第九十三話 作戦会議【ミランダ】
時の鐘が鳴った。
次でお昼、ニルスたちはまだお城から戻ってこない。
悪いけど、難しいことは全部任せよう。
・・・あたしはそろそろルルさんのとこ行くか。
あの人の協力は心強い。ニルスたちのこと、誰よりも知ってるみたいだしね。
ちゃんと全部解決して、半年後にはみんなでロレッタ・・・。
うん、絶対にそうする。その日に向かっていくんだ。
◆
「おー、かなりいい感じじゃん」
おじいちゃんに「出かける」って言いに庭に出てきた。
ここに来た日の光景が霞むくらい綺麗になってる。
「まあ、これくらいはすぐにできんとな。そうじゃ・・・ミランダ殿はどんな色の花が好きかな?明日には買ってきて植え替えようと思っている」
生え放題だった雑草が無くなったのがいい。
騎士よりも庭師の方が向いてるわね。
「えーとね・・・白」
「ほー、もうちょっと派手なのが好きかと思っておったよ。・・・そういえば、下着は意外と無難なものじゃったな。しかし、そこが逆にいやらしい」
「おだまり」
好きな色聞かれたから答えただけなのに・・・。
「ていうか、まだ暖かいけどもうすぐ冬よ?花なんて育たないでしょ」
「シロ殿がこの家の周りを暖めてくれると言っていた」
「え・・・出かけてる時はどうすんのよ?」
「できるそうじゃ。冷暖、湿気、すべて思いのままと言っておった」
なんでもありね・・・。
ああ、でもシロは力を無尽蔵に使えるって言ってたな。
「人間で言えば億に一人の素質じゃな」
「精霊だしね。あ・・・キビナでもそうしてもらってたわ」
「だから心配無いんじゃ。快適に過ごせるのは助かる」
「たしかに・・・感謝しようね」
精霊封印の結界が無ければ、それくらいなんてことないのかな?
なんにしても、あたしたちからしたらとてもすごいことだ。
でもそのシロでさえも恐れているのがジナス・・・。
もっとずっと大きな力を持っている存在だ。
あいつに勝てるのかって不安は、もちろんあたしにもある。
実際にどれくらいヤバい奴なのかを見たから、ふとした時に思い出して震えちゃう時もあるしね・・・。
だけど、なんとかできるんじゃないかって希望もある。それがニルスだ。
そして、一番不安が大きいのも・・・。
なのに、色んなものを自分から背負って立ち向かうって決めた。
ニルスの心情を思うと「あたしなんかが震えてられるか」って強い気持ちが湧いてくる。そんな暇があるんだったら、ニルスの不安を無くしてあげないといけないよね。
・・・仲間だから、ちゃんと支えるんだ。
◆
「きのうは本当にたくさん来たみたいですね」
「そうなのよ。だからとっても助かったわ」
「そう言ってもらえると嬉しいです。・・・笑った顔、好きですよ」
「へ・・・あはは。・・・あ、いらっしゃいミランダ。そこに座ってて」
店に入るとルルさんと男の人が一緒にいた。
・・・なんか来ちゃいけない時だったかな?
配達の子ってあの人のことだよね・・・言い寄られてるのかな?
ていうかあいつ・・・どっかで見たことある気がする・・・。
「じゃあまた・・・えっと、ずっと・・・待っていますので・・・」
「ごめんね・・・やらなきゃいけないことがたくさんあって・・・。でも、なんとかするから」
「やらなきゃ・・・まさか、昔の男と揉めているとかですか?困っているのなら間に入ります」
「そ、そういうんじゃないから・・・」
ルルさんは申し訳ないって顔だ。
やること・・・ニルスかな?
「本当に困っていたら教えてください。・・・じゃあ、次は通常通り二日後に来ます。お酒はいつも通りでいいですか?」
「あ・・・全部一箱ずつ足してほしい。たぶんしばらくはそれくらい出るから」
「わかりました。急に必要な場合でも言ってくださいね」
「ありがとね」
やっぱり配達に来てる人だったみたいだ。
見た感じルルさんよりは年下っぽいけど、なんかいい感じに見えるな。
「あ・・・すみません、お待たせしました」
「ああ・・・うん・・・」
男があたしの近くまで来た。
あれ・・・絶対知ってるぞ・・・どこで会った?
「では・・・失礼します・・・」
ダメだ。思い出せない・・・。
◆
「ごめんねミランダ。せっかく来てくれたのに待たせちゃって」
配達の人が出て行くと、ルルさんはかわいい顔で謝ってきた。
あの人のこと好きって感じだけど・・・。
「今のって、返事を待たせてるみたいに見えましたけど・・・なんで?」
「・・・」
ルルさんは答えずに唇に指を当てた。
まあ、大人だし恋だってするよね。
「あの子ね、あたしより六つも年下なの」
「真面目そうだし、いい返事してもよさそうですけど」
「そう・・・いい人なのよ。でも、アリシアたちのことが解決したらって考えてる・・・」
やっぱりそうか・・・。
なら早く解決しないとダメだ。そうしないとこの人は自分のことができない。
「ルルさん、あたしたちで早くあの親子を仲直りさせてあげましょう」
「ふふ・・・やっぱりあなたはいい子ね。なにか作るから先に食べましょうか」
「えへへ・・・」
実はこれも期待していた。
きのう出された料理は全部おいしかったんだよね。
「ミランダはなにが好きなの?」
「なんでも好きです。ニルスと違ってニンジンも」
「ふーん・・・やっぱり嫌いなままなんだね。じゃあ、座って待ってて」
ルルさんは調理場に入っていった。
なんにしても、お腹を満たしてからの方がいい。
◆
「なんかあたし・・・さっきの配達の人知ってる気がするんですよね」
食べながら話してみた。
南部の知り合い・・・いないはずなんだけどな。
「グレン君?」
「グレン・・・」
「そう、グレン・バニーズ君」
名前は記憶に無い・・・。
「あの人ってずっとテーゼにいたんですか?」
「違うわ。紬の月にこっちに来たんだって」
「前ってどこにいたとか・・・」
「北部よ」
じゃあ、どっかで会ってる?・・・どこ?
「たしかロレッタって街に・・・」
「あーーーー!!!!」
思い出した!!
『信じていた女性に裏切られました・・・』
『商売を始めたいって・・・それで・・・稼いだお金を毎月渡していたんです・・・』
女に騙されてたバカだ。
あいつニルスに十五万も貰っといて、なに呑気に女口説いてんのよ・・・。
「し・・・知り合いだった?」
「ニルスも知ってますよ」
「え・・・そうなの?」
まさかここで会えるとは・・・。
そういやテーゼ行きの馬車だったな。
◆
「あはは、そうだったんだ」
ルルさんにグレンとのことを教えた。
なんでこっちに来たのかも全部・・・。
「次来たら、ニルスに十五万返せって言っといてください」
「ふふ、あの子が巡り逢わせてくれたって感じね」
「名乗りもしなかったんですよ。返す気なかったんだと思います」
「言えば返してくれると思うよ」
ルルさんはなんだか嬉しそうだ。
ニルスのおかげで出逢えたとか考えちゃってんのかな?
「なんか素敵な気持ち・・・あの子が帰ってきて、嬉しい事実もわかって・・・」
「あの・・・」
「十五万だっけ?あたしが立て替えるわ」
こんなことまで言い出すし、絶対そうだ。
「いえ、あいつに払わせます。仕事先か、知ってたら住んでるとこ教えてください」
「取り立てに行くの?」
「はい」
「・・・やめてあげて」
ルルさんは切ない声を出した。
この人とはこれから仲良くしないといけない。
・・・我慢するしかないか。
「でも・・・ルルさんからは貰えません。あいつが払うのが筋です」
「それなら・・・もう少し待ってあげて。あの親子のことが解決したら、あたしから伝える。ニルスにも余計なこと考えさせないようにしてあげてね」
「・・・わかりました」
まあいい、ちゃんと返させるならね。
それに、ひと目で気付かないくらい真面目な感じになってた。
・・・ルルさんの前だからか?
『自分はかわいそうって話すればお金くれる人がいるってのを覚えちゃった。これから努力しなくなるかもしれないし、あんたみたいに善意でお金くれる人を裏切るようなことするかも』
『・・・考えすぎじゃない?ほら、行こうよ』
ニルスの見立ては合ってたのか・・・。
◆
食事も済んで、お互いの情報を交換することになった。
まずはルルさんから・・・。
「抱きしめるだけ・・・それしかできなかったんだ・・・」
当時の話を聞かされた。
内容はニルスから聞いていたのと大体同じだ。
「あの子が出た最後の戦場のあと・・・あたしアリシアを殺そうと思ったのよ」
「え・・・」
たぶんニルスが知らない出来事も教えてくれるみたい。
解決のためには必要かもしれないから全部聞いておこう。
◆
「・・・あの時、ティララがアリシアを突き飛ばさなければそのまま殺していたと思う。・・・本当に許せなかった」
ルルさんは、その時の思いと一緒に話してくれた。
ずっと一緒に育ってきた友達にそこまで怒ったのは初めてだったみたい。それくらいニルスがかわいそうだったんだ・・・。
「本当は、手がかりもあげたくなかったんだ。教えられてからそうされても、ニルスは嬉しくないと思ったからさ・・・」
そのすぐあとにアリシア様は酒場を飛び出してニルスと話した。
そこで初めて謝って、十五で旅立たせることになったらしい。
『あいつはアリシアを待ってた。・・・俺たちがどうこう言ってから動かれても嬉しくないんだよ。誰かに言われたから・・・そういう感じにはしたくなかったんだ』
ウォルターさんも言ってたな・・・。
ニルスはアリシア様に気付いてほしかった。
みんなはその気持ちを知ってたから、あえて何もしなかったらしいけど・・・今回は違う。アリシア様はニルスの気持ちを知っちゃってるわけだから、全員で力になってあげればいい。
『いや、これはオレ一人で解決する。時間はかかるかもしれないけど・・・口は出さないでほしい』
ニルスはそうしてほしくないみたいだけど、あたしはやらせてもらう。
分かち合い・・・仲間だからね。
「ありがとうございます。じゃあ、あたしがニルスと出逢ってからのことを話します。ただ・・・まだ誰にも言うなって軍団長から言われていることもあるんです。・・・でもルルさんには話します」
「安心して、口は堅いのよ」
それは今の話でわかった。
アリシア様を叱った時もニルスとの約束を破らなかった人だ。
・・・だから全部教える。
◆
世界のこと、女神様のこと、これからの戦いのこと。
長い話だけど、時間をかけてすべて伝えた。
そしてニルスが戦場に出なければいけない理由、うなされる時の状況・・・あたしが思ったことも詳しくだ。
「えーと・・・とても大きな話ね・・・」
ルルさんは溜め息をついた。
まあ・・・なんて言っていいかわかんないよね。
「シロくんは本当にみんなよりずっと長生きで、あんな見た目だけど精霊の王様。・・・アリシアとステラは、封印されている女神様に作られた聖女で・・・神様は本当はジナスっていう精霊・・・」
一気に聞いても現実感が無いんだろうな。
あたしは旅の中で実際に見てきたからすぐに受け入れられたけど、ほとんどの人はこうなって当たり前だ。
「違う・・・そんなことは正直どうでもいい。・・・ニルスはまだ苦しんでいるのね?」
ルルさんがあたしの目を見つめてきた。
どんな事実よりもそこが一番だったみたい。
「戻ってきてくれたのは・・・」
「そうですね。シロを苦しみから解放したいっていうのも理由の一つですけど、次の戦場に出なければいけないのは・・・」
「あたしたちのためか・・・戦場に出なければまずルージュ・・・」
「はい・・・その次はルルさんかもしれません・・・」
これは軍団長にも話していないことだ。それでもこの人には伝えなきゃいけないと思った。
ニルスは自分で戦うって決めたけど、そうせざるをえなかったってことをルルさんにわかっていてほしかったから・・・。
「・・・」
ルルさんは目を潤ませて、じっと自分の手を見つめた。
整理する時間は必要だ。
今日はこれ以外の予定は無いし、いくらでも待とう。
◆
「・・・ニルスは不安があるって言ってたのね?」
ルルさんが顔を上げてくれた。
やっと話が進むわね。
「はい、正直に言ってくれた時は嬉しかったです。あたしたちを信用してくれてるんだって。でも口出しはしないでほしいっても言ってました・・・」
「あたしの時と同じね。・・・それはみんながニルスに寄り添ってあげていたからよ。信用している人にはちゃんと話してくれる」
「だって・・・みんなニルスが好きだし」
あたしもニルスを信用している。強い所も弱い所も・・・。
そして信用しているからこそわかる。・・・心が弱いままだと勝てない。
「みんながニルスを好きなのは話を聞けばわかるわ。ステラも・・・そういうことね」
「はい、あたしたちとやり方は違うけどニルスを救おうとしてくれています」
「そっちはとりあえずアリシアと揉めなければいいわね。そういう人も必要だから・・・お互い想い合っているなら問題ないわ」
ルルさんは子どもの恋を喜ぶ母親みたいな顔をした。
「こっちが本当のお母さん」って言われたら信じちゃいそう。でも、それくらいこの人もニルスの幸せを望んでいるんだよね。
「まずはだけど、二人を近付けないといけないわね」
「あたしから見るとニルスはそうしようとしてますよ。まあ、近付くって言うか・・・来てって感じですかね」
「うん、きのうもそうだったわね」
なんだ、よくわかってる。
・・・当たり前か。
「わかるわかる・・・だけじゃなくて、ちゃんと答え合わせしよっか」
「そうですね。食い違いが無いようにしましょう」
「じゃあミランダさん、言ってみてください」
ルルさんはアカデミーの教官みたいにあたしを指さした。
く・・・なんか嫌な思い出が蘇ってきそうだから早く答えよう。
「ニルスはアリシア様を・・・母親を試してる」
「はいミランダさん、よくできましたー」
ルルさんは拍手をくれた。
ふふ、簡単すぎる問題だったからね。
「その通りよ。あれはニルスなりの歩み寄り方、とっても不器用だけどね」
「そうですよね。考えてやってるかはわからないけど、もっと自分に対して反応が欲しいって感じです」
軍団長の部屋で再会した時、酒場でルージュのことを聞いた時・・・。
『ああそうか・・・臆病者は必要ないんだったな・・・』
『・・・オレとは口を聞きたくないんだな。顔も上げない・・・』
あの時、ニルスは期待していた反応が無かったことで余計不安になったはずだ。
『言いたかったさ・・・でもあの子を前にするとダメなんだ・・・』
まあ、あの様子じゃな・・・。
「だけどあの子、ここを出る前よりアリシアに対して堅くなってる気がするのよね」
「たぶんそれは、ジナスと人形から言われたことが原因だと思います」
「聞いた通りだと、当たってるのよね・・・」
ルルさんが目を細めた。
『お前は母親を心の底では信用していない。母親も、そんなお前を信用しているわけがないだろうな』
悔しいけどジナスの言ったことは間違ってはいないと思う。
だからニルスは見定めようとしている。『母さん、そんなことないよね?』その答えを聞きたいんだ。
「ニルスはアリシアを相当疑ってるのね。・・・仕方ないけど」
ルルさんの目が閉じてしまった。
『お前が出て行った日は、今までで一番嬉しかった』
『ルルにあげようと何度も思ったよ』
人形の言葉は、すべてニルスの記憶からだって言ってた。
心の中で一番脆くて柔らかい部分、それを引っ張り出されて切り刻まれたって感じだからな・・・。
「この話、もっと早く聞きたかったな・・・」
「今からでもなんとかなりますよ」
「そうだけど・・・きのうアリシアにおかえりを言わせたのは良くなかったかもって・・・」
「まあ・・・そうかもしれないですけど・・・」
ルルさんが気にしてるのは・・・。
『ルルは大切な友達だからな。目の前でお前に冷たくできるわけがないだろう』
ニルスの疑念を刺激してないかってことだ。
「でも嬉しそうにしてましたよ」
「あたしも一瞬見たよ。でも、時間が経つと考え出すと思う。あそこでじゃなくて、あとで裏に呼んで自分から言うようにすればよかった・・・」
「今考えても仕方ないです」
「そうね。・・・ここでしか言えないけど、ニルスをくれるんなら欲しかったわ」
ルルさんは真剣な顔だ。
本当にそう思ってるんだろうな・・・。
「あたし思ったんですけど、見てるとなんかとっても簡単って気がするんですよね。本人にとっては難しいんでしょうけど、アリシア様が抱きしめて、愛してるよニルス・・・でいけるんじゃないですか?」
話を前に進めてみた。
裏でどう動くかを決めなくちゃいけない。
「・・・あたしもそう思うよ。ニルスは目に見える愛がほしいの。でも、目の前にするとできないって言ってた。・・・戦場で再会した時も、本当は帰ってきてって伝えたかったんだって」
・・・だよね。なんかもやもやする。それができてたら、あの場にアリシア様も残ってくれたりして、ジナスを倒せてたんじゃないかな?
「・・・昔の失敗を思い出すのよ。アリシアは、決してニルスを苦しめたくて戦場に出してたわけじゃない。でも、実際はそうだった・・・だから恐くなっちゃうのね」
「なるほど、踏み込めないんですね」
雷神はどんな時でも雷神では無いみたいだ。
あたしが思い描いていたのは戦場で戦うアリシア様、母親になるとこんなに違うのか。
「でも今回は違うわ。ニルスがしてほしいこと、アリシアがしたいこと。同じ方向よ」
「そうですよね。だからきっと全部うまくいく」
「ふふ、ミランダは明るくていいわね」
ルルさんが微笑んだ。
なにかきっかけを作ってあげれば、すんなり和解できるかもしれない。あとでシロにも教えてあげよう。
「で、まずはどうしますか?偶然二人きりになるようにしてあげるとか・・・」
「とりあえずは様子を見た方がいいと思うの。本当はニルスが考えてるように周りが口出しすることじゃない。二人で解決できれば一番いいのよ」
「え・・・まだ動かないんですか?」
「状況によるわ。まだニルスが戻って四日目だしね。ひと月・・・昏の月まで見守ってみましょ。もちろん情報交換はしていくわ」
たしかにアリシア様と再会したのはきのうだ。
お互いになにかしようって考えてる可能性もある。
だとすれば、あたしたちがあれこれとしてあげるのは様子を見てからでもいいかもしれない。
でも、変な感じになってたらすぐに情報を共有して手を打つようにしよう。
「あたしはアリシアを注意して見ていくわ。なんだか様子がおかしい気がするのよ」
「どうおかしいんですか?」
「あたしにニルスのことを話す時・・・女の顔をしてるの」
え・・・なにそれ・・・。
「息子ですよ?」
「だからおかしいと思ってるのよ。息子に恋してるんじゃないかって心配なのよね・・・」
んー・・・あたしも訓練場で会うと思うし見ててみるか。
もしそうだとしたら危ない。
ステラとも揉める・・・。
「ニルスはそれを求めてるわけじゃないから、変な感じになってたらアリシアを注意する。見つけたら教えてね」
たしかにあたしからは言えないしな・・・。
そうなったらすぐに報告だ。
◆
「さて、難しい話はここまでにしましょ。今からはミランダがどんな女の子か知りたいわ」
ルルさんが奥からお菓子を持ってきた。
お、普通のお喋りね。やっと肩の力を抜ける。
「あたしお喋り好きなんで、お店を開けるの遅くなるかもしれませんよ」
「そうなったら今夜はあなたもうちの女給よ」
げ・・・働きたくない。
時の鐘を気にしながら話そ・・・。
◆
「孤児院じゃなかったんだ?」
「はい、けっこういい暮らしはさせてもらってましたね」
生まれのこと、育ててくれた親のこと、恋人だった男のこと・・・。
ルルさんはあたしの話を楽しそうに聞いてくれた。
「こっちに来たばかりでしょ?いい剃り師教えてあげよっか」
女なら興味のある話題に変わった。
でも・・・。
「あたし必要ないんです」
「え・・・体質とか?羨ましいな・・・」
「やっぱそうですか」
「当たり前じゃない。あたしは五日に一度くらいだけど、時間がもったいないのよね」
時間・・・たしかにこの人はあった方がいい。少しでも解決が早くなるように・・・。
「ルルさん、もう剃り師に行かなくてよくなりますよ」
「え・・・どうしたの?」
「あたしが必要ないのは、精霊にそうしてもらったからなんです。シロに頼んであげますよ」
フラニーの時もやってくれた。
今回のでも大丈夫なはずだ。
「絶対生えてこなくなります。あたしがやってもらったのは紬の月の終わりくらいでしたけど、そこから一回も剃り師行ってません」
「・・・ほんと?」
「はい、明日連れてきます」
「・・・」
ルルさんは色っぽい顔で微笑んだ。
やっぱ嬉しいよね。
◆
お喋りをしていると、お店に西日が入ってきた。
そろそろかな・・・。
「ねえ、娼館ってどんな感じなの?春風は頭のいい女しか雇わないって噂聞いたことあるんだけど本当?」
ルルさんは気付いてないっぽい。
あたしとのお喋りがとっても楽しいってことだよね。
「そうですね。春風は頭に高級が付くとこだったんで、他とは違うと思います。・・・気になるんですか?」
「え・・・いや、踏み込む気はないけど・・・覗いてはみたいよね。・・・あ、夕方の鐘。はあ・・・やるか。ミランダ、このままいて夜飲んでいったら?」
ルルさんは立ち上がった。
夜か・・・なにも言ってないから、ステラはあたしの分も作ってくれてるよね・・・。
「じゃあ、一杯・・・いや、二杯だけ」
「ふふ、いくらでもどうぞ。ねえ・・・ちょっとうちの給仕服着てみない?あなたの胸だとどうなるか見たい」
「・・・いえ、今日は遠慮しておきます」
もうすぐ本当の女給たちが来る頃、働かされないようにうまく躱して待つか。
◆
「ニルスは赤ん坊の頃、見てて心配になるくらい泣かなかったの。話せるようになるのも遅かったんだ・・・。でもアリシアは、心配はないだろうって言うのよ」
ルルさんがテーブルを拭き出した。
ひとり言っぽいけど、あたしの顔を見てくるから違うんだろうな。
「泣かないってのも大変そうですね」
「でも目で訴えてくるのよ。おっぱいがほしいとか、抱っこしてとか。だから、ふふ・・・アリシアは目が離せなかったの」
「そっちはそっちで大変そう・・・」
「今だから思うんだけど・・・ニルスはお母さんがどういう人かわかっててそうしたんじゃないかって」
赤ん坊がそんなこと考えるかな?
ニルスが「黙っていれば母さんは見てくれる」とか思ってた?
「ルージュもお喋りできるようになるの遅かったのよ」
「妹もですか・・・」
「まあ、ルージュはなにかあると泣いてたからニルスとは違うんだけどね。それにニルスは毎日話しかけたり、本を読んであげたりしてたの。だから本当なら普通よりも早く話せるようになってもいいはずだった・・・」
子どもを育てたことないあたしにはよくわかんないな。
・・・気付けば話せてた記憶しかない。
「これも・・・あたしの勝手な考えなんだけどね。ふふ・・・」
ルルさんは手を止めた。
笑ってる・・・どんな話か続きが聞きたいな。
「ルージュはお兄ちゃんが大好きだったのよ。ぐずっても、ニルスがあやせばすぐに泣き止んだ。・・・アリシアだと時間がかかってた」
「ルージュとはできる限り一緒にいたって教えてくれました」
「さっきニルスが話しかけてたって言ったでしょ?たぶんね、自分の夢とか苦しいこととか・・・妹には打ち明けてたんだと思う・・・」
なんか胸が痛むな・・・。
ルージュはどんな気持ちで聞いてたんだろう。
「ルージュと早くお喋りしたいってニルスは言ってた・・・というか焦っていたわね」
「そんなにですか?」
「うん・・・だけど旅立ちの日になっても、ルージュがお兄ちゃんになにか言うことは無かった・・・」
その心残りは話してもらったことないな。
『でも、逃げ出したのと一緒な気がしてる・・・』
ああ・・・あれにはそういう気持ちも全部入っていたのか。
「今は話せるんですよね?」
「・・・ニルスが出てからひと月する頃、ルージュは言葉を発するようになった。それからはどんどんお喋りするようになったわ」
「ひと月だけ遅らせていたら・・・」
もうちょっとだけ幸せな旅立ちだったのかな・・・。
「・・・たぶん遅らせてもルージュは話せるようにはならなかった」
「どうしてですか?」
「お兄ちゃんは自分の成長を楽しみにしている。でもそれを見せたら次の成長も・・・ってずっと残るかもしれない。そしたらお兄ちゃんはいつまでもここで苦しい思いをするんじゃないかな・・・って。お兄ちゃんは・・・好きなことして・・・いいんだよって」
ルルさんは話の途中から涙を流していた。
テーブルに落ちた雫を何度も吹き取るけど、それは増えていくばかりだ。
「お兄ちゃん行ってらっしゃい・・・じゃダメだったんですか?」
「あの家族はみんな不器用なの・・・だから放っておけないんだ。・・・ごめんね、全部あたしの勝手な想像よ。誰にも言わないでね」
なんとなくだけど今の話は当たっているような気もする。
だってアリシア様とニルスはたしかに不器用だからね。
「はっきり言わない家族?」
「ルージュは・・・わりと言うわよ。母親と息子が問題ね。そうだ、ルージュにも会ってあげてね」
巻き込まれてるルージュが一番かわいそうな気がする。
ニルスとの再会はいつになるかな。
その時は、きっと「お兄ちゃん」って呼んでくれるよね。




