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Our Story  作者: NeRix
地の章 第一部
8/481

第七話 親子【アリシア】

 不思議な気持ちで目が覚めた。


 「気持ちいいな・・・」

顔も洗わずに外へ出たら柔らかい風が吹いていた。

秋なのに春風みたいな暖かさだ。


 この気持ちはなんだろう。・・・胸騒ぎ?

初めて街の外に出るからかな?

それとも、これから嬉しいことが待っている前触れ?


 期待が大きくなり過ぎてどうしようもない。

だから・・・もう出よう。



 「お姉ちゃん、馬車はどうだった?酔ったりしてない?」

「ああ、平気だ」

「テーゼの外はどうだ?」

「・・・建物が無くて広く感じます」

街を出て最初の夜、三人で焚き火を囲んで夕食を取った。


 野宿は初めてだが、そんなに悪い気分じゃない。

この二人と一緒だからなのかもな。


 「中ではなにかしてたのか?」

「いえ・・・ただ景色を見ていただけです」

朝に走り始めてからずっとそうしていた。

客だから仕方ないが、中で一人はかなり退屈だ。


 「あの、私も御者台に乗っていいですか?」

「別にいいが・・・馬を見たいのか?」

「いえ、なにもすることが無いので・・・」

「じゃあ明日はお姉ちゃんもこっちね」

テッドさんとセイラは、私が一緒に座るのを許してくれた。

最初からこうしてればよかったな。



 「・・・おやすみなさい。お父さん、早く来てね」

「ああ、アリシアと少し話してから行くよ」

「お酒はちょっとだけにしてね」

セイラは夕食を済ますと馬に食事を取らせ、すぐテントに入っていった。

夜更かしに慣れていないんだろう。


 「・・・火山になんの用があるんだ?」

テッドさんは揺れる炎を見つめている。

そういえば、まだ目的を話していなかったな。

 「私は壊れない武器を探しています。それを作れる者がいると聞きました」

「武器・・・お前戦士だったのか。・・・歳は?」

「十三です」

これも教えていなかった。

まあ、今言えたからいいか。


 「ああ・・・きのうの新聞で見たぞ。十三で戦場に立って功労者になった少女。たしか雷神の隠し子・・・お前か」

「・・・忘れてください」

「新聞は文字だけだ。似顔絵も無いし、そんなに目立たないだろ」

「それでもです・・・」

同じアカデミーだった者たちは知っているんだろうな・・・。

 でも新聞に載った次の日に出られてよかった。

たぶんテーゼに戻る頃にはみんな忘れてるはずだ。


 「でも十三には見えないな。歳の割に背も高い」

「成長が早いだけです・・・」

「十五、六かと思ったよ。顔付きも戦場を経験をしてるせいか大人びてる」

「そうですか・・・。あの、テッドさんは戦場に戻らないのですか?」

恥ずかしいから話を変えよう。

この人のことも知らなければならないからな。


 「・・・セイラがいるから無理だ。あの子には俺しかいないからな」

「あれ・・・失礼ですが奥さん・・・母親は?」

「俺は独り身だ。あの子は・・・少し旅をした時に拾った。セイラもそれを知っているが、俺を父と呼んでくれる」

そういえば訓練場にはほとんど顔を出さなかったって聞いたな。

セイラと同じように、テッドさんも旅が好きなんだろう。


 「もし俺が戦場で死んだらあの子は一人になる。それはかわいそうだろ?」

「ですが、戦士は稼げます。死なないように鍛えればいいのではないですか?」

「歳の通り若いな。なにも恐くない時期・・・俺にもあった」

「どういう意味ですか?」

たしかに恐いものは特にないが・・・。


 「戦士は若いのが多いだろ?べモンドはできる奴だが、まだ三十だ」

「そうですね。ウォルターさんはたしか二十八、ジーナさんは二十六と聞いています」

「結婚したり、子どもができたりするとみんな戦士をやめる。だから若いのが多いんだ。お前みたいに恐いもの知らずがな」

大切な人と別れないためにということなのだろう。

ん?待てよ・・・。

 「でも、ウォルターさんは結婚しています。それにイライザさんも二十八で子どもが四人もいますよ?」

「・・・異常者なんだろ」

「異常者・・・」

「理由を聞いたことは無いけどな。俺から見れば、愛する者がいて戦場に出てる奴はみんな異常者だ・・・」

テッドさんは夜空を見上げた。


 この人の考えを否定はしない。

どんな理由だろうと、出たくないならそうすればいい。

 それに死ぬことを恐れるような人間は、戦場に出ても足手纏いになるだけだろう。

テッドさんがどうだと言うわけではないが、臆病者は必要ないのだ。


 「いつか・・・お前にもわかる時が来るかもしれないな」

そうだろうか・・・私は戦えればそれでいい。

親になる時が来るとも思えないしな。

 「俺はもうわかってる。セイラがいるから戦場には二度と行かない」

「そこまで愛している理由が知りたいです。あの子とはどこで出逢ったのですか?」

でもこういうことは聞きたいと思った。

どういういきさつで拾ったのか。


 「・・・ずっと南の方だよ。親は・・・誰かに殺されたらしい。その現場に通りかかったのが俺だ」

「かわいそうな話ですね・・・」

「そうでもない。俺が見つけた時、あの子は顔が腫れあがってて、体にはたくさんの痣があった。殴られてなのか、目もよく見えない状態だったんだ。・・・どうしようもない親だったんだろうな」

親が自分の子をそうしていたということか。

・・・心が痛む話だ。


 「あの子が三つの時だった。・・・自分の名前もわからなかったんだ。おい・・・とか、ちょっと・・・と呼ばれてたって教えてくれた。それを聞いた時、なぜか思ったんだ。・・・俺が守ってやろうってな」

テッドさんがどんな人なのか、わかった気がする。

 「たぶん、これが愛ってやつなんだと思う。自分の子じゃないけど大切だ」

「愛というもので合っていると思います」

「小娘でもわかるのか」

「はい、なんとなくですが」

セス院長に近い、あの人も自分の子じゃない私たちを大切に思ってくれている。


 「あれ・・・そしたらセイラという名前は?」

「俺が勝手に名付けた。響きだけで選んだが綺麗な名前だろ?」

「ええ、いい名前だと思います」

「・・・」

テッドさんは優しく微笑んだ。

本当の親以上に愛してあげているのが伝わってくる。

 

 穏やかでいい夜だ。もう少しこの人の話を聞いていたい。

・・・戦い以外に興味を持つこと、あんまりないんだけどな。


 「今は目も大丈夫なようです。痣も残らなくてよかったですね」

「全部・・・治してもらったのさ」

「それほどの治癒の使い手がいたのですね」

「ああ・・・条件は厳しかったけどな。・・・もうセイラのところに行く」

テッドさんは口元を緩めたまま立ち上がった。

 今まで考えたことはなかったが、自分の父や母を思い浮かべて眠るのもよさそうだ。


 

 夜が明けた。

朝食を取り、また馬車が走り出す。


 「わたしね、色んな風景を見るのが好きなの。いつもは隣町くらいまでだったからとっても嬉しいんだ」

「北部は初めてか?」

「うん、お姉ちゃんのおかげだね」

北へ向かう街道はとても静かだ。

 きのうはすれ違う馬車も多かったが、走れば走るほどその数は減り、馬の駆ける音と車輪の軋みだけが響いている。

そこにセイラのかわいらしい声、中で一人ぼっちよりだいぶいい。


 「セイラも大きくなったら運び屋になるのか?活力の魔法の素質もあるようだ」

「うん・・・なりたい。お父さんと一緒にやるんだ。だから獣とか魔物を追い払えるように弓とか短剣とか・・・あと音を立てない歩き方とかを教えてもらってるんだよ」

セイラは小さめに作られた弓を見せてくれた。

弱い魔物くらいなら追い払えるのかな?


 「珍しいか?戦場じゃ使えないからな」

テッドさんがセイラの頭を撫でた。

 「使ったらどうなるのでしょう?」

「二百年以上前の記録になるが残っている。持ち込んで構えた瞬間に砕けたそうだ。魔法は封印の結界があるからどっちにしろ無理だけどな」

「神はすべて見ているのですね・・・」

戦場では弓のような遠距離の武器や、攻撃のための魔法を使ってはいけない掟だ。

 というか私もそういうのはいらないと思う。治癒隊と支援隊の力もあるが、この身一つで戦うことに快感がある。


 「ねえねえ、なんで治癒とかは使えるの?」

セイラが頭の上に置かれた手を撫でた。

 「神は人間よりも力があるみたいだからな。治癒や守護、活力とかだけ封印しないようにってのができるんだよ」

「すごいねー」

とりあえず難しい話はどうでもいい。

あそこは私のやりたいようにできるからな。



 馬車はひたすら北へ向けて走り続けている。

じっとしているだけだから腹も減らないな・・・。


 「お姉ちゃん、お菓子食べる?」

「今はいらないな」

「お父さんは?」

「あとでもらうよ」

過ぎ去る景色は同じような色ばかりで、本当に進んでいるのかわからなくなってくる。


 「ずっと座ってるでしょ?最初はお尻が痛くて大変だったんだ。お姉ちゃんもそうだったら枕の上に座るといいよ」

セイラが私の尻を触ってきた。

 「わかった。辛くなったらそうしてみよう」

「あとはお父さんの膝でもいいんだよ。お姉ちゃんも座ってみる?」

「アリシアだと前が見えなくなるからダメだ」

「あー・・・残念だったね」

この子の話は尽きることが無く本当に退屈しない。

だから風景に飽きても耐えられるんだろうな。


 「・・・尻が平気なら街道を外れてもいいか?」

テッドさんがわけのわからないことを聞いてきた。

尻と道・・・何の関係があるんだろう。

 「どういうことですか?」

「直線になるから早く着くのさ。魔物が出るかもしれないが、俺もお前も戦えるだろ?」

「早く・・・はい、構いません」

「セイラ、枕を準備しておけ。それと、魔物が出たら馬を任せるぞ」

「はーい」

魔物か・・・出てきてほしい。



 「火山には予定よりも早く着く、明日も同じような道を進んでいいならだけどな」

「大丈夫です」

夕方近くになり、馬車は川の近くに停められた。

魔物・・・全然出なかったな。


 「セイラ、お尻は痛くないか?お父さんには正直に言えよ」

「うん、明日も平気だよ。ねえねえ、なにかやることある?」

「そうだな、じゃあそこの川で魚を釣ってきてくれ。大丈夫だと思うが、魔物が出たら大声で呼ぶこと」

「はーい」

釣りか、見せてもらおう。


 「セイラ、私も行くよ」

「ダメ、お客さんは休んでて」

「え・・・」

「大きいのいたらお姉ちゃんにあげるね」

セイラは釣竿と籠を持って行ってしまった。

 断られて付いていくのも気まずい。

・・・退屈だし剣を振っていることにしよう。



 テッドさんは自分とセイラが休むテントを作り終わり、魚を焼くための火を起こしている。

きのうもそうだったが手際がいい。


 「アリシア、少し槍を受けてみるか?」

準備の終わったテッドさんが話しかけてくれた。

まだ魚は来ない、それまで付き合ってもらえるみたいだ。

 「お願いします」

ウォルターさんよりも強い人、こっちから頼む手間が無くなったな。



 「まあ、さすがに本気ではやんないけどな」

テッドさんが槍の刃を外した。

 「構いません」

私の体温は上がっている。

どれくらいの力量なのか・・・。


 「じゃあ、まずは軽くな・・・」

テッドさんが槍を構えた瞬間、素早い突きが飛んできた。

戦場を退いても鍛錬は続けているみたいだ。

 「さすがです。速いですね」

見えていたから体を逸らして躱した。

軽くでこれだ。もっと速いんだろうな・・・。


 「はは、こんなもんじゃないぞ」

「お願いします」

「・・・」

テッドさんは腰を落として構えた。

 足はしっかりと地面を掴んでいるのがわかるほどの力みがある。

初動をしっかり見れば・・・。


 「・・・どうした?避けなかったな」

気付くと、私の腹に槍が当たっていた。

 「え・・・」

まったく見えなかった・・・どうなってるんだ。

 「なにが・・・どうやったんですか?」

「ただ突いただけだよ」

バカな、目の前でずっと見てたのに・・・。


 「もう一度お願いします」

「いいよ」

今度こそ・・・。

 「それは意味がない。見えないようにしてるからな」

今度は額に槍が当たった。

わかる・・・本当にこの人はウォルターさんよりも強いんだ。



 「どうだ、見えるようになったか?」

テッドさんが槍を下げた。

何度も見せてもらったが全然わからない。


 「いえ、なにも見えませんでした。動かずにどうやって打てるのですか?」

「そうだな・・・突きの極意ってやつだ。剣でもできるよ」

「剣でも・・・教えてください!」

「暇だしな」

テッドさんは快く引き受けてくれた。

極意と呼ばれるもの、こんなに簡単に教えてもらえるなんて・・・。



 「正面からは見えないだけだ。そこから見てろ・・・」

テッドさんはもう一度さっきの突きを見せてくれた。

本当だ。横から見るといつ動くかすぐにわかる。


 「わかります」

「どうやってるかは?」

「えーと、地面を掴んだ足の力を・・・腰、背中、肩、腕まで疾風のような速さで伝えている・・・というように感じました」

「へー・・・いい目だ」

正面からだと、力みだけで動作が見えない。

これは魔族にも通用しそうだ。


 「長さは違うが、短剣でも同じことができる」

「ゆっくり見せてください」

できる・・・練習すれば・・・。

 「ウォルターは使ってるか?」

「いえ、見たことは無かったです」

「そうだろうな。戦場みたいな乱戦ではあまり役に立たない。一騎打ちや闇討ち・・・そのための技術だ」

だからか。じゃあ・・・ウォルターさんとの手合わせで使われていたら、容易く負けていたんだな・・・。

 

 「戦場では本当に使えないのですか?」

「はっきり言えば使えない。・・・だが覚えておいた方がいい。大きく動かずに打てる技術を身に着ければ疲労も抑えられる。応用ってやつだな、ウォルターにも同じことを教えた」

「なるほど・・・わかりました。あ・・・ですが相手に使われたらどうすればいいのですか?」

「対策のしようがないものだ。あったら誰も使わないだろ?そうだな・・・初めてやる相手の時は、間合いを大きく取っておくとかくらいか?」

言う通りだ。打つ手があるなら通用しない。


 「到着までは見てやろう。あとはひたすら研鑽することだ」

「ありがとうございます」

短いがいい旅になりそうだ。

本当にこの親子に頼んでよかった。



 馬車はただ北へ・・・でも今日は景色に変化があった。


 「お姉ちゃん見て、あの川とっても大きい」

遠くに大きな橋と川が見えた。

 「わあ、流れるの近くで見たいなあ」

子どものセイラがはしゃぐのも無理はない。

テーゼの水路や、きのうまでに見てきた川とは違う。その何十倍の大きさの流れだからだ。


 「テッドさん、セイラに川を見せてあげたいです」

「いいの?」

「予定よりも早いからな。お礼だよ」

「じゃあ・・・適当に停めて下に行ってみるか」

テッドさんは嬉しそうだった。

私が言わなくてもそうしてあげたんだろう。・・・と言うより、私も見たい。



 「すごーい、ねえお父さん肩車して」

橋の近くに馬車を繋いで、岸辺まで下りてきた。


 「よーし、暴れるなよ?」

「ふふん」

ここから見ると、とてつもない大きさに圧倒される。

 始まりはどこからで、終わりはどこまでなのか。

流れ続ける水は、その答えを知っているのかな・・・。


 「綺麗な水・・・テーゼのも綺麗だけど全然違うね」

「オーゼの川だ。大陸を北と南に分けている。昔からずっと流れているんだよ。南部と北部を行き来する橋は、今から渡るものの他にあと二つあって・・・」

テッドさんが川のことを話し始めた。

 この人の話も教官よりわかりやすい気がする。

実際に体験しながらだと覚えやすいのかな?


 『ねえアリシア、南部と北部ってどこで分かれてるか知って・・・いや、憶えてる?』

もうちゃんと答えられる。いつでも聞いてこいルル・・・。



 「わかったかセイラ?」

「うん、ちゃんと覚えたよ」

「テッドさん、オーゼとはなんですか?」

話が終わり、疑問が浮かんできた。

覚えやすい今の内に聞いておこう。


 「アリシア・・・アカデミーには通ってなかったのか?セイラは来年から通うが、お前もそうなのか?」

「意味がわかりません。ただ、地理は興味がありませんでした」

「・・・セイラが言ったように美しい水だ。姿を見せたことは無いが、オーゼという水の精霊が清めているという伝承がある」

精霊・・・そっちもあまり興味はなかったな・・・。

 本当にいるのだろうか?

ああでも、神がいるなら精霊もいるか。



 オーゼの川を越えて北部に入った。

特に南部と変わりはない気がする。


 「セイラ、焚き木を集めてきてくれ。森の奥までは行くなよ?」

「はーい」

また夜になる。

テッドさんの準備が終わったら、今日も付き合ってもらおう。



 「・・・もう一度打ち込んでみろ」

「はい」

私は突きの極意を放った。

もちろん、当てないように。


 「んー・・・もう自分のものにしつつあるな・・・。どうなってんだ?」

「戦いの技術は昔から覚えるのが早かったです」

それでも研鑽はする。

強くなることは努力だとは思わない、できないならできるまでやるだけだ。


 「恐ろしい才能だ。もっと磨くといい」

テッドさんは私を褒めてくれた。

 「ありがとうございます」

強くなったことを認められると嬉しい、これからも鍛えていこう。


 「じゃあ、次は打ち合ってみますか?」

「いや、ここまでにしよう。セイラが遅い・・・見に行くぞ」

「あ・・・はい」

私たちはセイラの所に向かうことにした。

軽くでもいいからやり合ってみたかったが、たしかにそっちも心配だ。



 「アリシア、火山の麓には明日の夕方には着く。先に聞いておきたいが、帰りはどうするんだ?」

テッドさんは私の前を歩きながら聞いてきた。

帰り・・・考えてなかったな。


 「どのくらいかかるかはわかりませんが、またお願いしたいと思っています」

「わかった。お前を乗せるまで近くに滞在しよう。どこの宿場かは書いて教えてやるから、歩いてくるか・・・便りを出せるならそれで教えてくれ」

「はい、ありがとうございます」

よかった、これでテーゼに帰るときの心配は無いな。


 「お父さーん!!」

話が終わったと同時に、悲鳴にも似た声が聞こえた。

まさか魔物か・・・。

 「急ぐぞ・・・」

「はい!!」

どんなのがいるんだろう。



 「セイラ、こっちに来い」

「あ・・・うん」

セイラは無事だった。

今はもう私たちの後ろにいる。


 「なんだ森渡りか・・・縄張りに入ってしまったんだな」

「森渡り・・・」

目の前にいたのはタヌキに似た魔物だった。

頭には尖った角が生えていて、刺されたら痛そうだ。


 「アリシア、手は出さなくていい。セイラを守ってくれ」

剣を構えた私にテッドさんは優しく言った。

たしかにこの人だけで大丈夫そうだ。


 「この子は迷っただけなんだ。許してくれ」

一瞬だった。

 「きゅん・・・」

頭を槍の柄で叩かれた森渡りは奥へ走っていった。

逃がしてよかったのかな?


 「はあ・・・お父さんありがとう。気付いたら目の前にいてびっくりしたんだ」

「泣かなかったな。偉いぞ」

「殺さないのですね」

「ああ、奴は縄張りに入ったセイラに興味を持って近付いただけだ。襲う気はなかったんだよ」

戦場には無い優しさだ。

 「魔物は初めてか?」

「はい」

「他の獣と変わらないのもいるんだ。それに今回はこっちが悪い、敵意が無いならこれでいいんだよ」

たしかに相手がなにもしてこないのなら殺す必要はない。セイラもそんなもの見たくもないだろう。



 「明日の夕方でお姉ちゃんとお別れか・・・」

夕食が済むと、セイラが寂しそうに溜め息をついた。

もう会えないみたいな言い方だな・・・。


 「セイラ、そんなことはないよ。帰りも頼まれたんだ」

「本当?やったー」

親子か・・・孤児院の子たちも似たようなものだが、そっちは弟や妹みたいなものだ。

自分の子どもだとやはり違うのだろうか。


 もし・・・もしだが、私に子どもができたら世界一強くしてやろう。

そして戦場で共に戦いたいな。

 ・・・ふふ、私は何を考えているんだ。子どもの前に相手もいないじゃないか。



 四日目の夕方、やっと目的の場所に辿り着いた。

街道を無視するとここまで早いんだな。


 「おそらく、あれが探している男が住んでいるところだろう」

火山の麓の森の中、小さな家を見つけた。

洗濯物が干されている。つまり・・・いるんだ。


 「こんなところにいる鍛冶屋は変わり者かもしれないな」

「ここまで来る私も変わり者ですから」

あとは話を聞かせてもらうだけ・・・。そして、作れるなら作ってもらう。


 「お父さん、わたしたちも挨拶する?」

「どっちでもいいが・・・どうするアリシア?」

「いえ、私だけでいいです。二人は暗くなる前に宿場へ向かってください」

私の用時に付き合わせるわけにはいかない。

 「待てよ、お前はどうするんだ?泊めてくれるかわからないぞ」

「頼みこみます」

「追い返されたら野宿になる・・・一応テントは置いてってやる」

「はい・・・助かります」

追い返されたら・・・考えてなかったな。

でも大丈夫だと思う。



 「じゃあ、頑張れよ」

「お姉ちゃんまたねー」

私は家の前で降ろされた。

・・・手ぶらでは帰らん。


 「俺たちのじゃない馬車の轍があった。たぶん行商が来ているんだ。帰りはそいつに頼んで俺たちの所に連れて来てもらうか手紙を渡せ」

「はい、ありがとうございました」

とてもいい旅だったと思う。

他より安く、そして早く辿り着けた。


 あとは壊れない武器が手に入れば・・・。



 「どなたかいませんか」

私は早速扉を叩いた。

が・・・出てくる様子はない。


 ・・・留守?

たしかに洗濯物は干しっぱなしだ。もしくは寝ているのか?


 「どなたかいませんか!」

今度は強く叩いた。

・・・中に気配がない。

 「仕方ないな・・・」

蹴破るわけにもいかないし・・・戻るまで待つしかないか。

 もうすぐ陽が落ちる。

きっとそこまでかからないだろう。


 『ケルト・ホープって奴だ。必ず俺からの紹介って言えよ、じゃないと話も聞かないかもしれない』

ユーゴさんから名前も聞いていたのに、会わないことには何も言えないからな・・・。



 ここは・・・綺麗な場所だな。

外に置いてあった木の椅子を借りた。


 夕暮れ間近の森はとても美しい。

この風景を見ると、少しだけ落ち着く。吸い込む空気も澄んでいて、身体の中が洗われていくようだ。


 いつ、戻るかな・・・。



 「ん・・・お客さんかな?」

夕陽が残り僅かになったころ、柔らかい風と共に家主が戻った。

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