4
人が死ぬシーンがあります。苦手な方はご注意ください。
俺にはロージーの話の半分もわからなかった。毎日美味いもん食べて綺麗な服を着て何にもしなくていいなんてサイコーじゃねえか。親と会えない? 元から親なんていない俺には親の情なんてわからねえ。ああそう言えば旅芸人一座に居た時いつも俺を庇ってくれる踊り子がいたな。俺が座長に殴られたり蹴られたりするといつも手当てをしてくれて一緒に寝てくれた。俺はまだ小さかったから母ちゃんってこんなかな? こいつが母ちゃんだったらいいなあなんて思っていたんだ。
友達っていうヤツもいたことがねえ。信頼したら騙されるだけだ。上辺は愛想よくっても腹では何考えているかわかんねえからな。
それにさ、そんなに嫌だったらさっさととんずらしちまえばよかっただろう。我慢してそんなとこに居ることは無かったんだ。
「お前逃げたくなったことねえの?」
「……考えたことも無かったわ。そうね、逃げ出せば良かった。今ならそう思うわ」
ロージーは寂しそうに笑った。そうか、そんな事さえ考えつかないようにこいつは育てられたんだ。旅の最初の頃、こいつは何もかもが珍しそうで楽しそうだった。手づかみで食う屋台の肉やパンも、山の中で火を起こして毛布にくるまることさえ目を丸くして喜んだ。そうやって外に出さないようにしておまけにこいつが誰かに相談しないように、出来ないように育てた。俺はお貴族様や、その上にいる王様なんてえの考える事なんてわからねえ。わからねえけどすげえ悪意? みてえのを感じる。
ロージーの身体にかかる金の髪が金の鎖に見えた。ロージーの身体中に絡みつき縛り上げる豪華な金の鎖に。
「あのねルカには謝らなきゃならないの」
「何だ?」
「騎士にしてあげるって言ったでしょ。本当はね私にそんな力があるかどうかもわからないの」
「お前、アルタウスのご領主様の子供なんだろう?」
「うん、それは本当よ。だから婚約を解消された私はアルタウス辺境伯領に帰されることになったんだけど」
そこまで話してロージーは唇を大きく震わせた。額にはびっしり汗が浮かんでいる。
「無理に話すな。辛いなら――」
「ううん、聞いて。ルカには知って欲しい。貴方は私が初めて自分の意思で信頼すると決めた人。私、人を見る目があったんだなあと密かに得意になってるの。それに……もううなされたくない。ルカには迷惑かもしれないけど」
「俺の事なんか気にするな。お前が話したいことを話せ」
ロージーは俺の腕にちょっと凭れ掛かった。少し開いていた俺とロージーの隙間はゼロになった。
王都を出て数時間走って突然馬車が停まった。
クラウディアは王都から出たことが無いのでどこをどう走っているかもわからない。ただ窓から外を見て随分寂れた山道だと思っていただけだ。王都を出た時は行き交う馬車や馬、人々を見かけたが今は人っ子一人居ない山の中だ。
突然馬車の戸が開いた。
「お嬢ちゃん、終点だよ」
下卑た笑いを浮かべながら御者が手を差し出す。
咄嗟に馬車の奥に逃げようとしたが乗り込んできた男にあっさり捕らえられた。そのまま馬車の外に引きずり出されて蹲った。
「おいおい手荒に扱うなよ、お嬢様だぞ」
「傷の一つや二つ付いたってどうってことは無いだろ。どうせ殺っちまうんだ」
ニヤニヤと笑う男たちにクラウディアは竦み上がった。
「あ、貴方たちこんなことしてただで済むと――」
「思っているに決まってるだろ。お前を盗賊に襲われたようにして殺せっていうのは王子様の命令だ」
「そうそう、俺たちの報酬はこの馬車に積まれているお宝。お前を惨めに殺したら馬車に積んである宝石なんかは持って行っていいってよ。馬車とお前の死体だけは残しておけって言われてるけどな」
「エドゥアール殿下が……」
クラウディアは絶望した。どうして? 私は何にもしていない、婚約解消だって受け入れた。なのに、なのに殺されるどんな罪が自分にあるというのだろう?
抵抗も、逃げ出すそぶりも見せないクラウディアを見て男たちは舌なめずりした。
「なあ」
「ああ、ちょっとぐらい楽しんでもいいよな」
「おお。こんないい女には滅多にお目にかからないからな」
男たちの目に欲望の光が灯ったのを見て反射的にクラウディアは立ち上がって走ろうとした。でもあっさり捕らえらえた。地面に押し倒される。クラウディアの上に乗っかった男は笑いながら服の上から胸を鷲掴みにした。
「いっ!」
痛みに顔をゆがめると男は益々楽しそうな表情をしてクラウディアの服の首元に手をかけた。もう一人の男はドレスの裾を捲り上げようとしている。足を這い上がる手の感触にクラウディアの全身が総毛だった。
もう駄目だとクラウディアが目を瞑った時、男たちが急に動きを止めた。
ドカッと音がしてクラウディアの上から重さが消えた。
恐る恐る目を開けると自分の横に転がった男と目が合った。口から血を流し、もう光を宿さない虚ろな眼を開いたままの男と。
「ひっ!」
慌てて飛び起き男から離れると誰かにぶつかった。
「呆気ねえなあ」
ぎゃははと笑い声が上がる。
クラウディアがぶつかったのは髭面の大男で頬に傷がある。クラウディアは十人程の男たちに取り囲まれていた。粗野な言動や身なりを見ればクラウディアでもわかる。彼らは盗賊だった。
正真正銘の盗賊。エドゥアール殿下は御者の男たちに盗賊に殺されたように見せかけてクラウディアを殺せと命じたようだが、本当に盗賊に殺されてしまったのだ。ただし、クラウディアでなく彼らが。
クラウディアは後ろ手に縛られて口も塞がれ馬車に放り込まれた。
「おかしら、ちょっとつまみ食いしてもいいだろ」
と言ってクラウディアに手を出そうとした者がいたが殴られた。
「馬鹿野郎! そんなことしたら商品価値が下がるじゃねえか!」
つまりここで襲われなくてもどこかに売り飛ばされるということだ。
「とりあえずここを離れるぞ! 後はねぐらに帰ってからだ!」
馬車は動き出した。しばらく走ってまた止まり外で争うような音がしていたがまた走り出した。
そうしてクラウディアはルカと出会ったのだ。
「縛られて馬車に揺られている時に思ったの。私は何もしていない、殺されるような悪いことも攫われるようなことも。あの男たちに襲われたときはもう死んでしまいたいと思った。だけど生きたいと思ったの。何が何でも生きて故郷に帰ろうと。だからルカに会った時あなたを利用してアルタウス辺境伯領まで帰ってやろうと思ったのよ」
「……利用すればいい」
「ルカ?」
「俺を利用しろ。俺がお前をお前の望むところまで連れて行ってやる」
「でも私、ルカに十分な報酬なんて――」
「払ってもらう。お前をアルタウスのお屋敷まで連れて行ったらお前の父ちゃんに払ってもらうから心配するな」
「うん、私お父様を説得するわ。五歳の時から会っていないからどんな人かわからないけれど私のお父様に違いないのだもの」
「お前の父ちゃんはお前が娘だってわかるのか?」
「わかると思うわ。私は私である証を持っているから」
そう言うとロージーは自分の瞳を指さした。
一度見たら忘れないような金の瞳。煌めく黄金の瞳が真っ直ぐにルカを見つめていた。
それから三日後の事だった。
途中で立ち寄った町からつけられているような気配はしていた。
「ロージー、一人で馬に乗って行けるな」
俺が低い声で囁くとロージーは頷いた。全力疾走させることは出来なくても普通に乗るくらいならもうできるはずだ。俺はある物を取り出して後ろから見通せない場所で馬から降りた。
素早く木陰に隠れる。
「三人か。楽勝だな」
待つほどもなく現れた馬に乗った三人の男に向かってある物を投げつける。縄の両端に石を括り付けたものだ。縄の中間を持ち、石がグルグルと円を描くように回して勢いよく投げつける。一つは馬の脚に絡まり馬ごと倒れる。もう一つは上手く乗っていた奴を石が直撃した。
「うわあ!!」
「な、何だ!?」
もう一頭もその場に立ち止まる。
ボーっと待っているほど俺は間抜けじゃねえ。縄を投げた瞬間木陰から飛び出して男たちに襲い掛かる。走りながら俺は立ち止まった奴に向かってナイフを投げる。馬ごと倒れた奴も石をくらった奴もふらふらしている。五分も経たないうちに勝負はついた。奴らが起き上がらないのを確認して俺はロージーを追った。
ロージーの話を聞いてから俺は襲撃されることを予想していた。
王子サマはロージーを殺そうとした。実際に盗賊に襲われ御者は殺された。その死体が発見されたんだろう。王子サマはロージーが本当に死んだと思った。でもあのひょろモヤシに遇っちまった。あのひょろモヤシが王子サマに報告すれば王子サマは焦るに違えねえ。ロージーが生きて帰れば王子サマのたくらみはバレちまう。だから絶対に追手を差し向けて俺たちを殺そうとするはずだ。
ロージーが頼れるのは俺だけだ。だから出来る限りの準備をした。子供のおもちゃみてえな武器だが意外と役に立つ。他にも胡椒やトウガラシの目つぶしや蛇の毒を塗った吹き矢なんかも持っている。
「ルカ! 無事で良かった!」
打ち合わせ通りロージーは少し先で馬を止めて待っていた。
「楽勝だぜ。俺が殺られるわけねえだろ」
ロージーの後ろに飛び乗り頭をポンと一つ叩くと俺たちはまた北に向かった。




