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Our Story  作者: NeRix
最終章 第三部
473/481

第四百五十四話 見極め【シロ】

 もう、すぐそこまで来ている。

あと一日、きっとたくさんの笑顔を見れるはずだ。



 「楽しみですね」

女神様が頭を撫でてくれた。

 呼んだわけじゃないのに来てくれる。

ずっと僕が望んでいたこと・・・。


 「はい、早く明日になってほしいです」

「まだ陽が昇ったばかりです。それに、あなたは今日から忙しいのでしょう?」

「そうでもないです。僕は人を運ぶだけなので」

今日はそんなに多くない、料理人さんたちとニルスたちくらいだ。


 「私もお手伝いしようと思います。スナフにいる騎士は任せてください」

「いいのですか?」

「私は一瞬で行けますので。テーゼも人数が多いので運びますよ」

それは助かるな・・・。


 「ありがとうございます」

「信用を取り戻したいのです。あなたたちを不安にさせてしまいました」

「もう気にしていません」

「それでもです」

女神様は暖かい抱擁をくれた。

 「まじわりましょう。もっと愛を贈ります」

「はい・・・僕も・・・」

ああ・・・幸せだ・・・。



 「シロ・・・以前から言おうと思っていたのですが・・・」

女神様は僕から離れると不安そうな顔をした。

何の話だろう?


 「ミランダとまじわっていますね?」

「あ・・・」

まずい・・・叱られる。

謝らないと・・・。


 「すみません・・・。言いつけを破っていました」

「叱るつもりはありません。ミランダを気遣ってのことでしょう?・・・私のせいでもありますので」

「彼女だけ人間です。気休めかもしれませんが、不安を忘れてほしくて・・・」

「人間にとっては生殖行為以上の快楽をもたらします。これ以上はよくありません」

それはミランダを見ればわかる。

 ・・・気持ちよすぎるみたいで、何度も求められたからな。

僕もその時のミランダが幸せそうだから、言われたらしてあげてたし・・・。


 「でも・・・大会が終わってからはちょっと減りました。ミルネツィオに付きっきりっていうのもありますけど・・・」

「引継ぎとやらで忙しいのでしょう?なので我慢しているだけだと思います。旅立てばいつでもしてもらえる・・・そう考えているのではありませんか?彼女は人間なので、同じ人間と生殖をしなければならないのですよ」

「はい・・・」

「言いづらいのはわかります。なので、私から伝えましょう」

今さらもうできないっては言えない。

がっかりするだろうな・・・。


 「それなら・・・ミランダが望めばですが精霊にしてあげてほしいです」

お願いするなら今しかない。

まじわるためじゃなくて、一緒にいれるように。


 「ミランダを・・・」

「やはり、よく・・・ありませんか?」

「彼女は・・・快楽を優先する傾向があります。・・・ジナスに近いのです」

・・・それもわかる。

でも、ミランダはそこまででもないと思うんだけど・・・。


 「僕たちが一緒なら大丈夫ではないでしょうか?もちろん・・・彼女が望むならですが・・・」

「ここで答えを出せるものではありません・・・。一度ミランダの許可を貰い、すべて視させてもらいますね。・・・とりあえず夜会のあとにします。まずは楽しんでください」

女神様が迷うくらいなのか・・・。


 これは僕が勝手に思っているだけ。

ミランダは気にしてないって言ってたから、おそらく今は考えていないこと。

 でも必ず訪れる未来・・・その時に変わるかもしれない。

君が望むなら僕は・・・僕たちはずっと一緒にいたい。



 「忘れ物は無い?」

街が起き出す前の早い時間にロブさんを迎えに来た。

 「はい、行きましょう」

待ってたって感じで、大きな鞄も用意してある。


 「料理は覚えた?」

「もちろんです。で・・・どうやって行くのですか?」

「白鳥の人形に乗って飛んでくの。高いとこ平気?」

「楽しみです」

なるべく速く飛ぼう。



 「空の旅・・・いいですね」

「子どもみたいだね」

「気持ちが昂っているせいでもあります」

ロブさんは身を乗り出して、ずっと景色を見ていた。

危ないけど・・・落ちたら拾いに行けばいい。


 「ねえねえ、名前って変えた方がいいよね?」

ふと思った。

 王城の料理長ってことは、存在を知ってる人も多いはずだ。

料理人なら特に・・・。


 「ああ・・・たしかにそうですね。偽名を考えなければいけません」

「じゃあ僕が決めるね。えっと・・・ロビンでいい?」

「・・・まあいいでしょう。ロビン・・・家族の名前は・・・」

あ、そっか・・・誰かのを借りよう。


 「じゃあ・・・ロビン・マホガニー」

ティララさんの昔の名前を借りた。

 「わかりました。では今からお願いします」

「ロビンさんね」

「はい、間違えないように注意しましょう」

たぶん大丈夫だけど、もっと早くに気付いてればよかったな。


 「他に心配は無いよね?みんなはもうお城にいる」

「私を待っているのですか?」

「んーん、お昼過ぎから始めるんだって。メピル・・・僕と同じ精霊がお城を案内してあげてるの」

「時間があれば、私も案内していただきたいです。明日、妻と二人で歩きたいので」

じゃあそうしてあげよう。

もっと・・・速く・・・。



 メアリさんたち料理人は、会場の大広間でくつろいでいた。

ちゃんとベリンダもいる。


 「ロビン・マホガニーです。今回は無理を言って申し訳ありません」

ロブさんは頭を下げた。

ちゃんと偽名、これで大丈夫だろう。


 「メアリ・クリスマスです。シロ様からお話は聞いていました。・・・条件はわかっていますね?」

「はい、すべて覚えてきました。なので・・・この本はお返しします。私もシロ様にはお世話になったので、その恩返しで来ています」

ロブさんは堂々と胸を張った。

でたらめの理由だけど、こうしておけばなにも疑われないよね。


 「今回は私的な恩返しではありますが、しっかりと報酬が発生する仕事だとも聞いています」

「その通りです。そして条件を付けたのは、王城の料理長もいらっしゃるからです」

「それも伺っています。みなさんの評価が下がらないように尽力します」

うーん・・・騙してるみたいで気まずいな。


 「ずいぶん自信があるようですね」

「心を作ってきましたので」

「わかりました。まだかなり時間がありますので、くつろいでいてください。ベリンダ、みんなを紹介してあげなさい」

「はい。ロビンさん、ベリンダ・クリスマスです。よろしくお願いします」

まずはみんなと仲良くならないとね。

それに、王城の料理人になりたいベリンダに任せたのもいい感じだ。


 

 「む・・・雑味が無い。天然の味ね」

「かなり質がいい。どこから仕入れたのか教えてほしいな」

「妖精たちにお願いして集めてもらったんです」

少し離れたテーブルで、メピルが料理人さんたちとお喋りしていた。

あれは・・・ハチミツか。


 「たくさんあるので使ってください」

「ありがとう。とてもいいものができるわ」

お城の案内の時に仲良くなったんだろうな。

邪魔はしたくないけど・・・。


 「メピル、そろそろニルスたちを迎えに行ってもらっていい?」

「あ・・・うん。じゃあ、少しだけ失礼します」

メピルが立ち上がった。

僕は・・・バニラと一緒にいようかな。



 広間を出て、バニラの気配がある部屋に入った。

三人・・・。


 「あはは、死にそうだったのか」

「はい、もうどうでもよくなっていたところだったのです」

「でも戦士になれたってことは、普通の人よりずっと強いんですよね?」

「衛兵団でしたからね」

バニラとモナコ、そしてロイドさんが楽しそうにお茶を飲んでいた。

いや・・・モナコだけお酒だ。


 「ようシロ、みやげに酒貰ったんだ」

「よかったね。ロイドさんはもうなにも無いの?」

「そうなんですよ。なので、美女たちとくつろいでいたというところですね」

「メアリさんは、料理の前に邪魔されると怒って口聞いてくれなくなるんだって」

そうだったのか・・・ならここにいるしかないな。


 「なあロイド、今日はいいもん食わしてくれんだよな?」

「もちろんです。夜会で出す料理とはまた別のものを楽しんでいただくと聞いています」

「わあ楽しみー。ね、シー君」

「うん」

ニルスたちも一緒だし、きっと楽しいよね。

 「お昼は店で出している料理の詰め合わせをご用意しました。みなさんで楽しんでください」

「弁当か・・・いいねー」

ふふ、僕も早く食べたいな。



 「ただいまー」

メピルが戻ってきた。

 「あれ・・・お母さんたちは?」

でも、連れてきたのはニルスだけだ。


 「お母さんたちはテーゼに行った。でも夜にステラたちと一緒に来るって」

「大丈夫だろうけど、衣装を一度合わせるんだってさ」

そうか、たしかに必要かも。

それにルージュはユウナギといた方が安心するよね。


 「ニルス様!やっと元の姿でお会いできましたね」

ロイドさんが立ち上がって襟を正した。

そういえば、この姿での再会は初めてだったな。


 「そ、そうですね・・・。あの・・・料理楽しみにしていますので」

「言われるまでもありません。それと、ニルス様のために飲みやすいハチミツ酒もたくさん持ってきていますよ。余ったら旅に持っていってください」

「ありがとうございます」

「・・・お礼など言わないでください」

ロイドさんは真剣な顔だ。

本当に言ってほしくないんだろう。


 「あはは・・・そうだ、ケイトさんにも会いましたよ。ずいぶん鍛えましたね」

ニルスも気付いたみたいで話を変えた。

 「ああ・・・一回戦でルージュ様に負けてしまったそうですね。ただ・・・いい顔をしていました。聖女の騎士に弟子入りしたと自慢げに話しに来ましたよ」

「今でも充分強いと思いますよ」

「それでもまだ私には勝てません」

そうなのか・・・ロイドさんってかなり強いんじゃないかな?


 「できたらロイドさんも大会に出てあげてくださいね。えっと・・・メアリさんたちは、まだ調理場に入っていませんか?」

「まだですよ。なにかお話がありましたか?」

「ありがとうございます。じゃあメピル、一緒に行こうか」

「あ・・・うん」

ニルスはメピルと手を繋いだ。

あの話か・・・。


 「ニルス、お願いしに行くんだよね?」

「そうだよ。シロも一緒に行こう」

「うん、バニラも行こうよ」

「うん」

四人で部屋を出た。

ロブさんはみんなと仲良くなれたかな?



 「テーゼで店出すとどのくらい客が来るんだ?」

「いや・・・あまり・・・流行っていませんので・・・」

「大きな街は競争が激しいですからね」

「あはは・・・そうですね」

ロブさんは料理人さんたちとお昼を食べながら楽しそうに話していた。

最後に「実は」って言えるかな・・・。


 「月の売り上げは?」

「恥ずかしい話なので・・・おお、この肉の味付けは好みですね」

「俺が作ったんだ。教えてやるから自分の店でも出してみろよ」

「そ、そうですね・・・」

一人にしない方がよかったかも・・・。



 「お久しぶりです。この姿で会うのは初めてですね」

「あ・・・ニルス様・・・ですね。ベリンダ、来なさい」

ニルスとメピルは、メアリさんのテーブルに近付いた。

ロイドさんは「怒られるから・・・」って来なかったけど、大丈夫だったんじゃ・・・。


 「なんだか緩い雰囲気ですね。もっと殺伐としているかと思いました」

「今はまだそうです。調理場に入れば私は変わってしまうので、その時は近付かない方がいいですよ」

「気を付けます。ベリンダ、楽しみにしてるよ」

「はい、頑張ります」

ニルスは大恩人だからっていうのもあるんだろう。

 戦場で出逢ったのが、ロイドさんじゃなければこうはならなかった。

・・・なんか不思議だ。


 「実は、メアリさんにお願いがあるんです」

ニルスがメピルの肩に手を乗せた。

 「私に・・・。できることであればお力になりたいです」

「じゃあ・・・この子を英雄の晩餐で雇っていただけませんか?」

「あの・・・ご迷惑でなければ・・・」

メピルは恥ずかしそうに頭を下げた。

料理上手だし、きっと大丈夫だ。


 「え・・・メピル様は・・・精霊ですよね?」

「おいしい料理をたくさん覚えたいんです。明日の料理も全部覚えました。それでなくても、洗い物とかお掃除とか・・・なんでもしますので・・・」

記憶を探れば、料理の作り方なんかはいくらでも手に入る。でもそれをしないのは、頑張って修行をしたっていう達成感がほしいからなんだろう。

それにせっかくここから出られるようになったし、色々やってみたいよね。



 「そろそろだ!全員着替えて調理場に集合!!」

メアリさんがお腹から声を出した。

緩んでいた空気が、いつの間にか張り詰めている。


 「じゃあメピル、よく見させてもらうといい」

「ありがとうニルス」

メピルがニルスに抱きついた。


 『まずは、調理場の様子をご覧になってはどうですか?』

雇うのは構わないけど、付いてこれるかどうかを見学して判断することになった。

メピルはやる気があるから、どうなっても考えは変わらないだろう。


 「オレたちは邪魔になるから戻ろうか」

「そうですよね。お茶でも淹れましょう」

ニルスとバニラはモナコたちの所に戻るみたいだ。

 「僕はちょっと見てく。ロブさんが心配だし、鞄に入れた食材を出さないといけない」

「あ・・・そっか。バレないようにね」

「シー君はわかりやすいから気をつけてね」

そんなことない・・・。



 僕も調理場に入れてもらった。

浮いて上から見てる分には、邪魔にならないから大丈夫らしい。


 「まずは選別からだ!痛みやすいものはすぐ冷蔵室にしまえ!」

メアリさんはかなり気合が入っている。

夜会は明日なんだけど大丈夫かな?


 「ロビン、選別はできるな?お前は私と一緒に野菜を見ろ」

「承知しました」

「料理ごとに一番相応しいものを選べ。野菜や肉にも色があるのだ!」

「お任せください」

ロブさんは余裕っぽいな。

さすが王城の料理長だ。



 「いい目だ・・・正直甘く見ていた」

選別が始まってすぐ、メアリさんはロブさんを褒めた。

 「飛び入りなので仕方ありませんよ」

「色・・・見えているんだな?」

「修業時代は、これができるまで調理場に入れさせてもらえませんでしたので」

実際に見せることで実力を証明する。

これが一番いいんだろう。


 「メアリさんの目も素晴らしいと思います」

「私だけではない。ここにいる者は全員そうだ」

「まさか・・・あなたの指導ですか?」

「いくら技術があろうと、見極めができるまでは選別しかさせない。それができるようになって、次に調理器具の手入れ、まかない・・・」

すぐに料理をさせてくれるわけじゃないんだな。


 「上がってきた者でも、間違いがあればまた選別からやり直しだ。うっかりでも許さないと先に伝えた上でやらせている。躓いても熱を失わない者がいい料理人になるんだ」

「そうでしたか・・・。ふ・・・私は優しすぎるようです」

ロブさんは困った顔で笑った。

 『それ以上茹でたら水っぽくなる!早く上げろ!』

『そっちはさっと湯通しするくらいでいい!教えただろ!!』

けっこう厳しいと思ったけど・・・。


 「・・・入ったばかりの者が二人いるんです。技術はありますが、まだ足りないところが多い」

「技術を振るいたい気持ちは誰でもある。だがそれではダメだ。自分が食べるのであればいいが、食べてもらうわけだからな」

「・・・そう・・・そうですね」

「手が止まったぞ。しばらく話すな」

調理場のメアリさんって、お母さんみたいだな。

そういえばメピルは・・・。


 「このお肉は煮込んでーって感じ。こっちは焼いた方がおいしい」

「すごーい、ちゃんと見えてるんだね」

メピルはベリンダと一緒にお肉の所にいた。

見学だけじゃつまんなかったのかな?


 「うーん・・・たぶんベリンダたちとは違う見え方だと思う」

「でも合ってるよ。きっと調理場にもすぐ入れるようになる」

「え・・・やったー」

「頑張ろうね」

楽しそうでよかった。

 そういえばベリンダは、ルージュと同い年だったな。

ロブさんが認めてくれて、王城の料理人になれたら友達もできるね。



 「よし、全員集合!!」

食材の選別が終わった。

それぞれの料理ごとに籠やお皿で分けられていて、なにができるのかを想像すると楽しくなってくる。


 「本番は明日だが、今から仕込めるものはやっていく!!そして、今晩の夕食を作る!!」

メピルもみんなと一緒に整列していた。

・・・服も同じものに変えてる。


 「担当は店と同じだ!!ロビン以外は取りかかれ!!」

メアリさんは、メピルに気付いているはずだけどなにも言わなかった。

ニルスのお願いでもあるし、邪魔にもならないってわかってくれたからなんだろう。


 「ロビン、まずはお前の腕を見る。ダメなら洗い物すらできないと思え」

「承知しました」

「自信のあるものを三品作ってみせろ。食材は活きの悪いものから使え」

「はい」

ロブさんの口元が持ち上がった。

味見・・・僕もしていいのかな?



 「お前の店・・・本当に流行っていないのか?」

メアリさんがロブさんの動きを見て不思議そうな顔をした。

まだ下ごしらえって感じだけど、どうなるのかがわかるみたいだ。


 「嘘はついていませんよ」

「待て・・・。使う酒が違う」

「私が持ち込んだものです。より風味が出ます」

「・・・」

メアリさんは目を細めて見ている。

怒ったりはしないんだな。


 「・・・その香味油も違うな」

「はい、魚介と香辛料で作りました。お子様が好きな調味ですね。・・・どうぞ」

「・・・うまい。自分で考えたのか?」

「はい。もっといいものを・・・追及は料理人の仕事ですから」

ロブさんはそれを生地に染み込ませて捏ねだした。

・・・たしかにいい匂いだ。


 「・・・絶妙な割合だと思う。あとで分量を教えてほしい」

「研究熱心ですね」

「いいものは取り入れたい。今までもそうしてきた」

「わかりました。では休憩の時にでも・・・スープの味が変わりますよ!!!」

ロブさんが突然大声を出した。

スープ?

 「バカ者!!目の前の料理に集中しろ!!!」

メアリさんも同じくらいの大声だ・・・。

大鍋担当の人たちか・・・。


 「す、すみません!!」

「謝る暇があるなら火を弱めろ!!」

「任せてください!」

メピルが調節してくれた。

ロブさんは周りもしっかり見てたのか・・・。


 「・・・私もあなたの動きに見とれていた」

メアリさんが困った顔で笑った。

 「・・・これからは周りにも気を配ってください。あなたは料理長なのですから」

「そうだな・・・もうわかった。作るのはそれだけでいい。すべて覚えたんだったな・・・合格だ」

「ありがとうございます。では、焼いてみましょう」

これでみんなに気を配れるようになるね。



 「手の空いた者は食べてみろ!」

ロブさんの捏ねた生地が焼き上がった。

捏ねてた時よりもいい香りになっている。


 「食欲の湧く香りだ」

「南部の風味ですね」

「あ・・・生地の層を増やしてる」

みんなも前向きな感想だ。

・・・そりゃそうか。


 「・・・おいしい」

ベリンダも一口食べて笑顔になった。

 「ロビンさん、味付けを・・・」

「ベリンダ、話はあとで聞くといい。まずは仕込みだ」

「あ・・・はい!よーし!」

火がついたって感じだ。

心を熱くさせる味・・・僕も一個食べよ・・・。


 「ロビンの店で流行んないんなら、テーゼの客は相当舌が肥えてそうだな」

「え・・・あ・・・あはは」

「それとも場所が悪いの?外れの外れにぽつん・・・って感じ?」

「まあ・・・常連さんばかりで、みなさん入りづらいのかもしれませんね」

基本は王族にしか作らないから間違ってはいない。

うーん、これ以上は苦しいんじゃないかな・・・。



 ベリンダとロブさんが休憩に入った。

火を見ないといけないから、全員で休むことは無いみたい。


 「テーゼにはロビンさん以上の料理人がたくさんいるんですか?」

「どうでしょうね。料理人全員と会ったことはありませんので・・・」

僕はロブさんが気になるから付いてきた。

変なこと言って困ったら助けないといけないしね。


 「ロビンさんから見て、私はどうでしょうか?」

「とてもいい料理人ですよ。私はおいしいと思いました」

お・・・褒めてる。

 「たとえば・・・私がテーゼに行ったら通用するでしょうか?」

「メアリさんから教わったのでしょう?大丈夫ですよ」

「わたしはまだ十四です・・・。本当にそう思っていますか?」

「年齢は関係ありません。おいしいと言ってもらえるものを作れるか・・・それだけですよ」

言う通りだと思う。

ベリンダにはもっと自信を持ってほしいな。


 「私・・・王城の調理場に入るのが夢なんです」

「・・・そうですか」

「きっと私よりもずっと上なんですよね。今回は・・・料理長さんに私の存在を知ってもらえたらいいなって・・・それくらいです」

もうそうなってるけど、ロブさんはどう思っているんだろう?



 「ベリンダさん・・・彼女がそうなのですか?」

二度目の休憩に入ると、ロブさんから呼ばれた。


 「うん、ベリンダの夢なんだって。でも、他にもそのために修業しに来てる人もいるって言ってた。たぶん今日来てる人はみんなそうなんじゃないかな」

「なるほど・・・」

「どう思った?」

「想像を超えていました。精鋭を連れてきたのだと思いますが、私たちと張り合えますね。判定人によっては・・・負けるかもしれません」

ロブさんは戦う前のニルスみたいに笑った。

楽しんでくれてるんだね。


 「じゃあ・・・雇ってあげるの?」

「たしかにその権限は私にあります。ただ、私も王と同じように特例は好きません。まずは試験を受けてもらうことになります」

認められた方が嬉しいからそれでいいと思う。


 「試験ってどんなことするの?」

「私たちは王たちが喜ぶものを作っています。すなわち・・・」

「王様がおいしいって言えばいいんだね?」

「はい。ちょうど明日にそれができますね」

ふふ、明日が楽しみだ。


 「それと・・・こちらも新入りをゴーシュへ修業に出したいとも思いました」

「そうなの?」

「大陸中のあらゆる料理を出す店・・・ぜひ交流したいですね」

「そうなったらいいね」

あとは王様の感想を聞くだけか。

みんな頑張ってるし、きっと大丈夫だよ。


 「では、このままお城を案内していただけますか?」

「うん」

なんか大丈夫そうだし、これが済んだら僕もニルスたちと待ってようかな。



 「みんなティアナのこと認めてくれたんだよ」

「子どもたちにも会っていったんでしょ?」

「うん、夢と間違うような短い時間だったけど・・・幸せになってねって」

「・・・女神も世話焼きすぎだ。あの女けっこう頑丈だから放っといても大丈夫だよ」

戻ってみんなとお喋りしていた。

こういう時間もいい・・・。


 「ニルスー!!」

扉が勢いよく開き、メピルがとびきりの笑顔で入ってきた。

 「メピル・・・ふふ、ずいぶん嬉しそうだね」

「うん。聞いてニルス、みんな褒めてくれたんだ。私が調理場にいたら助かるって」

たしかに色々やってたな・・・。


 「メピルは料理上手だからね」

「みんなが旅から戻ったらたくさん作ってあげる」

「うん、楽しみにしてるよ」

ニルスはメピルの頭を撫でてあげた。

 ああされて褒めてもらうのが一番嬉しい。

メピルも僕と一緒・・・。



 「あの、わたし・・・小さい頃にお会いしたことが・・・」

「私から名前を聞いたんだ。ちゃんと憶えているよベリンダ」

「僕は初めてだね。よろしくベリンダちゃん」

「よろしくお願いします」

夕方にお母さんたちも来てくれた。

明るい感じだし、ルージュたちの衣装は大丈夫だったみたいだ。


 「ニルス、二人の衣装は明日までお預けね」

「ティムたちのは見れなかったけど、こっちは絶対に大丈夫だよ」

ステラも一緒だ。

やっぱりニルスと一緒にいたいよね。


 「すごくいい匂いするな・・・」

「あ、そっか。ユウナギは英雄の晩餐初めてだったね」

ユウナギとルージュは二人で寄り添っている。

明日の緊張は無いっぽいな。


 「でっかいお風呂あんでしょ?ミルくん、あとで一緒に行こ」

「はい!お供します!」

「手洗いさせてあげるよ」

「ありがとうございます!!」

ミランダとミルネツィオも・・・。

一緒にいたから転移で連れてきたんだろうな。


 「ルージュ、私たちもあとで入ろう」

「うん」

「ユウナギ、また筋肉見せて」

「お前とは一緒に入りたくねー・・・」

セレシュとシリウスも一緒だ。

あとの人たちは残ったのか・・・。

 でもたくさん来てくれた。

明日もだけど、今夜も楽しくなる。



 「なるほど・・・すりおろしたりんごで肉を柔らかくするのか」

「そうです。まだ改良の余地がありますね」

「・・・こっちはどうだろう?もっと意見を言ってほしい」

「香草をすり潰して加えているようですが、私なら刻んだものを使いますね。材料が余っていれば、あとで香りの出方を比べてみましょう」

大広間では、メアリさんとロブさんが真剣な顔で話し合っていた。

完全に認めてるな・・・。


 「ちょっとロイド、奥さんあの人と楽しそうに話してるけどいいの?」

ミランダがいやらしい顔をした。

 「同じ料理人です。心配いりませんよ」

「ほんとにー?夜通し話し合いたいから先に寝ててとか言われるんじゃないのー?自分も料理してもらっちゃうかもよー」

「あまり・・・妻を侮辱しないでください・・・」

「してないよ」

ミランダの悪い癖だな。


 「あはは、あの人は奥さんがいるので大丈夫ですよ」

「そうですよ。心配いりません」

ミルネツィオとシリウスが笑顔で教えてあげた。

でも、今それはまずい・・・。


 「ダメだよ。ロブさんの正体は隠してるんだから変なこと言わないでじっとしてて」

ミルネツィオとシリウスの二人を引っ張って注意した。

 「え・・・あ・・・すみません」

「ごめんシロ・・・」

「王族ってことも隠しておいてね」

「承知しました」

来た時に言っておけばよかった・・・。


 「あとで一緒にお話ししようよ」

「え・・・いいの?」

「うん、同い年だし仲良くなりたい」

「お風呂も一緒に行こうよ」

ルージュとセレシュは、ベリンダと友達になるみたいだ。

僕がなにか言わなくても大丈夫そうだな。



 「虫逃がしたら命は無いと思いなよ?」

「たくさんの人間が来るんでしょ?恐がって出てこないよ」

ニコルさんも虫部屋から出てきた。

お腹が減ったんだね。


 「ちょうどいい。ニコル、ちょっと診てほしい」

お母さんがニコルさんの腕を掴んだ。

具合でも悪いのかな?

 「あの・・・痛いです」

「授かったか確かめてくれ・・・」

「ああ・・・触りますね。・・・まだです」

「そうか・・・。ケルト、もっとたくさんだ」

「え・・・今夜は休もうよ」

なるほど、子どもを作るって言ってたな。


 「ちょ、ちょっと待ってください!!」

ミルネツィオが血相を変えて叫んだ。

 「何考えてるんですか!今子どもができたら凪の月にアリシア隊が出られないじゃないですか!」

ああ・・・そっちの心配か。


 「・・・夫婦のことだ。お前に関係無いだろう」

「運営としては関係あります。アリシア隊を楽しみに来る観光客をがっかりさせたくありません。集客だって・・・」

「・・・文句があるなら拳で来い」

「・・・」

ミルネツィオは拳を作らなかった。

 ま、まあ・・・ティムとかヒルダとかでなんとかお客さんを呼ぶしかないよね。

イザベラにも頑張ってもらえばいいし・・・。



 「どうぞ、食事をお楽しみください」

テーブルに座ると夕食が並べられた。


 「おいしー」

「幸せな味がする」

「お酒に合うのが多いね」

食べると自然に感想が零れる。

そして、全部が明るいものだ


 「あんたたち気を付けな。食べ過ぎるとドレス着れなくなるかもよ」

「ミランダさんもそうだと思いますけど・・・」

「あたしゆったりで作ったから」

一日でそんなに太るはずがないからきっと大丈夫だよ。

それにおいしい料理だし、いっぱい食べた方がいいよね。


 明日はたくさんの幸福な顔を見れる。

それをしっかり焼き付けて、笑顔で旅に出よう。

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