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Our Story  作者: NeRix
水の章 第二部
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第七十話 チル【ミランダ】

 不安がどこかに飛んでいって、気持ちがとっても楽になった。

あたしは本当にいい仲間を見つけたんだな・・・。


 『ミランダ、オレは君の傷痕を消してあげたい。何年かかっても必ずそうする』

できれば無くなってはほしいけど、気持ちだけでもいいって思えたくらいだ。

きっとこういうのが信頼って言うんだろうな。



 キビナに挑んで三日目、あたしたちはただ旗を追って歩いていた。

疲労はあるけど、仲間と一緒だからまだ平気・・・。


 「あれ・・・ていうか、チルに会っても半分だよね・・・」

「ああ・・・そうだね」

「・・・」

登っていくのはいいけど、よく考えたら下りる時も歩かないといけない。

・・・考えなきゃよかった。


 「・・・なんか苦しくない?」

「たしかに息苦しさがある・・・」

「・・・僕も」

「だよね・・・」

気のせいじゃなかったみたいだ。

 上に行くほど呼吸が辛くなってる。高い所は空気が薄いって聞いたことあるけど、そういうことなのかな?


 「休憩は多めに取ろう。すぐに休むから、辛くなったら言ってね」

こういう時、一気に登るのは危険だってラッシュから教えてもらった。

高山病・・・だっけ?少しずつ馴らしていかないとダメらしい。


 「僕、ちょっと苦しい・・・ニルスは平気?」

「よし、休もう。少し息苦しさはあるけど平気だよ」

「・・・戦士ってやっぱり強いんだね」

「・・・アリシアのやり方が異常だっただけだよ。・・・初めて訓練場に行った日に他の戦士と戦わされたけど、みんなオレより弱かった・・・」

そこまでか・・・憧れはあるけど鍛えてもらうのは遠慮したい。

ニルスの顔を見る限り、楽しい修行ではなさそうだし・・・。


 「ねえ、テーゼに行ったら、僕とミランダをアリシアに紹介してよ」

シロがニルスの腕を叩いた。

たしかに紹介してほしいわね。

 「・・・」

「ダメ?」

「どうかな・・・」

ニルスは空を見上げた。

明るく「オレの仲間だ」っては厳しいか・・・。


 向こうはどうなんだろう?戦場での様子を見る限りは、同じような感じなのかな?

 テーゼに行ったらアリシア様と話そうとは思ってたけど、あたしだけだと厳しいよね・・・。

 うーん・・・まずは二人をなんとか近付けてあげないと・・・でもどうするかな?

 二人の心の距離は、かなり遠ざかってるみたいだからすぐにはどうにもならなそうだ。きのうのあたしとニルスみたいにできればいいんだけど、たぶん簡単にはいかない・・・。

 ・・・そうだ、テーゼで二人の間に入れる人がいれば協力してもらうことにしよう。

いや・・・いればっていうか、戦士の中に絶対いるよね。



 「あ・・・山小屋だ・・・」

「早く行こ、雪降ってくるとは思わなかったよ」

「山の天気は変わりやすいらしいからね。・・・風も出てきたし、吹雪く前に着いてよかったよ」

薄暗くなった頃、目的の山小屋が見えた。


 休憩たくさん取ったけど、どうにかなったわね。

・・・中にはチルがいるのかな?



 「誰か住んでるようには見えないわね・・・」

あたしたちは山小屋の前で立ち止まった。

 空には星が見えている。人間がいるなら中から明かりが漏れているような時間だ。


 「・・・精霊だからね。今の僕と違って、明かりも火も必要ないんだよ。・・・寒い」

「とにかく入ろう」

ニルスが扉をゆっくりと開いた。


 「誰も・・・いない」

「・・・ほんと?」

あたしも中を覗いた。

 作りは一つ前の山小屋と同じだ。

ただ、この小屋には少しだけ可愛らしい飾りがある。チルの趣味・・・なのかな。


 「まさか・・・ラッシュさんの所に行ったのかな?」

「それなら話を聞いたら戻ってきてくれる。とりあえず火を焚こう、手足が凍り付きそうだ」

待つしかないってことか・・・まあ、それが一番かな。

なんにしても・・・これ以上山を登る必要は無い。


 「ニルス、火のつけ方・・・僕にも教えて」

シロは震えながら薪を運んだ。

無理しなくていいのに・・・。

 「ありがとう。中が暖まってからでいい?」

「わかった・・・見てる」

なんでもいい、早く暖かくしてほしい。火がつけば明かりも灯せる。

 ・・・今日はシチューがいい。雲鹿肉・・・たくさん入ったやつ・・・。明るくなったら急いで野菜を切ろう。



 「あー!!シロだ!!!」

手が温まってきて、野菜を用意しようと思った時だった。

 「こらーーー!!」

いきなり女の子の声が山小屋の中に響いた。

 「うわあ!」

シロは驚いて腰を抜かしている。

 あの子がチル?シロよりも背が低くて、まだ親に手を引かれるような見た目だ。


 「遅すぎるよ!ずっと待ちぼうけ!いつまでも閉じこもって・・・バカ!」

チルは倒れたシロに飛びついて抱きしめた。


 あたしとニルスは急なことで固まっていた。

元々いた?扉は一切開いていない、本当にいつの間にかいたわね・・・。


 「チル・・・痛いよ・・・」

「ずっと・・・ずっと・・・チルがどんだけ待ってたか・・・わかんないでしょ・・・」

チルはシロを抱きしめながら背中を何度も叩いた。


 この再会はチルの気が済むまで待たなければいけない。

いつになるか・・・まったくわからない希望。今日?明日?あさって?それを延々と繰り返してきて、やっと訪れた未来だから・・・。



 「まったく、でも・・・自分から来たから許してあげる」

「何度も叩いて何言ってんの・・・痛い」

シロはやっと解放された。

 待っていた長い年月は、とっても心細かったんだろうな。

シロもそれをわかっているから強くは出れないみたいだ。


 「痛いわけないでしょ、嘘つかないで」

「・・・チルの結界じゃないか。僕は今そうなってるの」

「あ・・・まさか、歩いてきたの?」

チルは慌ててシロの背中をさすりだした。

 「当たり前だよ。寒いし疲れるし、大変だったんだからね。・・・もう大丈夫だよ」

たしかに結界が無ければかなり楽だったのよね・・・。


 「イナズマも大変だったって言ってたよ」

「・・・会ってきたの?」

「うん、女神様を解放するために戦う。輝石を貰いに来た」

「シロ・・・」

チルはまたシロを抱きしめた。

 そういや、これで二人にも繋がりができたのか。

チルは思わずシロに触っちゃったけど、そのつもりで来たから問題ないのかな。


 「もう精霊鉱の剣もあるし、とっても強い人だって見つけた。・・・すぐ後ろにいるよ」

「うん・・・うん・・・」

「・・・」

ニルスは真剣な顔で二人を見ていた。

きっと、思いを高めるため・・・。


 

 「・・・あんたたちが?」

チルがあたしたちに近寄ってきた。

四歳?五歳?ちっちゃくてかわいい・・・。


 「うん、シロと一緒に戦う人間だよ。オレはニルス、こっちはミランダだ」

「ニルスとミランダ・・・強いの?女神様・・・助けられるの?」

チルはあたしたちを見て目を細めてしまった。

頼りないって思われたのかな?


 「心配ないよ。シロも守るし女神も解放しよう」

ニルスは視線を受け流して、優しく微笑んだ。

 「・・・」 

それでもチルは険しい顔をやめてくれない。

 信用を得ないといけないのか・・・オーゼとイナズマよりも厳しそうな気がする。


 「チル、ニルスはとても強いんだ。あとで記憶を渡すから信じてほしい」

シロが後ろから声をかけてくれた。

そっか、それなら信用してくれるな。・・・ニルスだけは。

 「・・・ミランダは?」

「えっと・・・あたしはまだ修行中・・・かな」

「・・・」

チルは余計に目を細めた。

・・・ニルスみたいに自信を持っては言えない。


 『ああ・・・その話はチルが自分で広めたって言ってたな。いつか強い奴が来たら、輝石と引き換えにお願いを聞いてもらうとか・・・』

チルはずっと強い人を待っていたわけだから、あたしは期待外れかもしれない。ていうか・・・嫌われちゃったかな?


 「チル、話は色々あるけどまずは輝石を。あとは君のだけだ」

「え・・・オーゼにも会ったの?」

「あとで全部説明する」

「・・・わかった。チルの輝石を渡す」

シロの助けで、チルの視線から解放された。

あたしのことは一旦置いといてくれるみたい。



 「あと三つをここに置いて」

チルが自分の輝石を外して、小さなテーブルの上に置いた。

明らかに子ども用、ラッシュが作ってあげたんだろうな。


 「・・・オーゼとイナズマの輝石だ」

「僕のも・・・」

ニルスとシロも輝石を置いた。

これで全部・・・。


 「あれ・・・四つ揃ったのに何も起きない。輝きを取り戻すってイナズマは言ってたんだけどな・・・」

輝石にそれは起こらなかった。

なんで?なにか足りないのかな・・・。

 「全部聞いてないのね。祝福の言葉だよ」

「イナズマはそのこと言ってなかった・・・」

「あのさ・・・近付いただけで大丈夫だったら、ジナスに捕まった時にそうなっちゃってたでしょ?」

「あ・・・そういえばそうだね」

チルが知っていたからイナズマはあえて話さなかったのかな?それとも、ただ忘れてただけ?


 「地、水、気、風。流れを見守る精霊から祝福を・・・」

考えてたらいつの間にか始まっていた。

イナズマがどうだったかとか関係ない、こっちを見よう。


 「大地、根付く強さを。水、育む優しさを。気、愛する暖かさを。風、安らぐ柔らかさを・・・女神の愛、とわに与える」

シロとチルが呟くと輝石が強く光り出し、目を閉じたくなるほどの輝きを放った。

 ・・・眩しいだけじゃない、この光には温もりがある。

きのうニルスから貰った言葉、それと同じ暖かさを感じる光・・・。女神様の愛か・・・。

 


 「これで輝石の力が戻った?」

強い光は少しずつ弱まっていき、あたしが目を開けた時にはもう淡くなっていた。

 「そのはず・・・付けてみて」

「うん」

輝石によって輝きの色が違う。シロのは白、オーゼのは青、イナズマのは赤、チルのは桃・・・。


 「あ・・・寒くない。力が使える・・・ああ・・・よかった・・・」

シロが宙に浮いた。

これでジナスが結界を張ってもシロは戦えるってことか。

 「シロ、そしたらこの中を早く暖めてほしい・・・」

「あ・・・うん」

すぐに周りの空気が変わった。

ああ・・・春だ。


 「あ、そうだ。どうして山全体に結界を張ってたの?無ければもっと下の方から呼びかけて早く会えたんだよ」

シロがちょっとだけ口を尖らせた。

大変だったから文句言いたくなったのかな?

 「ジナス・・・わかるでしょ!」

「あ・・・うん」

「それに麓の町も守ってあげてたんだからね。雪崩とかけっこうあったんだから」

チルは「なんてことない」って感じで言った。

 雪崩から町を守れるくらい大きくて強い結界・・・。

当然だけど、あたしよりもずっと上だ。できれば、教えてほしいけど・・・。



 「じゃあ改めて紹介するね。ニルスとミランダだよ」

シロがあたしたちの前に立った。

 「途中だったけど、二人はどうやって戦うの?」

ああそうだ、まだその話が残ってた。

なによりも先に、チルに認めてもらわないといけない。


 「・・・これが精霊鉱で作った剣だ。とても強い思いを魂の魔法で込めてある」

ニルスが胎動の剣をチルに見せた。

 「・・・ほんとだ」

「ジナスの守護だって斬れる・・・どうかな?」

あれ以上の武器はない、それを扱えるニルスならなんの問題も無いよね。

 「イナズマはなんて言ってたの?」

「期待しようって」

「・・・わかった、それならニルスは信じる。ミランダは何ができるの?」

う・・・来た。さっき「修行中」って言ったけど、胸を張れるほどでもないし・・・。


 「チル、ミランダは女神様から守護の素質を見出してもらえた。今は修行中だけど、きっと強い結界を作れるようになる」

シロがチルの値踏みを止めようとしてくれた。

情けないけど、ちょっと助かる。

 「女神様が?え・・・会ったの?どこにいたのよ!!」

「あとで記憶を渡すよ。もうミランダはいい?」

「あ・・・どんな感じか見たい。・・・チルの輝石を貸してあげる。これを付けて結界を見せて」

あたしの話は流せないか・・・とりあえず見せるしかない。



 「・・・どう?」

できる限り強い結界を自分の周りに張った。

なんか試験みたいで緊張する・・・。


 「・・・ダメ、これじゃ守れない。弱すぎる」

う・・・はっきり言われた・・・。

 自分でもまだ戦いで使えるようなものじゃないって自覚はしてたけど、シロよりも年下な見た目の女の子に言われると衝撃が大きい。


 「だから・・・チルが教えてあげる。チルは恐くて一緒には行けない・・・だからちゃんとシロを守ってあげて」

「え・・・あたしでいいの?」

意外な言葉に少し混乱した。

「あなたはシロと一緒にいちゃダメ」とか、そんな言葉を覚悟してたのに・・・。


 「ダメなら女神様も教えたりしない。ミランダならできると思ったからそうしたんだと思う」

「僕もそう思う。ダメならはっきり言ってくれる。ミランダ、チルに習うといいよ。僕よりも・・・いや、誰よりも結界が一番得意だ」

ちょっとだけ目の前がぼやけた。

女神様はあたしにそれくらいの希望を見てくれていたのか。

 シロを守る・・・ううん、シロだけじゃなくニルスも。大切な人を守る力を早く手に入れたい。


 「チルがいいよって言うまでここにいてね」

「わかった・・・お願いします」

「ダメ、シロに話す時みたいにして」

「え・・・うん」

嫌われてもないみたいだ。

けど、時間がかかりすぎたら・・・。

 「チル、どのくらいかかりそう?想・・・いや、深の月までくらいなら待てる」

ニルスも気になったみたいだ。深の月・・・もう花の月になっちゃうから・・・待ててふた月ってことか。


 「深の月・・・夏だっけ?」

「そうだよ」

「ふーん、じゃあ大丈夫だよ」

チルは軽く言ってくれた。

本当かな?・・・いや違う、あたし次第でもっと早くすることもできる。

 「ニルス、シロ、あたし頑張るよ!」

「焦らなくていいからね。食料も鞄にたくさんあるし」

「僕も手伝うから大丈夫だよ」

二人は笑顔で言ってくれた。

夏まで・・・絶対になんとかするんだ。


 「ふーん・・・」

チルが寂しそうにうつむいた。

あれ、仲間外れみたいに思ってんのかな?・・・教えてあげよう。

 「チルもさ、仲良くしようよ。今日は一緒に雲鹿のお肉が入ったシチューを食べよっか」

「シチュー?」

「食べたらお喋りもしようね」

「あ・・・うん」

チルは本当に嬉しそうに微笑んでくれた。


 三百年以上か・・・。いったいどれくらいの不安を越えてきたんだろう・・・。

 あたしには想像もつかないほどの孤独。ラッシュを手伝っているのもそれを紛らわすためだったんだろうな。

 でも今日、やっと待っていたあたしたちが来た。

チルの不安、しっかり飛ばしてあげてから山を下りよう。

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