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思いがけない王子の溺愛が、すべてを奪われたバツイチ辺境天文子爵令嬢を変えました

 ダリアンは妻の気持ちを逆なですることにかけては天才的な男だった。

 天文辺境子爵領の代官や顔役をねぎらう晩餐会の直前のそのときも、その天才ぶりは通常営業だった。


「招待客はもう決まっております。勝手に増やさないでくださいませ」


 ヴィルハート天文辺境子爵家当主のエリアナ、つまり私は、自ら脚立に乗って星の間の天井につけられた星と月の飾りの位置を調整していた。何時間もかけて洗って磨いたのだ。


 使用人たちは手伝ってくれたが、磨く仕上げは当主である私にしか出来ない。辺境の名産であるこの金属を磨くには経験と技術が不可欠だ。


 安楽椅子にゆったり座ったダリアンは髪と同色の黄金の眉を下げ、ふんわりと笑った。

 アルテミス王国の第四王子である彼は神殿の壁画に描かれた輝く天使を思わせる。芸術品のように整った中性的な細面だ。しかし、そうやって柳眉を下げると親しみやすい愛らしさがほとばしるようだ。

 とはいえ、言うことは全く愛らしくないのだが。


「大丈夫だよ。もうひとりくらい、座ることはできるだろう」

「畏れながら申し上げます。当子爵家での晩餐会はただ座って食を共にする機会ではございません。席順など、いろいろございます」


 ダリアンはわざとらしいため息をつく。


「まあ、エリアナは田舎育ちだからね。都会の融通の利く女性の配慮を求めるのは酷かもしれない。セリーナの説明をもっとちゃんと聞かないと、ね」


 私はカッと顔が紅潮するのを感じた。

 ダリアンは何かというと私を田舎者といって貶める。

 そして、見当外れな施策を勝手に実行して、領地を混乱させる。

 商人や農民に課す税率を上げて、そのことを子爵である私に事後承諾を取ろうとした。そのあと、大騒ぎになったのは先月のことだ。

 今月のオイタは晩餐会を混乱させる程度で終わってくれると良いのだが。


 私は辺境伯の末娘に生まれた。天文辺境子爵位を賜り、広大な領地の一部を任された。領地管理と天文の仕事を担当している。

 王命によるダリアンとの結婚から1年、彼は私を侮辱し、働かせ、そして恐怖で支配している。


 閨での彼は自分勝手で、仕事も滅茶苦茶、贅沢し放題。それでも私は彼に逆らえない。彼の冷酷な目と、言葉の端々に潜む恐怖が私を縛りつけている。この国の王家は、恐怖で人を支配することに長けている。

 私はその伝統に囚われ、貶められ続けているのだ。


 ダリアンは王家の中でも蔑まれている則妃の子だ。彼女は差別の中、生き残って息子を成人させた。

 恐怖で人を支配する方法に長けているからだ。

 ダリアンも母の影響を強く受けており、恐怖を武器に生き抜く術を学んだ。美しい容姿だけでは第四王子としての地位を守れないため、その術を駆使している。

 セリーヌは都会育ちの伯爵令嬢で、ダリアンと乳姉弟の関係だ。子爵領を引っかき回す共謀者である。


「エリアナ嬢は……辺境の特産の芋のような風情ね。芋というのは……栄養がありますし、下々の者たちを飢えさせないためにはとても良いものだけれど、洗練されない女性は腐った芋みたいなもの。セリーヌの薫陶を受けてお励みなさいませ」


 セリーヌに学ぶよう命じてきた義母である則妃は、何を言っているのかよく分からない女だった。

 それなのに気がつくと私はセリーヌを天文辺境子爵家に招いていた。怖かったのだ。

 セリーヌの「薫陶」は、上っ面の礼儀をそれらしく話すだけのくだらないものだった。

 それでも私は彼女を追い返せなかった。


 天文辺境子爵である私が司っている仕事の重みや、その仕事が王家を支え、王都の隆盛の礎になっていることを、彼らは理解できない。

 しかし、その仕事の成果で得られる御下賜金による贅沢だけは、積極的に行う。ダリアンはそれを得意としていた。

 ダリアンは私を得たことで、水を得た魚のように生き生きと泳ぎだした。

 私はその魚の煩わしさが淀ませる不快感に、息が詰まるような思いをしていた。


 さて、晩餐会は滞りなく行われた。

 星の間の美しい装飾を見上げながら、新鮮な辺境の食材と王都から取り寄せたとっておきの食材を組み合わせた料理に、招待客たちは堪能し、ダリアンに賞賛の言葉をかけていた。

 結局、ダリアンがしたことは、とっておきの食材を費用に糸目をつけず指定し、招待客の人数を変更して混乱させることだけだったが、そんなことは大きな問題ではない。招待客が満足することがいちばんだ。


 結局、ダリアンの友人ふたりが来たので、私が席を外し、裏方に専念することになった。

 ダリアンは楽しげに、パートナー役を務めるセリーヌと談笑しながら美食を楽しんでいた。


 セリーナは生粋の王都育ちで、ほっそりとした体つきだ。ダリアンの幼馴染みで、ふたり寄り添って立っていると、美しい花木が揺れているような香しさを感じさせる。


 セリーナは天井の飾りに異常な興味を示し、くすねようとしたので、見張りが大変だった。彼女も食材の指定のみで活躍していた。


「エリアナは存分に裏方役に徹すれば良いんだよ。さあ、頑張って。天文の仕事もさぼっちゃ駄目だよ」


 そういうダリアンにうなずくセリーヌ。ふたりは容姿も性格もよく似ている。


 ふたりとも、私の手柄を横取りすることに長けている。今日のために裏方の私が用意した料理や装飾はすべてセリーヌが用意したことになっている。


 その晩餐会からしばらくして、ダリアンは王命で天文辺境子爵位を得たことを私に通告してきた。

 爵位を奪うことを企て、成功した彼は、何の罪悪感もないようだ。美しい眉は可愛らしく下がって、愛嬌のある無邪気な雰囲気を醸し出している。

 見せられた書面には、天文辺境子爵がダリアンに移ったことが玉璽により証されていた。


 ダリアンは早速新たな子爵夫人を娶るそうだ。


 「私、妊娠したの。天文辺境子爵であるダリアンを継ぐ子よ」


 勝ち誇ったような声でセリーヌが言う。ダリアンのパートナー役は、夜のお勤めも業務のうちだったらしい。


「ダリアン様が天文辺境子爵に? 天文の仕事は……?」

「ふふ、そんなことダリアンがするわけないでしょう。お前がやるのよ。これからはお前が私たちの奴隷として働くの」


 セリーヌの手に、2枚の紙がある。1枚は私とダリアンの離縁証明書だ。こちらにも玉璽が押されている。

 もう一枚の紙には魔方陣が書かれている。そのまがまがしさに私は逃げようとした。

 しかし、少し遅かったらしい。


 みるみるうちに私の腕に今まで感じたことのない痒みと共に奴隷紋が広がっていく。首からあごにかけても同じ痒みが走り始め、恐怖が一気に押し寄せる。

 もうじき私の顔は奴隷紋に覆われ、脳にまで侵入し、完全にセリーヌの支配下に置かれるのだ。


 ダリアンが服を脱ぎはじめ、不気味な笑みを浮かべた。


「セリーヌは安定期に入った。エリアナの前で私たちの愛を確認しよう。奴隷エリアナ、私たちをじっくり見るんだよ」


 ――こんなの、耐えられない。


 私はそう思って、手首の腕輪をぎゅっと握った。

 それは遠い子ども時代、国境沿いの街で一緒に遊んだ少女との別れのときにもらったものだ。


 私は彼女を信頼していた。幼い遊びのさまざまな局面で、私たちは楽しみ、協力して苦難を乗り越えた。時々けんかもしたが、仲直りで絆が深まった。

 その少女が別れ際に「苦難のときに、この腕輪がエリアナを守りますように」と言って渡してくれた。


 いつもはつけないが、その日は不思議な予感がして、久しぶりにまとっていた。


 ――レオナ、助けて。あのとき貴方が言っていた苦難が、来てしまったみたい。


 その瞬間、ダリアンとセリーナの姿が激しい風に吹き飛ばされ、消えた。

 風は屋敷の厚い壁を突き破り、ふたりを空へと放り出した。同時に、私の腕と首から奴隷紋が剥がれ、ふたりを追うように飛んで行った。


 痒みがおさまった私はその風の暴力から免れていた。驚きにうろたえて立ち尽くす。


 壁の穴の向こうから悲鳴が響く。


「ぎゃあああ!  痒いわ!」

「これは何だ、離れない! うぐっ」

「ダリアン! あなた、口まで奴隷紋が……あああ、うぐっ」


 そのとき、低い声が私に呼びかけた。


「エリアナ、呼んでくれてありがとう。迎えに来たよ」

「誰?」

「レオナ……だよ」

「嘘! あなたは本当にレオナなの?」


 私は唖然とした。そこに居たのは、どこか懐かしい雰囲気をまとった黒髪の大柄な男性だった。角張った顔は神殿の壁画に描かれた神のように雄々しく、気品に溢れていた。

 ダリアンは身体を鍛えることに熱心で、見栄えの良い筋肉が付いていた。

 しかし、レオナと名乗る男性は違った。彼の体つきは、辺境の頼もしい男たちによく見かけるものだった。民とふるさとを守るため、愛をこめて戦う力をつけるために鍛えた筋肉だ。


「そうだよな。分からないよな」


 男は面目なさそうにしょげながら自嘲気味に笑う。その頬にえくぼができる。猛々しい男には似合わないそのえくぼには見覚えがあった。


「レオナ……男だったの?」

「そう、あのときちゃんと言わなくてごめん」


 そのとき唐突に思い出したことが私を赤面させた。


「一緒に川遊びとかしたのに!」

「……服を着ていただろう」

「いや、そういうことじゃなくて!」


 レオナは面目なさそうに言う。


「我が国と友好的に協働してくれる隣国の国境沿いの街に、叔父に連れられて勉強に行った。そのとき、エリアナの父君に身元を隠してお世話になった。叔父は私の身元を隠すために、私を女に仕立てたんだ」

「なんなの、それ」

「身元はバレなかっただろう」

「まあそうだけど。それから……ありがとうございます。さっきの風は呪い返しの秘匿魔術……ですよね」


 私ははっとして、その場にひざまずいて、貴婦人の最高礼の所作を取った。


「それを使えるということは……もしや、レオナ……様の隠した身元って」


 レオナは騎士の礼を取ってから、私の前に同じくひざまずいた。そして、私の手を取って立たせた。

 

「そうです。私は秘匿魔術の使用権限を持つ王族の一員。アルテミス王国、国王第3子レオナード・アルテミスと申します。正統な辺境天文子爵であられるエリアナ・ヴィルハート嬢、我が城にいらしてください」

「え、でも……」

「大丈夫、エリアナの父君とは話がついている。辺境伯領は独立して、アルテミス王国の同盟国になるんだ。あ、私のこともレオナードと呼び捨てして」


 改まった言葉遣いを元に戻したレオナードの前で、私はそわそわと当惑した。


「天文辺境子爵家の立て直しをしなきゃ。元夫に暴政を押しつけられたのよ」


 私はさっきの風でかなり壊れた屋敷や、ダリアスが余計なことをしまくった領地が心配だった。


 そのとき、ひとりの懐かしい男が入ってきた。


「エリアナ嬢の元夫、子爵位を強奪しようとしたバカ王子である奴隷のことは、今後は心配しなくていい。奴隷紋による支配権限は私に移行している。しばらくおとなしくするよう制御してきた。」


 ――ずっと覆割れるようにつきまとっていた恐怖が消えたのは……制御の性だろうか。

 私はホッと一息つく。


 記憶より10年ほど老けて見える。かつて彼の隣にいた少女レオナがたくましい青年に成長したように、彼も年月の流れを感じさせる姿だった。


「レオナのお父さん? じゃないのよね」

「はい、アルテミス王国王弟、公爵ジェラルモです。エリアナ嬢……だいぶ辛い目に遭われたようですね。ご自分では気づいておられないでしょうが、かなり心身が痛めつけられている」


 ジェラルモは医師の才を持ち、鑑定の能力があるという。私の許可を得て、鑑定をかけて判明した私の深刻な衰弱について説明してくれた。


「かなりのストレスがかかっていたようですね」

「はい……離縁した夫が妻の気持ちを逆なでする天才で」


 私がいたずらっぽく言うと、ジェラルモとレオナ……レオナードは痛ましそうに、それでも場を暗くしたくない私の気持ちを慮ったように、にっこりと笑った。


 そのあと、私たち3人は、翌日やってきた父の辺境伯も交えて、じっくりと話をした。


「引き続きエリアナが辺境天文子爵を務められるように、よく掃除しておく。まずは父と公爵閣下に任せなさい。お前は心身を癒やすことに専念してほしい」

 

 数日後、隣国から文官や騎士が大勢やってきた。ダリアンが引っかき回した領地の立て直しを助けてくれるのだ。

 睡眠を取る暇もないくらい忙しかった日々が終わって、このまま回復したら一緒に領地の立て直しが出来ると申し出たが、父に強くはねつけられた。

 私はもう一度他人を信じて、父とジェラルモに任せることにした。


 レオナ……レオナードは私を抱き上げて、豪華な移動用魔導具に乗せた。私は彼の膝を枕にして、うとうととまどろみながら数日移動した。

 アルテミス王国についてしばらくは、レオナードの強い希望で、何もしないで彼の城で過ごすことになった。

 私を蝕んだ病は、ジェラルモが手配した薬だけでは治らないらしい。


 「くれぐれも安静にしてください。よく寝て、よく食べて、よく笑ってください」


 私はその指示を守った。のんびり過ごしていると、順調に回復する。その間、侍女たちが身体の手入れをしてくれる。なかなかの凄腕で、技術に感心した。

 

「おはよう、エリアナ……っ、くっ」


 入ってきたレオナードが絶句して立ち尽くす。彼は仕事で数日来られなかったので、凄腕が磨いた私の姿が新鮮だったらしい。


「どうしたのレオナード。日焼けしたの? 顔が真っ赤よ。訓練のときは日焼け止めを塗らなきゃ」

 

 私が笑いながら朗らかに言う。無邪気を装っているが、本当は分かっている。

 私はきれいになった。自国の王子の妻だったときはやつれる一方だったが、この国の王子様に守られていると……私はきれいになっていく。

 たぶん、きれいになったのは、この黒髪男の心の美しさに異性として焦がれはじめていることが、大きな理由のひとつだろう。

 

「その鈍感さがまた可愛い」

「可愛いって、それ、私に言うことじゃないわよ。子どものころのレオナはつやつやの黒髪で可愛かったなあ。今も髪は王子様らしく美しいけれど」


 レオナードが愛しげに私の栗色の髪を触った。


「エリアナの髪のつやも戻って良かった。今日は……本当に可愛い。いつも可愛いけれど、輝くように美しい」


 私は顔が熱くなるのを感じた。たぶん私の顔も真っ赤だろう。


「やだ、レオナのくせに。そんな女たらしみたいなこと、言わないで」


 レオナードは私の方へとぐっと寄ってきた。


「エリアナ、今日は大事な話がある。ようやく『掃除』が終わった。一緒に天文辺境子爵家に帰ろう」

「でも……」

「分かってる。エリアナの天文の仕事を見てからだ」

「ごめんなさい」


 悩み深い私を、レオナードは広い心で受け止めてくれている。


 その翌週。私はなつかしい天文辺境子爵家に戻っていた。


 ダリアンとセリーナは則妃と共に毒杯を賜ったという。ジェラルモが暴いた玉璽の則妃による悪用とセリーナの禁忌魔方陣の無資格使用は、いかに恐怖支配に長けた則妃でも罪を免れない重大な事件だった。


 フェルモア王国の国王と私の父である辺境伯は話し合った。

 その中で父は、則妃とダリアン王子が王家内でずっと過酷な虐めを受け、心を歪めて辺境天文子爵の簒奪で見当違いな復讐と成り上がりを企てた責任を国王に説いた。

 国王は反発しつつも、事なかれ主義で王家内に恐怖支配を蔓延らせた自分の君主としての責任を反省せざるを得なかった。

 それだけ、父が後ろ盾としていたアルテミス王国の全権委任の重圧は強かった。


 王家の罪を公に暴かず、3人の重罪人は毒杯を与える。静かに幕引きすることと引き換えに、父の辺境伯領は自治領としての独立を勝ち取った。

 今後フェルモア王国とアルテミス王国をつなぐ友好の架け橋として、辺境伯領は平和を守る決意を固めている。


 私は辺境伯領の中でも大切な役目を担う天文辺境子爵に課された仕事を再開した。


 ある日の夕方、悪雷龍の嵐が吹き荒れた。大雨が打ち続き、雷鳴がいくつもとどろいた。

 私は天文台事務棟室内に留まっていたので、音を聞くだけだった。


 あれだけの音だ。民たちの被害が心配だ。

 辺境伯領をはさんだ2王国の王都は、天文台のある天文辺境子爵領から遠く離れている。

 険しい山を下り、肥沃な農地を通って、白い大理石で構築された夢見るような塔たちがそびえ立つフェルモア王国の王都。

 山の反対側には、やはり肥沃な農地が広がるアルテミス王国。酪農のための牧草地も広がっている。

 蜂蜜色のアルテミス石で建てられた王都の塔たちも、フェルモア王国王都と比べ、引けを取らない美しさだ。

 美しく豊かなフェルモア王国とアルテミス王国を悪雷龍の被害から守るのが、天文辺境子爵家の天文と呼ばれる仕事だ。


 侍者役のレオナードが恭しく声をかけてくる。


「では、エリアナ、用意ができました。お供させてください」

「はい」


 赤い子爵服を身にまとった私は歩き出した。黒ずくめの侍者服を着たレオナードが付き従う。

 辺境の岩山の中腹に作られた石舞台の上へ私は上がる。

 空を見上げた。夕方の暗い空は厚い雲に覆われ、滝のような雨と(ひょう)が落ちてくる。


 悪雷龍が覆った雲の向こうに見えるはずの星々と月に、私は祈った。幼いころから習い覚えた賛歌。天文の仕事の歌。その歌を心の中で繰り返し歌いながら祈る。

 周りから見ると立ち尽くしているだけに見えるようだ。ただ、ちゃんと祈っていないと、分かるひとには「分かる」らしい。

 先代の天文辺境子爵だった祖母に、そのことは厳しく指導された。


 ――尊き悪雷龍様、暴れるそなたに私は愛を贈る。我が衷心の旋律に耳を傾けたまえ。この歌にそなたが耳を傾ける限り、遥か彼方の星々はそなたに敬愛の賛歌を捧げる。恐れることなく、その力を鎮めよ。


 荒れ狂う風雨が少し変わる。石舞台に上がった直後が木々を切り裂く稲妻が轟きと共に辺境の山を取り囲んでいたが、少し落ち着いた。

 私の歌を悪雷龍は聴いている。それをしっかり感じるように、心を研ぎ澄ました。


 ――暴れることなく、その威厳を保て。我が歌がそなたを包み込み、星々と月はそなたの存在を称える。光と雷鳴の饗宴よ、今ここに民を傷つけることなく輝け。そなたの無限の力で、天を裂き、大地を潤し、民たちの畑に恵みをもたらせ。偉大なる雷の守護者よ、その恩恵を解き放ちたまえ。


 子爵服は女性用で、ドレスに似た形状だ。雨で真っ黒になり、身体にまとわりつく。


 歌と祈りを続け、息詰まるような疲労が溢れ、よろけそうになったとき、私は後ろから自分を支えるレオナードの手を感じた。

 彼の手が注いでくれるように感じられる力……これは今までに天文辺境子爵の役目を務める際に感じたことがないものだった。


 そして私はこの力を知っていることに気づいた。

 楽しかった子ども時代、川遊びのとき、私がうっかり流れの強いところに脚を踏み入れ、深みに転びそうになったことがある。

 そのとき、レオナが少女らしからぬ力で私をつかみ、岸辺へと連れ戻してくれた。

 2人とも混乱して、真っ青な顔をして、岸辺で抱き合っておいおい泣いた。

 

 ――あのときから、レオナードは私をずっと守ってくれた。


 私は祈り続けた。


「雲が……」


 誰かが感極まったように言った。厚く空を覆った雲が、静かに消えていく。悪雷龍が巣に帰ったのだ。

 びしょ濡れの私を、布でくるんだレオナードが抱き上げる。そのまま私室まで連れ帰ってくれた。


「エリアナはすごい仕事をしているんだね」


 ふたりの髪を風魔法で乾かしながら、レオナードが言う。


「ふふふ。嫌になったんじゃない? ダリアンはドン引きしていたわ。いちど祈りを見てから、勝手な暴挙が増えた気がする」

「そうか、だから……私たちの結婚を決めるのは天文辺境子爵の祈りを見てからにしてくれって言ったんだね」


 私はおぼつかなげに笑った。


「ええ、レオナもダリアンみたいに豹変するんじゃないかなって、ちょっと怖かった」

「しないよ。ダリアンは何かが欠けた男だった。環境が彼をゆがめた。あまりに研ぎ澄まされ、強力なエリアナに怯えた。だから踏みつけた」

「貴方はそうじゃない」

「そう、叔父さんや、エリアナと一緒に幸せな子ども時代を過ごした。嫌なことも……あった。でも、私は、他人を踏みつけることで自分の未熟さを補うなんて考えたこともない」


 私はうなずいた。そして、祈りのとき、レオナードが与えてくれた力のことを打ち明けた。

 レオナードは得意そうに、そして幸せそうに笑って言った。


「結婚してください。ずっと貴方に力を与えたい。私の力の源はエリアナ自身なんだと思うけどね」


 私はレオナードの胸に飛び込み、強く抱きつき、抱きしめ返された。


 私の新しい夫(予定)は私に力を与える天才らしい。

 これからの人生、ずっと彼の力を確認したい。

読んでいただき、ありがとうございました。


長編小説も書いています。もうじき完結です。良かったら読んでください。

**運命の荒馬に蹴り上げられる逆行転生者は上を向く~プリズム触手異聞~**

https://ncode.syosetu.com/n6335jg/


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この作品は他サイトのコンテストに触発されて書きました。そちらにも投稿予定です。

2024-07-28主人公のフルネームを冒頭に入れ忘れたので、足しました。

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