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Our Story  作者: NeRix
最終章 第一部
452/481

第四百三十五話 見送り【ルージュ】

 「朝だよルージュ。早く起きないとダリスさんたちが帰ってしまうよ」

お母さんが優しい声で体を揺すってくれた。

ダリス様・・・起きなきゃ。



 「ルージュ・・・ちょっと・・・」

部屋を出て階段を下りると、ユウナギが小声で手招きしてきた。

なんだろ・・・。


 「どうしたの?」

「あのさ・・・アリシアさんにバレるかもしれないだろ?もうちょっと寂しそうにした方がいいと思う」

けっこう真面目な声・・・。

 「へ・・・」

「いや・・・明るすぎだよ。いなくなったあとが楽しみで仕方ないみたいなさ・・・」

う・・・言われてみればそうかも・・・。

だって、あっちで夜会まで一緒に暮らすんだもん・・・。


 「なにかあるのかもって勘付かれるかもしれないぞ」

「ど、どうしよう・・・。もしバレたらお兄ちゃんに叱られちゃうよ・・・」

「なんとかしよう。朝食の時に俺が話を振るから」

「うん・・・」

助けてもらえるみたいだ。

頑張ろう・・・。



 「アリシアさんの朝食・・・明日で最後ですね・・・」

食卓につくと、ユウナギが切ない声を出した。

演技って感じじゃない・・・だってユウナギは本当にそうだ。


 「わたしも・・・寂しいな」

こ、こんな感じでいいかな・・・。

 「ふふ、そう思ってもらえて嬉しいよ。だが、もう会えなくなるわけじゃない。住む場所を変えるだけだ」

「離れるのが寂しいんですよ」

「悪いが・・・それでも行く。・・・そうしたいんだ」

お母さんはわたしの顔を見てくれた。

そんなに暗いって感じはしない。


 「見送りが終わったら今日はどうするんですか?」

「ここに帰ってくるよ。思い出がたくさんある・・・いつも通りに過ごすんだ」

「俺も・・・一緒にいていいですか?」

「構わないよ」

わたしもそうしよう。



 「きっとお母さんのお見送りは、みーんな来てくれるよ」

ミランダさんの家に向けて歩き出した。

優しい風がわたしの耳を擦り、お母さんの綺麗な髪を揺らしている。


 「そんなに集まってもらっても困るんだがな・・・」

「恥ずかしいの?」

「少しだけだ。ハンナたちまで来ると言っていたからな」

「ふふ、きのうは楽しかったからそのお礼もあるんだよ」

スウェード家の紋章はティムさんたちが帰る前に全部塗りつぶせた。


 『ちっ・・・余計なことしやがって』

ティムさんは嬉しそうだったな。

また遊びに行かせてもらおう。



 「あ、お母さーん!」

空からシロが下りてきた。

 「迎えに来てくれたのか?」

「ううん、ちょっとフラニーの所に行ってたの」

「でも来てくれて嬉しいよ」

すぐにお母さんが抱っこして、頭を撫でている。


 「あ、そうだ。子どもたちはみんな喜んでたよ」

「そうか・・・黙っててくれてありがとう」

「ちょっと大変だったんだよ。もうすぐルコウに着くって時に、シンディとイリアが泣いちゃって・・・」

ルコウとテーゼが魔法陣で繋がったことは隠してたみたい。

そりゃ遠く離れるって思ったら泣いちゃうよね・・・。


 「ティアナが大丈夫だってぎゅっとしてあげてたんだ。お屋敷に着いたら、すぐに魔法陣の部屋に連れて行ったんだよ」

「たしかに大変そうだな」

「うん、すぐテーゼに戻れるってわかったら今度は我慢してた子もみんな泣いちゃって」

「それは幸福な涙だ。よほど嬉しかったんだな」

これでアカデミーにも通える。

みんな素敵な女性になってほしい。


 「あの部屋は子どもたちの勉強部屋にするんだって。ちゃんとみんなの机を並べて、窓を作って、暖炉も用意してあげるって言ってた」

「そうか、暖かい部屋になりそうだな」

お母さんから聞いたけど、ティムさんに与えられていた部屋はとても寒かったらしい。

 「勉強部屋にしようってアメリアが言い出したんだよ。ティムが使っていた部屋だって気付いて・・・」

「ティムがあの部屋を使うことはもうない。そうした方がいいだろう」

うん、もう暖かい場所があるからね。


 「あ、それとね。メピルはもう自由になったんだ。どこにでも行けるようになったけど、初めて外にいくのはニルスとのお出かけの時にするんだって」

「メピル・・・お兄ちゃんが大好きなんだな」

「うん。お母さんにも会いに行くって」

わたしも会いたいな。

一緒にお買い物をしたい。



 「あらアリシア、あんたもお見送り?」

もうすぐ着くってところで、ジーナさんたちと出くわした。

 「おはようルージュ」

「来てくれてありがとう」

ダリス様とドリス様も一緒だ。

つまり、ミランダさんの家に着いたら挨拶をしてもう出るってことだよね・・・。


 「本当はアリシア様のお見送りもしたかったのですが・・・」

「いえ、夜会でまた会えるので」

「そうですね・・・」

そうだよね、夜会がある。

だから・・・明るく・・・明るく・・・。

 「ダリス様・・・また遊びに行きます。だからこっちにも来てくださいね」

「ルージュ・・・。うん、待っているよ。そうだな、ユウナギ君とケンカでもしたらこっちに来たらいい」

「あの・・・俺の前でそれを言うんですか・・・」

「君が迎えに来るのを待っているよ」

ケンカ・・・するかな?


 「ねえルージュ、レインとスノウは気になる人とうまくいったのかな?」

ドリス様がわたしの隣に並んだ。

わたしも詳しくはわからない・・・。

 「たぶん大丈夫だと思います。着いたら聞いてみましょう」

「そうね。泣いちゃったりしないかしら・・・」

簡単に会えなくなるし、泣くんじゃないかな・・・。

現にわたしも泣きそうだし・・・。


 「アリシア様、明日はお見送りに行きますからね」

エディさんがお母さんに微笑んだ。

 「そういえば、お前はスウェード家の父親役をやるらしいな?」

「そうですね。必要があればそうします」

「酒場でティアナを抱いていたが、どういうつもりだ?」

「私がそうしろって言ったのよ」

ジーナさんがお母さんのお尻を撫でた。

 そうだったのか・・・。

気になってたけど聞けなかったんだよね・・・。


 「ジーナさんはどういう気持ちなんですか?」

「子どもたちかわいそうじゃん。あんたならわかると思うけど、お父さんもいた方がいいでしょ?」

「・・・」

「そうよね」

たしかにお父さんもいた方がいい・・・。



 ミランダさんの家に着いた。

心なしか雰囲気が暗い・・・。


 「へえ・・・スノウから言ったの?」

「はい、きのうの夜に勇気を出しました。抱きしめられて・・・応えてくれたんです」

わたしはドリスさんと一緒に話を聞くことにした。

 「じゃあ唇も?」

「・・・はい」

スノウさんは、ノアさんと恋人になったみたい。

 強い繋がりを作れた。

寂しさはあるけど、それがあるから笑顔でいられるんだろうな。


 「・・・レインは?」

「まだ・・・だと思います。私も心配になって言おうとしたら・・・」

「したら?」

「そこにいるライズさんに止められまして・・・。シングはちゃんと考えているのでなにもしなくていいと・・・」

ライズさん・・・お兄ちゃんの友達だ。

そういえば特に話したことなかったな。

 「ライズさんって・・・大丈夫かよ・・・」

ユウナギが呟いた。

なにかダメなの?


 「二人で帰んなら、コギツネ通りよりもアナグマ横丁からのほうがいいぜ」

「なんでだよ?コギツネなら早く帰れる」

「おしゃれな店多いんだよ。淑女が好きそうな」

「ふーん、今日そっちから帰ってみるわ」

ライズさんはティムさんと話していた。

レインさんとシングのことを聞いてみよう。



 「大丈夫だよ。シングはちゃんとやるって」

ライズさんは堂々と言い切ってくれた。

なんか頼れる雰囲気だ。


 「別れのその時だ。見てりゃわかるからさ」

「でも、今は二人とも悲しい顔してますよ?」

「今はだろ?」

並んで座る二人は、寄り添ってはいるけどどこか儚い雰囲気だ。

わたしの胸まで締め付けられるような・・・そんな切なさがある。


 「シングはいい色を持ってる。ちゃんと言葉も考え抜いてるはずだから、簡単に褪せないように染められると思う」

ライズさんは優しい眼差しで二人を見つめた。

・・・信用していい気がする。


 「あ、ライズ。きのう言ってたことだけど、もうちょっと待っててね」

シロがふわっと入ってきた。

口元にジャム付けてる・・・。

 「ああ、いつでもいい」

「言っておくけど、愛のある記憶だけだからね?」

「そこは心配無いと思う。だから頼むぜ・・・知りたいんだ」

「・・・みんなには内緒だからね?」

二人だけでなにか約束をしたみたい。

 あ・・・今はレインさんたちの心配が先だ。

ライズさんは「見てろ」って言ってたからそうしていよう。


 「ちょっとおじいちゃんいい感じに若返ったわねー・・・夜にガンガン攻めてほしいわ」

「すまんが、儂はナツメ意外と寝る気は無い」

ジーナさんとおじいちゃんの話が聞こえてきた。

あんな大きな声で・・・。

 「じゃあ・・・ナツメちゃんも一緒ならいいの?」

「私・・・その気はありませんので・・・」

「一回経験しようよ」

「同じ趣味の者同士にしろ」

どんな趣味なんだろう・・・。


 「まあいいわ。まだお気に入りはいるもん。・・・ライズ、今夜はうちにいらっしゃい」

「・・・忙しいから無理だ。今日だって見送り終わったらすぐ仕事行くんだよ」

「二人が帰っちゃうのよ・・・あんたにしか埋められない穴があるの。レイラの分身ってだけで無条件に愛せるわ・・・」

ジーナさんがライズさんの胸を撫で始めた。

手がどんどん下に行ってる・・・。

 「よせよ・・・俺は母ちゃんじゃねー・・・」

「でもレイラの血を継いでる・・・そうだ、今度一緒にレイラのお墓に挨拶しに行かないとね」

「なんの挨拶だよ・・・。エディを大事にしろ」

今は離れよう・・・。



 「よかった・・・まだ帰ってなかったな」

「お邪魔します。お見送りに来ました」

リトリーさんとシアンさんが入ってきた。

レインさんのためなんだろうな。


 「レインちゃん、色々ありがとう。掃除までさせてしまったな」

「いえ・・・あたしは・・・」

「シングのこともだ」

「そ、そんな・・・友達ですし・・・」

レインさんは困り顔でリトリーさんに答えた。

友達か・・・。

 「私も大切なことをレイン様から教わりました。ありがとうございます」

「あの・・・偉そうなことを言ってしまって・・・」

「そんなことはありません。感謝しています」

シアンさんは深く頭を下げた。

 レインさんは本気で怒っていたみたい。

それくらい想ってるってことなんだよね。



 「ひと月・・・大変お世話になりました」

「とても楽しい時間を過ごせました。また遊びに来ますね」

オーゼさんが到着して、みんなで外に出てきた。


 「次来る時は、もう宿取んなくていいですよね?」

「当たり前よ。ダリスとドリスは私のとこに来てもらうわ。ねーエディ?」

「そうですね。楽しみに待っていますよ」

大人は平気な顔をしてる。

わたしもいつの間にかそうなっていくのかな・・・。


 「みなさんもぜひスワロにいらしてください」

「わたしたちでもてなしますので」

でも・・・ダリス様たちはそんなことなかった。

わたしはこういうふうになりたい。


 「スノウちゃん、手紙たくさん書くね。長い休みの時は必ず会いに行くよ」

「・・・はい、私もこっちに来ます」

スノウさんがノアさんに抱きついた。

 「夜会でまた会えるよ。ドレス楽しみにしてるね」

「はい・・・」

夜会まではたったのひと月、それでも遠く感じるんだろうな。

 

 「じゃあねシング。また・・・夜会で会おうね」

「うん・・・」

レインさんとシングは二人で見つめ合っていた。

 スノウさんは大丈夫だから気になるのはこっちだ。

みんなも二人を黙って見守ってくれている。


 「早く言えよ・・・」

ライズさんがボソッと言った。

さっきは余裕そうだったのに・・・。


 「なんか・・・やっぱちょっと寂しいね・・・」

「うん・・・」

シングは本当に大丈夫なのかな?


 「なにしてんのよ・・・今でしょーよ・・・」

ミランダさんも呟いた。

怒んなくても・・・。


 「シング・・・あたしね・・・」

「・・・なに?」

「えっと・・・ううん、なんでもない・・・」

レインさんが何かを言いかけてやめた。

 「教えてほしい・・・」

「・・・絵を描くから・・・夜会の時に・・・見てね」

声が震えている。伝えたかった本当の気持ちは・・・言葉にならずに飲み込まれてしまったみたいだ。


 『なにあんた、あたしに恋しちゃったの?』

初めて逢った日は軽く言えたこと。

想いが積もって、すんなりと口から出なくなっちゃったんだろうな。


 「レイン・・・僕も伝えたいことがあるんだ・・・」

シングが涙目で顔を上げた。

今のレインさんを見て、心を焦がされたんだと思う。

 わたしが繋いであげたいけど、ここで割り込んだら切れてしまうかもしれない。

シング・・・頑張って。


 「えっとね・・・。初めて会った日、一緒に買い物して・・・服を買いに行って・・・楽しかった」

「うん・・・あたしもだよ。あんたの友達にからかわれたよね・・・」

「毎日来てくれて・・・ミルクの配達手伝ってくれたり、一緒に絵を描いたり、出かけたり・・・僕、女の子と遊ぶの初めてだったから・・・嬉しかった」

悪いことではないけど、これじゃただのお別れの言葉になってしまう。

だからこれからの未来・・・その話をしてほしい。


 「そこに関しては・・・俺に似てほしかったな」

リトリーさんも気を揉んでいる。

お母さん似なんだね。


 「えっと・・・仲良くしてくれて・・・ありがとう・・・」

「お、お礼なんていいよ・・・。と、友達だし・・・」

「・・・」

シングが胸を押さえた。

今の言葉が突き刺さったんだ・・・。


 「友達のままじゃ・・・つらい」

「え・・・」

「今日で離れるの・・・すごく嫌なんだ。明日も、あさっても・・・一緒にいたい」

「シング・・・」

わたしはユウナギの手をぎゅっと握った。

考え抜いた言葉は、たぶんここからだ。


 「ライズさんとミランダさんから教えてもらったんだけど・・・」

「うん・・・」

「僕は・・・君に恋をしているみたいなんだ」

「あ・・・」

レインさんも胸を押さえた。

うん、恋をしているから・・・。


 「でも、この感情が本当に恋なのかはまだわからないんだ。・・・経験も無いし」

ちょ・・・なんでそんなこと言うの・・・。

 「だけど、この気持ちがそうなら・・・」

よかった、続きがあるみたい。


 「僕はレインと恋がしたい。もっとずっと一緒にいたい」

シングがレインさんを抱きしめた。

心を繋ぐ言葉にしっかりと楔を打つように・・・。

 「あ、あたしも・・・シングと恋がしたいよ・・・」

レインさんもシングの背中に腕を回した。


 とっても素敵なことが起こっている。

二人が描く未来、果てまでずっと濃い色が続いていそうだ。


 「完璧だ。よく言えたぜシング」

ライズさんは抱き合って泣く二人を見て微笑んだ。

ずっと心配だったんだろうな。

 「わたしが考えさせたおかげですね」

「バニラちゃんが気付かせるまでやればよかったんだ」

「いやー・・・てっきり気付いてるものかと思って。まあ・・・わたしとライズさんのおかげってことで・・・」

「俺も助言はしたぞ・・・」

バニラさんとティムさんも関わってたみたいだ。

みんな気にかけてあげてたんだね。


 「ねえユウナギ、ライズさんっていい人だよね?」

だからちょっと気になった。

ユウナギはなにを心配していたんだろう?

 「は?いや、悪い人だよ」

「そ、そう?いい人に見えるけど・・・」

「・・・俺たちにはな」

どういうこと?知り合い以外には厳しいってことなのかな?



 「シング・・・ちょっと待ってて」

レインさんが顔を上げて涙を拭いた。

目は潤んでいるけど、なにか強い思いを秘めている。


 「ダリス様、ドリス様・・・帰ってからお願いしようと思っていたことがあります・・・」

レインさんは振り返って、主に頭を下げた。


 「なんだい?」

「できる限りしてあげたいわ」

「あたし・・・シングと一緒に画家のアカデミーに行きたいです・・・。離れたくないんです・・・」

領主の修行・・・それを待ってほしいっていうお願いだ。

 「・・・」「・・・」

地面には水滴の跡が増えていく。

二人は笑顔なんだから早く答えてあげてほしい。


 「・・・レイン、なにも心配いらないよ」

「スワロからだと手続きに時間がかかるでしょうから、帰ったらすぐにやりましょうね」

「あ、ありが・・・とう・・・ございます・・・」

やっぱりそうしてあげたいよね。

沈黙が続いたらわたしも頭を下げに行くところだったな。


 「あ、あの!私も・・・淑女になれるように、エリィさんのところの高等部に通いたいです・・・」

スノウさんがレインさんの横に並んで、同じように頭を下げた。


 『教官も女の人なら・・・私は別に行きたくないな・・・』

『スノウさんは男性の教官がいいんですか?』

『うん。かっこいい人なら毎日楽しいと思う』

前は違ったのに・・・。

 ふふ、スノウさんはノアさんに合う色になろうとしてるんだね。

でも・・・ちょっとだけずるい気もする・・・。


 「どちらも許すよ。私たちは、若い君たちの時間を一年も奪ってしまった。その償いもしたいんだ」

「お屋敷に少しずつ人を戻していく予定なの。あなたたちはなにも心配しなくていいのよ」

「それに、領主の仕事を教えるのは二十歳になるくらいからだからね」

「うん、今は青い季節を楽しんでちょうだい」

ダリス様たちはとってもいい人だ。

あのお屋敷でお仕事ができて本当によかったな。



 「よーし、じゃあみんなで中に入ろうか」

話がまとまった所で、ミランダさんがとってもいい笑顔を浮かべた。

中?急にどうしたんだろう?


 「何言ってんの?ダリスさんたちはもう帰るんだぞ・・・」

「そうよ、私だってそのために来たんだから」

お兄ちゃんとオーゼさんも困惑している。

というか、ミランダさん以外の全員がそうだ。


 「いいからいいから。・・・シング、ちゃんとできたらご褒美あげるって言ったでしょ?」

「あ・・・はい」

「あんたも喜ぶものよ。とりあえずみんな付いて来て。ほら、ダリスさん」

ミランダさんはダリス様の腕を掴んで引っ張った。

・・・付いて行ってみよう。



 「ここって誰も使ってない部屋ですよね?」

辿り着いたのは、二階の一番奥の部屋だった。

わたしが使わせてもらっていた部屋の隣、そしてお兄ちゃんとステラさんの寝室の向かいだ。


 「この人数で何をする気なの?」

「ま、まさか・・・最後にみんなでってこと?エ、エディ・・・」

ステラさんの質問にジーナさんが興奮した声を出した。

みんなで何をするんだろう・・・。


 「はいみんな静かにして。鍵を開けまーす」

ミランダさんが扉を開けた。

 「あ・・・」「これ・・・」

誰も使ってないベッド、なにも入っていない棚、そして床には魔法陣・・・。


 「さて・・・これがなにかわかるかな?」

「なるほど・・・いつの間に・・・」

「ジナスに作らせたのね・・・」

「ニルスとステラは話が早いわね。じゃあ黙ってて」

わたしもわかった。

たぶん、そういうことだよね。


 「なーんだ、私は来なくてもよかったじゃない」

「ミランダもやるわね」

「戦場に・・・というわけではなさそうだな」

オーゼさん、ジーナさん、お母さんも気付いた。

そう・・・遠く離れてしまう思いを近付けるものだ。


 「じゃあルージュ、ちょっと試してみてよ」

「はい!」

わたしが選ばれた。

先に見せてあげよう。



 「あ・・・」

魔法陣に入ると目の前の景色が変わった。

みんなもいなくなっている。


 「わたしとオーゼさんの部屋・・・」

懐かしい空気が漂っている。

 埃も落ちてない・・・ちゃんとお掃除をしてくれていたんだ。

ふふ、ここに作ったのか。

よし、戻って教えてあげよう。



 「あ・・・出てきた」

「いったいなにが・・・」

戻ると、ダリス様たちが驚いていた。

そりゃ初めて見るもんね・・・。


 「ルージュ、どうだった?」

「問題ありません。さあ、みなさんも触れてみてください」

教えるよりも、早く自分で確かめてほしい。

 「ダリス・・・」

「ルージュが大丈夫と言うんだ。一緒にやってみよう」

ダリス様とドリス様が魔法陣に踏み込んで消えた。


 「さあ、次はあんたたちよ。シングとノアも一緒にやってあげな」

四人がみんなに押されて魔法陣の前に立った。

 「ノアさん・・・」

「ミランダさん、もしかしてスワロに?」

「ふっふーん、あたしは部下を大切に思ってるってこと」

「あはは・・・スノウちゃん、一緒に・・・」

ノアさんとスノウさんも消えた。


 「さ、あんたたちも向こうに行ってみ」

「む、向こう?」

「す、わ、ろ」

ミランダさんが強引に二人を押して魔法陣に入れた。

 「よーし、みんなも行ってみよー」

「はい」

向こうではみんな喜んでるよね。



 「うわーん、もう魔女だなんて思いません」

レインさんがミランダさんに抱きついて泣きだした。

 「おーよしよし、じゃあたまにシングを差し出しなさい」

「それは嫌です・・・」

・・・ミランダさんもシングが気になってたのかな?


 「ダリス、ドリス・・・お休みの日はいらっしゃいね」

ジーナさんは妖しく笑っていた。

 「ジーナさんがいらっしゃってもいいのですよ」

「あ・・・そうね。エディ、こっちにも色々持ってきておきましょうか」

「かしこまりました」

色々・・・なにをだろう・・・。


 「変態どもが・・・」

ティムさんはそれがなにか知っているみたいだ。

 「どういう意味ですか?」

「お前は知らなくていい」

「え・・・」

教えてくれないみたい・・・。



 「というわけで、いつでも遊びに来てねー」

四人を置いて、わたしたちはテーゼに戻った。

離れた感じはしない、今日はお別れの日なんかじゃなかったな。


 「おいリトリー。スワロの空気、こっちよりも澄んでる。定期的に吸い行け」

「わかりました。シアン、シング、そうしようか」

「うん」

「牧場で絞りたてのミルクが飲めるそうです。レイン様に案内していただきましょう」

モナコさんの言う通り、向こうの空気はこっちと違った。

リトリーさんにとってもいいものになったってことだよね。


 「俺もいい女探しにいこー」

「何言ってんのライズ、いい女は目の前にいるでしょ?」

ジーナさんがまたライズさんに触った。

 「・・・もうやめようぜ。母ちゃんの友達ってだけで罪悪感湧くからさ・・・」

「肉付きは好みだって言ってくれたじゃん。気になるなら口以外は隠すよ?」

「はっきり言うけどさ、五十過ぎてる割にはだ・・・俺、歳近い方がいいし・・・」

「あ・・・ひどーい・・・」

・・・これはどういうことなんだろう?

ジーナさんって、エディさんのこと好きなんだよね?


 「ちょっとライズ何考えてんのよ。ジーナさん泣かしたから責任取んないとね」

ミランダさんが悪そうな顔で近付いた。

 「知るかよ・・・おいエディ、あんたが慰めればいいだろ」

「事務所に遊びに行きますので」

「・・・おいニルス助けろ」

「え・・・はい。あの、とりあえず後日にしましょう」

お兄ちゃん・・・ちゃんと助けはしないんだね・・・。


 「あれ・・・そういやあんた仕事はいいの?」

「ミランダ・・・お前が言うな。つーか事務所まで送れ」

「わかったわかった。じゃあみんなまたねー」

日常に戻りつつ、それでもいい変化がたくさんある。

それはみんなが繋がったからなんだろうな。


 「お母さん・・・火山と繋がなくて本当にいいの?女神様にお願いすれば・・・」

シロがお母さんに抱きついていた。


 「いや、いいんだ」

「僕、今日は忙しいけど夜はお母さんと一緒にいるからね」

「わかった。じゃあ夕食はシロが来るまで待っているよ」

「シチューがいいな」

明日はお母さんがテーゼを出る日だ。

そして、わたしとお兄ちゃんも・・・。

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