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Our Story  作者: NeRix
最終章 第二部
462/481

第四百四十四話 誤解【ケルト】

 元に戻ってもう三日目。

だいぶ感覚が戻ってきた。

歩く、話す・・・とてもいい気持ちだ。  


 ああアリシア、早く抱きしめてあげたいな。

声、体温、柔らかさ・・・君の全部を感じたい。


 

 「あれ・・・ほっぺがきのうよりも出てる・・・」

「本当だ・・・。シロのおかげか?」

食卓につくと、ルージュちゃんとユウナギ君が僕の顔を見て喜んでくれた。

自分では気付かなかったけど、見た目がちょっと良くなったらしい。


 「当然だよ。食べたものは全部血肉にしてあげたんだから」

「この感じなら、母さんとの再会までに少しはまともな見た目になりそうだな」

「というわけで・・・はい、お父さんのためにいっぱい焼いたよ」

目の前に山積みのパンが置かれた。

それに野菜と魚・・・みんなのよりもかなり多い。

 「レインさんに貰ったジャムもたーっぷり使ってね」

「うん・・・」

体が戻るのは嬉しいけど、毎食こんなに詰めるのは苦しいな・・・。


 「今日はシロがいるから、食べ終わったらすぐ出れるな」

「え・・・」

「最初に北区、エリィさんとユーゴさんだ」

食休みも無しか・・・。



 「ティムさんからお話は伺っていました。とても素敵なことだと思います」

ルージュを受け持ってくれた教官の所に来た。

・・・綺麗な子だ。


 「アカデミーでのルージュはどうでしたか?」

「お父様が思い浮かぶ姿と同じですよ」

「つまり・・・いい子?」

「いえ、淑女です」

よくわからない・・・。

 「他の子とはどうでしたか?」

「人気がありましたね。みんな惹かれていましたよ」

「エリィさんのおかげだと思います」

「私は、淑女とはどういうものなのかを教えただけですよ」

すごく雰囲気のいい人だ。

僕もこの人になら勉強を教えてもらいたいな。


 「あのさ、わりーんだけどもう仕事の時間なんだよね。イブ、客が帰る」

ティム君が立ち上がった。

 「ああ、ごめんね。朝早くなのに対応してくれてありがとう」

「別にいーよ。今出ねーとエリィ抱えて走んねーといけなくなるからさ・・・」

「あ、そうですよね。じゃあわたしたちも出ようよ。次は同じ北区のユーゴさんだよ。ティムさん、ユウナギは先に行ってますからね」

ルージュちゃんも立ち上がった。


 「来たばっかりだぞ。・・・抱えて走ればいいだろ」

ニルス君がにやけながら出された紅茶を飲んだ。

ふふ、ティム君だから言えるんだろう。


 「・・・おい痩せっぽち、あいつかわいそうだよな。親からちゃんとした教育受けてねーみてーだ」

「ごめんね・・・」

く・・・すごい皮肉・・・。

 「つーか親もちゃんとした教育受けてねーんだろーな」

それは言えてる。クローチェにアカデミーは無かったから、勉強は元教官のおばあちゃんから教わってたし・・・。

ああ・・・けっこう胸にくるな・・・。



 「へー・・・こんな感じなんだ・・・」

ユーゴさんの店に着いた。

アリシアと引き合わせてくれた人だし、ちゃんとお礼を言わないとね。



 「気を付けて・・・ゆっくりだ。慣れてないと指まで削ってしまうからな」

「はい」

「ちょっとこわい・・・」

中に入ると、奥から声が聞こえてきた。

記憶の底にあったユーゴさんの声、それと・・・女の子?


 「何してるんだろ?」

「ユーゴさんは弟子を取ったんだ。スウェード家の女の子」

「ああ・・・そういえば、アリシアがティアナと話してたのを聞いた気がする」

「お客さんでーす」

ルージュちゃんがかわいい声で呼びかけた。

うーん、邪魔する感じにはしたくなかったけど・・・。


 「すみませーん。今手が離せなくてー。少し眺めて待っていてください」

「はーい」

大丈夫だったみたいだ。

 ああ・・・久しぶりだから恥ずかしいな。

適当に並んでるものを見てよ・・・。



 「ルージュ・・・ニルスもか」

ユーゴさんが出てきた。

どうしよう・・・なんて話せばいいんだ?


 「おはようございます。今日はユーゴさんに会わせたい人を連れて来ました」

「きっとびっくりしますよー」

ニルスくんもルージュちゃんも、もったいつけるような言い方して・・・。

 僕は・・・まだ背中を向けていよう。

はあ・・・そんな溜めないで「ケルトが来た」って言ってほしかったな。


 「あいつか・・・誰だ?」

うーん・・・よく考えたら僕は兄弟子なんだから気を遣わなくていいのかもしれない。

ていうか、ここに並んでるのって・・・。


 「なんか見たことあるのが多いな。芸術家として・・・良くない」

「あ?おい、なんだお前・・・」

あ・・・近付いてきた。

ふふ、もうちょっと言ってやろう。


 「楽を覚えたのかなー。これなんか聖戦の剣とほとんど一緒だ」

「失礼な奴だな。顔見せ・・・」

肩を掴まれたから振り返った。

 「・・・うわあああああ!!!!!!」

大きな叫び声・・・。

兄弟子に対して失礼だな・・・。


 「お久しぶりですユーゴさん。・・・うーん、当たり前だけど歳を取ってますね」

「やめろ・・・死人は土の下にいるもんだ・・・。それに俺はお前の作品を広めてやりたいって思っただけなんだよ・・・」

ユーゴさんは腰を抜かして震えている。

錯乱してるのか・・・。


 「許してくれ・・・許してくれ・・・」

「ユーゴさん・・・」

「あの・・・大丈夫ですよ」

ニルス君たちも困ってしまっている。

これ・・・僕が悪い?


 「・・・師匠?」

「大きな声が・・・」

女の子たちもそっと顔を出してきた。

 あれがスウェード家の・・・。

思ったより暗くなさそうだ。



 「心臓が止まるかと思ったよ・・・」

ユーゴさんはやっと落ち着いて、だらっと椅子に座った。

つまり、悪いと思ってはいたんだな。


 「もう制服と鞄は頼んだ?」

「はい」

「花の月から通えるようにしてくれるってお母さんが言ってました」

「緊張しなくて大丈夫だからね。冬も指定の外套があるんだけど、それがとってもかわいいんだよ」

ルージュちゃんは女の子の相手をしてあげている。

男の人・・・けっこう平気になっているみたいだ。


 「ちょうどいい。ニルス、俺はケルトと話す。二人に宝石の削り方と磨き方を教えてやってくれ。・・・ケガさせんなよ?」

「わかりました。テス、ミスティ、オレが教えても平気かな?」

「はい・・・お兄ちゃんと仲良しだから・・・」

「お願いします・・・」

四人は奥の工房に入っていった。

ユーゴさんと二人きりか・・・。



 「お前憶えてるか?五年に一度は会って、二人で酒を飲もう・・・師匠の所を出てく前に、お前から言ってきたんだ」

ユーゴさんは気の抜けた顔で僕を見てきた。

ああ・・・その話か。


 「あはは・・・火山から動けなくて・・・」

「事情はアリシアから聞いて初めて知ったんだ。ちゃんと手紙に書け・・・」

「すみません・・・」

「それでやっと手紙が来たと思ったら・・・世界で一番美しく、一番硬い鉱石を手に入れました。ユーゴさんにだけは教えます・・・。そんな感じだったな。お前から言い出したのに忘れたのか?」

ああ・・・忘れてたかも・・・。


 「俺は、一緒に修業をしたお前との絆を大切にしたいと思っていた。けど、そう思ってたのは俺だけだったんだなって・・・ムカついたんだよ。だから・・・返事はしばらく書かないって決めてたし、師匠の弔いの時も呼ばなかった」

言えないけど、嫉妬深い女性って感じ・・・。

 「師匠はもうおじいちゃんでしたからね。アリシアから貰った手紙にも書いてなかったな・・・」

「言ったろ?そんくらいムカついてたんだよ」

・・・師匠もかな?


 「師匠は最期になにか言ってましたか?」

「・・・墓でもいいから会いに来いって伝えろってさ。まあ・・・怒ってはいなかった。それに、お前の剣で戦場が終わった・・・喜んでるんじゃないか?」

「落ち着いたら花を持っていきます・・・」

「そうしてやれ。お前みたいに生き返るかもな」

「それは怖い・・・」

少し空気が緩んだ。

 ・・・もうそこまで怒ってはいなそう。

じゃあこっちの用件を・・・。


 「あの・・・ユーゴさんには感謝しています。アリシアと巡り逢わせてくれました」

絶対に伝えたかったことだ。

こうやって直接言える日が来るとは思わなかったな。


 「十三の小娘がさ、絶対壊れない武器が欲しいって・・・。お前の手紙を思い出して教えてやったんだよ」

「住んでる場所・・・秘密って書いた記憶があります」

「知るか・・・魂の魔法ってのを手に入れたっても書いてたな。アリシアがお前の作った功労者の剣を握りしめてんのを見て・・・なんか感じたんだよ」

「正しい感性だと思いますよ。でも・・・今は色々鈍ってるみたいですね」

近くにあったブローチを手に取った。


 「・・・これはルージュちゃんに作ったのと似ている。なんで僕の模倣を?昔は違ったじゃないですか」

並んでいるものを見てがっかりした。

昔のユーゴさんはいなくなってしまったのかな・・・。


 「今・・・また感性を研ぎ澄ましてるところだ。行き詰まって・・・そん時に胎動の剣をニルスから見せてもらった。そっからだな・・・」

「昔は僕が嫉妬するくらいだったのに・・・」

「・・・嘘だろ?」

「悔しいからなにも言いませんでしたけど、美しいものを作る人だと思っていました」

これは本当だ。

「負けたくない」って気持ち、けっこう強かった記憶がある。


 「最近ので、自分の感性だけで作ったものはあるんですか?」

「あるよ・・・。テス、ミスティ、ちょっと来てくれ」

ユーゴさんはさっきの女の子たちを呼んだ。

あるのか・・・。



 「わあ・・・これですね・・・」

二人がつけていた腕輪を見せられた。

存在は知ってたけど、こんな感じだったのか・・・。


 「・・・どうだ?」

「いいと思います。清流、そよ風、夏の果実・・・そういう感じ?」

「お前は枯れてないな」

「これは美しい・・・。まだまだこういうの作れるじゃないですか」

嬉しくなってきた。

ユーゴさんはやればできる。


 「テスちゃん、ミスティちゃん。ユーゴさんに習えば絶対大丈夫だよ。信じて付いていってあげて」

「あ・・・はい」

「そのつもりです・・・」

「おいケルト・・・」

「本当のことですから」

けっこういい刺激を貰った。

ああ・・・早く作りたいな。


 『誓いの刃・・・』

『ニルス殿に依頼していたが、ケルト殿にも協力してほしい』

『もっと詳しく話を聞かせてください。どういうものなのか、それがわからないと・・・』

きのうカザハナさんに頼まれた。

刃はニルス君がやるとして、装飾は僕が作ってあげたい。



 「父さん、次はライズさんを紹介したい」

ユーゴさんの店を出たところで、ニルス君が楽しそう振り返った。

ライズ・・・ライズ・・・。


 「えーと、誰だっけ?」

「設計士の人だよ。オレの友達なんだ」

「ああ・・・闘技場を作った・・・」

それなら会ってもいいな。



 「おーい、ニルスくーん」

通りを歩いていると、給仕服の女性が手を振ってきた。

声は・・・聞いたことある。



 「お父様!ああ・・・たしかに・・・」

ジェニーちゃんが僕の顔をまじまじと見てきた。

似てるって思われてるのかな?


 「かわいい子だね。同じアカデミーだったんでしょ?」

「はい。困ってるわたしを助けてくれたんです」

「その話、ニルス君は教えてくれなかったんだよね」

「ひどいよニルスくーん。お父様にくらい教えてあげてよー」

明るくていい子だ。

・・・ニルス君に、まだ淡い想いがあるって感じだったっけ。


 「ジェニー、これからどこ行くの?」

「シリウス王子のところだよ。もう必要無いとは思うけど、報告書も出さないといけないの」

「頑張ってね」

「ありがとうニルス君。ではお父様、ルージュちゃん、失礼いたします」

ジェニーちゃんは子どもっぽい笑顔を見せてくれた。

たぶん、ニルス君に向けたものだ。


 『どこかの街で・・・君と一緒になっていたかもしれない』

ああいうこと言うから・・・。



 「何しに・・・来た・・・」

事務所の扉を叩くと、すぐに焦った顔の男が出てきた。

野性的・・・見た感じ夜はすごそうだ。



 「そ、そうですか・・・ニルスのお父さんで・・・」

ライズ君が震え出した。

なぜ・・・。


 この人とニルス君になにがあったのか・・・詳しくは知らないんだよな。

戦いが終わってからは、ほとんど聖戦の剣に意識を向けてたから知り合ったきっかけは断片的なものだけだ。

 『えっと・・・あの・・・ニルスの友達が財布を失くしまして・・・。困っていたので・・・一緒に探したんです・・・』

言ってたことが本当なら、こんなに恐がることはないよね・・・。


 「ライズさん、今日も出かけるんですか?」

「うるせー・・・仕事してろ」

「なにか出しましょうか?」

「・・・そうしてやれ」

部下の二人は普通だ。

・・・気になるな。


 「ねえねえ、昔ニルス君となにがあったの?」

「あ、わたしも詳しく知らないです」

僕の質問にルージュちゃんも乗ってくれた。

・・・かわいい。


 「おい・・・ニルス」

「あー・・・さっきジェニーを助けたって話を聞いたでしょ?財布を落として泣いてたんだ。その時に・・・ライズさんが仲間を集めて探してくれたんだよ」

ニルス君はぎこちない話し方をした。

嘘ではなさそうだけど、本当のところは隠してるって感じだな。


 「わあ・・・やっぱりいい人ですね。お父さん、ライズさんはシングの恋も助けてあげたんだよ」

「うん、聞こえてはいたからなんとなくわかるよ」

「あはは・・・」

ライズ君はずっと青い顔だ。

なにか緊張を解いてもらえるような話は・・・。


 「あのさ・・・この事務所はいいね。柱とかもけっこうこだわってるし、窓の形も全部違うのに不思議と整って見える」

「美しい形を・・・研究しましたので・・・」

「だろうね。ぜひ、仲良くなりたい」

「はい・・・」

あれ・・・苦手に思われてる感じがする。

友達の親ってそんなもんか?


 「あの・・・そろそろいいですか?仕事が忙しくて・・・」

「す、すみません。父さん、ルージュ、もう出ようか」

「そうだね。ありがとうライズ君、これからもニルス君と仲良くしてあげてね」

「・・・はい」

なんかかわいそうだ。

今度会ったらお酒を奢ってあげよう。



 南区に入った。

次はアリシアの育った場所だ。

リトリーさんの所は最後らしい・・・。


 「親子であそこに入るのは、子どもたちのためにしたくない。だから父さんだけで行ってきて」

孤児院に近付いてきた。

気を遣うのはわかるけど、一人だとかなり緊張するな・・・。


 「カゲロウさんがいると思うから大丈夫だよ」

「ああそっか・・・」

・・・ちょっと安心する。

じゃあ、まずあの子を呼んでもらえばいい。



 「だれー?」「人さらい?」「飢え死にしそー」

門を開けると、気付いた子どもたちが寄ってきた。

・・・先に話を通してもらえばよかったな。


 「えっと・・・僕はお客さんだね。カゲロウちゃんはどこにいるかな?」

「おねえちゃん?まっててー」

一人がすぐに駆けていった。

この孤児院・・・石鹸のいい香りがする。



 「ケルト様・・・」

カゲロウちゃんが子どもたちに引っ張られて出てきた。

今日は髪の毛を結っていて雰囲気が違う。


 「どうされましたか?」

「セス院長って人に会いたいんだ。紹介してほしいなって・・・」

「承知しました。みなさん、仲良くしていてくださいね」

子ども好きの精霊か。

ジェイス君だけじゃなく、みんなのお母さんって気持ちなんだろうな。



 「あの子の・・・ふざけているわけでは・・・」

「セス様、ケルト様は嘘をついていません」

「・・・本当に・・・ああ・・・」

カゲロウちゃんが記憶を渡すと、セスさんは目を潤ませた。

 『・・・あなたが幸福であるように』

この人も美しい魂を持っている・・・。


 「ありがとうカゲロウちゃん」

「いえ、私は席を外します。ごゆっくり」

セスさんと二人きりになった。

とりあえず落ち着くのを待ってよう。



 「様子がおかしかったの。だからお医者さんに行かせたら・・・」

セス院長は懐かしそうに思い出を語り出した。

でもこの話題・・・いたたまれないな。


 「すみませんでした。無責任だったと思います・・・」

「身籠った場合を考えなかったのですか?」

「その通りです・・・。若さ、本能・・・そういうものに身を任せてしまいました」

「当時は・・・あなたを許せませんでした」

まあ・・・そうだよね。

 「寝ていたら覆いかぶさってきたと言っていましたよ。無理矢理だったのですか?」

「え・・・」

セスさんは何を言ってるんだろう・・・。

いや・・・アリシアか?


 『アリシアが二人の武器を作ってほしいって言ってきた時があったんだよね』

『あ・・・たしかにありました。でも・・・断られてしまったって』

『え・・・断ったのは君たちだって聞いたよ。懇意にしてる鍛冶屋さんがいるって』

僕に知られることは無いと思って勝手なことを言っていたらしいし・・・。


 「あの・・・それ誤解です。襲ってきたのはアリシアですよ。部屋もちゃんと分けていましたし」

「え・・・」

「彼女が裸で僕のベッドにいたんです。熱いから冷ましてくれって・・・。だから・・・僕も本能に任せてしまったというか・・・」

「聞いていた話と違いますね・・・。まあ・・・嫌ではなかったとは言っていました」

まったく、僕が襲ったみたいに話すなんて・・・。

誤解は無くなったけど・・・お仕置きしないといけないな。


 「でも、あの子があなたに惹かれた理由がわかりました。とても愛のある方・・・その通りですね」

「セスさんには及びません」

「お世辞はいりませんよ。・・・たしかに、今もあの子を泣かせている男性よりは上だと思っています」

「あはは・・・」

だよね・・・。

たぶん、今も泣いてる。


 「これからは泣かせないように・・・約束できますか?」

「幸福な涙は許していただきたいです」

「・・・言い換えましょう。悲しませてはいけませんよ?」

「もちろんです。約束しましょう」

胸を張って答えた。

相手が誰であろうと、自信を持って言えることだ。



 「どうだった?」

「はい、これお父さんのね」

子どもたちはふわふわしたお菓子を食べながら待っていた。

退屈はしていなかったらしい。


 「アリシアを育てたのがあの人でよかった・・・そんな感じかな」

「ふーん、叱られたりしなかった?」

「認めてはもらったよ」

「あはは、じゃあ行こうか」

人の多い街で少し滅入っていたけど、ここは安らいだ。

君が育った場所だからかな。



 「あ・・・ニルスさん」

歩き出すと男の人が声をかけてきた。

・・・風神は人気者だ。


 「あ、エリオさん」

「やっぱりそうだ。帽子を深く被っていてもわかりますよ」

「あはは・・・」

エリオ・・・誰だっけ・・・。



 「お父様でしたか・・・」

「よろしくね」

「はい、よろしくお願いします」

エリオ君は丁寧に頭を下げてくれた。

ジェニーちゃんの旦那さんか・・・。


 「ゆっくり話したいのですが、仕事で出てきたところだったので・・・」

「あ・・・ごめんなさい。あの・・・時間がある時でいいんで食事にでも行きましょう。お休みはいつですか?」

「嬉しいです。休みは五日後ですね」

「じゃあ、その時にお昼を一緒に食べましょう」

友達か・・・。

僕も落ち着いたらハリスと食事でもしようかな。


 「約束ですからね。迎えに行きます」

「ありがとうございます。ふふ、帰ったらジェニーに自慢しますね。では、失礼します」

エリオ君は幸せそうな顔で離れていった。

ハリスも僕が誘ったらあんな感じになってほしい。



 「そうか・・・アリシアさんはとても喜ぶだろうな・・・」

「素敵なお話だと思います」

リトリーさんとシアンさんは「七色の調」という店にいた。


 「奥さんの話は知っています。僕の存在で、嫌な思いをするのであれば・・・」

「いや、気にしていない。死んだ人間が生き返った・・・パルナもそうだったらって気持ちはあるが、あなたが今ここにいることは喜ばしいと思う」

「ありがとうございます。・・・この店に展示してある服はどれも美しいですね」

「まあ・・・俺もあんたとは話してみたかったからな」

そういう人だとは思っていた。

 『惜しい奴だと思う・・・。その男がいたら、共に作品を作ってみたかった』

だから会いに来たんだ。


 「ルージュちゃんとユウナギ君の衣装を作っていると聞きました。僕もそれに協力したいです」

「・・・装飾品か?」

「そうです」

「願ってもない・・・。聖戦の剣・・・見事だった」

気も合うみたいだしね。



 「なるほど・・・」

「わあ・・・綺麗・・・」

「きっとルージュに似合うよ」

早速衣装を見せてもらった。

もうほぼ完成らしいから、僕がこれに合わせるしかないな。


 「何を感じたか知りたい」

リトリーさんがニヤリと笑った。

ふふ、一緒に仕事をするに値するか試されてるらしい。


 「そうですね・・・ニルス君はどう思う?」

「え・・・んー・・・晩秋と極寒?」

「あ、わたしも同じようなのが浮かんだ」

「え・・・」「ん・・・」

リトリーさんたちは何かを察したみたいだ。

子どもたちに聞かない方がよかったな・・・。


 「え・・・そう感じたんですけど・・・」

「わたしもだからきっとそうだよ」

ああ・・・そうだね。

やっぱり僕らの感覚とは違う・・・。


 「ふふ、二人ともけっこう惜しいな」

「え、違うの?」

「僕が感じたのは夜明けと黄昏、たぶん夕凪の花。南部の白から北部の濃紺、大陸と同じくらい大きな愛・・・そんなところ?」

「・・・さすがだな。いい目と感性だ」

「素晴らしいです。これがわかるだけで芸術家であると言えますね」

あなたたちもそうだ。


 「そうか・・・極寒の夜明けと、晩秋の黄昏ってことだね?でも、夕凪の花までは気付かなかった。さすが父さんだ」

「お父さんすごーい」

「ん・・・うん、そうだよ。ニルス君とルージュちゃんは惜しかったね」

「・・・」「・・・」

リトリーさんたちは、僕と子どもたちのやり取りを怪訝な目で見ていた。

 なにが言いたいかはわかる。

でも僕は・・・二人を傷付けたくないんだ・・・。


 『あなたの芸術・・・私には理解できない・・・。どうしても無理だったの・・・ごめんなさい』

それにニルス君にはステラちゃんがはっきり言ってくれたし、僕は悪者にならなくていいはず・・・。



 衣裳を目に焼き付けて、思い浮かんだものを書き留めさせてもらった。

あとは火山で作ろう。


 「じゃあできたら持ってきますんで」

「火山まで行くのか?ここで一緒に作ってもいいと思うが・・・」

リトリーさんは僕に残ってほしいみたいだ。

 「美しい風景の中がいいんです。・・・僕の源なので」

「そうか・・・。できあがったら合わせに来てほしい」

「そうしますよ。ああ・・・もし、衣装に変更があったら早めにハリスか精霊の誰かに言ってください」

頭の中に完成品の形はできている。

できればこのまま作りたいけど・・・。


 「完全に固まったら教える」

「七日以上は欲しいです」

「任せてくれ」

リトリーさんの顔は自信で溢れている。

いいな、確実にできそうだ。


 「それと夏、深の月に仕立屋の競技会がある。あの闘技場を使ってやる大きなものだ。ユーゴさんも協力してくれるから、それも一緒にやろう」

「え・・・僕、あんまり名前売りたくないんだよね」

「・・・ダメか?」

「・・・出すのは構わないけど、僕の名前は伏せてほしい。注文が増えると仕事が雑になってしまう」

本当は忙しいのが嫌なだけ・・・。

前みたいにのんびり暮らしたい。


 「納得のいく仕事だけしていたいか・・・本物だな」

「あはは・・・」

「芸術家はみんなそうです。まあ・・・私は店を出している以上、仕事を選べませんが」

「シアンさんはそれでいいと思いますよ・・・」

これ以上持ち上げられるのも苦しい。

カッコつけて嘘つかなきゃよかった・・・。


 「あと、お願いがあるんですが・・・」

話を変えよう。

ここに来た目的はまだある。

 「・・・夜会服か?」

「あ・・・それもありますけど・・・ルージュちゃん」

「なあに?」

「ちょっとちょっと」

衣装を見ていた娘に手招きした。

少しくらい親っぽいこともしないとね。


 「この子は、お人形の服を作っていきたいそうなんです」

「え・・・お父さん?」

「僕はそっちの技術を持っていない。なので、お二人の弟子にしてもらえませんか?」

「あ・・・」

一人では頼みにくいかもしれないし、今が一番話しやすいだろう。


 『うーん・・・鍛えるのは続けていくけど、やっぱりお人形さんの服を作ろうって思ってる。もっと技術が欲しいから、リトリーさんとシアンさんに弟子入りさせてもらおうかなって・・・』

ちゃんと聞いていた。

断られたら「競技会はやっぱりやめる」って駄々をこねればいい。



 「じゃあ、花の月からここに来るといい」

「お待ちしています。私の技術はすべて授けましょう」

リトリーさんとシアンさんは快諾してくれた。


 「よかったねルージュちゃん」

「うん・・・ありがとうお父さん。あの・・・よ、よろしくお願いします!」

「七色の調の一員にもなります。女性用の制服も用意しておきますね」

「ありがとうございます」

弟子ではあるけど給金も出る。

 店番とか簡単な直しなんかもさせてもらえるらしい。

そして・・・間違いとかも指摘してくれるはず・・・。


 「あの子の感覚、少しずつ矯正してあげてください。我が子には・・・言えないんだ」

こっそりと二人に伝えた。

 「・・・わかった」

「承知しました・・・」

自分でもずるいとは思う・・・。



 「お父さんありがとう。本当はシングを通してお願いしようかなって思ってたんだ」

店を出るとルージュちゃんが抱きついていきた。

ああ・・・かわいいな。


 「頭を下げるくらいしかできないからさ」

「ふふ、照れてるねお父さん」

「言ってくれるね。そういう子は夜に泣くまでくすぐっちゃうよ?」

「ふふーん、やりかえすもーん」

あ・・・これは負けそうだ。


 「火山に戻ったらすぐに始めるの?」

ニルス君は微笑んで見ていた。

こういう感じが安らぐんだろう。

 「アリシアが来て・・・色々話してからかな。彼女も鍛冶と装飾をやりたいって言ってたから、僕が教えながらにしたいんだ」

「・・・それがいいよ」

「ふふ、ニルス君もやるんだよ。妹のためなんだから」

教えながら・・・それでも花の月までは確実に間に合う。


 挨拶は大体終わった。

あとは・・・火山でアリシアを待とう。

早く君の顔が見たいな。

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