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Our Story  作者: NeRix
地の章 第一部
9/481

第八話 ケルト【アリシア】

 「あれ、なにそれ・・・盗賊?」

男は私の腰を見て下がった。

剣か、外しておけばよかったな。


 「ち、違います!」

「・・・じゃあ何?旅人か冒険者?」

「えーと・・・あなたがケルト・ホープさんですか?お話を聞きたくて来たんです」

「・・・」

想像よりも若い見た目だった。

ユーゴさんの兄弟子と聞いていたが、年下ではないのか?


 「話ね・・・剣は置ける?服の中に仕込んでたりしない?」

「置きます!疑わしいなら、ここで裸になってもいいです!」

「ふーん・・・」

男は私に近付いてきた。

警戒は解いてくれたってことなのかな?


 「へー・・・とりあえずもう暗くなるし、話は中で聞こう」

顔を覗き込まれた。

中で・・・けっこう簡単に入れてくれるんだな。

 「付いてきて。・・・たしかに盗賊だったらここで待ってたりしないで扉を壊してるよね」

「そ、そうです。信用してください」

細いな、とても鍛冶屋には見えない。

というか、この人はケルトで合っているのか?


 まあいい、もしこの男が打てなくても話だけは聞こう。

世界で一番硬い鉱石のことだけでもわかれば、ここまでの道のりも無駄ではない。



 「座っていいよ」

「・・・ありがとうございます」

中に入ると、男は椅子を引いてくれた。

ここまでされると、なんか気を遣うな・・・。

 

 「へー、綺麗な顔だね。歳はいくつ?」

男は私の正面に座ると、にこやかに話しかけてきた。

 甘く見られてるのかな?・・・あまり悪い印象は持たれたくないし、ちゃんと答えよう。

 「・・・十三です。世界一硬い鉱石がここにあると聞きました。それで剣を作ってもらいたいのです」

私はすぐに目的を話した。

どう思われようと、これだけは伝えなければならない。


 「それを知っている人・・・思い当たる人間は二人しかいない。誰から聞いたの?」

あ・・・そうだ。先にそれを言わなければいけなかった。

 「ユーゴ・エキャントと言う人です。テーゼで・・・」

「ユーゴさん・・・」

「これをケルトさんに渡しくれと・・・」

私は鞄から手紙と酒瓶を取り出した。

 『こいつを持っていってほしい。手紙は勝手に読むなよ?』

預かっていた物だ。


 「・・・ふふ、ひどいな」

「なんと書いてあるのですか?」

「バカとか、嘘つき野郎とか」

「仲が悪かったのですか?」

まだちゃんと言われたわけではないけど、この人がケルトで間違いないんだろう。そうでなければ、勝手に手紙を開けないからな。


 「いや、僕が怒らせたみたいだ。まあこれでも嬉しいけどね」

「ここまで手紙を届けてくれる運び屋はいないと言っていました」

「そうだろうね。いたとしてもかなり高いと思う」

だからユーゴさんは私に預けた。

ちょうどよかったんだろう。


 「このお酒は師匠が好きだったものなんだ」

「ええと、お二人は一緒に修業をしたと・・・」

「うん、ユーゴさんはとってもすごいんだよ。僕よりあとから修行を始めたのに嫉妬させられたからね。ああ・・・ずいぶん会ってないな・・・」

「テーゼで装飾品を扱っている店を出しています。・・・でも、あなたはユーゴさんよりも若く見えますね」

見た時から思っていた。

 「兄弟子」と聞いていたから、もっと年上の男だろうと勝手に考えていたけど・・・。


 「僕が先に弟子入りしてただけだよ。たしか・・・あの人の方が三つくらい年上だったかな?」

「ケルトさんは・・・おいくつなんですか?」

「ああごめん・・・歳は二十だ。君も十三よりは上に見えるね」

「成長が早かっただけです・・・」

あれ・・・本題からずれてる。

 「あの・・・それで世界一硬い鉱石というのは・・・」

「・・・あるよ。でもユーゴさんはなんで・・・まあいいや、せっかく来てくれたし見せてあげよう」

「いいのですか!」

「待ってて」

ケルトさんは部屋を出ていった。

ある・・・あとは頼み込む・・・。



 「よいしょ・・・ふー・・・」

ケルトさんは、大きな箱を重そうに引きずってきた。

言ってくれれば・・・。


 「私も手伝います」

「平気だよ。というかここまで来て」

「はい」

私から箱に近付いた。

この中に・・・。


 「開けていいよ」

「はい・・・これが・・・」

中には大きな塊が三つ並んでいた。

 「そう、精霊鉱っていうんだ」

「精霊鉱・・・」

鉱石のことはわからないが、見た瞬間に鼓動が早くなった。

私が欲しいもの・・・これで作れる気がする。


 「ふっふっふ・・・そして、加工できるのは僕だけなんだよね」

ケルトさんは誇らしげに胸を張った。

 この男だけ?

眠気を我慢したような気の抜けた顔・・・信じがたいな。

しかし・・・本当なら・・・。


 「ケルトさん、これで剣を作ってほしいです。いくらでも払います!」

やってもらうしかない。どうしても欲しいんだ。

 「・・・お嬢さんには悪いけど、気が乗らないんだよね」

「え・・・」

あっさりと断られてしまった。

だが、ここで諦めるほど軽い気持ちで来たわけではない。


 「なんでもします!あなたにしか頼めない!」

「必死だね・・・。少し落ち着いてよ、理由は三つある」

私の前に指が三本立てられた。

 「教えてください!」

「・・・一つ目、精霊鉱はとても貴重だ。ここにある三つだけ、世界中探しても絶対に見つからない。・・・だから使いどころは僕が決める」

「はい・・・」

く・・・。

 「二つ目、そんな貴重なものを初対面のお嬢さんに使うのはどうかと思っている」

「はい・・・」

・・・もっともだ。

 「三つ目・・・仕事が溜まっているからそんな暇ない」

これだけはどうにかできそうだが、二つ目までは厳しい。

 普通に考えれば、私は突然押しかけてきて「剣を打て」と言ってくる怪しい女・・・。

誰が言うことを聞くだろうか。


 「わかってくれた?」

「はい・・・言う通りだと思います」

だが・・・諦めない!

 「ならば、しばらく私をここに置いていただけないでしょうか!仕事や身の回りのことをさせてほしいのです!」

まずは信用を得なければならない。そのためならなんだってできる・・・。

あの鉱石からはそれくらいの魅力を感じた。


 「あはは、まあ空き部屋があるから好きに使っていいよ。たまに来る友達のためにベッドを作ったんだけど、一度も泊まってくれないから無駄になってたんだ」

私の急な申し出はあっさりと受け入れられた。

・・・少し力が抜ける。

 「え・・・あ、ありがとうございます」

どういうことだろう?

怪しい女が一緒に住むのはいいのか・・・。

 

 「帰りたくなったらいつでも出て行っていいからね。・・・でも今夜は泊まった方がいい、こんな夜に女の子を野宿させられない」

「私はどうしても壊れない武器が欲しいです!」

「・・・」

ケルトさんは初めて緩んだ顔をやめ、真剣な目で私を見つめてきた。

なんだ・・・雰囲気がさっきまでと・・・。


 「まだお互いちゃんと名乗っていなかったね。もう知ってるみたいだけど・・・ケルト・ホープだ」

「あ・・・失礼しました!アリシア・クラインです!」

私はなにをしていたんだ・・・。まず先に名乗らなければいけなかったのに・・・。


 「アリシア・・・美しい名前だ。君に合ってると思うよ」

ケルトさんの顔が緩んでしまった。

さっきまでの方が・・・。

 「・・・お世辞は必要ありません」

「いや、君は美しいよ。男の子から声をかけられたりしない?歳の割に背も高いから大人っぽく見える」

容姿をどうこう言われるのは苦手だな。

 ・・・なにか変な感じがする。

べモンドさんやウォルターさんに戦いを褒められたときの方が嬉しい。

それに、ケンカ以外で声をかけられた記憶が無い・・・。


 「男は・・・私が恐いのか近付いてきません」

「ああ・・・たしかに愛想は無いね」

・・・大きなお世話だ。

戦場に愛想は必要ない。


 「さて・・・早速だけど、お腹が減ってるんだ」

「お任せください。炊事場をお借りします」

男で一人か・・・。

ちゃんとしたものを食べてもらおう。


 「じゃあ僕はお風呂を沸かしてくるね。洗濯物も干しっぱなしだった」

「全部やります。風呂焚き場を教えてください」

「両方は無理だよ。今日は食事だけでいい」

明日からは私がやる・・・。



 太陽が昇る前に目が覚めた。

馬車の時もそうだったが、時の鐘が無いと感覚が狂う。


 「ん・・・水・・・」

埃っぽいベッドだった。

そして、窓もしばらく開けていなかったみたいだ。


 「掃除・・・いや、まずは朝食の支度をしなければ・・・」

調理場には何日か分の食材が置かれていた。

 近くに調達できるような所はないが、テッドさんが言っていたように行商人でも来ているのかな?

よし、あとで聞いてみることにしよう。


 

 「おはようございます!」

「うん・・・おはよう。スープのいい匂いで目が覚めたんだ」

ケルトさんが起きてきた。


 「・・・食事が用意してあるのはいいものだね。朝は取らないことが多いんだ。わあ・・・おいしい・・・」

私より年上なのに子どもと変わらないな・・・。

 「しっかりと食べてください。今日から毎朝食べる習慣をつけていただきます」

「ふふ、ありがとう。きのうの夜もおいしかったから楽しみにしてたんだ」

「普通です・・・」

食べないから細いのだ。

体力のいる仕事だろうに何を考えているのか。



 朝食の後片付けが済んだ。

ケルトさんはまだ椅子で休んでいる。


 「今は何を作っているのですか?」

少し話そうと思った。

こういうことを積み重ねて、いずれは「剣を打とう」と言ってもらうんだ。

 「色々だよ。仕事でやっているのはお金持ちからの注文とか・・・あとは聖堂なんかで使われる装飾品かな・・・」

「ああ・・・」

そうだった。私とこの人を繋いだのはユーゴさんだけじゃない。


 「私はあなたの作った剣を持っています」

「え・・・。もしかして暗そうな男から買った?嫌味な感じだったでしょ?」

「いえ・・・戦場の功労者です」

「ああ・・・功労者の剣か、一度だけ受けたな。・・・でもすごいね、十三でしょ?・・・へえ、美しい上に強いなんて意外だ」

またか、おかしな気持ちになるからやめてほしい。


 女ではなく戦士として見てもらいたい。

だが、今は信用を得なければ・・・。

個人的な感情は抑えるようにしよう。



 「・・・それで、最後に残ったユーゴさんのお店に行ったのです。そこで剣から不思議な力を感じたことを話したら、鉱石とケルトさん・・・いや、ケルト様のことを教えていただいたのです」

ここまでのいきさつを話した。

本当は、これもきのうのうちにしておくべきだったな。


 「不思議な・・・ふふ、じゃあ君に当たったのか。ふーん・・・」

「どういう意味ですか?」

「ひ・み・つ」

ケルトさんは指を振ってみせた。

ふざけているのか・・・。


 「今日はケルト様のお仕事を少しだけ見せていただいてもよろしいでしょうか」

本当に剣が打てるのか心配になってきた。

鉱石は間違いなさそうだけど、それを打つのがこの人だと思うと不安だ。

 「構わないよ。それと・・・様付けはいらない、ケルトって呼んでよ」

「しかし・・・」

「ふふ、僕の機嫌を損ねてもいいのかな?・・・早く行こうよ、一緒に歩こう」

「・・・はい」

へりくだるなということか。

わかった・・・二度と「様」は付けない。



 「鍵など必要ですか?」

ケルトはしっかりと家の鍵を閉めた。

私は来てしまったが、盗賊でもこんな奥まで入ってこないと思う。


 「え・・・まあ気分だよ。それにせっかく付いてるんだから使った方がいいかなって。そうだ、簡単だし君のも作ってあげる」

「別に・・・」

「まあまあ、行こうよ」

言わなきゃよかったな・・・。


 

 「我慢できなかったらすぐに戻っていいからね。今日は鉄を打つからさ」

工房は火山の近くにあった。

 耐えられなくはないがたしかに暑い、ケルトはいつもこんな中でやっているのか。


 「ふふふ・・・刺激的かな?」

「慣れています・・・」

「オトナだね」

ケルトは上半身の服を脱ぎ、仕事に取り掛かった。


 服で隠れていたが、意外と腕は太いな・・・でなければ務まらないか。

半分眠っているようなだらしない顔もここではしないらしい。

こういうところは、戦場で戦う者と似ている。


 ・・・なぜ私はケルトを見ている?

仕事を見るために付いてきたんだ。



 「かなり汗をかいている・・・水です」

外に井戸があったから汲んできた。

こういうことも必要だろう。


 「ありがとう。まあ鉄は熱いうちじゃないとね」

「はい・・・」

喉、鎖骨、腹筋、二の腕、手の甲、浮き出た血管・・・。

気付くと、またケルトを見てしまっている。

 「アリシア、あまり見られると恥ずかしいよ」

「・・・失礼しました」

「慣れてるんじゃなかったの?」

「そうですけど・・・」

成人した男の体をこんなに見たのは初めてかもしれない。

 弟たちと風呂に入ることもあるし、戦士たちも同じような格好をしている時がある。・・・が、大して気にしたことは無かった。


 二人きりだからか?

そりゃ・・・他に見るものがないから・・・。


 「まあ・・・興味があるなら別に構わないけど」

「興味というわけでは・・・」

「あはは、なんかかわいいね」

ケルトはまた鉄を打ち始めた。

 この人を見ているとおかしな感情が出てくる。

だから・・・このままではダメだ。


 「・・・私はそろそろ戻って掃除をします。シーツもしっかり洗いますからね」

「うん、ありがとうアリシア」

「お昼は戻りますか?それとも、お持ちしましょうか?」

「戻る・・・またあとでね」

ケルトは私を見てくれなかった。

集中しているのか・・・別にいい。



 「はあ・・・もう大丈夫だな」

色々終わらせると、私の心は落ち着いてきた。

これでいい、あとは剣を振り、瞑想をしよう。


 

 「はっ!」

テッドさんから教わった突きの極意を繰り返していた。

 積み重ねるほど無駄な動きが消えていくのがわかる。

それにこの森の穏やかな空気のおかげで、いつもよりも集中できているな。


 「速いね、僕が相手だと一撃かな」

不意に声をかけられた。

 「ケルト・・・戻っていたのですか」

集中していて気付かなかった。

・・・私もまだ甘いな。


 「疲れたんだ・・・今日はもう休みだね。物思いにふけって、君の食事を待つことにする」

なら、作らなければ。

あ・・・そうだ。

 「あの、食材などはどうやって調達しているのでしょうか?」

「ああ、十日に一度行商さんが来るんだ。その人に頼んでいるよ。こんな場所だから割高だけどね」

「わかりました」

はあ・・・今少し話しただけなのに心が乱れた。


 ・・・しばらくは、あまり見ないようにして会話も最小限にしよう。

まったく・・・早く信用を得ないといけないのに・・・。



 ここに来て十日が過ぎた。


 「戦場に出てるんだよね。君の性格だと前線?」

ケルトは食事の時間に必ず話しかけてくれる。


 「はい、そうです」

「若いけど、みんなから冷たくされない?」

冷たくか・・・そんなことは無かったな。

 「いいえ、強ければなにも言われません。最近は・・・雷神の隠し子などと呼ばれています」

「雷神?あはは、どうして?」

「私の叫びにはなにかあるようです。前回の戦場で初めて知りました。敵も味方も体が痺れ、動きが止まったと・・・」

「ああ・・・毎朝叫んでるのはそういうことか。実は僕も痺れてる。森の鳥とか獣も驚いてるかもね」

この力も、もっと鍛えなければならない。

戦場で勝つために必要なものだ。


 「魔法じゃなさそうだね。精霊と契約して力を貰ったとか?」

「詳しいことはまったくわかりません。そういった記憶も無いのです」

「じゃあ物心がつく前とかかもしれないね」

普通の人間の力でないのはわかるが、なぜ身に付いたのかは謎だ。

出生となにか関係があるのだろうか?


 「ねえねえ、もうひとつ聞いていい?」

「どうぞ・・・」

「・・・なんか僕の顔を見なくなってきてない?」

ケルトはたまに見せる真剣な顔をしていた。

 気付いていたのか。

でもこの話は・・・したくない。

 「そ、そんなことはありません。忙しいだけです」

「・・・そうなんだ。誰も怒らないから緩く過ごしていいよ。食事ももっと簡単でいいのに」

「いえ、棚の裏などに埃が溜まっています。それに食事は手を抜きたくありません」

「ふふ、食事は冗談。君の料理はとてもおいしいから」

ケルトが微笑むと、私の心臓が高鳴った。


 わけのわからない感情が自分にある。

これ以上刺激しないでほしい・・・。



 もうじきひと月になる。


 ケルトの仕事はまだ終わらないらしい。

昏の月までかかるだろうか・・・。


 『晴れの日が続いてて気持ちいいよね』

『この辺りは襲ってくる魔物とかもいないんだ。でも、もし出てきたら頼むよ』

『アリシアー、今日は夕陽がすごく綺麗だからちょっと外に出て来てー』

ケルトはいつも私に話しかけてくれる。・・・とても優しい顔だ。

 ああ・・・またか。

思い出すと鼓動が早くなる。そのたびに瞑想をして気持ちを落ち着かせているが、最近は冷静になるのに時間がかかるようになっていた。


 「おはようアリシア」

「・・・おはようございます」

なんとか普通に接することができているとは思うが、いつになったら信用を得られるのだろう・・・。

 テッドさんたちもずっと待たせているが大丈夫かな?

次に行商が来た時に「まだかかる」と手紙を出しておこう。


 「アリシア、今日の夕食は君の得意なものを食べたい。お願いできるかな?」

ケルトはいつもと同じ笑顔で食卓に座った。

 「わかりました。注文があったのは初めてですが、何かあるのですか?」

「あはは、戻ったら話すよ」

あれ、雰囲気がいつもより軽い。楽しみなことでもあるのか?

 

 得意な料理・・・ルルに教えてもらったシチューにしよう。しっかり煮込んで、具材に味を染み込ませなければ。


 

 「ただいまアリシア」

夕方、ケルトは鼻歌を鳴らして戻ってきた。

朝よりも上機嫌だ。


 「お疲れ様です。上着を預かります」

「ありがとう」

「部屋で脱ぎっぱなしにされると困りますので」

こうしないと次の日に洗えないだけ・・・。

 「ふふ・・・いい香りだね」

「わ、私ですか?」

「いや、料理だよ。あ・・・君の香りも確かめていいってこと?」

「・・・用意するので早く座ってください」

確かめて・・・。

いや、必要ない必要ない!



 「アリシアはシチューが得意なんだね。・・・今までの料理で、これが一番おいしいな」

ケルトは一口食べて、幸福な笑顔を見せてくれた。

念入りに仕込んだんだから当たり前だ。


 「まあ・・・友人から教わったものですが・・・」

「実は期待してたんだ。ありがとう」

「今日は朝から機嫌がいいですね」

「そうだよ。気分がいいんだ」

いったいなにがあったんだろう?

・・・なぜ気になるのかな?


 「夕食のおかげでもあるけどね」

「そこまで気に入りましたか?」

「うん、本当においしい。毎日でも食べたいな」

そういうこと・・・もっと言ってほしい。



 「アリシア、ちょっと座って」

片付けが終わるとケルトが手招きをしてきた。

また話さないといけないのか・・・。


 「どうしましたか?」

「今日で溜まっていた仕事が全部終わったんだ。しばらく暇になる」

だから機嫌がよかったのか。

 「それであれば休んでください」

でも疲れは顔に出ている。

ずいぶん頑張っていたみたいだから、ゆっくりとしていればいい。


 「休みはしない。新しい仕事を始めようと思うんだ」

「すべて終わったのでは・・・」

「君からの依頼がある」

私はケルトの目を見つめた。


 「アリシア・・・君に剣を打とう」

ケルトはいつも以上に柔らかく微笑んだ。

 「え・・・」

剣・・・私の・・・。

言葉を飲み込み切れなかった。


 「どうしたの?ああ、もちろん精霊鉱を使う」

「え、あ・・・本当ですか!」

もう一度言われたことで、私の意識が追い付いた。

まさかこの話を今切り出してくるなんて・・・。


 「ずいぶんよくしてくれた。だから・・・君のためにそうしたいと思ったんだ」

「あ・・・ありがとうございます!」

体温が上がっている。

当たり前だ、そのために来たんだから。

 「アリシアのように美しい剣を作ろう」

「いえ、戦うためのものなので装飾は・・・」

「邪魔にならないようにする。僕に任せてほしい」

ケルトの顔が近付いた。

・・・まずい、余計に体温が上がる。


 「あ・・・少し・・・失礼します!もうお休みになってください!」

私は外へ飛び出した。


 私の心はどうなっているのだ。

ケルトの近くにいるだけで気持ちが揺れる。

それに剣のこともあるが体が熱い、何とか冷まさないと・・・。



 「・・・まだだ」

風呂ではなく、水場で体を流した。

・・・まだ熱い。



 「・・・ダメだ」

風に当たりながら瞑想をした。

・・・集中できない。



 「熱い・・・」

服を脱いでみた。

どうしよう・・・どうしたら冷める?


 「ケルト・・・」

原因は・・・あなたか?

ケルトなら・・・なんとかしてくれるのかな・・・。

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