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 宿に泊まった夜、ジェラールがポツリと言った。


「俺もロイクもスラムの出なんだ」


 こいつが昔話なんかするのは珍しい。そうだ、聞きそびれていたことを聞かなきゃいけねえ。首領(ボス)が俺を助けるようにこいつに言ったのはどうしてなんだ? 一緒に旅をして俺はジェラールの事を信頼する気になっていた。でもこいつが俺を助けてくれる意味がわからねえ。納得できる理由がねえと安心できねえ。納得できる理由があっても騙されるときは騙されるけどな。後は勘に頼るしかねえ。


「お前、それいつ手に入れたんだっけ?」


 俺を助ける訳を教えろと言ったのにジェラールは全然関係ないことを俺に聞いた。

 俺の二の腕に嵌っているアームレットを指さしていつ手に入れたか教えろという。前にも誰かに聞かれたような気もするが忘れちまった。


「女に貰ったんだよ。俺が昔旅芸人の一座に居たと言っただろう。旅芸人って言っても芸を見せるって言って裕福な家に入り込んで盗みや詐欺なんかもしていたな。そんである時とっ捕まったんだ。そん時いつも俺に親切にしてくれる踊り子がいてそいつがこっそり俺だけ逃がしてくれたんだ。逃がす時にこれをくれたんだよ」


 その踊り子の事を心の中で母ちゃんと呼んでいたのは内緒だ。


「その踊り子の名前はリリアじゃねえか?」


 俺は驚いた。ずっと忘れていたけどあの女の名前はリリアだった。


「俺とロイクはスラム出身でな、っていっても俺は実は貴族の生まれなんだ。まあ八歳の時に家が没落して平民になったんだけど。借金が膨れ上がって没落した貴族なんか惨めなもんだ。父も母も食い詰めてすぐに亡くなった。俺は一人になった。腹が減ってな、盗みを働いたんだ。もちろんすぐに捕まった。でも盗んだ相手が質悪い奴で面白半分で両腕を切り落とされそうになった。その時助けてくれたのがロイクだ。スラムの孤児たちは身を守るために集団を作るんだ。そういう集団がいくつかあってその一つのリーダーがロイクだった。俺をその集団に入れてくれていろんなことを教えてくれた。十三でロイクと一緒にスラムを出た。それから色々なところを彷徨ったよ。スラムを出るときは一旗揚げてやるつもりだったんだが未だに盗賊暮らしだ」


 ジェラールは遠い眼をした。俺には仲間と呼べるような奴はいねえ。ちょっとばかし羨ましかった。俺が利用されてもいい、こいつの為に何かしたいと思ったのはロージーだけだ。

 酒を一口飲んでジェラールは話を続けた。


「二十年位前かな、ロイクに女が出来たんだ。旅芸人の一座の踊り子でな、リリアって名前だったな」


 え? あのリリアか? 俺を逃がしてくれたリリアなのか?


「ロイクはリリアと所帯を持つと言った。真っ当な仕事に就くから待っていてくれと。でも俺らのような奴がそんなに簡単に真っ当な仕事になんてつける訳がねえ。気がついたら十年も経っていた。十年経っても俺らは盗賊だった。そして風の噂でリリアの居た旅芸人の一座が捕まったことを知った。捕まった奴らは全員縛り首になったと。領主の怒りを買って裁判も無しに縛り首になったんだそうだ」


 リリアが死んだ? 俺は知らなかった。誕生日とか自分の歳とかよくわからねえけど逃げ出した時俺は九歳か十歳くらいだ。自分が生きていくだけで精一杯だった。でもリリアはどこかで生きているだろうと思っていたんだ。あいつは何にも悪いことなんかしていなかった。座長とか他の奴が悪いことをするのを黙って見てたけどあいつ自身はただの踊り子だった。


「お前のそのアームレットな……ロイクがリリアに贈ったのとそっくりなんだ」


 俺は混乱する頭でアームレットを見た。一座を逃げ出して九年。多分俺は十九か二十歳ぐらいだ。ロイクがリリアと付き合っていたのは二十年位前……待て、だからどうだって言うんだ。旅芸人の一座なんて沢山いる。リリアっていうのも珍しい名前じゃねえ。アームレットだって世界に一つだけっていうような珍しいもんじゃねえ。そもそもリリアは俺の母ちゃんだなんて言ったことはねえ。俺がそうだったらいいなと勝手に思っていただけだ。


「お前さ、いつだったかロイクにそのアームレットの事を聞かれて旅芸人一座の踊り子に貰ったと言ったことがあっただろう」


 あったっけ? 覚えていねえ。


「お前はロイクとおんなじ黒髪で茶色の瞳だ。そして顔立ちはリリアに似ているんだよ。ははっ、だから何なんだって話だけどな。ホントの事は誰にもわからねえ、ロイクが勝手に夢見てるだけだ」


 そうだ、首領(ボス)は悪い奴らしか襲わねえなんて言う甘ちゃん野郎だ。いい年して夢なんか見てる野郎だ。だけどあいつが俺に目をかけてくれたのは俺に気があるなんて気色わりい理由じゃなかった。


「お前が俺たちの仲間を抜けたがっている事、ロイクは気づいていたんだ。だからお前を馬車を奪う役目にした。餞別のつもりだったんだな。だけど他の奴らはそんなの許せねえ。馬車を見つけたあたりでゴーチェ達と争いになったんだ。あいつらはお前を見つけ出して八つ裂きにしてやると言っていた。俺たちが争っている時に衛兵がやって来て三つ巴になった。他の奴を犠牲にしてゴーチェが逃げたからロイクも自分が盾になって俺を逃がしたんだ。お前を助けてやってくれって言ってな」


 何だよそれ……知らねえよ……勝手にそんな事するなよ……


「ゴーチェの野郎は?」


「速攻で始末したに決まっているだろ、俺を誰だと思っているんだ。ゴーチェを始末して二日後にお前を見つけた。えらい綺麗な姉ちゃんと一緒だなと思って暫く様子を見てたんだ。そうしたらお前らは命を狙われ出した。本当に危なくなったら助けに入ろうと思っていたけどな。お前らの後をつけてあの姉ちゃんが訳ありだろうと気が付いたしお前らがアルタウス辺境伯領を目指しているのもわかったから先回りしたんだ。上手く潜り込めばお前がピンチの時に助けてやれるだろうと思ってな」


 何だよそれ……知らねえよ……


「なあルカ、ロイクを助けに行かねえか?」


 俺は弾かれたように顔を上げた。は? 盗賊の仲間はもう縛り首になってるんじゃねえか? もしまだだとしても王都にある牢屋に護送されていたら忍び込むのは困難だ。ロージーを助けるためにも今は騒ぎを起こしたくねえし。……そりゃあ、助けられるなら助けたいけどよ。


「あの王子がお前らを殺すためにごり押しして騎士や兵士たちを動かしていたんだ。それから今は王子と姫さんの結婚準備で王都中が忙しい。大通りをパレードするみたいだしな。そんなこんなでロイクたちはまだメザンク山の麓の詰め所の牢屋に入れられたままらしいぞ。ゴーチェの仲間を抜かしても十人はいる筈だ」


 それなら半日で行くことが出来る。警備も大したことはねえ。


「しょうがねえな、行ってやろうじゃねえか。ロージーを助けるためにも人手は必要だしな」


 俺は渋々と言った顔をした。


「ははっそうだな」


 ジェラールのニヤケ顔は気に食わねえが、俺たちは夜が明けると早速王都を発った。









 ロージーが目を覚ますと既に馬車の中だった。

 ハッと身を起こすと対面にエドゥアールとアルタウス辺境伯が座っている。


「目が覚めたか」


 エドゥアールの言葉が引き金になって崖の向こうに消えたルカの姿を思い出した。


「ルカ! ルカは?」


 馬車の扉に飛びつこうとしてエドゥアールに手首を掴まれた。


「馬鹿! 走っているんだぞ。死にたいのか」


「ルカはどうしたの? ルカの所へ行かせて」


 ロージーが睨みつけながら言うとエドゥアールは薄く笑った。


「そんな顔を見せるとはな。以前は人形のように笑みを貼り付けているだけで感情など一つも見せなかったくせに。あいつはお前の何だ?」


「ルカはルカよ」


「お前の男か? たらしこまれたのか、あんな底辺の人間に。あいつは盗賊か破落戸だろう? 虫けら以下だ」


「ルカを馬鹿にしないで。ルカは私を騙したりしない。私を騙して生贄にしようとする貴方たちよりよほど上等だわ」


 パン! ロージーはいきなり頬を張られた。


「殿下、その辺で。王都に帰ったら結婚式を挙げるのですよ、顔に傷など作らないでくださいね」


 アルタウス辺境伯が口を挟んだ。彼はそのままロージーに触れようとした。


「クラウディア」


「触らないで!」


 辺境伯の手を払いのけてロージーは言った。


「貴方は……貴方は私のお父様ではないわ。私を王家に売ったのでしょう?」


 払われた手を引っ込めて辺境伯は穏やかな口調で言う。


「仕方ないじゃないか。私は今の妻と子供たちを愛しているんだよ。クラウディア、お前も我がアルタウス辺境伯家の役に立って嬉しいだろう? 心配しなくていい、お前が亡くなったらちゃんと家族みんなで悲しむし、お前の弟と妹にはお前が立派に王子の妃になったと伝えてやろう」


 彼の言う()()には自分は入っていないのだとロージーは改めて思った。私の帰る場所なんて……私を受け入れてくれるところなんてどこにもなかったんだとロージーは思い知った。酷く寒かった。ルカと旅をしていた時にはあんなに暖かかったのに。見るものすべてがキラキラと輝いていたのに。


「ルカの傍に行きたい……」


「あの男は死んだんだよ。あそこの崖はかなり高くてね、下はゴロゴロした岩場なんだ。あそこから落ちたら万が一にも助からないよ」


 辺境伯は微笑みながら言う。ロージーはその笑みが寒くて寒くて両腕を掻き抱いた。


「心配しなくてもお前ももうすぐあの男の所に行くだろう。最後にこの国の役に立って逝け」


 ニヤニヤしながらエドゥアールが言ったがロージーはもう気にならなかった。

 そうだ、私は死ぬんだ。この男たちに殺される。でももういい。だって死ねばルカに会える。ルカの居ない世界には居たくない。


 もう何も気にならなかった。ルカのところに行くことだけを考えた。ロージーは外の世界を遮断した。


 


次が最終話になります。

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