◆ 攻められし王国
インシェナ王国に滞在して、五日目の朝。
シイナは、インシェナとマトピスの友好関係の亀裂について調査を…。
ルーカスは、乗馬訓練に没頭。
ロリエは、叔父の家に行ったっきりで帰ってこなかった…。
今、ルーカスの乗馬訓練中である。
馬屋の主人に、毎日丁寧に教えてもらっている。
「もう、一人で乗れそうね??」
「シイナ!?」
ルーカスは馬に乗りながら、シイナを見て驚いた様子。
「いつから居たんだよ。」
「さっきから。」
ルーカスは馬から飛び降りて、シイナの方に近付く。
「友好関係の調査は、順調か?」
「まあまあ、ね。いろいろと周ってみたけど、分からない事がたくさんある。」
「そうか…。そういえば、ロリエに会ったか?」
「ううん。この五日間、ずっと宿に戻ってきてないみたいだし…。叔父さんの所に泊まってるのかな?」
「だろうな。まあ、そのうち帰って来るだろうけど。」
二人がロリエの話をしていると、いきなり聞き慣れた声が聞こえた。
「シイナ!ルーカス!」
「ロリエ!?」
最初に気付いたのは、シイナ。
シイナの声を聞いて、ルーカスも気付いた。
「やっと見つけた…。探したんだからね?」
少しだけ息を切らしたロリエは、呼吸を整えた後。シイナとルーカスに言った。
「ロリエ、久し振りね?五日振り。」
「叔父の家を探すのに、案外手間取っちゃって…」
「そうだったの。」
「……って、シイナにそんな話をしに来たんじゃないんだった!」
「え??」
「インシェナ王国に、関係があるか分からないけど…。今までに、たくさんの国がマトピス王国の兵士に襲われていたらしいの!」
「どういう事?」
「シイナ。一度、宿に戻ってからゆっくりと…、順を追って話すわ。」
「わかった。」
シイナら三人は、馬屋を後にして宿に戻った。
―宿屋―
「で、マトピス王国に襲われたっていうのは??」
「私が叔父の家に行った時に、聞いた話何だけど。」
「それで?」
「数日に渡って、もう六ヶ国やられているみたいで。国中の男の人や女の人を連れさっていったとか…。」
「何の為にそんな事…。」
「そして、このインシェナ王国も危険なんです!」
「どうして?」
「襲われていた六ヶ国中の四ヶ国は、インシェナ王国に隣接している国ばかりなの。だから、狙われる可能性が高いって訳。」
「マトピス王国がインシェナ王国を最も敵視しているとなると……。」
シイナとロリエが、ベッドに座りながら話していた。
今まで一言も発していなかったルーカスが、いきなり大きな声を出した。
「あぁ!!」
「ルーカス!?」
シイナがその声に驚いて、ルーカスの方に振り返る。
ルーカスは窓辺に片手をついて、外を指さしていた。
それに気付いて、シイナとロリエはルーカスの方に。
「あれ見ろよ!何かが燃えて、火事になってる。あそこら辺は、国の国境付近じゃないのか?」
「まさか、マトピス王国から攻め込まれて…」
ロリエが腕を組みながら、呟いた。
「ここでジッとしてても、どうにもならないわ。行ってみましょう。」
シイナはそう二人に言うと、部屋から出た。そして、二人も続いて出ていった。
―火事現場・国境付近―
そこでは、民たちの悲鳴が響いていた。
火事の原因は…、
マトピス王国の兵士に攻め込まれた事による被害。
悲鳴をあげている民たちを、端から兵士が集めている。
「シイナ、見て…あそこ。兵士が集めた女の人や男の人を中心に、10人ほどで囲んでる。」
シイナら三人は、細い通りに身をひそめていた。そこでロリエが、指を差して言ったのだった。
「あの人達、助けられないかな。」
シイナが腕組みをして、考える。
そこに、ルーカスが慌てて止めに入った。
「ちょ、ちょっと待て!!そんな事出来る訳ないだろ?」
「やろうと思えば出来るの!!」
「無茶するなっ!女のシイナが、兵士に勝てる訳ないだろ?」
「言ったわね?女だから、とか。私が一番嫌いな言葉。ルーカスが何と言っても、やってみせるんだから。」
「おいっ!!」
ルーカスとロリエを置いて、シイナは小道を抜けた。そこから、裏通りに出て走った。
火事現場に近付くと、小道に入り身をひそめた。
すると、背後から人の気配を感じた。
カサッ、カサッ、カサッ
だんだんと近付いてくる。
一歩、また一歩と…
サッ…ガタンッ!!
シイナは、腰に忍ばせておいた短剣を引き抜いた。そして振り返ると同時に、背後にいる人物の横に手を伸ばし、首元に突き付けた。
そして、思いっきり睨み付けた。
「ちょ、ちょ、ちょ…落ち着いて。ね?俺だって…。サリヲ、サリヲだよ!!」
サリヲ…。
両手を上げて、訴えている。
火事場で働いていた、青年だ。
シイナは安心して、短剣を鞘に戻した。
「驚かさないでよ…。」
「ふぅ…、冷や汗が出たよ。寿命が三年は縮まったな。」
サリヲは座り込んで、汗を拭いながら言った。
「大袈裟ね。まったく…」
「大袈裟ったって、あと少しで首がとんでたぞ?スパンッ、ってな…。」
「大丈夫よ。殺さないように、寸前でとめてたわ。」
「なあ、アンタ何者だよ。」
「何度も言わせないでよ。ただの旅人。」
「嘘つくなって。ただの旅人が、後ろにいるヤツの首元目掛けて、振り返りざまに一発で寸止めできるか?」
「……、できる。」
シイナは壁に背中をつけて、火事現場の方を確認しながら答えた。
「はぁ…。まあ、いいや。ただ者じゃないって事だな。」
「シッ……」
シイナは静かにしろと言うように、指を唇に当てた。
そして手を後ろに回し、サリヲを自分側の壁に押した。
「静かに…」
シイナはそれだけ言うと、壁に張り付いたまま動かなかった。
その直後、横の大通りに一人の兵士が通った。
シイナはその兵士の腕を持って、引き寄せた。そしてお腹に手を回して、グッと一撃。
兵士はその場に倒れこんだ。
「わわわわわわ、何してんだよっ!」
「戻ってきたら、気付かれちゃうでしょ?止む負えなかったの。」
「し、し、し、死んだの…か?」
「しばらく、眠ってもらってるだけ…。大丈夫よ。殺しはしない。」
「そ、そっか…。」
「サリヲ、そっち持って。私は足を持つから。」
「あ、ああ。」
シイナに言われ、サリヲは気絶した兵士の頭を。シイナは足を持ち、奥の方へ運んだ。
「なあ、何する気なんだよ。こんな所に潜んで…。」
「あそこで掴まってる人達を、助けに行くの。」
「へー………って、嘘だろ!?正気か?早まるなよ、掴まるのがオチだ。」
「掴まらなければ、問題ないでしょ?」
シイナはニコッと、自慢気な笑みを見せた。
「何か策はあるのか?」
「ううん、ない。」
「じゃあ、どうしてそんなに自信満々なんだよ。」
「端から倒していけばいいのよ。」
「た、倒す?アンタが…?」
「絶対出来ないと思ってるでしょ。失礼しちゃう。」
シイナは大通りに向かって歩き出した。
サリヲはため息をつきながら、シイナの腕を掴んだ。
「何…?」
「これ、やるよ。」
サリヲは、シイナの前に剣を差し出した。
「その短剣だけじゃ、戦えないだろ?役に立つかは分からないけど、あるのとないのとじゃ違うだろ?」
「ええ、ありがとう。」
シイナは表情をパッと明るくさせて、サリヲから剣を受け取った。
そして民たちを助けるべく、大通りに出た。