噂ではなかったから琴ちゃんのお耳に入れないよう私たちは黙っていたのですが……その様子を見ると、先生もご存じなかったみたいですね」

「恋仲なのでは、くらいの噂話はまだいい方だったわよね」

「えぇ。琴ちゃんが英先生をヒモとして囲おうとしているだの、琴ちゃんがパトロンだの、宮園家が裏で手を回して新聞に連載させただの。悪い噂を耳にする機会は多かったですわ。きっと、宮園家へのやっかみもあったのだと思いますが……」


 それらは時景も本当に初耳だった。まさかそんな噂が学校内でまことしやかに囁かれていたとは。彼の額から変な汗がにじむ。なんだかいたたまれなくて時景は珈琲をぐびぐびと飲み始めていた。


「琴ちゃん、しょっちゅう国語の先生のお部屋に行っていましたからね。そのせいで噂話がひどくなったかもしれません」

「それに、琴ちゃんと話をしている時の英先生も、ちょっと雰囲気が違ったんです!」

「そうそう! 授業中も、私たち生徒と話している時も表情をびくりとも動かさないのに、琴ちゃんとお話している時はちょっと穏やかで……ただならぬ関係なのではとみんなが邪推してもおかしくはなかったですわね」

「……今も、ね」


 琴乃と時景、思わず目を合わせる。千代と梅子はその姿を見て微笑んでいた。その姿は見るからに幸せそうだったから。やっぱり、と梅子は頷く


「琴ちゃんから直接聞いたわけじゃないけれど、恋をしていたんだと思う、英先生に。だからなおさら、許嫁さんとの関係も悩んでいたんじゃないかな」

「自らの恋を選ぶか、おうちの方の期待を取るか……傍から見ていたらロマンチックかもしれませんが、琴ちゃんにとっては大きな悩みだったかもしれませんわね」

「あの頃、琴ちゃんの恋の話を聞いていたら、何か変わっていたのかな……事件のことだって」


 梅子が漏らした言葉に琴乃は息を詰まらせる。梅子は続ける。


「琴ちゃんの家の事件はとても残念だし、私も犯人が早く捕まってほしいと思ってる。まだ琴ちゃんの記憶も戻らないことも、とても心配なの。でも……私は、琴ちゃんが大好きな人と一緒に慣れて良かったって思う」

「はい。私も同じです」


 千代も梅子の言葉に頷いていた。


「だから……言っていなかったわね。結婚おめでとうございます、琴ちゃん、英先生」

「……ありがとうございます」


 改めて祝福されるとは、恥ずかしさにあまり琴乃はわずかに俯いてしまう。チラリと時景を見ると、彼も何か思うことがあるのか、二人を見ず窓の向こうを見ていた。


「なんだかみんなで話していると、女学校の時のことが懐かしくなってきちゃった。ねえ、千代は覚えてる? 琴ちゃんが修身の授業でこっそり本を読んでいて……」

「先生に大目玉を食らった時、ですよね」

「え? え?」


 四人のテーブルはどんどん盛り上がっていく。それを「面白くない」と思いながら睨む少女が一人。テルだ。克治はそれに気づいて「どうかしたか?」と小声でテルに尋ねた。テルはフンッとそっぽを向くが、気になるのかすぐに視線は琴乃たちがいるテーブルに向かっていた。



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