帰り道
可奈は歩いていた。高校から最寄り駅までまでの道のりである。鉛のように重いリュックを背負ってのろのろと足を運ぶ。口からは今にもため息が吐き出そうだ。天気が良く、広い空が広がっているのに、全く心地よい気がしない。胸の奥では暗い感情が疼いている。今日も、この世界をよく生きていたと自分を褒めたい。
可奈が通っている高校は最寄り駅が二つある。どちらから登下校しても時間的な大差はない。だが、可奈が通っているこの道は、同じ制服を着ている人どころか車一つ通らない。つまり、高校の大多数はもう一方の最寄りから帰るのだ。それは何故か。まず一つは、可奈が歩いているこの道、何もない。本当に何もない。片側は住宅街、もう片側は電車の線路があるという構図が延々と続く。加えて駅がげんなりするほどしょぼい。キヨスクどころか自動販売機すらないのだ。一方、もう一つの最寄り駅は道中に百貨店がある。駅も広いし、趣のある個人経営店も多い。また、これはある種の副産物であるが、しょぼいこの道は何もなさすぎて日陰がない。冬ならまだいいが、夏なんか最悪だ。逃げ場が何一つないのだ。ただでさえ、日焼けを気にするのに、それが約十五分続くのならば、誰も通るはずがなかった。
では、何故可奈はそんな道を歩いているのか。別に、特別な理由はない。可奈の家は割と稀な場所にあり、このしょぼい駅の近くにあるバス停から帰路につく。ただそれだけだ。
歩いていると、後ろからぱたぱたと走ってくる音が聞こえた。この音の様子だと、あまり運動は得意ではないに違いない。そして悲しいかな、可奈にはそれが誰であるかがわかってしまう。
肩を叩かれた。
「やほお、可奈ちゃん」
振り返ると、角田涼平がいた。
何故か彼は、またまた隣の席になったことをきっかけに可奈に付き纏うようになった。ここはあえて付き纏うという言葉を使わせてもらう。確かに、彼は美少年だ。だから、転校初日からクラスの女子にモテモテだった。それは可奈が涼平と関わりたくない理由の一つだ。涼平が可奈に付き纏うことで、野獣の如く涼平を狙う女子たちに敵視されたらたまらない。迷惑千万である。そして可奈が涼平に関わりたくないもう一つの理由。朝のホームルームの後、涼平は瞬く間にクラスメイトに囲まれた。隣の席の可奈としては、群がるのは止めて欲しい限りだが、文句も言わずじっと我慢していた。その時、可奈の耳に飛び込んできたのである。マシンガンの如く質問攻めにされていた涼平が、教室中に聞こえるほどよく通る声でこう言ったのである。
「僕の夢は魔法使いになることです!」
単に不思議ちゃん的なキャラを確保したいのか、本当に魔法使いになることが夢なのか。いや、どんな夢を見たっていけないことはない。ただ、その瞬間可奈は決して涼平には関わらないと決めた。だが、相手から寄ってこられたら拒否せざるを得ない。今だって、本来なら涼平はこちらのしょぼい駅から帰ることはない。なのに、わざわざ可奈を追いかけるためにこちらの道を通っているのである。何故彼がそこまで可奈に付き纏うのかはわからない。可奈の何を気に入ったのか、はたまた荒手の嫌がらせか。
「いやあ、今日も疲れたなあ」
運動靴を履いた足を楽しそうに運びながら涼平は言う。
「あれ? 翔子ちゃんっていつもこっちから帰ってたっけ?」
涼平の目線の先にはクラスメイトの込山翔子がいた。