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Our Story  作者: NeRix
水の章 第一部
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第五十四話 言えなかった【アリシア】

 最後に人間側が負けたのはいつだったか。

・・・たしか、ルージュを身籠っていて出れなかった時だったな。

 私が復帰してからはずっと勝っている。

負け続けている魔族が、このままではいけないとでも思って戦力を強化してきたんだろうか。


 決着はまだのようだが・・・戦士は何人死んだんだろう?

ニルス・・・お前と約束したのに、今回は負けてしまうかもしれない・・・。



 飛竜二体を一人で相手にするのはさすがに骨が折れる。

スコットとティララを行かせたから、私だけ孤立してしまった。


 二体とも上空で、近くに足場になるものもない・・・。

せめて叫べればいいのだが、火球をギリギリで避ける時にその高温で喉を焼かれてしまった。

ただ攻撃を躱すだけなら問題ないが、少しだけ呼吸が辛い。

 私は動きながらの治癒ができない。喉を治すにはドラゴンを倒さないといけないが、そのためには叫びの力が必要だ。


 奴らもわかっているのか、空からの攻撃だけで近付いてはこない。

弄ばれている・・・どうしようもないな・・・。



 ・・・あれは!

飛竜の的になってどれくらい経ったか、治癒隊の方から光が見えた。

みんなが中央に戻り、死守隊と反撃隊全員で敵を押し返せたか・・・。


 あちら側が復帰したなら、スコットとティララが戻ってきてくれるはずだ。そうすればこの飛竜二体を何とかできる。それまでこいつらの攻撃を凌げば私の勝ちだ。体力も・・・なんとか持つだろう。


 く・・・。

私がわずかな希望を見た時、一体が地上に降り立ち、尻尾で勢いよく地面をこすりながら回転した。

砂煙・・・私の動きを制限するためか。

 ・・・まずいな、風が無い。

上空の飛竜も視界が封じられているらしいが、それでも火球は飛んでくる。当たるまでやる気か・・・。


 どうしたら・・・。

弱気になってはいけないのに・・・。


 あの子がいなくなるまでは、戦場でこんな気持ちになることはなかった。

戦いで得られる快感も弱くなってきていて、以前よりも刺激が薄い。

 『その顔・・・一緒なんだよ。やらされてるって感じだ。前は違ったぞ』

『私は・・・戦場を終わらせるとあの子と約束しました』

『原因はそれだろ・・・。自分のためじゃなくなったからだ』

ウォルターさんと話した時も思ったが、正直・・・楽しくなくなっている。


 でも・・・やるしかない!

私は不安を振り払うために頭を振り、剣を構えた。

 私は何があってもルージュの元に帰る。そしてなにより・・・ニルスとの約束だけは必ず守らなければいけないんだ。


 え・・・。

心を奮い立たせた時、砂煙の奥にあった飛竜の影から首が落ちた。

・・・誰かが来てくれたのか。


 「アリシア様!どこですか!」

飛竜が崩れ落ちる音と同時にティララの声が聞こえた。

叫びたいがまだ無理だ。


 私から合流しなければ・・・あ・・・。

いつの間にか、真上に火球が迫っていた。

視界が悪かったこと・・・仲間の声で安心して、今の状況を忘れて・・・。


 死・・・終わるのか・・・。

周りの音が消えて、時の流れが止まったように感じる。

足も動いてくれない・・・。


 ケルト、ルージュ・・・ニルス。

愛する者たちを思い浮かべて、私は目を閉じた。

風・・・今さら吹いても・・・。



 「世話の焼ける人・・・」

気付くと、私の体は抱きかかえられ宙を舞っていた。

・・・助かった?かなりきつく抱いてくれている・・・。


 「諦めただろ・・・」

すぐ後ろで、火球が地面にぶつかった。

誰だろう・・・男だ。顔まで覆う兜ではっきりとは言えないが、スコットではない・・・。

 「こういうことがあるなら、もう戦士はやめろ」

叱られている気がする・・・。

今回は・・・たまたまだ。



 「自分で立て・・・」

砂煙の外に出た。

この男は・・・。


 「アリシア様!」

ティララが駆け付けてくれた。

 「・・・叫ばないと思ったら喉を焼かれてる。早く治してあげてください」

「ええ」

ティララが治癒を使い、すぐに喉の痛みが消えた。

・・・もう大丈夫そうだ。


 「・・・空の奴を落としてほしい」

兜の男が飛竜を見上げた。

さっきは意識しなかったが、声・・・似ている・・・。

 「・・・聞こえなかった?早く落としてほしい」

「・・・あ、ああ、任せてくれ」

私は空に向かって叫んだ。

飛竜の羽ばたきが止まり、大地へと吸い込まれていく。


 「・・・もう休んでていいよ」

男が駆け出した。


 そんなはずはない・・・。

なのに、どうして私の体は熱くなっているんだろう・・・。


◆ 


 落ちたドラゴンは、今までの脅威など嘘だったようにあっさりと大地に喰われた。

 

 立ち方、踏み込み方、跳び方、そして誰も追いつけない速さ・・・見覚えがある。

あれは・・・あの男は・・・そして持っている剣・・・。

私は胸を押さえて近付いた。


 「アリシア様、こいつは・・・」

スコットが間に入ってきた。

 「私が話す、静かにしていてくれ」

「・・・」

男は私に背を向けている。

でもわかる・・・。


 「助けてくれて・・・ありがとう」

「・・・」

男は振り向かずに頷いた。

 あの子がここにいるはずはない、でも確かめずにはいられない。色々なことが、この男はあの子だと言っている。


 「・・・強いな」

「・・・」

なぜなにも言ってくれないんだ。

 「剣は・・・誰に教わったんだ?」

「・・・」

どうして返事もしてくれないんだ・・・。


 「名前を・・・教えてくれないか?」

「・・・ロイド・クリスマスだ」

・・・絶対に違う。

だって、持っている剣・・・。


 「その剣の装飾は・・・ケルトのものだ」

「・・・」

「ニルス・・・なのか?」

名前を口にした瞬間、涙が頬を伝った。

声を・・・聞かせてほしい。


 「スコットさん、ティララさん・・・アリシアと少しだけ話したい。戻って敵の数を減らしてください」

「・・・わかったわ」

「また・・・あとでな」

二人はすぐ従ってくれた。

・・・やはりそうなんだ。

 


 気が付けば二人きり、治癒隊の方からは戦士たちの雄叫びが聞こえる。

敵も中央に集まっているみたいで、ここだけ戦いとはまったく関係の無い場所・・・。


 「ニルス・・・私は・・・」

「話したいことは・・・そんなにないんだ・・・」

やはり、この男はニルスで間違いないらしい。

なにを・・・どう話したら・・・。


 「でも・・・伝えておきたいことがある。ケルト・・・父さんは・・・」

ニルスが言葉を止めた。

ケルトは「父さん」と呼んでもらえていたみたいだ。

 「私は・・・この戦いが終わったらケルトに会いにいくつもりだった。ルージュも・・・連れて・・・」

「・・・」

「隠し事をやめて・・・あの子を抱いてもらいに・・・」

「・・・」

ニルスが振り返った。

まだ、兜は取ってくれない・・・。


 「父さんは・・・もういない」

「え・・・」

体が固まった。

ニルスの言葉の意味がわからない。

 「最後の精霊鉱を使った・・・この剣だ」

「使った・・・」

目の前が一気にぼやけ、足から力が抜けた。

立てない・・・膝が地面に引き寄せられる・・・。


 「そんな・・・はずは・・・」

「・・・嘘をつくようなことじゃない。あの家に、父さんはもういない」

今度は躊躇いなく言われた。

 「はあ・・・はあ・・・」

涙が溢れて、なにも見えなくなった。

苦しい・・・私のせい・・・。私がニルスを縛ったせいでケルトまで・・・。


 『アリシア、ここで一緒に暮らさないかい?』

あの時、それを選んでいれば・・・。

 『アリシア、愛しているよ』

もう・・・あの声は聞けない・・・。

情けない・・・妻も、母親も、なに一つできないじゃないか・・・。


 「顔を上げて・・・」

ニルスがそばまで来てくれた。

 「二人で作ったんだ・・・見てほしい」

ニルスは剣を私の前に出した。

二人で・・・。


 「名前は・・・胎動の剣ルージュ・・・。父さんは、最期まで幸せそうだったよ」

「ルージュ・・・」

「もう一度あなたに会いたいと言っていた。ルージュも抱いてみたかったって・・・」

ニルスは感情無く淡々と話してくれている。私が取り乱したりしないようにと気遣ってのことなんだろう。

優しさは以前と変わらない・・・。


 「・・・触ればわかるはずだ」

「あ・・・」

ニルスが私の手を触ってくれた。

手袋越しだが、暖かさを感じる・・・。

 「持ってみてほしい」

「うう・・・うん・・・」

私の手に、娘と同じ名前の剣が触れた。


 『アリシア・・・』

ケルトが呼んでくれた気がした。

 『愛する家族へ』

・・・言葉も刻まれている。


 「・・・なにか感じた?」

「ああ・・・本当に・・・幸せな気持ちだったんだろう・・・」

この剣を持てばなんとなくわかる。

 私の聖戦の剣にもケルトの想いが込められているが、それよりもずっと強い愛が宿っている。


 「その剣は父さん・・・一緒に旅に出たんだ。だからオレは寂しくない。・・・父さんの家はそのままにしてある」

「そのまま・・・」

「・・・墓を作ったんだ、綺麗な花畑になってる。・・・気が向いたら行ってほしい」

「・・・必ず・・・必ず行くよ」

私は胎動の剣を抱いた。

 ・・・ニルスと共に旅をしていたんだな。

やはり、我が子のために・・・。


 「これは父さんが自分で決めたことだ。だから、あなたは自分を責めなくていい」

「ああ・・・わかるよ。ケルトは・・・そういう人だった」

「・・・知ってて離れるなんてどうかしてる。父さんは・・・とても愛のある人だったのに・・・」

父さん「は」か・・・その通りだ。

 「ああそうだ・・・。私はどうかしているんだよ・・・」

ケルト、あなたが羨ましい。

ずっと一緒にいた私よりもこの子に受け入れられている。

 私はルージュが生まれたことも隠していたのに・・・。

・・・そうだ、この子にルージュのことを教えてあげたい。


 「ニルス、ルージュは四つになった」

私は涙を拭いた。

まだ流れてくるが、この子が気にかけていたことを教えなければ・・・。

 「お前のおかげでもうお喋りができる。セレシュとよく遊んでいて、とっても仲良しだ」

「そう・・・初めて喋った言葉は?」

「雲を指さして・・・おさかなと・・・」

「・・・」

きっと微笑んでいる。だから、兜を取ってほしい・・・。


 「・・・寂しい思いはさせてない?」

「ああ、させていない」

胸が痛んだ。

また嘘をついてしまったから・・・。


 「ならよかった。オレのことは・・・」

「知られて・・・いない。みんな・・・そうしてくれている」

息も苦しくなってきた。


 『・・・わたしね、お兄ちゃんがほしい』

『かっこよくって、背も高くて、そんなお兄ちゃんと手を繋いで歩きたいの。そうなったら、わたし幸せだと思う』

ルージュから兄を奪ってしまったのは私なのに・・・。


 「これからも・・・そうしてほしい」

「・・・わかった」

妹の思いを伝えて「会いに来てくれないか」と言えば、ニルスは帰ってきてくれるかもしれない。でも・・・どうしてか言えない・・・。

 もしニルスが自分から「帰ってきたい」と言ってくれれば、暖かく迎えて抱きしめてあげられるのに・・・。

私は・・・母さんは、そう言ってほしい・・・。



 「もう話すことはない・・・そろそろ本物のロイドと入れ替わる。このことは・・・誰にも言わないでほしい」

ニルスは、私の涙が止まるのを待ってくれていた。

ただ・・・「帰ってきたい」とは言ってくれなかった・・・。


 行かないでほしい・・・。

一言なのに、伝えたいのに、どうしても声になってくれない。でも、もっと一緒にいたい。なにか・・・話すことはないか・・・。


 ・・・待てよ、今ニルスは「入れ替わる」と言った。

会えた驚きと喜びで忘れていたが、どうやって戦場に紛れ込んだんだ?


 「ニルス、どうしてここにいるんだ?最初からいたなら誰かが気付くはずだ」

「・・・戦いに来たわけじゃない。調査・・・かな。ここへは外から・・・無理矢理入ったんだ。あなたになにかあったらルージュが悲しむと思って・・・」

ニルスは答えてくれた。

 調査?なんのことだろう・・・。

だが押されている私たちを助けに来てくれたことは間違いないらしい。


 「調査とはいったい・・・」

「オレは・・・戦いを終わらせたい。戦場があるせいで苦しかったから・・・」

それは・・・私に託してくれたこと・・・。

 「大地をすべて取り戻せば終わる。お前とも約束した・・・」

「それ・・・もういい。オレがなんとかするから・・・」

「なんとか・・・」

「もう・・・戻る」

詳しいことはなにも教えてくれないようだ。

信用・・・されていないんだな。


 「・・・そろそろ剣を返してほしい」

ニルスが行ってしまう・・・。

なのに・・・どうして話すことが浮かんでこないんだろう。

 「ああ・・・ありがとう・・・」

「ルージュ・・・悲しませないで・・・」

「・・・わかっている。ケルトにも誓う」

「じゃあ・・・」

ニルスは胎動の剣をしっかりと握り、背を向けて歩き出した。

ああ・・・待ってくれニルス・・・行かないでくれ・・・。


 「ニルス!旅は・・・どうだ?」

心が叫んだみたいだった。

 ここにいる理由よりも、それを聞くのが親のすることだと私の中の何かが言っている。


 「・・・」

ニルスは立ち止まってくれた。

 「教えて・・・ほしい」

「・・・楽しいよ。大切な仲間もできたんだ。詳しく話す気は無いけど、ここには・・・その仲間のために来た」

「大切な・・・」

とても優しい声、私もそんなふうに思われたい。

そしてケルトを「父さん」と呼ぶように、私をまた「母さん」と呼んでほしい。


 「・・・他になにか話はある?」

「あ・・・ニルス・・・」

伝えたいことはたくさんあった。

なのに口に出そうとすると、うまく言葉にできない・・・。


 「・・・いや、もう話すことはない。体に気を付けてくれ」

「そう・・・じゃあ・・・」

ニルスは走り出した。


 『帰ってきてくれ』『愛しているよ』『ルージュはお兄ちゃんが欲しいと言っていたんだ』『行かないで』

全部言えなかった。

声にできなかった。


 きっと拒まれる・・・どうしてか考えてしまう。

次に会えたら、ちゃんと伝えるって決めていたのに・・・。


 「ニルス・・・」

小さくなる息子の背中は遠く揺れ、そして見えなくなった。

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