第六十三話 その時は【ルル】
朝一番、大地奪還軍の勝利が街の中を駆け巡った。
その直後から人々のざわめきが大きくなり、お祭りみたいに騒がしくなっていく。
きっと今夜は戦士たちがいっぱいうちに来て、たくさん稼げる・・・。
でもなんか、あんまり嬉しくない。
なんていうか・・・あの子が恋しいんだろうな。
ニルス・・・。
◆
あたしは早めに支度を済ませて、お昼過ぎに酒場に入った。
女給たちはまだだけど、お酒の配達が来るからいないといけない。
「ごめんねグレン君、今日は特に大変でしょ?」
「いえ・・・仕事ですし・・・これくらいは平気です。・・・よいしょっと」
「あと何箱?」
「えーと・・・五箱ですね」
お酒の配達さんが先月から変わっていた。
「こっちには慣れた?」
「はい、もう道に迷わなくなりました」
紬の月に引っ越してきたらしい。
あたしより六つも年下で、なんだかかわいい感じなのよね。
「ねえグレン君、戦場に勝ったんだから割引してくれるよね?」
「はい、配達に出る前に言われてますので。二割引きにしてやれって」
「ふふ、そういうのは正直に言っちゃダメよ。言われたから割引じゃなくて、あなたが自分で決めたって感じにすればこっちの印象もよくなるよ」
「あ・・・すみません」
こういうところもなんかいいなって思う。
あたしって年下が好みなのかな?
だとしたら・・・あの子のせいなのかも。
◆
「じゃあ、次は二日後に・・・」
「うん、またお願いね。今日くらいの量は戦場に勝った時だけだから安心して」
「あ・・・はい。勝った時は毎回決まった注文らしいですね」
「そうなのよ。なにが足りないとか聞かなくていいから楽でしょ?」
グレンがお酒を全部運び終わった。
・・・今夜は忙しくなりそうだ。
「他にも配達あるの?」
「はい・・・」
「頑張ってね」
「はい。・・・あの、ルルさん」
珍しくグレンから話しかけてきた。
なんか真剣な顔ね・・・。
「なに?」
「あの・・・好きです」
「へ・・・」
突然のことに体が固まった。
好き・・・好き・・・あたしを・・・。
「こ、恋人は今いるんですか?」
「あの・・・いない・・・けど」
なんだこれ・・・なんだこれ・・・。
別に今までこういうことが無かったわけじゃない・・・。
ただ、好みの人じゃなかっただけ・・・。
「気持ち悪いかもしれませんが、いつもあなたのことを考えています。お付き合い・・・していただけないでしょうか・・・」
「と、突然そんなこと・・・」
今回はいつもと違う、鼓動がとても大きくなっていた。
恋人・・・グレンと・・・。
「考えさせてほしいの・・・」
とても嬉しかったのに、あたしの口は冷たいことを言ってしまった。
まだいけない気がしたから・・・。
「・・・わかりました。待っています・・・」
「・・・ごめんね」
あの子は幸せなのかな?
自分が幸せになるのは、それを確かめてからがいいなって・・・そう思ってしまったから・・・。
とりあえず・・・気持ちを入れ換えていこう。
◆
今日は店がいつも以上に賑やかだ。
それは戦場に勝ったからだけじゃない。みんなにとって、もっと嬉しいことがあったから・・・。
「ウォルターさんは気付いてたんですか!なんで戦場にいたんですか!」
あたしは仕事どころじゃなかった。
「ああ、戦い方ですぐわかったよ。ただ、なんでいたのかは謎だな。・・・アリシアから聞いたけど、戦場を終わらせるって言ってたらしい」
「・・・戦場を?」
「本当に謎なんだよ。一番長く話したのはアリシアだ。まあ・・・落ち着いたら聞いてみてくれ」
ニルスが戦場に現れたとみんなから聞いた。
酒場はその話でもちきりだ。
功労者となったロイドという男、表向きにはその人のお陰で今回は勝てたことになっている。でもその男とニルスが入れ替わって、戦士たちの窮地を救ってくれたらしい。
「引っ張り出してこれないんですか?」
「・・・無理、功労者の発表待ってる時も話しかけたけどなんも教えてくれなかった。自分はやるべきことをやっただけ・・・これしか言わない。たぶん、そういう約束してたんだろ」
「いる宿を教えてください」
「受付に誰も通すなって言いつけてた。たぶん王との謁見まで出てこない。・・・誰も告発なんかしねーってのに」
本当は話したかったけど仕方ないか・・・。
酒場に来なかったのは、酔って口を滑らせないためって感じかな?
みんなが言うには、奥さんと娘さんも連れて来ていて、家族で過ごしているらしい。
「鎧や兜で隠したって無駄ですよね。ウォルターさんが言うように風神の動きなんだもの」
ティララが微笑みながら頬杖を付いた。
「そうそう、あんなん風神しかできない」
スコットも嬉しそうだ。
「楽だったよな?」
「うん、風神は私たちに無理なことは指示しないもんね」
この二人は再会して一緒に戦ったって言ってた。
「私は声しか聞いてないけど、間違いなく風神だったな」
「俺はすぐわかったぜ!!!」
イライザさんとバートンさんも再会していた。
でも、しっかりと確認はできなかったらしい。
「おいイライザ注げ!!風神の分まで俺が飲む!!!」
「風神の酒は私のだ。あんたが注ぐんだよ」
本人が嫌がるから誰も呼んだことはなかったけど、ニルスには裏で「風神」という二つ名が付けられている。
あの子は旅に出る前に自分のことを伏せてほしいとみんなのところを回った。
『戦場から逃げた臆病者が息子・・・誰かに言われたらアリシアは悲しい思いをする。それにルージュもそんな兄を情けないって思うかもしれない・・・』
自分の存在をできる限り消すようにするためだ。
かわいそうな子・・・そんなこと誰も思わない。そう伝えても考えを変えなかった。
たぶん、そうすることでなにか区切りをつけたかったんだろうな・・・。
ニルスはみんなに好かれていた。
あの子に助けられた戦士も大勢いたから、嫌っていた人は誰もいない。
本当はみんな名前を出したいけど、あの子の思いを汲んで口にしない。
だから今、ニルスの話を出す時はみんな「風神」って呼んでる。
「飛竜が火球を吐いたのが見えた瞬間に消えたんですよ」
「あれは今までで一番速かったと思います」
「鎧着ててあれって考えると、今までも本気じゃなかったのかなって感じだよね」
「いや・・・三日食わずに出てたからだろ・・・」
ニルスはアリシアの・・・お母さんの命も救っていた。
ルージュのためでもあったんだろうけど、まだ想いは残っているみたいだ。
さて・・・そのお母さんはそろそろ落ち着いたかしら・・・。
◆
「私は・・・ニルスに・・・」
「そろそろ泣き止め・・・」
「・・・」
不器用な母親は、テーブルに顔を伏せて泣いていた。
同じテーブルにはべモンドさんだけ、ずっと慰めてあげてたみたい。
「ルージュをウォルターのところに預けてきて正解だったな・・・」
「そうですね。今日はうちに泊まりなさい」
「・・・」
はあ、仕方ないお母さんね。まあいい・・・。
「べモンドさんも・・・会ったんですよね?何を話したか・・・どうだったか教えてください」
空いていた椅子に座らせてもらった。
見た人みんなから話を聞きたい。
「・・・会った。だが会話と言えるようなものではなかったな。ロイドを功労者に・・・それだけを約束して終わりだ」
「それでもいいです。あの子はどうだったんですか?」
「・・・ロイドの兜で顔は確認できなかった。だが・・・元気そうではあった。そうだ・・・背はアリシアよりも高くなっていたな、イライザと同じくらいか。はあ・・・」
べモンドさんは苦しそうな顔で教えてくれた。
泣きはしないけど、アリシアと同じような状態か・・・。
「あと十一人でこっちが負けていた・・・救ってくれたのに・・・何も言ってやれなかった」
「あの・・・前も言いましたけど、ニルスはべモンドさんを恨んだりとかしてませんよ。できれば・・・もしまた会う機会があったら、以前と変わらずに接してあげてください」
「・・・」
「お願いしますね。あの子はかわいそうって思われたくはないんです」
べモンドさんは、ニルスに対してかなり責任を感じている。
でもお願いをしてくれたってことは、必ず言う通りにしてくれるって信頼があったからだ。
だからあの子はこの人に対して思うところはないんだろう。
◆
「・・・落ち着いた?」
酒場も終わり、片付けも済んで、給仕たちもみんな帰した。
まだ残っているのは、あたしとアリシアだけ・・・。
「ルル・・・」
「なにがあったの?ニルスに会えたのに・・・なんで泣いてるのよ」
「会えたのに・・・伝えられなかった・・・」
とりあえず話せるくらいにはなったみたいね。
さて・・・聞かなきゃいけないな。
◆
「言いたかったのに・・・」
アリシアは話しながらずっと泣いていた。
再会はできたけど、二人でいられたのはほんのわずかな時間だったと言う。
「愛している」「帰ってきて」「行かないで」
ずっと伝えたかったのに、何一つ言えなかった自分が情けなくて泣いていたみたいだ。
「ロイドさんとは・・・」
「私にも・・・なにも教えてくれなかった・・・。でも・・・テーゼを発つ時に・・・うちに来てくれると・・・」
「そう・・・しっかり話を聞いてね?」
「うん・・・うう・・・」
アリシアはまた涙を零した。
「やはり・・・私はあの子によく思われてはいないんだ・・・。顔を隠し、兜を脱ぐことはなかった・・・」
「恥ずかしかっただけよ。あなたが顔を見せてってお願いすればよかっただけ」
「きっと見せてはくれないと思った・・・」
・・・まだわかってないのね。
あの子は母親からの愛が感じられなくなったから出て行った。
せっかく会えたんだからもっと自分から近付かないといけないのに・・・。
「スコットから聞いたけど、ニルスに助けてもらったんでしょ?」
「・・・うん、私を抱きかかえてくれた」
「嬉しかったんでしょ?」
「うん・・・ニルスだとわかった時は胸が高鳴った。思い出すと・・・体が熱くなる・・・」
アリシアは一瞬だけ母親ではなく女の顔をした。
・・・なんかあぶない感じがする。
「あんた息子に恋してるんじゃないでしょうね?」
「・・・そんなことはない。息子として愛しているだけだ・・・」
なんか怪しいな。想いすぎて変な方向に行ってるのかしら?
たまに正してあげないと、本当に帰ってきた時に大変だ。
「突然だったからあなたも戸惑ったでしょうけど、もし同じ機会があったらちゃんと伝えられる?」
「そうしたい・・・でも拒まれるのが恐いんだ・・・」
アリシアは目を閉じた。
あんたがそれでどうすんのよ・・・。
「たぶんニルスも同じだと思うよ」
「・・・私があの子を拒むものか」
「ならあなたから歩み寄りなさい。それができたら、母親の資格はないって言ったこと取り下げてあげる。・・・協力はしてあげるけど、そのことはまだ許してないからね」
「・・・」
アリシアは泣き顔のまま頷いた。
本当にまだ許していない。
でも、責めないのはニルスの願いだからだ。
『お母さんがみんなから避けられてたらかわいそうだよ・・・。だから、今まで通り接してあげてほしい』
ルージュのために、みんなにお願いして回っていた。
責めたてたいって人もいたと思うけど、それがあったから誰もしていない。
あの子はいなくなったあとも母親と妹を守っている・・・。
まあ、これも「話すな」って言われてるから教えないけどね。
◆
「そうなんだ・・・じゃあ、ケルトさんのところにも行きなさい」
「うん・・・」
アリシアはまた泣き出した。
「・・・三日後・・・ロイドが発つ前に来てくれる。そのあとに行ってくるよ。・・・ルージュを頼みたい」
ケルトさんはもういないとも伝えられたらしい。
本当はルージュを会わせるつもりだったみたいだけど・・・色々と重なったわね。
「一緒に連れて行ったら?あの子が嘘をつくとは思えないけど、もしかしたら・・・」
「・・・間違いない。あの子の持っていた剣は精霊鉱・・・もう・・・あの家にはいない・・・」
「せめて・・・お父さんのお墓で祈らせるとか・・・」
「私が・・・耐えられないんだ・・・」
まあ気持ちはわかる。
アリシアは、ルージュの前ではずっと強いお母さんでいる。
だから目の前で泣いたりはできないんだろう・・・。
「私がしっかりしていれば・・・ケルトも死なずに済んだのに・・・」
「これからも愛し続けなさい、絶対に裏切っちゃダメよ。・・・それがあなたにできる弔いだと思う」
たまに少女って感じの顔で会いに行ってたけど、ルージュが生まれてからはぱったり無くなっていた。
・・・もしかして、だからニルスに恋みたいな想いを持ったのかな?
立場と歳を考えなさいよ・・・。
「ねえ、ケルトさんとニルスは似ているの?」
「・・・髪と目元以外はとても似ているよ。後ろ姿を見て、なぜここにケルトがいるんだと思ったこともある」
やっぱりそうなの?・・・そんなのあたしは絶対に許さない。
「とりあえずあたしの家に行こ。明日は朝一番でルージュを迎えに行きなさい」
「・・・うん」
「幸せにするんでしょ?」
「ああ・・・約束した。・・・ルージュのことも、もっと教えてあげたかったのに・・・」
アリシアはニルスに関してかなり臆病になっている。
また再会できることがあれば、その時はあたしが近くにいてあげられればいいんだけどな・・・。
アリシアとニルスがそこで仲直りできていたら・・・。
昼間のことがあったから考えてしまう。
グレン、返事はまだまだできそうにない。
ニルスが幸せだってわかるまで、あたしはそうなるわけにはいかないんだ。
でも・・・できればその時まで、待っていてほしいな。
読んでいただいてありがとうございます。
今日は3話更新しました。
今後もこういう時があるかはなんとも言えません。




