公園
目を覚ましたら、見知らぬ公園の芝生に寝転んでいた。車の中で殺されかけた時とは、状況がまるで一変している。
公園は大して広くない。一戸建てが一つ建てられる程度の広さしかなかった。出入り口には三段ほどの階段があり、両脇に石垣が立っている。
青い芝生は日光に照らされ、きらきらと光っている。密度が高く、柔らかく、繊細な良い芝生だ。二人分のブランコもある。乗る部分は赤く色付けされていた。どす黒い赤ではなく、サンタさんの赤だ。さらさらで柔らかそうな砂場もある。色が白く、珊瑚礁でできた沖縄の砂浜を連想させられた。公園の周りは艶やかに咲くツツジで囲まれている。赤、赤紫、白。どれも鮮やかで美しい。枯れていたり、弱っているツツジは見つからない。たくましく、凛と咲いている。
不思議と不安は感じず、心地良かった。
可奈は空気をいっぱいに吸い込んだ。心が切り開いていく感覚。自然と微笑んでいた。
いつぶりだろう。こんなに心が開放しているのは。
いつぶりだろう。愛想笑いではなく、自然と笑ったのは。
空を見上げた。雲一つない空。果てしなく広がる空。手を伸ばせば、宇宙にまで手が届きそうだ。
気持ち良くなって、歩き出そうとした時だった。思わず声を上げそうになった。
出入り口の階段に、クラスメイトである中西穂花、平井莉奈、込山翔子がいたのだ。
中西穂花は可奈と同じ委員会に所属している。美化委員だ。帰宅部のくせに、一番楽な委員会だからという怠惰な理由で選んだ。それがきっかけで、穂花とは話す機会が多い。
平井莉奈とは全く関わりはない。彼女は、勉強はナンだが運動神経が抜群に良い。いわゆる陽キャである。しかも、一軍気取りの金魚のフンではない。一軍の中の一軍。本物の陽キャである。
込山翔子はとにかく優しい。それが人相にも出ていて、可奈は翔子の顔を見るたびに、小さなうさぎを連想している。席が隣同士になったことがあり、それから時々話す仲だ。
この三人が一緒にいる。
三人は仲良し組ではないはずだ。むしろ、最も遠い三極点と言ってもいい。交わるはずのない点と点が結びついている。
仮に、仮にも、可奈が知らないところでこの三人が繋がっていたとして、何故ここにいる。
三人は出入り口の階段に座り込んで、英単語を覚えていた。
全員で三角形になる形で座っている。莉奈と翔子が隣、穂花が二人より一段上に座っている。
「……何してるの」
「課題をやってるの」
穂花は可奈を見ることもせず、驚く様子もなく答えた。
「……何でここにいるの」
「課題をやってるの」
今度は翔子が答えた。
的外れすぎる回答である。
「ねえ、なんで……」
「課題やってるの」
莉奈が言った。
寒気がした。可奈が何を言っても、同じこと――「課題やってるの」を、三人が交互に繰り返すだけだった。
何かがおかしい。いや、可奈が見知らぬ公園にいる時点でおかしいのだが。
可奈の中で警笛が鳴り出した。不安が膨らむ。
早くこの場から離れた方がいい。顔を上げると、公園の前にただ一本の道路が左右に伸びていて、道路の向こう側には草原が広がっていた。何もかも見知らぬ場所になっている。
とりあえず、公園から出た方がいい。だが、足が動かなかった。一人で公園を出てしまうと、取り返しのつかないことになってしまいそうだった。どうしてそう思うのかはわからない。だが、本能レベルでやめるべきだと心が言っている。
呆然としていると、唐突に一人の女性が公園に入ってきた。一目で美女だと分かった。だが、目を引くのはその美貌ではない。メルヘンな格好をしているのだ。ピンクを基調としたワンピースで、肩の袖が膨らみ、スカートの裾はレースで縁取られている。髪型も典型的なお嬢様のそれで、くるくるに巻かれ歩く度に跳ねる髪型はハーフアップにしていた。こんな姿でありながら、全体的に統一感がないように感じるのは、表情が全く伴っていないからだ。仏頂面なのだ。唇を見事にへの字に曲げ、眉間に皺を寄せている。態度は不機嫌そのもので、歩き方もダルそうだ。顔立ちも、一言で美人と言っても可愛いというよりは、気の強い美人系で、総じて見ると、何から何までちぐはぐなように見える。
その女性は、莉奈たち三人の脇をするりと抜け、人目も気にせず大胆にも芝生にごろんと横になった。そして、そのままイビキをかいて寝始めたのである。
あっけにとられて女性を見つめていると、可奈は違和感を感じた。
この人のこと、知っている気がする。
でも、それはあまりにぼんやりとしていて具体的ではないので、違和感としか言い表せなかった。例えるなら、聞き覚えのある音楽だけど、どこで聞いたのか、何の音楽なのか、タイトルすらも分からない、という感じ。
すると、今度は別の女性が公園に入ってきた。この女性は顔も服装もノーマルな、いたって普通の人だ。黒のパーカーにジーンズ、髪もローテール。むしろ地味だった。
その女性はメンヘル女性の横に腰を下ろすと、寝顔を眺め始めた。愛おしげな眼差しだ。触れることもなく、ただ寝顔を眺めているだけなのに、女性の顔は温かさと幸せに満ちていた。
その時、いきなり後ろから肩を掴まれた。