少年
「何してるの?」
心臓が口から飛び出すかと思った。可奈が身体ごと振り返ると、少年が後ろに立っていた。勢い余ってよろめいた。
誰?
年齢は、可奈と同じくらいだろうか。雪のように肌が白く、頬や唇は程よく色づき、真っ黒な髪を持っている。美少年の類に入ることは確実だ。なのに、全く着飾っておらず、白いパーカーに黒いジーンズという服装。シンプル・イズ・ザ・ベスト。
少年は言った。
「ごめん」
無言でいると、少年は再び口を開いた。
「ごめん、驚かせちゃって」
「誰?」
可奈は短く問いかけた。
「わからない」
少年は簡潔に答えると、可奈の表情を見て、
「上手く思い出せないんだ」
と言い直した。どちらにしても大差はない。
「君は自分のこと、覚えているの?」
可奈は無言で頷いた。だからといって、自己紹介をする気はない。この少年が何者なのか、そもそも今の状況すら理解していないのに、個人情報を明かすものか。
だが、会話ができる人間に出会えたことに、可奈はどれほど安堵しただろう。
「ここはどこなの」
そう尋ねた。
すると、少年はゆっくりと首を振った。
「わからない。 本当に何もわからないんだ」
少年は、探るような目つきで可奈の顔を覗き込んだ。視線は動くが、脚はぴくりとも動かない。それ以上近づいたら危険だというように。
「君はいつからここいいるの」
わからない。目が覚めたらここにいたのだ。どれくらい時間が経ったのかも定かではない。
「わからない、けど、それほど長い時間は過ごしてない」
すると、少年は眉を顰めた。
「おかしいな、僕も少し前から公園にいたんだけど」
少年は首をかしげながら可奈を見た。
「僕は、ここにどうやって来たのかも覚えてないんだ。 君はどうやって来たの」
それは可奈にもわからない。どのようにこの公園に来たのか、まるっきり記憶にない。だが、目覚める前に体験した出来事について、内容をかいつまんで話した。
ふうんと、少年は言った。
「……どうする?」
顔を見合わせた。間の悪い空気が流れた。お互い困っているような、バツの悪いような。
「ここがどこだか、調べるしかないでしょう」
「まあ、そうだね」
少年は歯切れ悪く頷いた。そして、首を巡らせて公園の外を見た。
「ちなみに、公園の外は何があるの?」
「わからない。出てないから」
そうか、と少年は呟いた。
「じゃあ、公園の外を歩いてみよう」
そう言って、少年はくるりと回れ右をした。莉奈たちをすり抜けて階段を降りようとする。
可奈は呼びかけた。
「ちょ、ちょっと待って」
少年が首だけよじって、振り返った。
「何?」
少し躊躇したが、言うことにした。
「その、怖くないの?」
「え?」
少年はきょとんとした。今までで、一番間の抜けた顔だった。
「何が怖いの?」
「わかんないけど、私はなんか怖い気がする」
少年は再び公園の外を見た。しばらく眺めていたが、少年は首を傾げた。
「僕は、そんな感じしないけど」
それでは、この感覚は可奈だけなのか。公園から出ることで、禁忌を犯してしまうような感覚。
少年は言った。
「それでも、僕は公園から出てみた方がいいと思う。 ずっとここにいるわけにもいかないし」
そして、頑なだった表情がちょっと緩んだ。
「まあ、僕もいるから大丈夫だよ」
それもそうだと自分に言い聞かせ、可奈は無言で少年の後に続いた。