◆ 民、救出作戦
兵たちは草むらや壁の隙間、家の隅々まで。残りの民たちがいないかと、探し回っている様子。
何らかの理由で、まだまだ民を必要としている。
と、シイナは考えている。
「サリヲ、頼みたい事があるの。」
剣を受け取ったシイナは、大通りに出る所だった。
兵たちの様子を見て、何か思い付いたようで…。サリヲを呼んだ。
「何だ?」
「これを四方に投げてほしいの。」
シイナは腰に下げていた小さな袋を、サリヲに手渡した。
「これは?」
「中を見て。」
サリヲは、袋の口を縛っていた紐をスッとほどく。
そして、恐る恐る中を覗き込んだ。
そこには、たくさんの黒い玉が入っていた。
「煙り玉よ。」
シイナは静かに言った。
「け、煙り玉?」
「兵たちを、かく乱させる為に使うの。あんな数の兵に、一人で立ち向かうほど…馬鹿じゃないのよ?だから、ちょっとだけ慌ててもらいたいの。お願いっ!」
少し笑みを浮かべながら頼むシイナ。
サリヲはシイナが本気で兵と戦おうとしている姿を見て、協力しようと思うようになっていた。
「わかった。どうすればいい?」
「まずは、ココの屋根に登って?」
「は?」
シイナがニコッと笑って、屋根をクイッ、クイッ、と指差す。
サリヲは何の意味があるのかと不思議に思っていたが、渋々、はしごを用意して登った。
「これから、どうすりゃ良いんだ?」
屋根に登ったサリヲは、兵にバレないように頭を低くしながら、小声でシイナに言う。
「後は、投げるだけ。なるべく固まらないように、四方に投げてよ?」
シイナもなるべく小声で言う。
「じゃあ、投げるぞ?」
サリヲが拳ほどの黒い煙り玉を、一つ手に取った。
シイナのコクリと頷いたのを合図にして、サリヲは少し控え目に手前の方に投げてみた。
すると、シュゥーと音を立てて、みるみるうちに一部の兵たちの姿が見えなくなっていった。
「おー、凄っ!!」
「サリヲ!後、いくつか頼んだ!!」
「おう!!」
サリヲは煙り玉に楽しさを覚えたようで、笑顔でシイナに言った。
シイナはサリヲから貰った剣を構え、大通りに踏み出した。
サリヲは次々と煙り玉を投げ、兵たちは混乱している。
シイナの忍び寄る影にも気付かず…
「おい!何だ、これは!!」
「原因を、早急に突き止めるんだ!」
そんな声が飛び交う中、背後からシイナが忍び寄る。
兵に捕まってしまった人たちも、悲鳴をあげてパニック状態。
その時……
「隊長、煙りが全く止みません!!これは、何のた、め…に……グハッ」
煙りの中で、一人の兵の声が途絶えた。
シイナの剣によって、刺されたのだ。
「どうしたっ!!…ウッ!!」
刺された兵の異変に気付き、後ろを振り返った途端に斬られてしまった。
その勢いで、また一人。また一人。と、兵たちを斬り倒していくシイナ。
すぅ………
煙りが消えた時、兵たちの姿は無惨なものだった。
「キャ〜!!」
兵を殺し、血まみれになったシイナの姿に、一人の女の人が悲鳴をあげた。
自分たちも殺されるのだろうと思ったらしい。
皆、震えていた。
だが、その震えもすぐにおさまった。
シイナの行動を見て…
「ごめんなさい…。」
剣を鞘にスッと収める。
そして倒れている兵たちに向かって、立て膝をつき、申し訳なさそうに謝った。
それから立ち上がって、捕まっていた人たちの方へ歩いた。
「大丈夫ですか?」
悲鳴をあげた女の人の後ろに回り、手を縛ってあった縄を短剣で切った。
「あ、ありがとう…。」
シイナは次々と縄を切っていき、捕まった人達を解放していった。
「すげぇな、お前。煙りの中で、全員殺せるなんて。」
「まあね。目で相手を追ってないから。」
「うおおお、凄い発言。」
屋根から降りてきたサリヲ。
兵たちの死体を眺めながら、シイナに近付いていく。
「皆さん、すぐに身を隠しましょう。二度と捕まらないように、私が案内します。」
「ロリエ…」
ルーカスとロリエが、後ろから現れた。
そしてロリエが、捕まった人たちに向かって言う。
捕まった人たちがザワザワし始めた。
するとその中の女の人たちが、立ち上がった。
「お願いします。そこへ連れていってください。」
「お願いします。」
ロリエは、分かりました。いうように、頷いた。それから、女の人たちを連れて歩きだした。
残った男の人たちは、座ったまま何やら話し込んでいた。
「皆さん、逃げないんですか?」
シイナの言葉に全員が頷いて、一斉に立ち上がった。
そして一番前にいた男の人が、シイナにある決意を述べた。
「我々はこの国を守りたい。まだまだ、マトピス王国の兵はいました。この国の内部に、どんどん進行していっています。」
「あなた達……まさか………」
「我々は、この国の為に戦う覚悟ができています。お願いします。我々と一緒に、戦って下さい。」
「どうして、私を…」
「あなたは、普通の女とは違う。我々を助ける為に、兵たちを一人で倒した。煙りで兵をかく乱させるという、冷静さもある。我々だけじゃ、作戦もたてられない。それに、無謀に突っ込んで無駄死にするだけ…。あなたの力が必要なんだ。頼む…。」
全員が何度も何度も頭を下げて、シイナに頼んだ。
「俺は反対だ。」
突然、ルーカスが言った。
全員の目線が一気に集中する。
「ルーカス、どうして?私は…、手伝おうと思う。」
シイナがそう決意し、ルーカスに言う。
だが、ルーカスは断固として反対のようで、首を横にふる。
「どうして、反対なの!?ルーカスが私の身を心配してくれているでしょ?」
「それも、そうだが…。女のお前に何が出来る。さっきのは偶然にすぎないだろう。」
「言ったわね?だったら、さっきのが偶然じゃないって事、証明してあげる。」
「は?何、言って…」
「うるさいっ!!ルーカスは黙って見てて…。危ないと思うなら、あなたも協力して!良いわね??」
シイナはルーカスの返事も聞かずに、男の人たちの元へと歩く。
ルーカスは止めさせる所か、逆にやる気にさせてしまったと落ち込んで座り込む。
「逆効果だったな…」
ルーカスはそう一人で呟いて、協力する決心をする。
シイナは協力してくれと言ってきた男の人たちを集め、作戦会議を始めた。
「シイナさん。我々は、どうしたらいいですか?」
「まずは左右に別れて、裏道を使って兵の様子を探索。相手の動きをしっかり把握して、マトピス王国の目的を探りましょう。」
「「はいっ!!」」
シイナの作戦を聞き、男の人たちは勢いよく返事をした。
「だったら、右と左でまとめる人が必要だろ?作戦は聞いてたよ。左は俺に付いてきてくれ。」
そう言って、ルーカスが男の人たちの半分を連れていった。
そしてシイナは、サリヲを含む男の人たちを右の裏道へ連れていった。