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胸くそ王家続き。後半は辺境伯家でのエドゥアール王子と再会した続きです。
「馬鹿馬鹿しい、神との約束などおとぎ話でしょう」
エドゥアールは吐き捨てた。
「おとぎ話だと思うか?」
国王の問いかけに鼻白む。
「父上は信じているのですか?」
「いいや、本当のところあまり信じてはおらん。しかしずっと続いて来たことであるのも事実だ。わしは馬鹿馬鹿しいとそのしきたりをわしの代でやめる勇気などありはせん。もし本当だったらどうするのだ。 来年は凶作かもしれん、鉱山の鉱石が枯渇するかもしれん、この大地が不毛の地になってしまったら? わしは国を亡ぼす王にはなりたくないのだ」
父上の言うことはもっともだ。もし自分が父上の立場だったらやはりやめることなど出来ないだろうとエドゥアールは考えた。
「選ばれた娘はどうやって神にささげるのです」
「王宮の神殿の奥に神を祀る祠があるだろう。その奥が洞窟になっておるのだ。洞窟に入り少し下ると大きな竪穴がある。底が見えないほど深い竪穴だ。その穴に……突き落すのだ」
エドゥアールは息を呑んだ。そうやって王家は何人もの娘を殺してきたのだ。
「クラウディアは……神にささげる姫だったのですか」
「そうだ。そなたとの婚姻の夜に洞窟に連れて行こうと思っていた」
エドゥアールはやっと国王が頑として婚約解消に応じなかった意味がわかった。
「前回の王の失敗は何だったのかわしは考えた。王子と婚姻した娘は父である公爵に愛されていた。その娘を慕う元の婚約者や友人もいた。それなら誰にも愛されない娘を作り上げればいい。誰にも執着されなければその娘が死んだとて人々はああそうかと思うだけだ」
ああ、だからクラウディアは幼い頃に父親と引き離されたのだとエドゥアールは理解した。辺境伯には既に後妻と二人の子がいると聞いている。こうなるとエドゥアールが聞いていたクラウディアの悪評も眉唾物だし使用人も情が移らないように定期的に入れ替えていたのだろう。王子妃教育は嫌がっていたのではなく元からされてはいなかった。まあ今更ではあるが。
「お前はクラウディアが哀れと思うか?」
国王の問いかけにエドゥアールは頷いた。
「まあ人並みには。しかししょうがなかったことです。王国の未来には彼女の犠牲が必要だ」
「しかし、しかししかし、その貴重な生贄をお前は殺してしまったんだぞ! わしには可愛いアリアーヌを神にささげることなど出来ん。断じて出来ん!」
そうか、アリアーヌは正真正銘『金の瞳の王家の姫』だ。クラウディアがダメならアリアーヌがそれを担うしかないのだ。
父上は生贄という言葉を使った。まさにクラウディアは生贄になるべく育てられてきたのだとエドゥアールは薄く笑った。
そして頭を抱えた国王に向かって言った。
「クラウディアは生きております」
そうしてエドゥアールはアルタウス辺境伯領までやって来た。騎馬で最少の供と共に駆け通しに駆けたのでクラウディアに先回りできただろう。なんとかクラウディアを丸め込み婚約解消を無かったことにする。そして王都に帰って最速で式を挙げるのだ。式さえあげてしまえばことはエドゥアールの手を離れる。後はクラウディアの訃報を聞いて悲しむ演技をすればいいだけだ。
今一つの懸念はクラウディアが生娘のままだろうかということだが、男を引っ張り込むという噂は国王が人を使って流させた噂だった。生娘のまま生贄にしなくてはいけないのだから貞操観念だけはしっかり植え付けているだろう。お茶会で見せていたクラウディアの表情が猫を被った物でないならば表情を見れば生娘かそうでないかはわかるだろうとエドゥアールは考えた。
辺境伯はエドゥアールを快く受け入れた。彼は新しい家庭を築いてもう何年も経っており彼にとってもクラウディアは厄介者だった。しかし彼は抜け目なく王宮での出来事を知っておりエドゥアールが「クラウディアが盗賊に襲われて死んだ」と騒ぎ立てたことを知っていた。
辺境伯は妻と子供たち、多くの使用人を温泉地にある別宅に向かわせた。最低限の信頼できる使用人を残しエドゥアールと共にクラウディアの到着を待った。彼が何を考えているかはいまいち読めないが王家の揉め事に家族を巻き込みたくない事、あわよくば王家の弱みを握り何らかの恩恵を享受したいとの思惑が透けて見えた。
「君はまだ乙女なんだろうな?」
クソ王子の言葉の意味がわかるとロージーは真っ赤になった。
「殿……しつれ……私はそんな……」
真っ赤になって首を振りながらなんて言っていいかわからないロージーを見てクソ王子はほくそ笑みやがった。
「ああ、ごめんよ。君は私の妃になるのだからね、万が一のことを心配していたんだ。君に何事もなくて良かったよ」
「あの、殿下、私は婚約はもう――」
「クラウディア、これから沢山話をしよう。君に許してもらうまで私は君に愛の言葉を贈ろう。だから拗ねないでくれないか」
ロージーの言葉を遮ってクソ王子はまくしたてる。だけどロージーの表情はどんどん硬くなっていく。
「申し訳ありません、髪もこんなに短くなってしまいましたし――」
「クラウディア、良かったな。殿下はこんなにもお前の事を大切にしてくれる。アルタウス辺境伯家としても喜ばしいことだ」
今度はロージーの胡散臭い親父が口を挟みやがった。なんでクソ王子が掌を返したかはわからねえが絶対になんか企んでいやがる。この親父もそれに一枚噛んでいるにちげえねえ。
「もう少し……考えさせてください」
ロージーはやっとそれだけを言いきった。
それから疲れただろうから早く休んだ方がいいとロージーはどこかの部屋に連れて行かれた。
俺はロージーと一緒に行けるわけもなく、今夜はこの部屋で休めと使用人の部屋に案内された。
夜更けに俺は屋敷の外に出て窓を見上げる。
一つの部屋のベランダでハンカチが手摺に結わえられひらひらと舞っていた。
部屋さえわかれば忍び込むなんて簡単だ。俺は木を伝ってベランダに飛び移ると窓を叩いた。
「ルカ」
ロージーが窓を開けて素早く俺を部屋の中に入れる。
「ロージー、この屋敷を出ようぜ」
俺の言葉にロージーは目をパチクリさせた。
「え? ルカは騎士になりたかったんじゃないの?」
そういやそうだった。盗賊稼業なんか飽き飽きしてたから騎士様になれるなんて愉快じゃねえかと思っていたんだ。
「気が変わった。やっぱり俺は騎士なんか向いてねえや。なあここを出ようぜ」
「どうしたの? なんか気に障る事でもあった? それとも誰かに苛められた?」
ロージーは頓珍漢な誤解をしている。俺の事なんてどうだっていいんだよ。
「お前、あのクソ王子と結婚するのか? 俺たちの命を狙ったクソ王子だぞ」
ロージーは首を振った。
「エドゥアール殿下にはお断りするつもりでいるの。もう王宮には帰りたくないわ。それに殿下にはお相手がいるはずよ。だからお父様には迷惑をかけてしまうけれど領地の片隅にでも家を貰えたらそこでひっそり暮らしていこうと思っているの。ルカが騎士になったら偶には遊びに来てくれる?」
ロージーは暢気な事を言っている。ロージーのちっぽけな願いなんてあいつらは叶えるつもりないだろう。あいつらには何か企みがあって、だからクソ王子は掌を返したんだ。このままじゃロージーは強制的に結婚させられちまう。
「ねえルカ、今日は月が綺麗ね。こんな夜にルカとお散歩できたら素敵ね」
ロージーは窓から外を眺めてうっとりと言った。言った傍から真っ赤になって否定する。
「あ、ごめんなさい。私ったら……ただ……ルカともう一緒に過ごすことが出来ないんだと思ったら寂しくて――」
「行こうぜ」
「え?」
「行こうぜ、散歩とやらに。俺が連れて行ってやる」
「あ……でも、部屋の外に出たら使用人に見つかってしまうかも」
「ベランダから飛び降りりゃいい。こんくらいの高さならお前を抱いてたって楽勝で飛び降りることが出来るぜ」
俺はロージーに手を差し出した。ロージーは躊躇いながらも嬉しそうに微笑んで俺に手を重ねた。