5
あれから三回襲撃があった。
二回は難なく切り抜けたが三度目はちょっとばかし危なかった。今俺たちは打ち捨てられたような崩れかけの小屋に身を潜めている。馬も無くしちまった。
「ちくしょう! 奴ら段々なりふり構わなくなってきやがった。あんなに大勢で来やがって!」
泣きそうな顔で俺の腕に包帯を巻いていたロージーがポツンと言った。
「ルカ、もういいよ」
「もういいって?」
「私をここに置いていって。ルカ一人ならどこにでも行ける」
「はあ? 寝言言ってんじゃねえぞ。俺がいなくてどうやって辺境まで行くんだよ」
「だって……ルカが傷つくのをもう見たくないの。私は大丈夫、最後に楽しい思い出を貰えたから」
「……俺は許さねえぞ。お前、勝手に死ぬなよ。俺を騎士にしてくれるって言ったよな。約束は守れよ、それまで死ぬことなんか考えるな」
「でも――」
「あーーうるせえ! 俺はお前と約束したんだ。二度とそんなことは言うな!」
ロージーは暫く俯いていたが俺が拳骨で頭を小突くとキッと顔を上げた。
「——わかったわ、頑張る。絶対にアルタウスの領地までたどり着いてみせる」
おーいい眼だ。絶対に生きてやるって決めた出会った時に俺を睨んだ瞳だ。
「とは言え考えなきゃなんねえな。アルタウスの領地に近づけば道も限られてくるから奴らも狙いを絞りやすい。それにな……」
俺はロージーの見事な金髪を見た。実際目立つのだ。ここまで見事な黄金の髪は見たことねえ。いくら纏めてスカーフで隠しても隠しきれるもんじゃねえ。
「ルカ、ナイフを貸して」
「ん? 何をするんだ?」
「大丈夫、危ないことをする訳じゃないわ」
半信半疑の俺がナイフを手渡すと――
ザクッ
「あっ、おい!」
ロージーは躊躇いもなく髪の毛を引っ掴むとナイフで切り落とした。
ザクッ――ザクッ――
砂金のような眩い光が腐りかけの木の床に散らばって落ちる。この旅で多少は色褪せたものの十分に綺麗な髪だ。
「お前――」
「ああさっぱりした」
ロージーは頭を振るとニコッと笑った。
「次はルカの着替えを貸して」
「どう? 男の子に見えない?」
隅で着替えたロージーが俺の前で両手を広げた。
ぶっかぶかの俺の服を着たロージーは何て言うか……あー俺はこの気持ちを表す言葉を知らねえ。袖が長すぎて両手が隠れちまってるし、ズボンの裾も引きずっている。ズボンが落ちるのか紐で腹の辺りで縛っているしよ、あーあー……抱きしめたくなる衝動を必死に抑えて俺はロージーの前に膝をついた。
裾を折り返して長さを調節してやる。裾が終われば袖も。何回もおり返して何とか格好がついた。不格好だけどな。
「髪が不ぞろいだ、後ろを向け。それから町に出たら子供用の服と帽子を買ってやる」
ナイフで髪を整えてやる。肩口辺りで切りそろえた髪は俺の目の前で揺れている。あんなに長くて綺麗な髪だったのに……
切り落としたロージーの髪の毛は紙に包んで荷物の奥に入れた。
それからの旅は順調だった。あれだけ何回もあった襲撃がピタリと止まった。止まったどころか俺たちを探しているような騎士らしいヤツとか雇われた破落戸みてえな奴を一切見かけねえ。
「ルカ、この格好正解だったね!」
新しく買った馬に揺られながらロージーが上機嫌に言うけど俺は嫌な予感を拭えなかった。
何だ? 何が起きている? どうして襲撃が止んだ? 俺たちを見つけられねえわけじゃねえ。俺たちを探している奴がいなくなった。それは何を意味する?
俺の不安をよそに俺たちは順調にアルタウスの領地に入った。
目指すはご領主様の屋敷だ。
「……でっけえ」
俺とロージーの前に大きな塀が聳え立つ。この塀はずーっと続いていて中はどんだけ広いんだと気が遠くなるほどだ。目の前の塀に沿って暫く歩くとこれまた巨大な門がある。その門の両脇にガタイのいい兵士が二人立っていた。
俺たちは直ぐに屋敷の中に通された。意外だった。もっとごねられたり、場合によっては鼻で笑われて追い返されると思っていたのだ。
門番はロージーの瞳を見るとハッとして一人が屋敷の中に知らせに言った。そうして俺たちは門からしばらく歩いてこれまたでっけえお屋敷のなんやらご立派な部屋に通された。ここまで案内した無表情のおっさんは部屋に入るとふかふかした二、三人座れそうな椅子——ソファーとかいうらしい、の後ろに立った。
廊下でも部屋に入っても俺はキョロキョロして落ち着かなかった。だってお宝が沢山あるんだ。あそこの壺は高そうだとかなんだかわからねえこの置物はすげえ値がつくんじゃねえかとそわそわしちまった。だからソファーに座っている奴に気が付くのが一瞬遅れた。
そのおっさんはソファーから立ち上がると大げさに両手を開いてロージーに近づいた。
「クラウディア! よく来たね。待っていたよ私の娘!」
嘘くせえ。瞬間思った感想はこれだった。こいつがロージーの親父か?
「お、お父様……ですか?」
ロージーの声は震えていた。目には涙が浮かんでいる。でも目の前の胡散臭い親父の腕の中に飛び込むのは躊躇っているようだった。
「ああ、私が君の父親だ。今まで寂しい思いをさせたね。しかししょうがなかったんだよ。君はエドゥアール殿下の婚約者として王宮で暮らしていたからね、里心がつかないように手紙も会いに来るのも遠慮してくれと言われていたからね」
「その、お父様申し訳ありません、エドゥアール殿下との婚約は解消になってしまいましたの」
それどころか殺されそうになったけどな。目の前の胡散臭いおっさんはロージーの言葉を聞いても大して驚いていないように見える。
あ……俺は今更ながらに違和感に気が付いた。このおっさんは「よく来たね、待っていたよ」と言った。何でロージーが来ることを知っていたんだ? ひょろモヤシはこう言っていた『クラウディアが南の離宮に向かう途中で盗賊に襲われ亡くなってしまった』と王子サマが言っていたと。つまり王宮の奴らはロージーが死んだと思っているわけだ。ひょろモヤシが他の奴らに言って回ったりする訳ねえ。あいつはこっそり王子サマにチクったか脅したか。だから王子サマは密かに追手を差し向けて俺たちを殺そうとしたんじゃねえか。
「ああクラウディアそのことなら心配いらないよ。エドゥアール殿下は誤解していたんだ。それに臣下に騙されていた。全て問題は片付いた」
俺はロージーの手を引いた。
「ロージー行こうぜ」
「え? ルカ、どこへ?」
そんなの俺にだってわからねえ。でもここに居たらヤバイ。
「クラウディア、その者は?」
胡散臭い親父が俺を見た。口元は笑っているけど目は笑っていねえ。
「ルカと言います。私をここまで連れてきてくれたんです。その、お父様にお願いがあって。ルカを……騎士として雇っていただけますか?」
「ほお……騎士ねえ。わかった雇おうじゃないか」
「ロージー」
俺はもう一度ロージーの手を引いた。でもロージーは俺を雇ってくれると言った言葉に感激している。
「ルカ、良かった。貴方との約束を果たせるわ」
そうじゃねえ、約束なんてどうだっていい。ロージーを連れてここから出ていきたい。
「クラウディア、君に会いたいという人がいるんだ。そこの彼は騎士の詰め所の方に連れて行こう。君はこちらに来なさい」
俺はロージーに向かって首を横に振った。こいつを一人にさせるわけにはいかねえ。
ロージーもなんかおかしいと思っていたんだろう。胡散臭い親父に向かって言った。
「お父様、彼は私が今最も頼りにしている人です。その、彼がいないと不安なので一緒ではいけませんか?」
胡散臭い親父は暫く俺を見ていたがこんな若造一人どうとでもなると思ったのかもしれない。
「いいだろう来なさい」
俺たちに背を向けて歩き出した。
そうしてまた別の豪華な部屋のドアを開ける。
室内に入って中に居た人物を見てロージーはひゅっと息を呑んだ。
「クラウディア! 心配したんだよ!」
やたら顔の綺麗な優男がソファーから立ち上がってロージーに近づいた。
「……エドゥアール殿下……」
ロージーがふらっと倒れそうになる。俺は素早くロージーの肩を掴んだ。
「何だ君は。クラウディアは私の婚約者だ、その手を離せ」
俺を睨んだ優男、いや王子サマだな。俺たちを殺そうとしたクソ王子サマだ。そいつは俺を睨んだ後にロージーに猫なで声で話しかけた。
「クラウディア、済まなかった。私は誤解していたんだよ。君は素晴らしい婚約者だ。それなのに私は君を王宮から追い出してしまった。それに何やら御者が君に不埒な真似をしようとしたらしいな。安心しなさい御者の家族ごと既に処罰しておいた。もちろん婚約解消は無しだ。さあ私と一緒に王宮に帰ろう。帰ったらすぐに結婚式だ」
クソ王子が差し出した手をロージーは反射的に払いのけた。
「クラウディア許してくれないか? 私はこれから毎日君に愛を囁こう。ところで――」
クソ王子は嫌な目つきをした。
「君はまだ乙女なんだろうな?」