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美しき彼女1

 森崎葵は小学生まで地味な女子だった。容姿や成績は十人並み、大人しく、クラスの中では背景のような存在。つまりは頭数で、万事において安パイだ。可もなく不可もなく――それがピッタリな子だった。だからこそ、なおさらクラスのボス格に対する憧れは強かった。

 中学校ではボス格に君臨すべく、わざわざ知り合いが少ない学校を選んだ。

 これはチャンスだ。

 大人しく、自己主張のない森崎葵から卒業するチャンス。今までの森崎葵から生まれ変わるチャンス。

 葵は新学期早々、いわゆる()()()()()()()()()()()()()()を演じ始めた。どんどんクラスメイトに話しかける。話し声や笑い声が大きい。地味な女子とは関わらない。口調が強い。

 いろいろ試した結果、悪口を言えば、皆んなにちやほやされ慕われるボスとしての仮面を、一番効率的に作り上げられることが分かった。だから、葵は積極的に悪口を言った。男女問わず、本人に向かってデブ、ブス、カス、ありとあらゆる罵詈雑言を浴びせた。少しでも気に障る行為をする人間がいれば、徹底的にいたぶり、蔑み、罵倒した。無論、最初は躊躇したし、嫌われるかもしれないと不安だったが、言ってしまえば簡単だった。たったそれだけだった。クラスのボスになるのは、こんなにも楽ちんなことだったのだ。

 クラスのボスになった気分は、夢のようだった。誰も葵に逆らわない。何でも言うことを聞いてくれる。少なくとも、クラスの中では葵の思うがままだった。周りの女子は葵に媚びを売り、葵が笑えば笑い、悪口を言えば皆んなも悪口を言った。理想とする、葵の王国が出来上がったのだ。

 そんな時現れたのが彼女だった。

 白井雪、彼女は転校生だった。かなりきつい印象を受ける顔立ちだが、それでも人形のように整った美人。髪は、毎日くるくるに巻かれて綺麗にセットしてあり、育ちの良いお嬢様であることは一目瞭然。玉に瑕なのは、本人が驚くほど無愛想なことだった。皆んなが話しかけても、碌に笑顔も見せない。自ら周りと距離を縮めようともしない。いつも調子が悪そうで元気がなく、休み時間はほとんど机に突っ伏して寝ている。

 そんな雪を葵は気に入った。美人でありながら誰にも媚を売らないその態度。この人こそ私の友達にふさわしい、そう思った。

 葵はある日の休み時間、いつものように突っ伏して雪の目の前に立った。寝ているフリをしているだけで、本当は起きていることを葵は知っている。


「ねえ雪、私たちのグループに入りたい?」


 反応なし。


「ねえ、聞いてんの?」


 反応なし。 


「あんたさあ、私のこと無視してどうなるかわかってる?」


 すると雪は、うっかり聞き逃してしまいそうなほど小さい声で何か呟いた。


「……なんない」

「何?」


 雪は声を大きくして、斬り捨てるように言った。


「あんたとなんか友達になんない」


 そこで雪はむくりと顔を上げた。青白い顔をしているのに、その視線の威力は凄まじい。そして、はっきりと嫌悪をあらわに、その艶やかな唇を開いて言ったのだ。


「私、あんたこと嫌いだから」


 葵は硬直した

 身動き出来なかった。息が詰まったように言葉が出てこない。

 私のことが嫌い?


「あんた、自分のことを人気者だって勘違いしてるでしょ。 言っとくけど、あんたに友達なんて一人もいないよ。 誰もあんたのこと友達だと思ってないし、信用してない。 人を傷つける言葉を平気で吐く奴と誰が友達になるんだよ。 人の気持ちも分からない人間が偉そうにする資格ないでしょ」


 雪は、葵の反応を待たずに再び机に突っ伏した。

 有無を言わさない沈黙。先を続けようがない沈黙がその場に満ちた。

 その瞬間、それまでの冷静さの一角が崩れ、額に血がのぼった。雪に向かって、鋭い難詰の言葉を浴びせかけた。無視をされればされるほど、葵の興奮は高まった。

 だが、それも長くは続かなった。周りの人は黙ってしまい、喚いているのは葵だけであることに気がついた。

 憤怒が心の底から込み上げてきた。身体が怒りのエネルギーに満ち、爆発しそうだった。

 誰が怒りなさいよ。私のために言い返しなさいよ!

 葵はくるりと身を翻して教室を去った。屈辱で腹の底が焦げそうだった。尊厳と自尊心が傷つけられた。周りからは、葵が雪に言い負かされ、逃げたと思われたに違いない。

 だが、後から考えればそれは戦略的逃げだった。あのまま口論しても、碌なことも言えずに不毛なやり取りをしていたに違いない。これが、リーダーの余裕。格下の反逆など相手にしない。

 葵は勝っているのだから。何に?全てにだ!

 だが、雪に拒否されたからといって素直に引っ込むほど葵は愚かではない。雪は葵を舐めている。そう、彼女は葵にとって反逆者だった。

 相手がその気なら、私にだって考えがある。私に逆らったらどうなるか、徹底的に教えてやる。

 それから葵は雪を観察し始めた。まずは敵を知らなければならない。探すんだ。観察するんだ。何か、何か隙や弱点がないか。雪を肉薄することが出来る方法、雪を痛い目に遭わせる方法が、何かあるはずだ。

 そして、葵はとうとうそれを発見した。常に気怠げで誰対しても無愛想な雪が、唯一心を許している人物がいたのだ。

 それが笹井可奈だった。

 可奈と話している時、雪の視線は柔らかく、笑顔も増える。いつもは口の端だけをつり上げる不気味な笑い方しかしないのに、可奈には穏やかに微笑みかけるのだ。

 葵は、もともと可奈がいけ好かなかった。可奈は人前で騒ぐこともなく、優しいうえに賢かった。可奈のあのすまし顔。いつ見ても、何度見ても胸がむかつく。だからといって、何もするつもりはなかった。葵に害を及ぼす存在ではなかったから、放っておいていた。今思えば、迫害を受けないだけでもクラスのなかでは相当穏当な扱いだったのだ。

 だが、これがきっかけで葵の悪意の焦点は可奈に定まりつつあった。

 それに、上手く立ち回れば、可奈を排除した上で雪も傷つけることが出来るじゃないか。

 その時、雷に打たれたように葵は悟った。

 私は雪を愛してる。

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