◆ 平和主義者
「本当に賑やかな町…。シェルハッタとは大違いだわ。」
「シイナ!シェルハッタの話はするなと言っているだろ?」
「分かってるわ。でも、旅をしているのよ?別に平気だと思うけど…」
「でも、用心にこした事はない。」
「ルーカス?ノマネフ王国への道のりは分かる??」
「なんだよ!いきなり…」
「さあ、どうなの??」
ルーカスを覗き込みながら、言うシイナ。
「ん…。たくさんありすぎて、覚えてねえよ。」
シイナはその言葉に、一瞬笑みを浮かべた。
「な、なんだよ!!」
「今、たくさんあるって言ったわよね??」
「ああ…」
「ふふ、ノマネフ王国へ来る為には二つの道しかないのよ??」
得意気に言うシイナに、訳の分からないというような顔をするルーカス。
「二つしかないとして、それが何なんだよ…」
「二つのうちの一つは、さっき私達が通ってきた森の中。でもあの森は、シェルハッタ王国とノマネフ王国とを繋ぐ為のもの。だからシェルハッタを通らない限り、あの森を使って来る事はできない。」
「もう一つは??」
「もう一つは、ここからずっと東にある洞窟。そこを通って来る事ができるの。でも、もう使う事ができないと言われているわ。自分の目で見た訳じゃないから、ちゃんとした事は言えないけど…。前にあった大地震のせいで、崩れてしまって。復旧作業が行われたと聞いているけど、いつ崩れるか分からない危険性がある為に、立ち入り禁止区域となっているの。」
シイナの説明を、黙って聞いていたルーカスが口を開いた。
「だから、シェルハッタの事を話さないと逆におかしいという事か…」
「そうよ?必ずシェルハッタを通っているはずなんだから!!話さなければ、不審に思われてしまうかも!」
「流石だよ。シェルハッタ王国一、頭が良いと言われているだけはある。それに頭の回転も速いし、口も上手い。」
「クスッ そうよ?いろいろと知識がないと、隠したいものも隠せないわ。」
「俺は小さい頃から、武術しかやらなかったんだ!勉強なんて、すぐに飽きちゃって…。」
「だから、馬鹿なのよ!」
「うるさいっ!!武術はお前に負けないから、いいんだよ。」
ルーカスとシイナは、賑やかな市場の中を歩きながら言い合っていた。
すると、いきなり飛び込んできた大きな声。
「放してよっ!!このクソじじぃー!!」
「何だと??この娘…。俺を誰だと思ってやがる!!」
「あ?んな事、知ったこっちゃねえよ!さっさと放しやがれぇー!!」
シイナとルーカスが目にしたのは…男に手を掴まれ、大暴れしている女の子。そして、女の子の手を掴んでる男とその周りを囲んでいる兵士達。
それを傍観している人達の人だかり。
「何?あれ…」
「あの子が何かした事に対しての、罰を与えようとしている所じゃないか?」
シイナの家族、シェルハッタ王国の王や王妃様達が平和主義者な為、罰を与えるような事は一度もなかった。
シイナは目の前で起こっているこの光景に、驚きを隠せないでいた。
「放せっ!!」
「コイツ…。盗みを働きながら、このような暴言。許せない…。直ちにこの娘の腕を切り落としてしまえ!!」
その男の命令により、数人の兵士達が動きだした。
「お止めください!どうか…どうか、妹を…」
土下座をして謝る一人の女性。
二人の兵士に、槍で女性の前は塞がれていた。
「姉さん!馬鹿なマネはよしてよ!!こんなヤツらに、頭を下げる必要なんてないって!」
「でも、腕なんて斬られたら…」
「大丈夫だよ!アタシがしてほしくないのは、こんなヤツらに頭を下げる事だよ!」
キッと睨みつける女の子に、しびれをきらした男。
「貧乏女が生意気なっ!!早く切り落としちまえ!!」
女の子は兵士達に腕を捕まえられ、地面に置かれた小さな台の上に腕を押さえつけられた。
その時、シイナとルーカスは…
「ヒドいじゃない!!私、行ってくる!!」
人込みの中に入っていこうとしたシイナの腕を、ルーカスはすかさず掴んだ。
「何する気だ!今は揉め事をさけた方がいい!!」
ルーカスの話をまるで聞かないシイナは、掴まれた腕を降りはらった。
「何??黙って見ていろと言うの??ふざけないで!!」
シイナはルーカスに怒鳴りつけて、人込みへと消えていった。
「ちょっと待ちなさいよ!!」
男に怒鳴る声がする。
シイナの声だ。
「あの馬鹿…」
ルーカスは呆れたように、シイナを見ていた。
シイナは兵士達を押し退けて、男の前に出ていった。
「その手を放しなさい!今の話を聞いてれば、盗みと暴言。それだけで腕を斬るなんて、どうかしてるわ!!」
「また、威勢のいい女か…。お前には関係ないだろう。」
「関係あるわ!こんな光景、黙って見ていろと言うの??」
「お前も切り落とされたいのか??」
「あなたは間違ってる。人の上に立つ者なら、もう少し民の事を考えてはどう??」
「私はこの国の大臣だ。生意気な口をきく者には罰を、良い事をした者には褒美を…。当たり前の事だ。」
「それは分かるわ。でも、腕を切り落とす事なんてないじゃない!!」
「お前、何者だ??見た所、よそ者と見えるが…」
「私??私はいろいろな国を旅する旅人よ??」
「ふっ…。よそ者にうちのやり方を、とやかく言われたくないな。」
「よそ者だろうが、何だろうが関係ないわ!!大臣なら分かるでしょ?民は国の宝よ!」
「宝…。民がいなくては、国は成立たない。民は…宝…。お前の言い分も、分からんでもない…。」
「なら!!」
「だが、この娘は宝の中でもゴミなんだよ…。分かるか?ゴ・ミ!!」
大臣は女の子を指差しながら言った。
その言葉に怒ったシイナ。
「宝はゴミにはならないのよ!!宝石だって、どんな姿になっても捨てないでしょ??古びたって、汚れたって、埃をかぶったって…。傷がついたって、割れてしまたって…。どんな宝石にだって、価値があるの!!あなたは宝がどんな姿であったって、決してゴミだと言う事はないでしょうね!それと同じ事よ!!」
それに圧倒された大臣は、シイナの前から一歩下がった。
「だ、だ、だから…何なんだよ!宝だ、宝石だって…それとこれとは別の話なんだよ!!」
「あなたは、まるでロボットね。ただマニュアルに従って動く…。過ちを犯したら斬る。どんな事を言われたって、曲げない。でもそんな事では、国がすぐに滅びてしまうわ!」
大臣は、また一歩下がった。
「な、何だと??」
「大臣ともあろう人が、人の心を持たないなんて…。そんな事で、民達がついてきてくれる訳ないわ…。そんな事が他国に知れれば、どんな取引だって失敗。国王が大臣のせいで…と分かれば、たちまちこの国から追放されてしまうでしょうね。」
「そ、そんな…」
大臣の顔がどんどん青ざめていく。
「さあ、どうするの?今あなたは、自分の首を自分で締めようとしているのよ??後はあなた次第…。」
そう言って、シイナはルーカスの下に戻っていった。
周りにいた傍観者達は唖然として立ち尽くしていた。
「行くわよ…。」
小さな声でルーカスに言って、その場を立ち去ろうとした。
後ろから聞こえる声に、満足気な笑みを浮かべながら…。
「どうなさいますか??」
「止めろ!!中止だ、中止っ!!」
「ですが、この者の処罰は…」
「そんな事はどうでもいい!早く城へ戻るぞ!!」