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最終話です。


 王都は久々の慶事に湧いていた。

 パレードが行われる大通りにはびっしりと人が詰めかけ人々は王国の花であるアイリスの花束を手に馬車が来るのを今か今かと待っている。


 王族の結婚式は王宮にある神殿で行われ、そののちに婚姻を結んだ若夫婦は六頭立てのオープン型の馬車に乗り大通りを王宮から南大門まで一往復する。前後を凛々しくも華やかな護衛騎士に囲まれ飾り立てられた純白の馬車に乗って手を振るのだ。

 見目麗しい第一王子の妃になったのはどんなご令嬢なのだと人々の好奇の目が輝いている。


 と、まあ表面だけ見れば王族の結婚を民衆が喜び、王都はお祝いムードに包まれているように見える。


 しかし、少し裏に回ってみれば、あるいは空から俯瞰できる者がいればお祝いムードとは少し違う異様な雰囲気を感じることが出来るだろう。


 大通りの両側、パレードの最前列に陣取っているのは大通りの両脇に店を構える高級な店舗の従業員や、その系列の者たち、それなりに裕福な者とそこに雇われている者がほとんどである。彼らはアイリスの花束を手にお祝いの言葉を叫んでいる。その外側には一般庶民の者たち。大通りの一本裏側にはこの人出を見込んで数々の屋台が並んでいる。王族の結婚など余り興味は無いが、このお祭りムードに浮かれて偶には屋台での買い食いをしたり何か王宮からお祝いの振る舞いでもあるんじゃないかと期待して集まって来た人々。

 そしてその外側にはスラムから出てきた人々。彼らは王宮からの振る舞いを期待している者もいるが、それ以外の目的を持っている者も多い。人が沢山出て混雑していればスリやかっぱらいなどがしやすくなる。落とし物も多いため、地面に這いつくばって目を皿のようにしている子供もいる。それは一種異様な光景だった。



 


 


 馬車が王宮を出発した。

 ロージーは虚ろな表情でエドゥアールと共に馬車に揺られていた。

 神殿での婚姻式は無事終了した。ロージーは従順に言われるままに淡々とそれらのことをこなした。ロージーの意識は外界と遮断されており起こっていることは膜の外、夢の中の事のように感じられていた。

 早くルカのところに行きたい、彼女が思うのはそのことだけだった。


「クラウディア、少しは笑ったり手を振ったりしないか!」


 エドゥアールが顔には笑みを貼り付け沿道の人々に手を振りながら小声でロージーに鋭く言った。

 そんなエドゥアールの言葉もロージーには届かない。彼女は虚ろな表情で馬車に揺られ続けた。


 南大門が近づいて来た。

 その時ロージーの耳は一つの言葉を拾った。


『ロージー行こうぜ』


 実際はコージーだったかもしれないしトージーだったかもしれない。全く違う意味の言葉だったのかもしれない。でもロージーにはそう聞こえた。声の質もルカに似ていた。


 その声が死んでいたロージーの心を揺り動かした。

 ルカは嫌だったら逃げていいと言った。そんな処とっとととんずらしちまえばいいと言った。ロージーに生きろと言った。何が何でも生きろと言った。


 ロージーは突然立ち上がった。


 揺れる馬車の上で突然立ち上がったのだ。当然よろけてロージーは馬車の縁に掴まった。


「クラウディア! いきなり何をする!」


「エドゥアール殿下、私は貴方と結婚できません」


「は? 何を言っているんだ、婚姻の儀は既に終わったぞ」


「それでも結婚できません。もちろん生贄にもなりません。ここから逃げます」


「ははっ、そんなことできる訳ないだろう、この馬車は騎士たちに取り囲まれているんだぞ」


「それならこの後のパーティーで皆に生贄の事を暴露します。絶対に最後まで抵抗します」


「君は馬鹿だな。今ここでそんなことを言ってどうする。それにそんなことをさせるわけがないだろう、君は体調不良でパーティーを欠席することに――」


 馬車が大きく揺れた。


 ロージーは掴まってはいたものの危うく馬車の外に転がり落ちそうになった。


「何事だ!!」


 腰を浮かせていたエドゥアールも大きく身体が前に泳ぎ転倒しそうになり必死で怒鳴った。


「申し訳ありません殿下! 何かが飛んできて馬の足を止めました!」


 近衛隊長が叫ぶ。

 前方を見ると何かが数頭の馬の脚に絡みついている。


「こんなものが馬の脚に!!」


 一人の騎士がロープの両端にこぶし大の石を結わえ付けたものを頭上に掲げた。

 と同時に彼は「ぐわっ!」と叫んで後ろにのけぞった。


「何だ? 何が起こっている?」


 三人の男が沿道から出てきて騎士を蹴り飛ばすと素早く馬の背に乗った。


「捕らえろーー!!」


 近衛隊長の号令を待たず騎士たちが男たちに襲い掛かる。彼らは袋から何かを取り出して騎士たちに投げつけた。


「うわっ!!」


「ゲホン! ゴホン!」


「ハクション! ハーックション!!」


「目が! 目が痛い!」


 男たちが投げつけたのは沢山のトウガラシの小袋と胡椒の小袋。袋が破れて辺り一面粉状の唐辛子と胡椒が舞い上がり、騎士たちがのたうち回る。

 それを見ていた民衆は巻き添えを食っては堪らないと後退を始めた。


 次に男たちは別の袋から何かを掴んで空に向かって撒き始めた。


(かね)だーー!!」


(かね)が降って来たぞ――!!」

 

 誰かが大声を上げた。人々が見ると金貨が銀貨が沢山宙を舞っている。


 胡椒やトウガラシから避難しようとする者と金貨や銀貨を拾おうと殺到する人々で辺りは大混乱に陥った。


「早く! 早くあいつらを取り押さえろ!」


 エドゥアールが声をからして叫ぶが、騎士たちの誰も男たちの周囲に近づけない。


「金だ! 金を撒いているぞ! 王家は裕福な者だけに恩恵を与えるつもりだ!」


 後ろの方で叫び声が上がった。


「金を拾え! 拾った奴から奪え! 取った者勝ちだぞ!」


 その声に扇動されるように人々が前方に殺到した。一般の庶民も、スラムの人々も。

 スラムの人々は日ごろのうっ憤を晴らすように身なりのいい人たちを殴り金品を取り上げた。

 辺りは阿鼻叫喚の坩堝と化した。


 その様子をエドゥアールは馬車の上から茫然と眺めていた。

 人々の隙間を縫って馬車に近づいた影が車輪に足を掛け一気に馬車の上に躍り上がった。


「ルカ!!!」


 ロージーは目の前の光景が信じられなかった。あんなに逢いたかったルカが目の前にいる。

 笑って手を差し出している。


「ロージー、行くぞ」


 躊躇う理由はなかった。目の前のルカが亡霊でも怨霊でも何でもいい。ルカと一緒に行く以外の選択肢などロージーにはなかった。


「あっ! 待て!」


 一瞬茫然とし、我に返ったエドゥアールが伸ばした手は空を掴んだ。

 ロージーを腕に抱いたルカは素早く馬車を飛び降りた。



 






 俺はやっとこの手にロージーを取り戻した。

 この騒動は全てジェラールが計画してくれた。金貨をばらまいた奴や後ろで大声をあげて人々を扇動した奴はロイクと一緒に牢屋から助け出した盗賊仲間だ。もちろんゴーチェ側の奴らは助けなかった。


 馬車から飛び降りた俺たちに仲間の一人が大きなマントを被せる。ロージーが着ている花嫁衣装は目立ち過ぎるからな。俺はロージーを腕に抱いて大通りに面した一つの店に飛び込んだ。


 この店は今朝早くに仲間と共に忍び込んで中に居た奴らは全員縛って閉じ込めてある。ああ? 殺したりしてねえよ。俺は俺の命を狙ってきた奴しか殺さねえ。ぶっ殺したいと思った奴でも命を狙わなければ殺さねえ。今は俺のだけじゃなく、俺とロージーの命だな。


 普段ならこんなに簡単に店を占拠できたりしねえ。でも今日は王子の結婚パレードで街中が沸いていた。この店の従業員の奴らもパレードの見物とやらでほとんどの奴らが外に出ていた。街を守っている衛兵たちも人混みの整理で全員駆り出されていたから店舗の見回りなんかしていなかった。


「ロージー、この服に着替えろ」


 店の中に飛び込んで俺が服を手渡してもロージーは俺の傍を離れようとしない。


「ルカ? 本当にルカなの? 生きていたの? 私……私……ルカが死んでしまったと思って……」


「ああ、そのことは後だ。早く着替えろ。背中のボタンが外せなかったら外してやるぞ」


 俺がそう言うとロージーは真っ赤になって俺の手から服をひったくると店の隅の見えないところに行って素早く着替えた。


 戻って来たロージーの頭にキャスケットをグイッと被せると、俺はロージーの肩を抱いて裏口から出た。


 裏口で待っていた馬車に素早く乗り込む。

 この馬車もこの店の馬車だ。

 この店をターゲットにしたのはいくつかの理由がある。一つは大通りに面した店舗で俺たちが騒ぎを起こす場所に近い事。大型の馬車を持っている事、そして隣国と取引をしている事。


 馬車に乗るとロージーは既に乗っていた人物を見て目を丸くした。


「貴方は……」


「直接話すのは初めてですね、姫さん」


 馬車に乗っていたのはジェラール。奴は一見優男風の中年男だ。それがお上品な服に身を包むと大店の主人のように見えるから不思議だ。

 ロイクだとこうはいかねえ。ロイクや一緒に騒ぎを起こした盗賊仲間は既にこの馬車の御者や護衛に扮している。

 大きな店が隣国と商売をするときは護衛を沢山引き連れて出かけるから何の不思議もねえ。俺たちが占拠した店は高級な織物を扱っていて隣国とも手広く商売をしていた。その荷を乗せて俺たちは隣国に行く。

 こんな腐った国とはおさらばだ。


 店を占拠されて馬車ごと商品を大量に奪われた奴らが哀れだろうって? もともと奴らは織物を特産にしている領主とつるんで低賃金で職人たちをこき使いうまい汁を吸っていたんだ。俺の心は一ミリも痛まねえ。奪った織物は俺たちが有効活用してやるから感謝しろ。


 馬車を西へ走らせて五日、俺たちは西の隣国との国境に着いた。

 隣国に入るには役所の手続きが必要だが、賄賂で簡単に通してくれた。有難えけどこの国の役人は末端まで腐ってやがる。









 数年が経った。


 俺たちは隣国で運送商会を立ち上げた。

 この国は俺たちが生まれ育った国より格段に治安がいい。大都市にスラムはなく末端の農民もなんとか食っていける。真っ当に国が治められているってことだ。


 盗賊はもう止めた。治安がいいってことは騎士や衛兵がちゃんと働いていて捕まりやすいってことだ。それでも盗賊を始め色々な犯罪がなくなることはねえけどな。

 けどそんな事より俺はロージーを盗賊の仲間にしたくなかった。ロイクもジェラールも賛成してくれた。

 一年間勉強して――何しろ俺たちは教育なんか受けたことがない奴らの集まりだ。文字の読み書きさえ出来ねえ。だからロージーが教師になって俺たちに読み書きや計算、いろんなことを教えた。ロージーは王宮で本を読むしか楽しみが無かったらしく物凄く物知りだった。本を読むしか楽しみがないってなんだ? 俺は本を読むことが楽しいとは思えねえ。


 とにかく一年勉強して街から街へ色々な物資を運ぶ商会ってやつを立ち上げたんだ。

 どこの国でも大きな店っていうのは自前の馬車を持っていて商品を遠方に届ける。けどそこまで大きくない店は自分たちで馬車や護衛を用意するのは大変だ。

 だから俺たちが代わりに届けてやる。いくつかの小さい店舗同士である程度まとまった量の荷になれば馬車と護衛は俺たちが用意して既定の料金で荷を届けるっていう仕組みだ。

 馬車は奪った馬車の他にもう一台買った。護衛なんてお手のもんだ。俺たちは盗賊の上前を撥ねる盗賊だったんだ。つまり並の盗賊より強い奴らばかりだ。


 そうして数年、この商売も軌道に乗り馬車もあと二台増え新しく人も雇った。





 一仕事終え俺は王都にある事務所に戻って来た。

 この国の東にある街から王都に荷物を運んできたんだ。


「おう、お疲れ!」


 事務所に顔を出すとジェラールが書類仕事から顔を上げて声を掛けてきた。

 結局書類仕事が出来るようになったのはジェラールだけだ。俺たちは早々にお手上げ状態になった。それでも読み書きは出来るようになったから荷物を受け取ったり届けた時に交わす書類は読むことが出来る。最初のうちはロージーも書類仕事を手伝っていたけど今は手伝っていない。ジェラールの補佐には新しく人を雇った。


「あの国、無くなったんだってな」


 ジェラールは相変わらず情報が早え。俺は東の街でそのことを聞いた。あの国っていうのは俺たちが生まれ育った国だ。


「クーデターだってよ」


 俺が言うとジェラールは笑った。


「まあ当然だな」


 あの国が俺たちが逃げ出した後どうしたのかは知らねえ。あん時クソ王子はロージーを生贄にしなければ豊かな大地の恩恵を受けられなくなるとか言っていた。生贄がいないと土地が枯れたりするのか? そんな訳あるか? 王様や王子サマの考えることはわからねえ。ロージーがいなくなって他の奴を生贄にしたのかもわからねえ。だけどあの国が滅んだのはクーデターによってだ。お貴族様や一部の大商人ばかり甘い汁を吸っているのに抑圧された奴らが耐えられなくなったからだ。王家のやり方に反対して南の端に飛ばされた元侯爵とかいうヤツが民衆を味方に武装蜂起したらしい。一部の反乱が瞬く間に王国中に広がった。噂ではこっそり南の隣国が元侯爵の手助けしたらしいが本当のところはわからねえ。


「あ、ルカ、お前もう家に帰るんだろ。貰いもんだけど持っていけ」


 ジェラールが何やら紙袋に入った物を俺に寄越した。甘い匂いがしている。


「おう、ありがとな」

 

 俺は受け取るとふと思ったことをジェラールに聞いた。


「ジェラールは所帯を持たねえのか?」


「この歳でか?」


 ジェラールもロイクも独り身だ。いや、確かにおっさんだけどロイクは一応この商会の代表でジェラールは副代表だ。女房になってもいいっていう女の一人や二人いそうだけどな。


「ロイクも独り身だろ」


「ロイクはいいんだよ。ジジイになったら俺が面倒みるからな……って、まさか……ジェラールの面倒も俺がみるのか?」


 ジェラールはにんまり笑った。


「期待してるぜ、次期代表」








「ルカ! お帰りなさい!」


 玄関の扉を開けた途端ロージーが飛びついてきた。俺は注意深くロージーを受け止める。


「馬鹿、気を付けろよ。俺が留守の間変わったことは無かったか? 腹が痛くなったりしてねえか? ちゃんと食ってるか? 無理に働いたりしてねえだろうな」


 ロージーは大きくなった腹をさすりながら答えた。


「ルカは過保護すぎるわ。無理はしてないから大丈夫。通いのメイドさんが来てくれて重労働を全てやってくれるんですもの。この子も順調に育っているわ」


「あ! とおちゃ! とおちゃ、おたえりなちゃい」


 今度は俺の天使が飛びついてきた。お昼寝から起きたばかりらしく抱き上げると大あくびをして目を擦った。



――俺はもう、孤独じゃない。





    ———(おしまい)———

 




 最後までお読みくださりありがとうございました。

 

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