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平井莉奈と込山翔子

 平井莉奈は公園のベンチに座っていた。住宅街の中にひっそりと存在する、小さな公園だ。今は誰もいない。

 この場所に公園があることは前々から知っていた。同じバレー部のメンバーと、この近辺をよく屯っていたからだ。

 だけど、この公園に足を踏み入れたのは今日が初めてだった。部活をサボり、家に帰る気にもならなくて、しばらくベンチに座って過ごしていた。暇つぶしといっても、何をすればいいのか分からなかったから、ただ空を仰いだ。こうして無心でいると、否応なしに自分のことを考えてしまう。

 莉奈は運動が得意だった。もともとの能力も高いし、六歳の時から中学を卒業するまで野球チームに所属していた。小さい頃から運動が習慣づいており、それが高い運動能力に繋がっているのだろう。運動であれば、体操でも球技でも大抵のことは器用にこなすことができた。勉強はちょっぴり苦手だけど――それはご愛嬌。

 高い運動能力が自慢だった。誇りだった。なのに、それが今は恨めしい。

 クラスにはカーストというものがある。カーストの上位に立てる者の条件は至極単純だ。容姿の優れた者。成績の良い者。高い運動能力を持っている者。このいずれかの条件を満たせば、引く手数多だ。逆にそうでない者は集団から弾かれやすい。加えて、性格の明るさと暗さ。話が面白いか面白くないか。気が強いか強くないか。ありとあらゆる物差しで互いを計り、計られる。大人の社会に区別や格差があるように、学校にだってそれはある。子供たちはそれを知っている。理解し、認めている。

 それに従うと、莉奈は女子グループのボス格だ。美人で運動能力が高いなら、気も強い。周りの目には、何の悩みも苦労もないように見える。

 しかし、莉奈はそれが嫌だった。最近の話ではない。小学校五、六年生からそうだった。そのくらいの年になれば、自分がどうように周りから認識されているのかが分かる。

 莉奈は周りから嫌煙されている。友達も、一緒にいるときはニコニコしていても、影では悪口を言っている。

 莉奈ちゃんは運動が得意で美人だから怖い子。莉奈ちゃんは気が強いからからすぐ人をいじめる。莉奈ちゃんに嫌われたらこのクラスでは生きていけない。莉奈ちゃんがクラスを牛耳っている――

 そんなわけないのに。

 それらを理由に、莉奈はグループからあぶれることが多かった。莉奈ちゃんは運動が出来て美人だからと、表向きは褒めるふりをして弾き出そうとする。

 でも、運動が得意で美人だからって、何が皆んなと違うというのだ。

 私は怖い子なんかじゃない。人をいじめもしない。クラスを牛耳っているなんて、真っ赤なウソだ。

 しかし、その葛藤は誰も知らないし分かってもくれない。その現実が現在、顕著に莉奈に突きつけられている。

 バレー部でハブかれているのだ。きっかけは、同じバレー部の女の子が部活を辞めたことだった。その子が部活を辞めた理由は知らない。顧問は何も教えてくれないし、辞めた本人もあまりに突然去ってしまったので、誰もその理由は知らないはずだ。なのに、部活内どころかクラスでも、その子が辞めたのは莉奈ちゃんのせいだと噂され始めた。

 そんなわけない。その子とはほとんど話をしたことがないのだ。興味もなかった。それなのに、どういじめろというのか。

 だが噂は一人歩きし、クラスではあからさまな反応はなかったものの、部活内で莉奈は完全に仲間外れの対象となった。シカトは当たり前。バレーのボールは回してもらえない。遊びには莉奈だけが誘われない。

 どうしてこんなことをするのだろう?私はただ、皆んなと同じように仲良くしたいだけなのに。

 なのに、この煩悶を分かち合える人は自分しかいない。

 気づいたら、ずっと自分の爪先を見ていた。

 ダメだ。あんな奴らに負けちゃいけない。負けちゃいけないのに――堂々と出来ない。心が折れてしまいそうになる。

 その時視線を感じて、莉奈は目を動かした。次の瞬間、頭を跳ね起こした。いつの間にかクラスメイトの込山翔子が公園の入り口に立っていて、莉奈を見ていたのだ。

 何故彼女がここにいる?

 翔子にはなんとなく苦手意識を持っていた。

 確かに彼女は優しいけれど……。

 あまりに自己主張がなさすぎる。いつもにこにこと人の話を肯定し、周りに引っ張られて行動するばかりだ。そのくせ派閥意識が強く、人によってはっきりと隔たりがある。どう好意的に見ても、付き合いたいと思うクラスメイトではなかった。本能のレベルで、翔子とは合わないだろうと感じていた。何故だか分からないが、翔子が妙に莉奈を恐れているように感じることも多々あり、それは決して思い違いではない。教室ですれ違っただけで、翔子はあからさまにこそこそと首を縮め、逃げるように莉奈から離れていった。

 無論、そういった反応は無視していた。向こうが避けているのに、わざわざ距離を縮めるのは、自分から地雷を踏みに行くようなものだ。ああいう手合いには関わらないに限る。

 莉奈と目が合うと翔子の方こそ驚いたようで、その言葉の通りぴょんと飛び上がった。

 何驚いてんのよ。あんたが見てきたんでしょうが。


「ここで何してるの?」


 本当は知らないふりをしたかったけれど、目が合った以上、無視するわけにはいかない。


「べ、別になにも」


 理由もないのにこんなところ来る?――という疑問が喉元まで込み上げてきたが、すぐに思い直した。莉奈が言えたものではない。


「あれ、翔子ちゃんって帰り道こっちの方向だっけ?」


 翔子はもう片方の最寄駅を利用しているはずだ。それに、普段はいつもの仲良しグループで帰っている。

 翔子といえば友達べったり女子なのにね。

 莉奈は心の中で、思いっきり軽蔑的な表現を当てはめてみた。

 なかなか返事が来ない。翔子の顔から色が抜けていた。


「まあ、色々あって……」


 そういえば先日、翔子が先生にたいそう怒られていた。図書館の本を真っ二つにしたとか。そんなことする子には見えなかったからかなり意外だった。

 あっと思った。翔子はのんちゃんの派閥要員だ。もしかして、濡れ衣を着せられたとか――

 のんちゃんならあり得る。彼女は優等生だが、自分のためなら生贄を差し出すことも厭わない。新学期で一番最初に仲良くなったのはのんちゃんだったが、莉奈は早々に彼女の危険な香りを嗅ぎ取り、距離を置いたのだ。

 翔子の質問で、再び現実に引き戻された。


「莉奈ちゃんこそ、どうしてここにいるの? いつも皆んなと遊んでるイメージなのに」


 私が一人で公園にぽつねんとしていたら悪いか、と莉奈はカチンときた。いけないいけない。ハブかれているせいか、ここ最近精神が尖っている。もっと翔子に優しい気持ちで接しないと。


「今日はそんな気分なのよ」


 すると、翔子は気弱そうに笑った。


「私も同じ。 理由はないけどなんかここに来ちゃった」


 その笑顔に苛ついた。何でそんなに人の顔色を窺う笑い方しかできないんだと、毒づきそうになるのを我慢する。

 翔子と会ったからには、公園に長居は無用だ。さっさと帰ろう。


「じゃあ、また明日ね」

「ま、待って」


 既に公園を出ようとしていた莉奈の背中に、翔子は突然声を掛けた。

 莉奈は止まって振り返る。翔子が身じろぎしたのが分かった。


「な、なんかごめんなさい……」


 それに対しても莉奈はひどくイライラした。

 何を謝ってるのよ?


「私、莉奈ちゃんと全然話したことがないでしょ? 莉奈ちゃんのこと全く知らないから、何話せばいいのか分からなくて……」


 すると、翔子は囁くような声を出した。


「最近、バレー部でハブられてるって聞いたんだけど、ホント?」


 莉奈はへえ……と思った。どこから情報を仕入れたんだろう。本人に向かって聞くなんて、なかなかの度胸じゃないか。


「私も友達いないから、もしかしたら莉奈ちゃんと仲良くなれるかなって思ってて」

「いつも一緒にいるメンバーがいるじゃん」

「あの人たちは私のこと、都合がいい奴としか思ってないから」


 翔子が初めて剣のある言葉を使った。ちらりと翔子の本当の人間性が見えた気がした。

 少しだけ――意地悪してみようかな。


「友達になりたいって言ったけど、それって私がハブかれてるから? それってどうなの? 失礼でしょ」

「そんなつもりじゃ――」

「つもりじゃ駄目なんだよ。 莉奈ちゃんはハブからてるから、私と同じだって? 何勝手に決めつけてんの? どうせ、あの子は友達が多いとか、カーストがどうとか、そんなことばっか考えてるんでしよ? だから都合良く使われるんだよ」


 翔子は項垂れる。ちょっと突っついたら泣きそうだ。


「ごめん……」


 そう言って翔子は身体を丸めたまま、くるりと背を向けた。


「……私、翔子ちゃんと友達になるよ」


 自然と、そんな言葉が口から飛び出した。自分でも慌てた。

 私、何しようとしてるの?

 翔子が肩すかしをくったみたいな顔をするのを、莉奈は見た。


「へ?」


 声がひっくりかえっている。

 いくら気が強いとはいえ、莉奈だってハブからたら悲しい。一人ぼっちは心細い。運動が得意で美人で気が強くても、皆んなと変わらない普通の高校生なのだ。

すると、翔子がもごもご呟いた。


「私、強い言葉を使う人苦手なんだけど……」


 ぱっと見は気が弱くて優しそうなのに、随分と失礼なことばかり言う。これなら友達がいなくても当然だ。私がその腐った性根を叩き直してやろうか。


「あんたが友達になりたいって言ったんでしょ。 何、気休めの嘘だったってこと?」

「そうじゃないけど……」

「さっきから、けどけどうるさいのよ。 そんなに私を否定したいわけ?」

「違うけど……」

「あっ、ホラまた言った」


 自然と会話していることに気づき、照れたように顔を見合わせてから、二人同時に吹き出した。翔子とほんのちょっぴり――距離が縮まった気がする。


「あれ?」


 口を半開きにしたまま、翔子が動きを止めた。


「何よ」

「穂花ちゃんって帰り道こっちだっけ?」


 翔子の目線の先を辿ると、そこには同じクラスの中西穂花がとぼとぼと歩いていた。

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