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Our Story  作者: NeRix
地の章 第一部
7/481

第六話 馬車【アリシア】

 とにかくずっと北の火山に向かえばいいのはわかった。

晩鐘も鳴ってしまったし、あとは帰ってルルに聞いてみよう。


 うーん・・・できれば明日にでも出たいが、どんな準備が必要なんだろう。

着替えだけ持っていけば足りるのかな?



 孤児院に帰ってきた。


 「おかえりアリシア、夜は食べる?」

ルルはいつも通り食堂で待ってくれていた。

 「うん・・・」

そういえば、功労者の宴もすぐに抜けたからなにも食べてなかったな。

 「ジーナさんが給仕さんに頼んでくれてね。余った料理を全部包んでもらったの。まだまだあるからたくさん食べてね」

「そうなのか・・・」

ルルが皿を並べ始めた。

どのくらい余ったんだろう・・・。


 「みんなあなたに感謝していたわ。王城の料理人さんが作るものはやっぱり違うわね」

セス院長が炊事場から顔を出した。

 「あ・・・ただいま戻りました」

「おかえりなさい。あら・・・素敵な服を着ているわね」

「え・・・」

「毎日そういう恰好をしてほしいものだわ」

たぶん・・・責められているわけではないはず・・・。


 「王の前ではいい子でいられましたか?」

「失礼なことはしていないと思います」

「そう・・・まあいいわ。お話を聞かせてちょうだい」

セス院長は私の正面に座った。

 特に話すことなんて無いんだけどな。

あ・・・逆に私が聞きたいんだった。


 「願いは絶対に壊れない武器を望みました」

「用意していただけるのですか?」

「いえ・・・街の鍛冶屋と工房を自由に使えるようにしてもらいました。でも、この街では手に入らないみたいで・・・」

「まあ、壊れないというのは無理があると思います」

だが、そうじゃないかもしれないことがわかった。

 「それが・・・見つかるかもしれないんです。ユーゴさんという人から手がかりを教えてもらったので、探しに行こうと思っています」

「探しに・・・どこへ行くのですか?」

「ええと・・・サンウィッチというところの・・・火山・・・ですね」

私はユーゴさんから貰った紙を取り出した。

やっぱり書いてもらってよかったな。


 「アカデミーも終わっていますし、あなたのやりたいようにしていいのですよ」

「明日にでも出ようと思っています。それで、歩いてだとどのくらいかかるかわかりますか?」

「え・・・歩いて・・・。アリシア、冗談を言っているの?」

セス院長の顔が強張った。

あれ・・・これはお説教の時の雰囲気だ。

 「あなた・・・アカデミーで地理は教わったでしょう?遠い将来かもしれませんが、子どもができたらどうするのですか?」

「そうだよアリシア、習ったことは覚えておかないと・・・」

ルルも呆れ顔だ。

 つまり、教わっていたのか?

教官の話は聞き流していたから記憶に無い・・・。



 「アリシア、これは地図というものです。知っていましたか?」

セス院長は大きな地図を勉強部屋から持ってきてくれた。

さすがにバカにされてるのはわかる。


 「あの・・・私だってそれくらい知っています」

「大陸は私たちのいる南部と、あなたが行きたいサンウィッチ領のある北部に分かれています。これは知っていましたか?」

「はい・・・なんとなく・・・」

「南部で一番大きな街はテーゼですが、北部だとどこか知っていますか?・・・なぜ黙っているのですか?」

・・・知るか。


 「ねえアリシア、南部と北部ってどこで分かれてるか知って・・・いや、憶えてる?」

ルルも聞いてきた。

なるほど・・・それも教わっていたのか。

 「真ん中で分かれている」

「なに・・・言ってるの・・・。試験でも出たけど、そう書いたの?」

「と、とにかく私は火山の場所がわかればいい」

そっちに話がずれては困る。

それに、どこで分かれてるかを知ってたからなんだと言うんだ・・・。


 「ルル・・・教えてあげなさい」

「はい・・・ここがあたしたちのいるテーゼ。・・・で、アリシアが行きたいって言ってるサンウィッチの火山は・・・」

ルルの指が地図の上をなぞっていく。

・・・けっこう遠いらしいな。


 「・・・ここよ、北部に行かないといけない。どのくらい離れてるかわかった?歩いてだと何ヶ月もかかると思う」

「そうか・・・じゃあどうやって行けばいい?」

「・・・馬車を手配すればいいのよ。お金さえ払えば受けてくれるところはあるはず、いっぱい持ってるでしょ?」

「なるほど馬車か、そうしよう」

早速明日探しに行こう。

すぐに出してくれるところがいいな。



 「つまり、不安だから一緒に来てくれと」

「はい、結婚されたときに馬車で旅をしたと言っていたのを思い出して」

私は朝早くに起きてウォルターさんの家に来た。


 よく考えたら手配の仕方がわからない。

ルルと院長に付いてきてもらおうと頼んだら「経験が無いから力になれない」と言われてしまった。

 「お願いします。なにをどうしたらいいのか・・・なにがわからないのかもわからないんです」

私が頼れる大人は戦士しかいない。この人がダメだったら他を当たってみよう。


 「ジーナもたまに旅行してるみたいだぞ」

「あの人はからかってくるのでいやです」

「ふふ、あなたもからかわれてるよね」

後ろで奥さんのエイミィさんが笑った。

やはりあの人はみんなに同じようなことをしているんだな・・・。


 「頼って来てくれたんだから助けてあげたら?」

「仕方ないな・・・」

「ありがとうございます!」

よし、この人がいれば心強い。



 「どうぞおかけください。紅茶もご用意いたします」

運び屋の店に入ると丁重にもてなされた。

 飲み物にお菓子までくれるのか・・・。

こんなところ初めてだし、こういうのが普通なのかな?

 

 「ご旅行ですか?」

「そうだ。北部、サンウィッチの火山までこのお嬢さんを運んでほしい。でもすぐには決めない、他の所も周って話を聞こうと思ってる。だから金額が知りたいんだ」

ウォルターさんが話を進めてくれた。

・・・黙って聞いてよう。

 「往路のみ・・・ということで?」

「帰りはいつになるかわからないから必要な時に手配する。で、いくらになる?」

私にはわけのわからない会話にしか聞こえない。

なぜ他も周る必要があるんだろう?「おうろ」とはなんだ?


 「先にご説明させていただきますが、夜は獣や野党、それに魔物が出る可能性がありますので馬は走らせられません。守り手や寝台車も付けるなら・・・三十万エールはいただきますね」

「三十万・・・」

それだけあればどのくらい孤児院のみんなは暮らせるだろう。

ふかふかの新しいベッドも五つくらいは買えるはずだ。


 「それと、これは事実なのでお伝えしておきます。お客様の希望する目的地ですと、街道の整備がされていないところも通ることになります。そのため、引き受ける運び屋はわずかでしょう。・・・もちろんうちはお受けできます」

私はウォルターさんを見た。

考えるのは面倒だ。


 「お前報奨金あるだろ?まったく痛くない金額だ」

「そうですけど・・・」

報奨金で貰ったのは二億エール、たしかに痛くはない。

ただ、そんな大金を使うのは怖くもある。

 「報奨金・・・。まさか・・・最年少で功労者となったアリシア様ですか?新聞で拝見しましたよ」

「そうそう、雷神の隠し子ってやつ」

「火山で修行でもされるのですか?」

「そうらしい」

うるさい・・・。

ウォルターさんも余計な話はするな・・・。


 「なるほど・・・では守り手は必要ないかもしれませんね。そのかわりに身の回りのお世話をする者をお付けしましょうか?女性なので必要でしょう」

「そうなると金額はどうなる?ていうか何日かかるんだ?」

「あ・・・失礼しました。ご希望の火山まで十日はかかりますね。なので・・・四十三万となります。悪天候などで延びた場合はその分増えますが・・・」

私では判断ができそうもないな。

というかなぜ増えた?守り手よりもお世話係の方が高いのか?


 「ウォルターさん・・・どうしたら・・・」

「寝台車、世話係付きで四十三万だな。アリシア、一度出るぞ」

「え・・・」

私の腕が引っ張られた。

 「もし、当方よりも安い所がありましたらご相談ください。勉強させていただきます」

「ああ、そうさせてもらう」

聞くだけ聞いて出るのは失礼なんじゃないのか・・・。



 「あの、私は火山に行けるならどこでもいいのですが・・・」

外に出てすぐに聞いてみた。

 それにあと何軒も周るのは疲れそうだ。もう決めてしまってもいい気がする。


 「お前がいいなら構わないけど、吹っ掛けられたらムカつくだろ?」

「今のはそうだったのですか?」

「うん、十万は高かったな」

やはりおかしかったのか・・・。でも一人だったら「ではそれで」と言っていたと思う。


 「店の奴も言ってたけど、街道から外れた場所は馬車を出してくれるところが少ないのは本当だ」

「危険があるから・・・ですよね?」

「そういうこと・・・奢ってやるからひと休みしようぜ。ちゃんと教えてやるよ」

「はい・・・お願いします」

私も少し休みたい。

冷たいのが飲みたいな・・・。



 二人で軽食が取れる店に入った。


 「当然だけど馬だって生き物なんだ。馬車を引くだけでかなり疲れるはずだしケガもある」

「たしかにそうですよね」

「だから長距離の輸送とか送迎は、活力と治癒の素質がある御者じゃないと務まらないんだ」

ウォルターさんは真剣な顔で運び屋の話を始めた。

なんだろう・・・アカデミーの時と違って、すっと話が入ってくる。


 「活力も治癒もダメな御者もいるけど、その場合は中継地点で馬を取り換えながらになる」

「なにか変わるんですか?」

「金額が跳ね上がる」

なるほど・・・。

 「今のところはこういう説明をしてくれませんでしたね」

「こっちから聞かないと教えてくれないところがほとんどだ。あとになってからもっともらしいこと言われて、追加で金取られることもある」

でも払うしかないわけか。

なにも知らないと損をするんだな。


 「まあ向こうも商売だからな。・・・だから色々周った方がいいんだよ。これも見極めだ」

「見極め・・・はい、付いていきます」

やっぱりこの人と来てよかった。

そして、交渉は全部任せよう。



 ウォルターさんと何軒か周り、大体の相場がわかってきた。

もしルルが「馬車を使いたい」って言ったら、私が一緒に行って説明してあげられるな。


 「じゃあ、これで交渉する。任せとけよ」

「助かります」

私たちは最初の店へ戻ることにした。

提示されていた四十三万、それよりもかなり安くなりそうだ。


 「あの・・・馬車をお探しですか?」

歩き出すと、幼い子どもに呼び止められた。

六つか七つ、アカデミーに入るかどうかくらいの女の子だ。

 「ああ、そうだが・・・」

「それなら、わたしのお父さんの馬車を使っていただけないでしょうか・・・」

「君の・・・」

「・・・」

女の子は小さく頷いた。

なんだか孤児院の妹たちが思い浮かぶ。


 「アリシアやめとけ。子どもを客引きに使うような所だ。情に流されると損するぜ」

ウォルターさんは冷たいことを言った。

他のところと同じように、話を聞くくらいはいいのでは・・・。

 「あの・・・違います。わたしが勝手に声をかけただけです」

「ウォルターさん、金額を聞くくらい・・・」

「・・・わかったよ。お嬢ちゃん、お父さんの所に連れてってくれ。ただ、使うかどうかは話を聞いてからだ」

「はい、ついてきてください」

女の子は嬉しそうに駆けだした。

情か、今の笑顔を見せられたら流されてしまいそうだ。



 「こっちでーす」

私たちは女の子を追って、路地の奥の方へと向かった。


 「お嬢ちゃん、下町まで行くのか?」

「そうでーす」

古くて妖しさのある細い道を、少女は水路に沿って流れる水のように進んでいく。

 足音を立てないように歩くのは癖なのだろうか?意識してやっているなら末恐ろしい子どもだ。



 「お父さーん、馬車を探している人がいたから連れてきたよー」

辿り着いた店は、お世辞にも繁盛しているような所ではなかった。

 外にはただ「運び屋ローズウッド」とだけ書かれた看板のみで、流行らせる気も感じられない。


 「ローズウッド・・・」

ウォルターさんが看板の名前に反応した。

知っているのだろうか。

 

 「ほらー、お客さーん」

「ああ、どうぞ。・・・セイラ、また無理に連れてきたわけじゃないだろうな?」

父親が奥から出てきた。

 どうやら少女・・・セイラはこういうことを親に内緒でやっているらしい。厳しく叱らないのは、いつものことだからなんだろうな。


 「あ・・・やっぱりテッドさんだ。運び屋をやってたんですか?」

「ん・・・ああウォルターか。久しぶりだな」

父親の方はウォルターさんの知り合いだったようだ。

だから看板の名前に反応していたのか。



 店の中に入れてもらった。

今日行った中で、一番落ち着く場所な気がする。


 「どこ行くんだ?ていうかこの子は?」

テッドさんが私を見つめてきた。

そうだ、まだ挨拶してない。

 「はじめまして、アリシアと言います。馬車を探していたのは私です」

「俺は付き添ってただけなんですよ。でもテッドさんと会えてよかった」

「二人はどういう知り合いなんですか?」

「ああ、前は戦場に出てたんだ。そんで、俺に槍を教えてくれた。功労者になったこともある。もう五年も姿を見なかったんでどうしたもんかと思ってましたよ」

戦場に出ていたのか。たしかに戦士としての雰囲気が・・・。

 死線を潜ってきた者は目でわかる。戦場を退いたとしてもそれは残っているみたいだ。


 「まあ、色々あってな。この仕事は・・・生活はできるけど何もしないのも退屈だから始めただけさ。普段は近場に荷物を運ぶのがほとんどだ」

他の店と違って緩い、だからここが一番落ち着くのかな。

 「じゃあ、今は暇なんですか?」

「まあ・・・しばらくはな」

「ならちょうどよかった。アリシア、テッドさんに頼もう」

「はい、私もお願いしたいです」

そうしたい、見知らぬ御者と一緒にいるよりはテッドさんの方がいいと思う。


 「わあ、お父さんよかったね。早く準備しようよー」

セイラはとても喜んでくれた。

繋いでくれたこの子にも感謝だな。

 「セイラ・・・二人をどこから狙ってた?正直に答えろよ」

「え・・・たぶん最初の運び屋さん」

そうだったのか・・・気付かなかった。

 「昼も戻ってこないと思ったら・・・」

「ごめんなさい」

「よし、ちゃんと謝れてえらいぞ」

テッドさんはセイラの頭を優しく撫でた。

別な時も怒ってはいなそうだ。


 「この子は旅が好きで、もっと色々な土地を見たいらしい。だから馬車を探している奴を引っ張ってくるんだ」

「えへへ・・・お姉ちゃん、お世話係は付けますか?わたしなんでもできるよ。毎朝髪の毛に櫛も入れさせていただきます」

「まあ、いらなくても置いていけないから連れてくけどな」

「よろしくお願いしまーす」

この子も付いてくるのか、まあ別に構わないな。


 「で、どこまで行くんだ?」

「サンウィッチ領の火山の麓までお願いします。・・・できればすぐにでも出たいです」

「今すぐは無理だが、明日の朝までには用意をしておこう。セイラ、馬車の掃除だ。お父さんは馬を借りてくる」

「はーい!」

セイラは笑顔で奥へ入っていき、掃除道具を持って馬車へ向かった。


 「私は何を準備すればいいですか?」

「着替えくらいでいい。野宿になるが馬車の中で寝られるし、食事もこっちで用意する。風呂は無いからその辺の川で洗うことになるな・・・まあ、まだ秋だしそこまで寒くはないだろうけど平気か?無理なら遠回りになるが、毎日宿場に泊まる。大雨が降ったりした時はそうな・・・」

「問題ありません!明日は朝の鐘が鳴る頃に来ていいですか?」

「・・・いいよ」

よし、私も帰って旅の支度をしなければ。



 運び屋ローズウッドを出て、ウォルターさんを家まで送らせてもらった。

お世話になったからこれくらいはしないといけない。


 「ありがとうございました。本当に助かりました」

「一番安くなったからな」

テッドさんは十五万で引き受けてくれた。

言っていた通り、稼ぎたいからやっているわけではないらしい。


 「べモンドにも言っといてやる。だからなんも気にせずに行ってこい。それと、テッドさんに色々教えてもらえよ。・・・俺より強いぞ」

「え・・・ウォルターさんよりもですか?」

「たまにしか訓練場に来ないくせに、待機兵以下に落ちたことはなかった。ていうか毎回千人に選ばれてた。普段は一人で鍛錬してたんだろうな」

「一人で強くなる方法があるんですね・・・」

私にもなにか技を授けてくれるだろうか・・・。


 「たぶん、ありゃ娘にもなんか教えてるな。走り方見ただろ?」

「なら私にも教えてくれますね」

「ああ、頼んでみろ」

「はい」

どんな戦い方をする人なんだろう。

ああ・・・想像すると体が熱くなってくる。


 「初めてテーゼから出られるな」

「旅行ではありませんが・・・」

そう、壊れない武器を手に入れるためだ。

あると決まったわけじゃないけど、可能性が高そうだから行く。


 「まあ楽しんでこいよ。じゃあな」

ウォルターさんは、私の肩を叩いて家に入った。

 楽しんでか・・・。

馬車は初めてだが、テッドさんとセイラがいれば退屈はしないだろう。

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