とある女子高生
笹井可奈は角田涼平とその一部始終を見ていた。込山翔子、平井莉奈、中西穂花が公園から出るのを遠くから見届けると、涼平が言った。
「可奈ちゃん、羨ましい?」
「……別に」
そう言い捨てて、くるりと回れ右をした。この場に長居する必要なんてない。
何か言うかと思ったが、予想に反して涼平は黙ってついてくる。
刺々しく聞こえたかな。
そう考える自分に少し驚いた。これまで、そんな思考回路は存在しなかったから。まだ、全く馴染んでいない。
先程の涼平の言葉を反芻した。
――可奈ちゃん、羨ましい?
涼平には、私が羨ましく思っているように見えたのだろうか。私は三人が羨ましかったのだろうか。
確かに可奈は高校入学してから積極的に友達を作ろうとしたことがない。そのことに不満も寂しさもなかった。
だけど――
涼平の横顔を盗み見た。
ここ最近の一番謎。妙に付きまとってくる同級生。何を考えているか分からない男の子。
少しは自分から接してみるか。
その時、涼平が顔を上げた拍子に目が合った。涼平は忙しく瞬きをした。
「な、何?」
と彼はつっかえた。
「……何でもない」
可奈は微笑した。涼平は少しの間可奈の控えめな笑顔に見入ってから、照れくさそうに笑った。
こんな風に、自然に笑ったのはひどく久しぶりな気がする。
可奈が再び前を向くと、ちょうど角を曲がってきた女子高生とぶつかってしまった。見たことのない制服だった。
「すみません」
咄嗟に謝り、女子高生の横をすり抜けた。すると、急に後ろから腕を掴まれた。顔をしかめて振り返ると、ぶつかった女子高生が驚いたように可奈を見つめていた。
「あ、あんた……」
だが、しばらく待ってもその後の言葉が続くことはなかった。
相手は明らかに混乱しているようで、目が泳いでいる。様子がおかしい。
「何ですか」
そう聞くと、女子高生は慌てて手を離した。
「……何でもない」
可奈は歩き出した。後ろから涼平もついてきている。背中に視線を感じたが、振り返りはしなかった。躊躇うことなく、どんどん歩いた。
角を曲がって、しばらくしてから二人でそっと振り返った。女子高生はいなかった。涼平が胸を撫でおろす。
「大丈夫? 腕掴まれてたけど」
「大丈夫。 なんか、ヘンな人だったよね」
その後はすぐに別の話題に変わり、気に留めることはなかった。
女子高生の顔に、可奈たちがまったく想像だにしない表情が浮かんでいたとは知らずに。
* * *
ぶつかった女子高生――森崎葵は振り返って二人の背中が見えなくなるまで見送っていた。
私はあの女を知っている。忘れることはない。顔も名前も、絶対に。
目を閉じればいつでも、あの時の光景が浮かんでくる。怨念のように憑りついた記憶。血で満たされた回想。
笹井可奈――それが彼女の名前だ。
可奈は葵の顔を見ても、怪訝そうな顔をしただけだった。むしろ、葵のことを知らないような態度だった。そんな馬鹿な。可奈が葵を忘れるなんてあり得ない。そんなこと、あるはずがない。
葵に気づいていて、わざと知らないフリをしたのか。いや、無理だ。葵を見て、知らないフリをするなんて可奈にできっこない。
だって、私が可奈の彼女を殺したのだから。