◆ 7歳の祝い
「嫌よ!私に近付けないで!」
「何だよ。ただの蛙だぞ?」
「嫌なものは嫌なの!」
穏やかに風が流れ、木々が生い茂っている。聞こえるのは揺れる木々や葉の音。川に流れる水の音。鳥のさえずりや動物の足音。
少年は河原で蛙を捕まえると、少女の前に突き出した。少女は必死で少年から逃げた。河原の石を飛び越え、川を渡り必死で走り回った。でも、どこか楽しそうに…
風になびく長いブロンドの髪。透き通った青い瞳に良く通る高い声。華奢な体に貴族らしいドレス。
少女はシェルハッタ王国の姫、ユキであった。
ユキが野原をかけあがると、そこにいたのは杖をつく70代ぐらいの老人。老人はいかにも頑固そうな顔つきだった。
「ルイ、その辺にしておきなさい。姫様はこれから誕生日パーティーにご出席なさる。主役がいなくては、話しにならぬのでね。」
この老人はシェルハッタ王国に代々仕えているラーセン家の一族。フイズリー・ラーセンであった。元はユキの母、ビアンカ王妃に仕えていた執事だった。
「フイズリー。もうそんな時間ですの?」
ユキは少し悲しそうな声で言った。
「はい。そろそろお支度をなさらなくては、パーティーに間に合いません!」
ユキはフイズリーを見て、諦めたように言った。
「はぁ…わかったわ…。城に戻りましょう。ルイ、ごめんなさい。もう行かなくてはいけないの。」
「ユキ、また遊びにおいでよ。待ってるからさっ!」
ユキは笑顔でうなずいた。
だが、ルイの瞳はどこか寂しそうだった。
ユキはフイズリーに連れられて、ルイといた河原からだんだんと離れていった。
ユキは後ろを振り返り、ルイに向かって叫ぶ。
「ルイ!パーティーが終わったら、すぐに来るわ。」
するとその言葉を遮るようにして、フイズリーが険しい顔で言った。
「ユキ様、いけません!パーティーが終わっても、稽古があることをお忘れですか。くれぐれもユキ様のお立場は…」
「うるさい、うるさい、うるさい!私が来ると言ったら来るのです!」
ユキはフンッ!と言い、野原をかけていった。
ユキは城の門をくぐり、寝室に向かって走った。寝室に入ると、真っ先にベッドに飛び込む。うつぶせになり、顔を枕に押し付ける。
すると、いきなり後ろから何人もの女官が寝室に入ってきた。腕には多くのドレスが垂れ下がっていた。
「何をしてるの!?」
ユキは飛び起きて部屋を見渡した。
部屋中には、たくさんのドレスや宝石が置かれている。
「王妃様に頼まれて、ユキ様のお支度を命じられました。」
女官長・ナターキアが深々と頭を下げながら言う。
「お母様に…」
ユキは渋々ベッドからおりると、着せ替え人形のように次から次へと着せられ、脱がされの繰り返しだった。
女官達は15分間の末、やっと自分達が満足のいく盛装ができたらしい。
長いブロンドの髪は頭の上で一つにまとまり、赤い髪飾りでとめられた。白い純白のドレスに、時折見せる宝石の輝き。首と腕には水色の宝石。足にはほのかな水色の宝石がちりばめられた白い靴。
「姫様、素敵ですわ。」
女官達は口々に褒め出した。
「では、姫様。広間で皆さんお待ち兼ねですわ。」
ナターキアはユキの背中に少し手をあてながら、広間へ誘導する。
広間に着くと大勢の民達であふれていた。
ユキが広間に現れると、歓声が響き渡った。
すると、歓声に混じり聞こえてきた声。その声の主をユキは何も言わずとも当てることができた。
「ユキ。」
「お父様!お母様!」
先に盛装をすませ、待っていたシュナフ王とビアンカ王妃の声であった。二人の元へ駆け寄り、飛び込むように抱きついた。
ユキは後ろから急に響く声に驚き、振り返る。振り返る先に見えたものは、大勢の民達の笑顔だ。
「ユキ様!7歳のお誕生日おめでとうございます!」
広間に集まった民達は声をそろえて言った。
それからパーティーは何時間も続き、にぎやかな一日となった。
この素晴らしい一日から月日が経つこと10年…