第四十六話 必要【ニルス】
父さんと一緒に暮らした火山、温泉のあるロレッタ、聖霊の城・・・北部はとっても楽しい。
でも、一人だったらこんな気持ちにはなっていなかっただろうな。
今がいいって思えるのは、仲間と一緒だからだ。
三人で同じ景色を見ながら歩く・・・。
こんな日がずっと続いてくれたらいいな。
これから目指すのは、大陸を北と南に分かつオーゼの川。歩きなのと、比較的安全な街道を行くから、着くのは殖の月になるかどうかくらいだ。
・・・そのあとはどうしよう?
イナズマの所かな?それともチルっていう精霊の所?
違う・・・オレだけで決めちゃダメだ。
どうするかは、大切な仲間と決めないとな。
・・・戦うかどうかも。
◆
北部を南下して六日目、目的の町に着いた。
エルケル・・・初めて来るところだけど、二人と一緒ならきっと楽しくなるはずだ。
「宿場よりもこっちの方が人多いね」
シロは人間の多いところに来るのは久しぶりみたいだ。
「あ・・・こらシロ、ここで飛んじゃダメよ」
「え・・・わかった。うーん・・・よく見えないや」
「こうすれば見える?」
オレはシロを抱き上げた。
・・・軽い。
「わあ、ありがとうニルス」
シロは首をかわいく左右に振って、建物や歩く人たちを追っている。
もう不安な顔を見せなくなった。オレと同じで、旅を楽しんでいるんだろうな。
「もっと大きくて人の多い街もあるのよ」
「ミランダは行ったことあるの?」
「そりゃね。おいしい料理店もたくさんあるんだよ」
「え・・・じゃあ、オーゼに会ったあとは大きな街を見たい」
テーゼなんかに連れて行ったらもっと喜びそうだ。
まあ、今は避けたいけど・・・。
「シロ、移動するときはあたしかニルスと手を繋ぎましょ。迷子になったら大変よ」
「一人でも平気だよ。それにはぐれても、僕は二人の気配を探って場所がわかるし・・・」
「ダーメ、あんたが平気でもあたしが心配なの」
「え、うん・・・わかった。ニルス、下ろして」
二人は仲良く手を繋いだ。
ミランダはシロの扱い方をわかってるな。
「これからどうするの?」
「買い物だよ。この町を出たら、オーゼの川の手前までは野宿になるんだ。荷物は増えるけど、色々必要なものを揃えよう」
まずは宿を取って、そこを拠点に動くことにしよう。
「なんで急に宿場が無くなるの?運び屋さんとか困るよね?」
シロが不思議そうな顔でミランダの手を引っ張った。
「街も無いからだね。一応街道はあるけど、運び屋がわざわざ通らないところなんだと思う」
「そういうことか」
「でも、もっと開拓が進めばその内宿場ができると思うよ」
だから、ちょっと考えていたことがある。
やっぱり馬車は必要かもしれない。
歩いての旅は結構楽しいと思ってたけど、野宿を考えると荷物がどうしても増えるからな。
◆
「あ、そうだ。荷物の心配はしなくていいからね。全部僕が持つから」
宿に着くと、シロが背負っている鞄をオレたちに見せてくれた。
「それに?」
「うん」
平べったくてあんまり物は入らなさそうだ。
・・・アカデミーの勉強道具を入れるのに使うってところだな。
でも自信満々で見せびらかしてくる姿はなんかかわいい。
「ふふ、頼んだよシロ」
「あはは、お菓子くらいしか入んないよ」
ミランダが、ベッドの上で手を叩いて笑った。
「お菓子だっていくらでも入るもん」
シロは余裕の顔で胸を張って鞄を広げた。
意地にならなくていいのに・・・。
「僕の鞄はオーゼが作ってくれた特別製なんだ。例えば・・・」
シロは部屋にあった椅子を鞄の口に近付けた。
「え・・・」
「なんだ・・・」
椅子が鞄の中に吸い込まれて消えた。
「ちょ・・・今何したのよ・・・」
「しまったんだよ。これは精霊の手織り袋っていうの。作れるのはオーゼだけなんだからね」
精霊の手織り・・・中身はどうなってるんだろう。
あ・・・これは未知の世界だ・・・。
「シロ、今の椅子は取り出せるの?」
「もちろん・・・はい」
入ったばかりの椅子が出てきた。
すごい・・・。
「ふっふーん、人間には珍しいんだね。命以外はなんでも入るんだよ」
今度はテーブルが鞄に吸い込まれた。
「ちょ・・・ちょっと貸して」
ミランダが目の色を変えてベッドから跳び下りた。
そりゃ試してみたいよな。
「・・・嘘、重くもないよ。あ、今入れたテーブルが見えた」
「それを持って取り出したいものを思い浮かべればいいんだ。入ってれば一番上に見えるの。そして、分けて入れれば他のと干渉することもない。ミランダ、あとは手を入れて触れば取り出せるよ」
「・・・おー!!」
ミランダが言われた通り手を入れると、テーブルが外に出てきた。
旅立った時に教えてくれれば・・・。
「すごい、これなら荷物はあってないようなもんじゃん」
「ふふん、僕に任せてって言ったでしょ。いくらでも入るんだから」
まあいい、これを使わせてもらえるならずっと身軽で旅ができる。
「食材・・・生ものはどうなの?どのくらい保存できる?」
「入れたら取り出すまで同じ状態だよ。ただし、入れたものを忘れちゃったら取り出せなくなるからね」
そしたら、馬車はまだ必要ないんじゃないか?
テントものびのびできる大きいのを買えるし、急いで歩く必要もなくなる。
催事の時みたいな大きい鍋があれば、風呂としても使えてミランダも喜びそうだ。あ・・・調理道具もたくさん買えるぞ・・・。
「二人とも早く出よう」
シロのおかげで野宿が楽しみになってきた。
・・・色々揃えるなら今だ。
「ねえニルス・・・。着替えとか・・・下着とか・・・髪留めとか・・・新しい靴とか・・・買ってもいい?」
ミランダが出逢った時みたいな媚びた声を出した。
「もちろんだよ。全部必要な物だしね」
「やった。ニルス様には感謝しかないでございます」
なんか背中がムズムズしてくる・・・。
「ていうかロゼにもそういうの買ってあげてたよ。連れまわされてたし・・・」
「あたしは遠慮してたのよ・・・宿代も出してもらってるし・・・」
「しなくていいよ。それと・・・いいものを買うこと」
「うん・・・ありがとうニルス」
いつも通りにしててほしいな。・・・仲間なんだし。
「ニルス様、おやつも買っていいでございますか?」
シロもミランダの真似をした。
小さいからかわいげがある。
「じゃあシロにはお小遣いをあげるよ。その中でおやつを買ってね」
「ありがとうニルス」
「おいしかったら教えてね」
思わず頭を撫でてしまった。
弟がいたら・・・こんな感じなのかな。
「シロが好きなだけ買ったらとんでもないことになりそうね」
「お小遣いで好きなだけ買う」
シロは空腹を満たすために食べるわけじゃない。そしてさっきの鞄みたいにいくらでも食べられるらしい。
味はわかるみたいだけど飲み込んだものはどこかに行ってしまうって言っていた。
たぶん・・・だから軽い。
精霊は羽とおんなじ重さ・・・というか重さを感じない。
・・・こういうことをルージュや世界の虜たちにも教えてあげたいな。
◆
「じゃあ、二手に分かれよう。オレは野宿に必要なものを揃えてくる。二人は一緒に行動して、それぞれが必要なものを買ってきていいよ」
「さんせーい」
「僕もー」
今日の動き方が決まった。
見始めるとかなり迷いそうだからこの方がいいと思う。
二人を待たせちゃったら、そっちの買い物ができなくなっちゃうしな。
「あと、変に見られるかもしれないから買った物は一度ここに届けてもらうことにする。戻ってきていっぱいあっても気にしないでね」
「かなり買う気なのね・・・」
「楽しい野宿にするためだよ」
想像するだけで胸が高鳴る。
一人だったら無かった気持ち・・・。
もっと・・・もっと欲しい・・・。
◆
二人にお金を渡して、一旦分かれた。
「・・・賑わってるな」
市場は通りから向こうに見える広場まで続いていて、行き交う買い物客で溢れている。
こういう場所は、どの町でもあんまり変わりないみたいだ。
「さて、どこから紛れ込むか・・・」
人混みの中に入ったら、まず行きたい方向の流れを見つけなければいけない。流れに逆らえば、すぐに舌打ちが聞こえて嫌な気分になる。
『ニルス、母さんの手を離したらダメだぞ』
『離したらどうなるの?』
『すぐに捕まえる』
・・・そういえば、小さい頃はアリシアと買い物に行く時いつも繋いでたな。
「別に・・・もういい」
自分の手を見た。
もう遠い日の思い出・・・。ああ・・・二人と一緒に来ればよかったな・・・。
オレは寂しい気持ちをかき消すために、靴を鳴らして人混みに飛び込んだ。
すれ違う人たちの隙間を流れるように・・・。
セイラさんに教わった足運び、ロレッタでも役に立った。
戦い以外でも使える技術・・・自分のものにするのに時間はかかったけど、それもいい思い出だ。
◆
こんなもんかな・・・。
食材と調理器具、テントとか野宿に必要な物たち、すべて宿に届けてもらうように手配した。
不思議そうに聞く人もいたけど「馬車に積む」って言ったら納得してくれたから怪しまれることはなかったな。
・・・二人はそろそろ宿に戻ってるかな?
・・・オレも戻ろう。三人で色々話しながら詰め込むんだ。
◆
「お客様、色々届いていますが大丈夫でしょうか。お部屋に運んではいただきましたが、出発されるまでにすべて出せますか?」
宿に戻ると、主人から声をかけられた。
量を気にせずに買っていったから、全部でどのくらいになったかオレもわからない。
「はい、すべて持ち出すので心配いりません。ご迷惑をかけてしまってすみません」
「・・・大変申し訳ありませんが、出発の際にお部屋の確認を一緒にしていただきます。もし通常使用以外での汚れや損傷があれば、倍の代金と修繕費を頂きますのでご了承ください」
主人からしてみれば変な客なんだろう。
まあ、今日の夜には片付くけどな。
◆
「ミランダ、シロ、戻ってる?」
扉を開けて声をかけた。
「時間がかかってるんだな・・・」
二人はまだ戻っていないみたいだ。
「広い部屋でよかった・・・」
部屋には、オレが買ったものだけが置かれている。
・・・二人が戻るまで少し休もう。
オレはベッドに横になって目を閉じた。
ミランダはどんな服を買ったんだろう・・・シロはちゃんと買い物できてるかな・・・。
◆
鐘の音で目が覚めると、窓の外が夕焼け色になっていた。
晩鐘は・・・次か。
「あれ・・・」
体を起こして部屋の中を確認した。
まだ二人は戻っていない。
・・・遅くないか?
不安になってきた。
よく考えたらミランダは女の子だし、シロも見た目は子どもだ。
・・・二人にしてよかったのか?もし、なにかあったら・・・。
◆
オレは部屋を飛び出した。
心配する必要は無い・・・わかってはいるけど嫌な想像が浮かんでくる。
悪い奴らに捕まっている。
オレが一緒にいれば・・・。
手足を縛られて・・・。
二人とも守るって言ったのに。
ひどいことをされている・・・。
気が気じゃなかった。
とにかく、服屋とか靴屋なんかを片っ端から・・・。
◆
「オレと同い年くらいの赤毛の女性が来ませんでしたか?ミルク色の髪をした小さい男の子も連れていたはずです」
商店通りの靴屋に入った。
「ああ、いらっしゃいました。お二人でご覧になっていて、お買い上げいただきましたよ」
「・・・ありがとうございます」
もう出たあとか・・・。
◆
小物とか雑貨の店・・・。
「ああ・・・仲のいい姉弟でしたね。弟さんに髪飾りを付けて楽しそうにしていました」
「長い時間いましたか?」
「弟さんのお財布で迷っていましたが、そこまでではありませんでしたね」
「・・・そうですか」
次・・・。
◆
下着・・・。
「肌触りのいい生地の物を選んでいただきました。旦那様も触ってあげてください。・・・今夜にでも」
「あの・・・夫婦では・・・」
「派手で淫らなものは好みではないらしいです。そうだ・・・旦那様から贈れば着けていただけるかもしれません。・・・色々あるのでご覧になりますか?私でよければ、身に着けた状態も・・・」
「・・・失礼します」
どこに・・・。
◆
「試着を楽しんでいましたね。たくさんお選びいただき、ついさっき出られましたよ」
服屋で、あと一歩のところまで追いつけた。
さっき・・・無事だったみたいだ。
・・・当たり前か。少し離れただけでこんなに心配することないのに・・・。
『・・・君は寂しがりだから』
そうなのかもしれない・・・いや、そうなんだ。
一人じゃ・・・寂しい。
◆
「あ、ニルスだ。見て見てミランダに財布を選んでもらったの」
「あんたもけっこう時間かかったんだ?やっぱ二手に分かれて正解だったね」
二人には、宿の前であっさりと再会できた。
いつも通りの顔を見ると、焦った自分がバカらしく思えてくる。
そうだよな、ミランダが黙って連れてかれるなんてあるわけない。シロも危険だってわかれば氷の兵隊とかつららを出したりしてくれる。
・・・「探してた」なんて恥ずかしくて言えないな。
「オレは夕方前には買い物を済ませたよ。ちょっと・・・散歩を・・・して・・・」
本当の気持ちを隠して嘘をつこうとした時、急に目の前が滲んだ。
「え、え、どうしたのニルス?」
「お腹減ったの?僕のおやつちょっとならいいよ」
二人はオレの異変にすぐ気付いて慌てだした。
大切な仲間だから・・・嘘をつくのはやめよう。
「戻りが遅いから探してたんだ・・・心配させないでくれよ・・・」
オレは二人を抱き寄せた。
どっちも暖かい・・・。
「え・・・と、シロがあっちこっちふらふらしてて・・・」
「あ、ずるい。ミランダが服で迷ってる時間の方が長かったよ」
ああ・・・安心する。
オレの心はまだそんなに強くない。
だからこれからも二人が必要だ・・・。




