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Our Story  作者: NeRix
水の章 第三部
96/481

第九十一話 好かれている【ステラ】

 きのうは酒場で色んな人と話せて楽しかったな。

ニルスの話もたくさん聞けたしね。


 わかったのは、やっぱりニルスはみんなに好かれているってこと。

だから妹のルージュに存在が知られないように全員が協力してくれている。

 全部アリシアのせいなのに・・・。

母親は別にどうでもいいけど、ルージュとは早く再会させてあげたいな。



 「ステラ・・・おはよ・・・」

朝の支度をしていると、ミランダが炊事場に入ってきた。

ちょっと気分が悪そう。

 「おはようミランダ」

「なにか・・・お酒以外の飲み物を・・・」

「はい、冷たくしてあるよ」

「わ・・・ひえひえだ・・・」

ミランダがグラスの水を一気に飲み干した。

気持ち悪くて起きたのかしら?


 「はあ・・・あれ、みんなは?」

「ニルスはまだ寝てるわ。お酒との相性は悪いみたいね」

「ああ・・・そうだね。ニルスは一杯でダメ。その内鍛えてやるけどね」

あんまり強くないみたいで、グラスの半分も飲まないうちに赤くなっててかわいかったな・・・。

 「シロとヴィクターは?」

「市場に果物を見に行ったわ。ついでにパンを頼んだの」

ヴィクターは息子と離れてしまったからシロで寂しさを埋めてるって感じだ。シロも「おじいちゃん」て喜んで付いて行くし、見てると微笑ましい。


 「朝は食べられそう?」

「うん、お腹減ってるし、おいしそうな匂いだし」

「みんなが来るまで待っててね」

私は特に鍛錬の必要がない。

 だから、ここでみんなのお母さんみたいなことをして過ごすつもりだ。

あ・・・ニルスにだけは奥さんだけどね。



 「ふう・・・ステラ、アリシア様のこと睨みすぎだよ」

ミランダが二杯目のお水を飲み干した。

みんなと騒いでたけど、しっかり私のことも見ててくれたのか。


 「・・・そうだったかな?」

「やり方は違うけど、目的は一緒でしょ?あんまりひどいとこじれるよ」

うーん、真面目に注意されてるみたいだ。

これ以上ごまかすと怒るだろうな。


 「ごめんね、我慢できなかったの。ニルスがかわいそうに見えて・・・」

「それはわかるけどさ・・・」

「おかえりだって、ニルスからただいまがあってから初めて言ったのよ。そのあとも、せっかく隣に座ったのにほとんど顔も見てあげないし・・・」

母親のくせにずっと生娘みたいな顔でイライラしていた。

 本当に和解したいの?って思わせる態度がもうダメ。

なにがなんでも親子に戻りたいのならあの場で・・・いや、軍団長さんの所で話した時にできているはずだ。

どうして動かないのか・・・。


 「・・・仕方ないよ。そっちはもう少し時間かけないとさ」

ミランダは私が拳を握ったのを見ていた。

・・・仲間の前ではやめよう。

 「大丈夫よ、反省してる。たしかに私は、アリシアにかまう時間があればニルスに愛を贈りたい」

「うん、そっちはお願いね」

ミランダに嫌われたくないし、あからさまなのはやめよ。


 「あと、ちょっと気になったんだけど・・・」

ミランダが顔を緩めた。

真面目な話は終わりみたいだ。

 「なあに?」

「えっとねー、えっへっへ・・・」

なんかふにゃふにゃしだしたわね。

誰かの噂話を楽しんでるって感じ・・・。


 「ステラって、ニルスが別の女の人と話してるのとかは気にならないの?」

「別の?ああ、女給さんとか戦士の人たちに可愛がられてたわね」

「そういうの見て嫉妬とかないのかなって」

そんなに余裕のない女じゃないんだけど、一番は・・・。

 「ないわね。私はみんなから好かれてるニルスも好きなの」

縛り付ける人もいるみたいだけど、それじゃ窮屈過ぎて逆に相手が離れてしまう。

嫉妬する前に、自分を一番に見てもらえる努力をすればいいだけだ。


 「ふーん・・・ステっちゃんはいい女だね」

「ステっちゃん・・・」

なんかかわいいかも・・・。



 「ただいまー」「おはよう・・・オレが最後か・・・」

シロたちも戻り、ニルスも起きてきた。


 朝食は野菜がたっぷりのスープと、甘辛く煮込んだお肉、そこにシロたちが買ってきたパンと果物だ。

 ふっふっふ・・・今日はこんな感じだけど、もっともっと豪華にしていこう。

あ、ミルクの配達も頼まないと・・・。


 「なにこの肉・・・うま・・・」「パンに合うね」「ステラ様、感謝します」

みんな褒めてくれてる。

だから・・・もっと作る・・・。


 「ねえニルス、おいしい?」

「うん、元気が出てくるよ」

「毎日そう思ってもらえるものを作るね」

「嬉しいな。ありがとうステラ」

ニルスの不安は大きい。だから、こうやって安らぐ時間をたくさん作ってあげたい。

長い時間はかかるだろうけど、私の愛だけで戦えるようになってくれたらいいな。



 「今日は訓練場に行くよ。みんなはどうする?」

朝食が済むと、ニルスが私たちに微笑んでくれた。

顔はまだ安らいだままだ。


 「儂はまだ庭が終わっておらん。すまんがそれが済んだらじゃな」

ヴィクターは残るみたいだ。・・・私もそうしようかな。

 たぶんニルスは、アリシアと出くわした時の顔を私に見せたくないだろうしね。


 「私もここにいる。おうちのこと色々やりたいし、研究室も作りたいんだ」

「わかった。なにか大変なことがあったら言ってね」

ニルスはほっとしていた。

やっぱり見られたくなかったんだね。

 じゃあ、本格的に研究室を作ろう。

新しい香りをたくさん・・・まずは誘惑の香りかな。


 「僕はニルスについてく。食堂の料理を端から全部食べてみる」

「あはは、じゃあ一緒に行こうか」

「うん、帰りにお菓子も買おうね」

シロは鍛錬に行くって感じじゃないわね。

でも、あの子がいればニルスも大丈夫そうだ。


 「ミランダは?」

「あたし今日は用事があるの。だから明日からにするよ」

「迷ったりしない?困ったら衛兵に話しかければ道を教えてくれるよ」

「ありがと」

ミランダはなにがあるんだろう?

戦士の誰かと逢引きとか?

 「シロ、あたしの分までニルスをお願いね」

「うん、ミランダも気を付けてね」

シロは事情がわかってるって感じだ。

 ああそうか、ニルスのためのなにかなんだろうな。

本人の目の前では言えないだろうし、戻ったら教えてもらおう。



 「あれ・・・誰か来たっぽいよ」

みんなが今日の支度に入った時、扉を叩く音が聞こえた。

こういう時は・・・。


 「私が出る。変な勧誘とかだったらお断りすればいいんでしょ?」

「こんな朝早くに来ないでしょ。あ・・・でもミルクの配達だったら欲しい。ねえニルス、ミルクはいいでしょ?あたしの分は二つで」

「オレも欲しいな」

「わかった。じゃあ、ちょっと待っててね」

私は対応するために立ち上がった。

よくわからなかったら誰かを呼ぼう。


 

 「・・・本当に住んでいるんだな。なにも起こらないのか?」

「はい、いい家ですね」

「そうか・・・昔アリ・・・いや、よかったな」

尋ねてきたのは軍団長さんだった。

 「どうしたんですか?これから訓練場に行く予定でした」

「急で悪いがその予定は無しだ」

わざわざこんな朝早くになんの用かな?

 

 「なにか・・・」 

「これから私と共に王の所へ行くぞ」

「王の・・・べモンドさんの説明だけじゃダメだったってことですか?」

「そうではない、お前たち本人から直接聞きたいそうだ」

あら・・・気が進まない話・・・。


 「えー・・・あたしお昼までには戻りたいんだけど。王城は見てみたかったけどお堅い感じならやだよ」

ミランダがだるそうにお化粧を始めた。

 「・・・安心していい。招かれたのはニルスとシロ殿、そしてステラ様だ」

「え・・・なーんだ、早く言ってよね」

まあ、王は私のことを知ってるし当然か。

さすがに向こうからこっちに出て来るわけにもいかないもんね。


 「ステラ様にはニルス殿がついているから儂は行かんぞ。というかいらんじゃろ」

ヴィクターも面倒そうだ。

 「あなたは聖女の騎士ですよね・・・。それに聞きましたよ。遠い親戚なのでしょう?」

「あの若造、余計なことを・・・」

「・・・王を若造と呼べるのはあなたくらいですよ。文句があるならご一緒に来てください」

軍団長さんは溜め息を零した。

板挟みで大変ね。この人はニルスも信頼してるし助けてあげよう。


 「軍団長さん、ヴィクターにはお庭のことを任せているの。王がなにか言ったら私が説明するから許してあげて」

「ステラ様・・・致し方ないですね」

軍団長さんはちょっとだけ苦い顔をした。

気苦労の多い人ね。もっと楽に考えればいいのに・・・。


 「頑張ってねー。あたしとおじいちゃんはよろしくやってるよ」

「そうじゃな、早く顔の上に座ってくれ」

「・・・やるわけないじゃん」

「・・・まあいいだろう。だが、君にも用があったんだ」

軍団長さんがミランダに近付いた。

 「え・・・あたし?」

「そう、君だ」

お城には呼ばれてないって言ってたけど、別な用事があるみたいだ。


 「・・・年齢、出身地、いるのなら親の名前も教えてくれ」

「え・・・なんで?」

「言いたくなければ構わない。戦場で君にもしもがあったとしても、誰にも伝わらないだけだ」

「歳は十八・・・出身は北部のベルセデレ領ネルズ。なにかあったら春風って娼館に伝えてもらえればいい。たぶん、テーゼのでも大丈夫・・・」

ミランダは素直に答えた。

伝えたい人はいるのね。


 「親の名前は・・・メルダ・スプリング」

「・・・なるほど、似ていると思っていたが間違いなかったか」

「え・・・知ってんの?」

「・・・若い頃にな。君は昔のメルダとそっくりだ」

ふーん、まあ軍団長さんにも過去はあるか。

 「似てるって言っても・・・あたしは本当の娘じゃない。拾われて育ててもらっただけだよ」

「違ったのか・・・顔立ちに面影を感じた。メルダも赤毛だったな」

「・・・赤毛なんて北部にいくらでもいるよ。それに一緒にいると似てくるって言うし・・・」

「そうか・・・すまなかったな。ではニルス、行くぞ」

軍団長さんは手帳を閉じた。

なんか面白そうな話だったけど、そんなに広がらなかったわね。


 「あ、待ってよおじさん。メルダの若い頃の話、今度聞きたい」

「おじさんか・・・暇があればな。しばらく忙しいんだ」

「そういやきのうは酒場来なかったね」

「・・・やることが多いのさ」

そりゃそうだよね。

私たちが想像する以上に予定が多いはずだ。

 「わかった。じゃあ暇そうだったら声かけるよ」

「そうしてくれ。・・・それと、外だからいいが話し方は場所によって変えることだな」

「え・・・じゃあおじさんもそうしないとね。この家で一番偉いのあたしなんだよ」

「ふ・・・それは失礼した。これからは気を付けよう」

軍団長さんはこれくらいの挑発には乗らないみたいだ。

まあ、そうでなければ務まらないか。



 外はとってもいい天気だった。

歩いていると、秋の乾いた風が優しくほっぺを撫でていく。

このまま広場にでも行って、のんびりしててもいいくらいだ。


 「あの・・・謁見の前にまた服を脱がされるんですか?」

ニルスがおかしなことを言い出した。

・・・どういうこと?

 「安心しろ、免除だ」

「よかった・・・」

なんかあぶない話をしてる気がする。

いつもは裸で謁見なの?今度ニルスから聞かないといけないな。



 「武器も持っていていいんですね・・・」

「胎動の剣の話もした。それは見せなければならない」 

城に入ると、玉座の間ではなく会議室のような狭い部屋に案内された。

防音の結界でも張るんだろうな。


 「ステラ様・・・本当にスナフから出たのですね・・・」

私たちが座るとすぐに扉が叩かれて、懐かしい顔が入ってきた。

会ったのは一度きり、あの時よりも老けている。


 「久しぶりね。でも、約束を忘れているわ。・・・私であっても王として話しなさい」

「・・・慣れるまで時間をいただきたい。そして・・・わざわざ足を運んでいただきありがとうございます」

「腰が低すぎるわ。私も民の一人だと思いなさい。さもなければ、王ではなくメルキュオスと呼ぶわよ」

王家には魔法と知恵を授けたけど、それはもう三百年以上前だ。

 私や歴代の騎士たちへ生活の支援をしてくれていることはありがたいと思うけど、できればもう崇めるのはやめてほしい。


 「・・・ねえニルス、ステラって人間の王様より偉いの?」

「オレはよくわからない。王がステラに対してへりくだってるからそうなのかも」

「んん・・・」

べモンドさんがシロとニルスに咳ばらいをした。

別にいいじゃない・・・。


 「まずは・・・全員座っていただこう。・・・入ってこい」

王が扉に声をかけると、臣下らしき二人が静かに入ってきた。

室内には七人、まあそこまで気を遣わない人数ね。


 「さて・・・ニルス、久しぶりだな。・・・望みは決まったか?」

王は座るなりニルスへ語り掛けた。

私にもそういう話し方をしてほしい・・・。

 「まだです。・・・憶えていたのですね」

「あの頃よりも逞しくなったな。決まったらいつでも来てくれ」

「・・・はい」

たしかニルスは功労者への望みを保留にしてもらってるのよね。

できるなら、自分の幸せのために使ってほしい。


 「そして、精霊の王シロ・・・見た目からは信じられんな」

「・・・」

シロは黙ってそっぽを向いた。

かわいいけどそういう仕草が問題ね。

 「シロは間違いなく精霊の王よ。怒らせてはいけないわ」

「・・・失礼した。ステラ様が仰るなら信じるしかない。ただ・・・どう話せばいいか困ってしまうな」

「僕に人間の常識はいらないよ。王様が話しやすいのでいい」

「そうか、感謝する」

王はシロを愛でるように見つめている。

ヴィクターがシロに向けるものと同じ、子ども好きなのね。


 「では本題だ。べモンドから話は聞いたが・・・本当に戦場は終わるのか?」

王の雰囲気が変わった。

まあ、そのために来たし・・・。

 「ええ、次で終わるわ」

私は自信を持って答えた。

後ろの臣下は「おお」と嬉しそうな声を上げている。


 「待って!まだわからない!」

シロが身を乗り出した。

 「シロ、それはどういうことだ?」

「正直に言うけどニルス次第だ。ジナスを倒せなければ戦場は続く」

えと・・・私がどうにかするからっていうのも含めて答えたんだけどな。


 「ジナスか・・・ニルスよ、どうだ?」

「・・・現時点では何とも言えません。ですが、あと半年でその力は付けられます」

「・・・」

王は腕を組んで黙り込んだ。

 まあ、不確定よね。早く帰りたいのもあったから大丈夫って言ったけど、このままじゃ私が嘘をついたみたいになっちゃうな・・・。



 「・・・戦場を終わらせることに私は反対したい」

長い沈黙の末、王がやっと声を出してくれた。

ただ、口にした言葉は誰も予想していなかったものだ。


 「王!きのうと話が違います!」

軍団長さんが声を荒げた。

本当にそうなんだってことが、私たちにもわかるくらい必死だ。

 「軍団長殿の仰る通りです。おふざけはおやめください」

「ふざけてなどいない、すべての決定権は私にある」

「まさか・・・すべて覆してどうされるおつもりですか・・・」

臣下も焦っている。

王の独断?戦場の終結は人間の悲願だったはず・・・。


 「戦場はこのままでいいのではないだろうか」

王が言い終わると同時に、私の隣に座っていたニルスの影が動いた。


 「・・・なんの真似だニルス」

「・・・」

ニルスは剣を抜き、王の鼻先に突き付けていた。

瞬きよりも速い、ここまでだとは思わなかったな・・・。


 「ニルス!剣を下ろせ!!」

「ニルス、最後まで聞こうよ。王様は・・・」

「いや、これだけは譲れない・・・この状態で理由を聞かせてもらう」

全身がピリピリするほどの威圧感、脅しだとは思うけどやりすぎね。

 でも・・・少し黙って見ていよう。

必要なら、私もニルスに付くつもりだ。


 「・・・戦場は民の生活の一部となっている。奪還軍に支給されている服や鎧や靴、それで生計を立てている者もいる。・・・戦士もそうだろう。選ばれた千人と待機兵となっている数百、その者たちには金を出している」

「・・・それがどうした?」

「急に稼ぎを奪われた者たちの生活はどうなる?代替案はあるか?」

なるほどね。

たしかにそう、ジナスをどうにかするっていうのは私たちの都合だ。


 「それだけか?」

「まだある・・・テーゼは戦士の街だ。観光で地方から来る者、雷神をひと目見たいと訪れる者も大勢いる。それで街は賑わい、大いに潤っている」

「願いがあったな・・・今使う」

「・・・ニルス、私は全体を見なければならない。続けて問題がないのであればその方が良いのだ」

「・・・」

ニルスが剣を下ろした。

同時に殺気も消したみたいだ。


 「今回のように負ければ別だ。・・・それだけじゃない、毎回死者が出る。残された家族の悲しみはどうなる?」

「青いなニルス、王がその考え方では民はまとまらない。席に戻れ、まだ話はある」

「・・・」

ニルスは剣を収めて自分の席へ戻った。

 「・・・」「・・・」「・・・」

べモンドさんは目を閉じ、臣下の二人はおろおろしている。

 「大丈夫だよ・・・」

シロはニルスに安らぎの魔法をかけてあげている。

 うーん・・・何が問題なんだか。

許しをもらう必要は無い、私たちで勝手にやればいいだけだ。

・・・もう二人を連れて帰ろうかな。


 「ニルス、最後まで聞こう?」

「シロ・・・」

「王様は・・・」

「大丈夫だよシロ。・・・悪いけど、あなたにはもう期待しない。・・・戦場は勝手に終わらせる。ただ・・・話だけは聞こう」

ニルスはまだいるつもりみたいだ。

・・・くだらない話だったら二人を連れて出て行こう。


 「いや、今のは冗談だ。ふはははは・・・すまなかったな」

・・・ん?

 「は?」

「王?」

「戦場は終わらせる。戦士たちには期待しているぞ」

部屋の空気が変わった。

悪い人ね・・・。


 「ふふ・・・」

シロだけは笑っていた。

ああ・・・偽りを見抜く力か。早く教えてくれればよかったのに。


 「歴代の王が、自分の代で戦場が終わることを望んでいた。今私が言ったいくつかの問題、他にも多くあるが・・・何も考えていなかったと思うか?」

緩んだ空気の中、王だけが嬉しそうに話し始めた。

 「私の代でそれができるのだ。それをやめる?あるわけがないだろう」

「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」

みんな黙ってる。

ニルスは許すかしら?


 「・・・戦場で生計を立てている者はどうなる?」

ニルスが王を見つめた。

少しだけ口元が緩んでいる。

 「私は早く開拓を進めたい。街道を整備し安全な道を、荒れ地を耕し食うに困らない食料を・・・作るものを変えればいいのだ。そして、力が有り余っている者たちも必要だな」

「・・・スナフの農場では人手が足りないと嘆いていた」

「その通りだ。戦場が終わろうと仕事はあるのだ」

スナフが賑やかになるのはいいことね。


 「・・・観光客が減ってしまうんじゃないのか?」

「ははは、そうだな。ならば戦場の月に祭りと闘技大会でも開くか」

「・・・先ほどの無礼をお許しいただきたい」

ニルスが立ち上がって頭を下げた。

 「・・・気にするな、願いも取っておけ。・・・はあ」

王は大きな溜め息をついた。

表情は変えなかったけど、内心焦ってたんだろうな。


 「本当なら反逆罪のはずですが・・・」

「安心しろ、不問だ。・・・弄ばれていたのだろう?我々の心を踏みにじっていた。この三百年で戦士が何人死んだか・・・悲しむ者はそれ以上だ。・・・許せるわけがないだろう」

王は力強い眼差しで拳を握った。

 歴代の王たちと同じだ。

民の幸福を考えれば、戦場なんてあってはならないものなのよね。

でも・・・。


 「なぜおふざけなんてしたのかしら?」

「そうだよ。あんまり悪ふざけは良くないと思う」

「すまない・・・昂ってしまったんだ。先ほどニルスは、半年後には力を付けられると言った。実はきのう、べモンドにもニルスで大丈夫なのかと確認していたのだ」

「そうです。きのうは王も乗り気だった。急に意見が変わり、私も肝を冷やしましたよ」

私はどっちでもよかったんだけど、まとまるなら穏やかな方がいい。


 「初めて聞くことばかりで少し戸惑いはあった。ステラ様、なぜこのことを話してくれなかったのですか?」

「人間が気付いて不穏な動きを見せれば、ジナスは警戒して絶対に捉えられなくなる。だから・・・私もこの時を待っていたの」

「・・・初代王にもですか?」

「そうよ、私がしたのは彼が王となるための手助けだけで、世界のことは何も話していないわ。でも、やってほしいことはしてくれた。人間同士で争わないように統一し、平民から王へ・・・人心の掌握に長けていたわね」

思えば今の王は彼に一番似ている。おふざけが好きな所とか。


 ああ・・・統一ができた頃には、もうおじいちゃんになってたっけ・・・。



 「ニルス、もう一度答えてほしい。・・・任せていいのだな?」

私が遠い過去を懐かしんでいると、王がまた真面目な声を出した。

・・・まあ、今は目の前のことだけを見ていこう。


 「はい。オレは・・・そのためにテーゼに来た」

「べモンドもお前なら心配はないと言っていた。・・・珍しく熱くなっていたな。雷神を凌ぐ風神がそのために戻ってきた、ニルスに賭けず誰に賭ける・・・と、お前にも見せたかったな」

「王・・・話さない約束だったでしょう・・・」

軍団長さんは顔を赤くしている。

そうよね、こういう思いは自分がいない時に伝えてほしいものだ。


 「ニルス、それだけではないぞ。その男は、そなたの思い通りにならないのであればすべて投げ出して消えると・・・私を脅してもきたのだ」

「王・・・」

「というわけだ。頼むぞニルス」

「・・・」

ニルスは俯きながら笑っていた。


 ああ、やっぱりみんなに好かれているニルスはいい。

この顔が見れただけで城に来た意味があったわね。

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