◆ 便りと頼み
シイナとロリエは野原に座りながら、ルーカスの帰りを待っていた。
するとシイナの目に、人影が写った。
ルーカスだった。
「ルーカス!!何をしていたの?」
シイナは立ち上がり、ルーカスに駆け寄った。
「ロリエの乗馬具だ。必要だろう?」
ルーカスの言葉に、目を輝かせたロリエ。
「ありがとう!本当にいいの??」
「ああ、ニッキーにつけてこい。」
「はーい!!」
ロリエは乗馬具を受け取ると、ニッキーの所へ走っていった。
「この頃のロリエ。敬語を使わなくなった。少しは打ち解けてきてるのかな?」
「良い事じゃん。それにお前の言葉遣いも、だんだん変わってきてる。」
「努力したのよ?あれじゃ、すぐにバレちゃうもの。少しずつ、直していかなくちゃ。」
「シイナっ、ルーカスっ!!」
ロリエが大声で、二人の名を呼んだ。
「なんだー??」
「つけ方が分からないの。教えてくれない??」
「今、俺が行くよ!」
ルーカスはロリエにそう言うと、走って行こうとした。その時、後ろで組んでいたシイナの手に何かを渡した。
さり気ない事で、シイナは驚いてしまった。
そして何かを感じ、近くにあった木の後ろに隠れた。一息つくと、辺りを見渡した。誰もいない事を確認すると、ゆっくり手を開いた。手には大きな粘土板があった。
「これは…」
シイナは自分の短剣を手に取り、軽く粘土板を叩いた。
すると粘土板が割れ、中から新たな粘土板がでてきた。
粘土板は古くから、取り引きや手紙など何かを伝えたりする時に使われている。
自分が書いた粘土板を見られないように、包むようにしてその上から粘土板を被せる。
もらった方は、包んである方の粘土板だけを割り、中の粘土板を出す。
この時代で粘土板を使う人は少なく、一部の人達の間でしか使われていなかった。
シイナは幼い頃から、城で粘土板を見ていたため、粘土板の存在を知っていたのだった。
粘土板を手に取り、そこに書かれていた事を読んだ。
―――――――――
愛しい娘
お前には苦労を
かけてばかりだな。
本当にすまない。
すぐにでも帰って
きてほしい。
だが、これからも
いつ狙われるか
分からない。
旅を続け
逃れなさい。
それに、
国民の気持ちを
理解する機会にも
なるだろう。
旅をして
得るものはある。
たくさん得て
帰ってきなさい。
わたし達は、
待っているよ。
父
―――――――――
シイナは木に寄り掛かって涙を流した。
「どうだった??」
ルーカスがいきなりきた事に驚き、涙を急いでふいた。
「久し振りにお父様の声を聞いたような気がしたわ。読んだだけで、頭の中にお父様の声が聞こえてくるの。ルーカス、さっきはお父様の所へ行っていたのね。」
「ノマネフ王国から戻ったら、一度立ち寄ってくれと言われてたんだ。」
「なるほどね。それで、ロリエは??」
「ロリエならニッキーと少し走ってくるって言って行ったぞ?それにしても、凄いよな。手に渡しただけで、木の後ろに隠れて見るんだもんな。」
「さり気なく渡されたから、気付かれたくなかったんでしょ?それぐらいは、察しがつくわ?」
「そうか??俺だったらビックリして、見ちゃってたな。」
「それじゃあ、極秘任務は任せられないわね?」
シイナは笑いながら、ルーカスに言った。
すると、ポロッと持っていた粘土板の後ろが崩れた。
「あっ!!」
驚いて後ろを裏返すと、綺麗に四角く穴が空いていた。
崩れてしまったのではなかったのだ。小さい粘土板を大きな粘土板の溝に、はめただけのもの。
外れやすくなっていたのかもしれない。
シイナは落ちた粘土板を拾った。
すると、その粘土板にも文字が書いてあった。
―――――――――
お前に頼みたい
ことがある。
ヨンナタ村へ行き
村の様子を見て
きてほしい。
ヨンナタ村からの
使者が突然
こなくなった。
少し気になっていた
が、今の状況だと
誰も城から
出られないんだ。
攻めてきた者達の
事は心配するな。
撤退していった。
ヨンナタ村の事、
頼んだぞ。
ここからは遠い。
長い道のりだが、
行ってきてくれ。
お前を信じている
―――――――――
ルーカスとシイナは、二人でそれを見た。
「ヨンナタ村って言ったら、だいぶ遠いわよ?」
「でも、頼まれているわけだしな。」
「そうね、すぐに出発しましょ。確かヨンナタ村への道のりには、たくさんの村や国があったはずよ。まずは一番近いインシェナ王国に行こう。」
「インシェナ王国か。じゃあ、そこで宿を探すか。」
「さすがに野宿続きは、キツいからね。そうしようか。」
そこに、ロリエがニッキーと戻ってきた。
シイナとルーカスは、ロリエに出発する事を告げて、ジニーにまたがった。
「ルーカス、一人で馬に乗れないわけ??」
「残念ながら、な。」
「はあ、次に行く国でしっかり練習してよ?」
「わかったよ。いつまでも、シイナの後ろに乗ってるわけにはいかないもんな。」
「そうよ?今は仕方ないから乗って。」
ルーカスもジニーにまたがり、走り出した。
後ろから、ロリエもニッキーと走り出す。
シェルハッタの国境から出た三人は、木々の間にある道を走っていた。一直線に続いていて、時々道が二手に別れる事がある。
「シイナ、どこに向かってるの?」
ロリエが後ろから尋ねた。
「インシェナ王国よ。この道をまっすぐ進んだ所にあるわ。」
「インシェナ?インシェナに行くの??」
「そうだけど、どうして??」
「あ、確かインシェナには叔父が…」
「そうなの?じゃあ、会いに行くと良いわ。ゆっくり宿に泊まるつもりだから。」
「本当に??」
「ええ。ルーカスは、乗馬の特訓。ロリエも好きな事していていいわよ。」
「やったー!久々の宿ね。野宿も自然の風に当たって気持ちがいいけど、やっぱり屋根のある所に寝るのが一番!」
ロリエは嬉しそうに話した。
シイナ達は一直線に馬を走らせ、ようやく賑やかな場所に出た。
「ここが、インシェナ??」
「そうみたいね。まずは馬を預けましょ。」
シイナ達は馬をひき、馬屋に向かった。
「すみませーん。」
シイナは馬屋に着くと、小屋の中に人がいるのを見つけて声を掛けた。
「誰だい?アンタ達は…」
中から出てきた主人は、少し年輩のおじさんだった。
「私達は旅をしている者です。馬を預けたいのですが、宜しいでしょうか。」
「旅をしているって事は…マトピス王国の王とは関係ないんだよな?」
「はい…。」
「なら、預かるさ。そこに置いていってくれ。だが、しっかり金は払ってくれよ?」
「ええ、もちろんです…。」
それを聞くと、馬屋の主人は小屋の中に二頭を連れていった。
「マトピス王国との関係が危ういのかしら。」
「どうして??」
その言葉に驚いたロリエは、シイナの顔をのぞき込みながら言った。
「わざわざマトピスとの関係を聞いたって事は、私達がマトピスの人間だと受け入れられないって事よ。」
「マトピスとインシェナは、長年友好関係を築いていたはず。どうして今さら…」
「来た時から気になっていたの。私達がこの国に入った時から、この国の人々の目が一変したわ。一気に怯えた目になった。」
「何かありそうね。」
ロリエが考え込むように、腕を組んで顔を強張らせた。
「シイナ、調べるか??」
ルーカスが、いきなりシイナに言った。
「ええ、何かあるなら助けてあげたい。ルーカス、しばらくココに滞在しましょ。」
「ああ。」
シイナ達は宿を探すために、また歩き始めた。