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よろしくお願いします。
主人公の名前とヒロインの名前は第二話でやっと出てきます。
「来たぜ! 獲物だ!」
俺たちは一斉に馬に跨り斜面を駆け降りる。
そこは王都から少し離れた山間の街道。王都からは近いがもっと広く整備された街道が近くに通ったのですっかり寂れて通る者も滅多にいない忘れられた街道。
眼下には豪華な四頭立ての箱馬車とそれを取り囲むように馬を走らせる数人の男たち。
「ひゃっほーい!」
俺たちは歓声を上げてその一行に襲い掛かる。
もちろん奴らも黙ってやられるのを待っていたりしねえ。瞬時に剣を抜いて俺たちを迎え撃つ。たちまち辺りは砂埃、金属のぶつかり合う音、うめき声、血の臭いに満たされた。
お貴族様が長距離移動に使うような箱馬車だが馬車の周りにいた奴らは騎士なんかじゃねえ。そりゃあ一目でわかる、奴らも俺たちと似たような稼業だ。
向かってくる敵と切り結び切り捨て、俺は御者台に近づいた。
車輪に足を掛け一気に飛び上がると同時に御者台に居た奴を蹴り飛ばした。奴に代わって手綱を握ると俺は一気に馬を走らせた。
「あっ! てめえ! 待て!!」
待てと言われて待つ馬鹿がどこにいる。数頭が追いかけてきて御者台に居る俺に襲い掛かってきたが全て返り討ちにしてやった。
今の盗賊団に身を寄せて三年、もう飽き飽きしてたんだ。ずっと抜ける機会をうかがっていた。今の首領は「俺は義賊だ。悪い奴らからしか物を盗らねえ」なんてうすら寒いことを抜かしていたが、単に他の盗賊の上前を撥ねる盗賊だってことだ。どんな盗賊だって捕まりゃ縛り首だ。
俺は暫く馬を走らせ続けた。ようやく追手はもう来ないだろうと確信して馬車を停める。
素早く馬車の中を探して金目のものだけを袋に詰めここから逃げなきゃならねえ。今すぐ追いかけては来なくても奴らは絶対にやってくる。こんな馬車じゃすぐに追いつかれちまう。
馬車の扉を開け一歩中に踏み込んで俺はギョッとした。
最初は金、砂金だと思った。やった! ついてるぜ! と思ったのもつかの間その砂金は俺が手を伸ばすともぞもぞと動いた。
なんてこった! 俯せで縛られていた女がゴロンとひっくり返って顔を上げた。砂金と勘違いしたのは腰ぐらいまである豪華な金髪だったのだ。
縛られ口を塞がれた女はキッと俺を睨んだ。その瞳までが眩い金色だ。こんな時なのに俺は一瞬見惚れちまった。
おっといけねえ、こいつがこの馬車に乗っていたお貴族様なんだろう。盗賊に襲われこいつも商品としてどっかに売り飛ばされる途中だったって訳か。無理もねえ、こんな上玉なんて滅多にお目にかかれねえ。でも俺はいらねえ。人身売買だけはやったことがねえ。他の悪いことは沢山やって来たけどな。
女は放っておいて俺は金目の物を袋に素早く詰めた。探しゃもっとあるだろうが欲をかいてもしょうがねえ、とっとととんずらしなきゃ追手が来る。
袋を肩に担いで馬車を出ようとして……ドカッ! 何かに蹴られた。
何かじゃねえ、さっきの女だ。意識の外に追い出してた女だ。女は蹲った姿勢で俺を見上げ布で塞がれた口でうーうー唸り声を上げている。
黄金の瞳から真珠のような涙が一粒コロンと落ちた。
絆されたわけじゃねえ、でもちょっと興味が湧いたんだ。俺は女の口を覆っていた布を取ってやることにした。
女は俺が手を伸ばすと一瞬ビクッとしたが布に手を掛けると大人しくなった。
「あ、貴方は誰なの?」
布を外して口の中に押し込まれていた布も引っ張り出してやると女は震えながらもしっかりした口調で話した。鈴を転がしたようないい声だ。
「俺が誰だってあんたにゃ関係ねーだろ」
「わ、私を殺すの?」
「はあ? 俺はそんなめんどくせーことはしねーよ。俺はお宝を分捕ってずらかるだけだ」
「私はどうなるの?」
「さあな。盗賊たちより先にお前の身内だか護衛だかが駆け付ければ助かるんじゃねえか?」
面倒になって立ち去ろうとした俺を女がもう一度引き止める。
「待ちなさい! 待って! この縄をほどいて! 私を助けなさい!」
「……何で俺がそんなことしなきゃならねーんだよ」
「この髪飾りをあげるわ! この指輪も」
「いらねえ」
「待って! 助けなんて来ないわ! 誰も私のことを助けてくれない……」
俺は女が泣くと思った。でも目の前の女は泣かなかった。今にも泣きそうな面をしながら唇を噛んで耐えていた。
「あなたに騎士の称号をあげるわ!」
再び立ち去ろうとした俺に女が必死に声を掛ける。
「……騎士?」
「ええ。私をアルタウス辺境伯領まで連れて行って! そうしたらあなたを騎士に任命するわ!」
それは悪くねえ。盗賊稼業には飽き飽きしてた。剣の腕はその辺の奴らにゃ負けねえと自負しているが生まれもわからねえ盗賊上がりの俺が騎士様になるなんてちょっと愉快じゃねえか。
違うぞ、この女に同情したわけじゃねえ。ブルブル震えているくせに気丈にふるまって俺に挑むように真っ直ぐに見つめたその黄金の瞳を美しいと思ったからじゃねえ。
「乗ってやってもいいぜ」
俺の言葉を聞いて女の瞳に喜色が浮かんだ。
それを嬉しいと思う心を頭を振って放り投げると俺は早速行動を開始した。
女の縄を解き外に出る。とりあえず俺のマントを頭からすっぽり被せた。ハーネスを外し一番元気のいい馬に馬車の中にあった鞍を付ける。女を馬の上に押し上げて後ろに跨ると俺は急いでその場を離れた。
暫く馬を走らせ小道に入る。沢のほとりや村外れで休憩を取り三つほど村や町を通り越して小さな田舎町に着いたときにはかなり日が傾いていた。
今夜はこの町に宿をとる。ホントは宿になんか泊まりたくねえが今夜だけはしょうがねえ。この女を連れて野営をするには装備が足りなすぎる。この女は本物のお貴族様だ。俺みてえに着の身着のまま地べたに寝っ転がって寝るなんてできやしねえ。仕方がねえから今日は宿に泊まって明日最低限の荷物を揃えるしかねえだろう。
沢のほとりで休憩したときのことを俺は思い出していた。
馬から降りて馬に水と休憩を取らせて辺りを窺い俺は木の根元に腰を下ろした。
「あの……助けてくださってありがとう。私は—―」
「まだ助かるかどうかなんてわからねえぜ。奴らに見つかったら俺はお前を捨てて逃げるからな」
「なっ!! 女一人置いて逃げるなんて貴方は騎士としての矜持は無いのですか!?」
「騎士じゃねえ。俺は盗賊だ」
「でも私を助けてアルタウス辺境伯領まで連れてってくださると約束したわ」
「まあな、俺の気が変わらなければな。面倒になったら逃げるかもしれねえ」
「そんな……それでは――」
その時女の腹がクウと鳴った。腹の音までお上品な女は途端に顔を赤くした。
「腹減ってんのか」
女はブンブンと首を振ったが俺は腰に下げた袋から干し肉を出してやった。
「今はこれくらいしか持っていねえ。今日は宿に泊まってやるからそれまではこれで我慢しろ」
女に手渡すときょとんとした顔をした。
「木の皮をどうするんですか?」
「あ゛? 木の皮じゃねえ、干し肉だ」
「干し肉……あの……もしかしてこれは食べ物ですか?」
はあーっとため息が出た。
「お貴族様はこんなもん食べねーか。いいぜ返しな」
「いえ、いただきます!」
女は恐る恐る口に入れた。
「むぐっ……うう―……嚙み切れません」
俺がナイフで小さく切ってやると女はそれを口に含んだ。ずーっと口をもぐもぐさせていた。二つ村を通り越してもずーっと。俺はそれを可愛いなんて思わねえ。絶対に思わねえ。
宿は地方によくある小さな宿だ。二つベッドが置いてあるだけの簡素な部屋。お貴族様は俺とおんなじ部屋なんて嫌かもしれねえが部屋を分けるつもりはねえ。
追手が今日この町まで来る可能性はほとんど無いが用心に越したことはねえだろう。
馬車を強奪して走らせていた奴らは俺の元仲間がほとんど殺っちまっただろう。俺たちの仲間の中で一番すばしっこい俺は馬車を奪って逃げる役目だった。
なんだか知らねえが首領は俺のことを気に入って目をかけていたからな。俺に気があったか? 気色わりい。まあ俺はいい男だからな。黒髪と茶色の目は色こそ地味だが逆にクールで素敵だと女どもがはやし立てる。背もたけえし腹なんか出ちゃいねえ。それどころか一見やせ形に見えるけどしっかり筋肉がついてるからな。首領はそんな俺にやけにベタベタ話しかけてきやがる。馬車を奪う役目も他の奴らが反対するのを押し切って俺に決めやがった。
だから俺は逃げてやったんだ。打ち合わせで決めていた場所に馬車を走らせてなんか行かなかった。俺の元仲間は俺がその場所に行かなかったことに気づいて馬車を探すだろう。馬車が見つかれば俺がとんずらしたことはすぐにわかる。それから俺を探す。
一応最初に通りかかった村の自警団の奴に「お貴族様の立派な馬車が何かから逃げるみたいに凄いスピードで走って行くのを見た」と教えてやったからそいつらが怠慢じゃなければ様子を見に行くだろう。上手くいけば衛兵に知らせてくれて衛兵と元仲間の盗賊たちが鉢合わせするかも知れねえ。
まあそれはよっぽど幸運だった場合だ。それより明日からのことを考えよう。
俺は女を宿に置いて町に買い物に出かけた。