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Our Story  作者: NeRix
気の章 第四部
441/481

第四百二十五話 肴【ハリス】

 闘技大会のすべてが終わった。

肩の荷が少しは軽くなった気がする。


 ・・・あとは酒場か。

今夜は誰と酌み交わそう・・・。



 「全員ぎゅっとしてあげるから並びなさい!」

ミランダ様の前に長い列ができあがった。

 明日は街の清掃、そして後日慰労会もある。

しかし、終わった直後の今でなければこの感動は味わえないのだろう。


 私は列に並ばない。

のちほど、彼女から来る・・・。


 「ルージュ様、おかしな男性はいませんでしたか?」

売り子の四人は、部屋の隅で待っていた。

さすがに邪魔はしないか。


 「大丈夫です。ヒルダさんはどうでしたか?」

「うーん・・・肩を抱いてくるくらいでしたね。運営の人が引き離してくれたので平気でしたけど」

「そうだったんですか・・・。気付きませんでした」

「たぶんルージュさんは、お母さんとお兄さんの存在があるからなにもされなかったんですよ」

それは当たっている。

怒らせてはいけないと、試合を見た全員が理解したはずだ。


 『逃がすわけないだろ。・・・殺した』

たとえばニルス様は、妹に危害を加えようとした男を葬った。

おそらくアリシア様も同じ・・・本当にやる方たち・・・。


 「俺じゃなくてお二人ですか・・・」

「ユウナギさんもですよ。手を出したらどうなるかわからないですからね」

「そうですね。それをした奴がいたら、探し出してルージュに頭を下げさせます。ルージュの気が済むまで」

「ふふ、頼もしいですね」

私もユウナギ様と同じだろう。

無論痛い目は見てもらうが、ルージュ様が無事であれば殺すまではしない。


 「いや、甘いぞユウナギ。殺してしまえ」

「アリシアさん・・・」

「またやる可能性があるだろう。口で謝っても心まではわからない」

「でも殺すって・・・殺人は犯罪だって知ってますか?」

・・・生き死にの戦場を経験しているかどうかの違いなのだろう。

 もう戦場は無いのだから気にせず聞き流せばいいのだ。

・・・助けるか。


 「アリシア様、競売のお客様たちはどうでしたか?」

「・・・もう二度とやらん」

「しっかり抱きしめたのですか?」

「やった・・・金持ちなだけあって、品のある者がほとんどだったよ」

そうではない者もいたのか・・・。

だが騒ぎにはならなかったようだ。


 「ニルス様は楽しめましたか?」

「まあね、同じアカデミーだった人たちがたくさん来てくれた」

「やってよかったでしょう?」

「・・・うん」

幸福な時間だったのか・・・。

 売り子をした闘士たちからの苦情は無い。

ならば、毎回やってもらおう。



 「私はティム様たちをお連れします。あなた方はもう出てください」

運営本部から人がいなくなった。

残ったのは酒場に向かう私たちと・・・あと一人。


 「早く連れてきてよね」

魔女が抱きついてきた。

やはりこうなる・・・。

 「あなたは街の運営本部にも顔を出すべきでは?」

「向こうも優秀だから大丈夫だよ」

魔女の涙はすでに乾いている。

失った水分は酒で補充するのだろう。


 「もうみんな酒場に集まっているはずです。お姉様も先に行ってしまいました」

「おーし急ごー。ニルス、あたしを運びなさい」

「・・・まあ、いいけど。あの・・・」

ニルス様が寂しそうな顔の第二王子に視線を向けた。

・・・誘われるのを待っていたのか?


 「あ、まだいたの・・・あんたも来る?」

ミランダ様がミルネツィオの背中を叩いた。

 「いえ・・・私は・・・。気を遣う者が多いと思いますので・・・」

そうか・・・シリウス様と違って顔を知っている者は多い。

 だが、これは駆け引きだ。

飼い主からの「来い」が欲しいだけ・・・。


 「はあ・・・一緒に行くよ。ニルス、黒髪貸してあげて」

「わかった。王子・・・これで変装すれば大丈夫かと・・・」

「あ・・・ありがとうございます」

すべて受け身・・・王の器ではありませんね。

 攻めっ気で言えばヘイン様の方が上だ。

彼は・・・すでに酒場へ向かったのだろう。


 「こいつあたしの部下だから普通に話していいよ」

「こいつって・・・王子ですよ」

「ああそうね。よーし行くよミルくん、あたしをおぶって運びなさい」

「はい!」

これは問題無い。むしろもっと仲良くなっていただきたい。

・・・操れれば、商会にとってもいい動きをしてくれそうだ。



 「失礼します」

衣裳部屋は静かだが、暖かい空気で満たされていた。

幸福な二人がいるからなのだろう。


 「素晴らしいですね。この時間内で描き上げましたか・・・」

シング様の絵は完成間近だった。

早すぎる・・・心持ちがいい証拠だ。


 「僕じゃなくて・・・筆に操られているような状態です」

「驚異的な集中力ですね。続けてください」

他の方たちは全員出ている。

防音の結界もあり、雑音が入らなかったのも要因ですね。


 「・・・人物をここまで描きたいと思ったのは初めてだったんです」

「あたしも色を作るの手伝ったんですよ」

レイン様の服には飛び散った絵の具が染み付いていた。

いい思い出になりそうだ。



 「じっとしてんの疲れたな・・・」

「私は幸せでしたよ」

「シング、見せろよ」

「私も拝見させていただきます」

ティム様とエリィ様が立ち上がった。

表情はとても柔らかい、幸福な時間だったのでしょう。


 「・・・似顔絵もそうだけど、俺の顔って本当にこうか?」

「はい、そのままですよ」

「ふーん・・・良く描きすぎじゃねーかって思ってさ」

「そんなことはありません。ティムさんは素敵な男性ですよ」

二人はできあがった絵を見て、より幸せそうに微笑んだ。


 「あたしもこういうの描きたいなー。幸せな顔を残す画家になりたい」

「僕がちゃんと教えるから大丈夫だよ」

見ているレイン様とシング様も同じような顔をしている。

この場にいる四人も、この先の未来に暗闇は無さそうだ。


 「今日は運べませんので、明日に取りに来てお届けしますね」

「そうか・・・長い時間悪かったな。・・・エリィ、こういうのっていくらすんだ?」

ティム様が引き出し手形を取り出した。

 そうですね、対価は払わなければならない。

こういう人間だからこそ、スウェード家で唯一好感が持てる。


 「あ・・・お代はいただいてます。はいシング」

レイン様が花柄の封筒を取り出した。

 「え・・・」「え・・・」「え・・・」

誰かが支払っていた。

それを知っていたのはレイン様だけのようだ。


 「ちょ、レイン・・・誰がくれたの?」

「えー・・・内緒にしてって言われたから・・・」

・・・何人か当たりは付くが、どなただろう?

 「おい、言えよ」

「こ、恐い顔しないでくださいよ。教えたらあたしの信用が・・・」

「黙っててやるよ」

「・・・ハンナさんです。絶対内緒ですからね!」

予想した中の一人だった。

母としてそうしたかったのだろう。


 「ハンナさん・・・んー、どんな人?」

シング様は面識が無いので困っている。

 「えっとね・・・ティムさんのお母さん?」

「お母さん・・・ティアナさんじゃなくて?」

「こら!」

レイン様がシング様の口を塞いだ。

さすがに事情は話していなかったか。


 「あはは、別にいいよ。もうなんも気にしてねーからさ」

「えっと・・・複雑なんですか?」

「レインが知ってるみてーだから気になんなら聞け。誰が喋ったんだろーな?」

ティム様はエリィ様を抱き寄せた。

もう恐れるものはなにも無いのでしょう。

 まあ、なんでもいい。

そろそろ・・・。


 「では、お二人とも早く着替えを済ませてください。酒場でみなさんお待ちです」

私も早く飲みたいのだ・・・。


 「えーと、衣装はどうなるのでしょう・・・」

エリィ様が寂しそうな目をした。

気にしなくてもいいことを・・・。

 「この部屋に置いていただいて構いません。明日回収し、綺麗にさせていただいたのちにお返しします」

「そうですか・・・よかったです」

「ステラ様からの贈り物です」

「のちほどお礼を伝えます」

この衣装はお二人の為だけに作られたものだ。

他に渡すわけがない。


 「エリィさん、脱ぐの手伝いますよ」

「あ・・・ありがとうございます」

レイン様が花嫁に付いた。

それでいい、急いでいただきたい。

 「あの・・・僕もティムさんを手伝ったほうが・・・」

「いらねーよ。気持ちわりー奴だな」

「・・・」

慣れていないシング様にはきつく言われたように感じたでしょうね・・・。



 「えー!!!!ちょ、ちょっと待っててください!!」

「あ・・・レインさん・・・」

レイン様が個室から飛び出してきた。

 まだ終わらないのか・・・。

これでは歩きのニルス様たちの方が先に着いてしまう。


 「ティムさん、エリィさんと口づけしたのって今日が初めてなんですか!」

「・・・」

「好きとか、愛してるとかも一度も無かったって聞きましたけど本当ですか!」

「・・・」

興味深い話だ。

・・・黙って見ていることにしよう。


 「レインさん、私たちは清い交際をしていただけですよ」

エリィ様も慌てた顔で出てきた。

清い・・・綺麗過ぎて気味が悪い。

 「いやいやいやいや、子どもじゃないんですよ」

「うるせーな。ニルスに勝つまでなんもしねーって決めてただけだ」

「すご・・・。よく待てましたね・・・」

逃がさないという執念もあったのではないだろうか・・・。


 「あんま俺らのことに口出すんじゃねーよ。お前らはやりたきゃやればいい」

「あの・・・あたしたちは・・・絵の師匠と弟子で・・・」

「へー・・・違うのか」

「・・・」

レイン様は俯いてしまった。

人に聞く割には、自分のことを言われると困るようですね。


 「あの・・・とりあえず着替えたいです・・・」

「す、すみません・・・」

二人は個室に戻っていった。

さっきの勢いはどうしたのか。


 「・・・お前どう思ってんだ?」

扉が閉まると、ティム様がシング様を指さした。

関わった以上、なにか助けになりたいのだろう。

 「え・・・どうと言うのは・・・」

「レインだ。お前の女じゃねーの?」

「僕の・・・よく・・・わからないです」

「ああ・・・そういうやつね」

シング様は本当にわからないのだろう。

ただ・・・大切にしたい存在だとは思っているようだ。


 「師匠と弟子・・・それでいいのか?」

「・・・」

「あいつ、お前からの言葉を待ってるんじゃねーの?」

概ねそういうことなのだろう。

 「僕からの・・・」

「お前は俺と違って考える時間がある。その気があるなら言葉を探してみろ」

「・・・はい」

シング様も俯いてしまった。

 きっと初めてのことなのだ。

まあ、私は何も言わないでおこう・・・。



 「では私に掴まってください」

二人の着替えが終わった。

早く酒が飲みたい・・・。


 「シング、影の旅だよ」

「レイン様、あなたを運んだ憶えは一度もありませんが」

「えへへ・・・カッコつけちゃった」

「私も初めてですね」

騒がしいがミランダ様ほどではない。

早く運んでしまおう。



 「来たぞ、闘神だー!!」「ニルスに勝つとは思わなかったよ」「この中で誰よりもデカい結婚式しやがったな」

ティム様が酒場に入ると、元戦士たちが酒を片手に集まってきた。

二人きりになれるのは、もっとずっとあとになるのだろう。


 「エリィ様、残念でしたね」

「いえ、これでいいと思います」

・・・できた方だ。


 「ラミナ教官こっちですー!お話聞かせてくださーい!」

奥からルージュ様の声が飛んできた。

 ・・・周辺のテーブルには女性しかいない。

スウェード家の子どもたちも一緒ということか。

 リラさんもその中にいて、私に気付き手を振ってくれた。

ただ・・・私は行けませんね。


 「あんな大声・・・。教えたことを忘れているようです」

「ここは酒場です。ご容赦ください」

「そうですね・・・。では失礼します」

エリィ様は微笑み、教え子たちの元へ向かった。

私はどうするか・・・。


 「シング、あのテーブル面白そうだから行こうよ」

「うん」

レイン様が見ていた席はたしかに面白そうだった。

エスト様、ライズ様、モナコ様、そしてユウナギ様・・・まずはあそこに行こう。



 「お前、なんで人の女しか抱かねーの?」

「普通に恋人作ってもいいと思いますけどね」

モナコ様とエスト様は、ライズ様の思考を解き明かそうとしていた。

シング様とレイン様がいてもいいのだろうか・・・。


 「比べさせんのが好きってのもあるけど・・・ガキができても面倒じゃねーからかな」

「は?え・・・正気ですか!」

ユウナギ様が怒りの混じった声を上げた。

・・・私にとってはいい酒の肴だ。


 「正気だよ。俺が知らねーだけで何人かいるかもな。ひと晩だけのもいるし、飽きたら会わねーし」

「そんなバカなことが・・・」

「旦那とか恋人いるくせに俺の方がいいってバカがけっこういるんだよ。人間としては付き合いたくね―女だ」

「・・・」

よくある話だが、純情な騎士にとっては衝撃だったのだろう。


 「ていうか何考えてんですか!責任を取ってないんですか!」

「責任ってなんだよ・・・本当に奪ったら旦那や恋人がかわいそうだろ?」

「は?そ・・・そんなことしてて、心は痛まないんですか!」

「あはは、落ち着けよ騎士くん。幸いなことに、俺は出るとこ出てる成熟した女にしか興味ねーんだ。だからルージュにはなんもしねーから心配すんな」

ライズ様は離れた席のニルス様を横目で見た。

たとえ成熟したとしても、絶対に手は出せないようだ。


 「当たり前ですよ!絶対に許しません!」

「落ち着けユウナギ、話を遮るんじゃねーよ」

「そうだよ。聞きたくないなら他のテーブルに行けばいいし」

「なんだこの人たち・・・」

女性はこの手の話が好きなのだから仕方が無い。

・・・リラさんもそうですからね。


 「ねえレイン、ライズさんって悪い人なの?」

「あたしもよく知らないんだよね・・・判断するために黙って聞いててみようよ」

二人は座ったはいいが、話に入れずにいた。

 ふふ、レイン様もこの話に興味があるようだ。

ただ、ライズ様に付いて行くような女性にはならないでほしい。


 「つーかさ、ユウナギって俺側だろ。なに熱くなってんだ?」

「は?」

「ああ・・・たしかに見た目はそっち側ですね」

「あはは、そういやそうだな」

言われてみれば・・・。

 「なんで俺がライズさん側なんですか!」

「エストちゃんが言った通りだよ。・・・奪う側の見た目」

「そうそう、シリウス押さえつけて目の前でセレシュを・・・」

「やるわけねーだろ!!」

ああ・・・楽しい・・・。


 「それによく考えたらやばいでしょ!赤毛の子が生まれたら破滅じゃないですか!」

「心配ねーよ。なんでか知らねーけど、赤毛は母親からしか遺伝しねーんだ」

「モナコさんは女性でしょ!こういうの許せるんですか!」

「あたしには関係ねーからな」

モナコ様は言いながら私のグラスに酒を注いでくれた。

騒がしくていい・・・。


 「騎士くん、酒場だからって大声はやめようぜ。それと、少し考え方を変えてみろ」

「考え・・・どういう意味ですか?」

「なんで俺が悪いんだよ?相手がいんのに付いてくる女が悪いだろ。後先考えらんねーバカに同情とかいらねーんだよ」

「う・・・それはそうかもしれませんが・・・」

ライズ様の主張は正しい。

もちろん、わかっていて誘うのもどうかしてはいる・・・が、女性も断ればいいだけの話だ。


 「たしかに俺はけっこう迫る。でも脅したりはしねーよ。つまり、夫や恋人を本当に愛してるなら断るんだ。絶対無理かは何回か聞けばわかるから、俺だって諦めるよ」

「ライズさん、押しに弱い子もいると思いますよ」

「エストちゃん、押しに弱いなんて言い訳なんだよ。なにがあっても揺らがねーのが愛だろ?勢いに流されて過ちを犯すとか、そうなっちまうバカが悪いんだ」

「ライズさんから愛って言葉が出るとは思いませんでした。素晴らしいですね」

今度はエスト様が酒を注いでくれた。

果たして、ライズ様は本当に愛した女性がいるのだろうか・・・。


 「でも、発散したいんなら娼館にでも行けばいいじゃないですか。無茶してもいいとこだって探せばありますよ」

「・・・仕事女は絶対無理だ。死んだ母ちゃん浮かんで萎えるんだよ・・・」

「あはは。ライズ、お前には母親みてーな女が合うと思うぞ。それなら絶対裏切れねーだろ?」

「・・・そういうこと言うんじゃねーよ。酒が抜けちまう」

ライズ様はグラスの酒を飲み干した。

この男を操るには「母親」に対する情を揺さぶればいいわけか・・・。


 いずれ戦場の島に私たちの家を作る。

才能はあるようなので、任せてもいいと思っていた。

 今の話は、他の依頼を先送りにしていただく時に使うことにしよう。

さすがに毎回「ニルス様」を出すのは気の毒ですからね。


 「けどお前、ガキのいる女には行かねーんだろ?」

モナコ様がさらに踏み込んだ。

 「それやる奴は軽蔑するね。見つけたら俺がぶん殴りに行くから教えてほしい」

「いるいねーで何が変わるんだ?」

「旦那は別に知らねーけど、ガキは母ちゃん帰らねーとかわいそうだろ」

子どもから親を奪う可能性があることはしないようだ。

自分の過去もあるからなのだろう。


 「クズにも矜持はあるんだな。お前の母親はそうだったのか?」

「ああ・・・尊敬してるよ。大事な日とか、俺が具合悪い日とかは早めに切り上げて帰ってきてくれた」

「金やいい暮らしよりも大事なことだ。それがわかってる女じゃないか」

「ああそうだ。本当はもう楽させてやるはずだったのにさ・・・。客ぶん殴って、それから荒れちまったのも・・・母ちゃんが死んじまってどうでもよくなったのもあったんだと思うよ・・・」

ライズ様は遠い目をした。

それを無理矢理矯正したのが少年のニルス様というわけか。


 「ライズさんも・・・お母さんを亡くしているんですか?」

シング様が話に加わった。

こんな男でも、無垢な少年との共通点がありましたね。



 「シング・・・お前を俺の弟にしてやる・・・」

ライズ様はシング様の生い立ちを聞いて泣き出した。

やはり、情で操れる・・・。


 「お前と俺の母ちゃんは一緒だ・・・。ガキのために必死に・・・。く・・・」

さらにシング様を抱きしめた。

 「おおーーー!!!!」

「エスト・・・騒ぐな」

気が付けば一番異様なテーブルになっている。


 「シング、なんか困ったら俺に言えよ。兄ちゃんが絶対に助けてやる・・・」

「あ・・・え・・・」

「女の落とし方も教えてやる。なんでも聞けよ?」

「ライズさん・・・そういうことシングには教えなくていいです。それと、早く離れてください」

レイン様は複雑な顔だ。

あまり汚してほしくはないのだろう。


 「私は他へ移ります」

立ち上がる前に、全員のグラスを満たしてやった。

・・・次は、もう少し落ち着いたところに行こう。



 「ご一緒してもよろしいですか?」

「いいですよ」

「どうぞ」

カウンターにノア様とスノウ様がいた。

騒がしい中でも、二人だけの世界を作れているようだ。


 「大会はどうでしたか?」

ノア様には酒を、スノウ様にはハチミツミルクを用意した。

 「大会よりも結婚式の方が印象的でした」

スノウ様はうっとりしている。

 あれは多くの女性が憧れるようなものだったと思う。

現に闘技場から出て行く女性たちも、スノウ様と同じような顔をしていた。

衣装、会場、演出、楽団、王とおよそ五万からの祝福・・・他にできる者はいないだろう。


 「僕もそうですね。戦いは戦いで熱くなりましたけど、あれで全部飛んじゃいましたよ」

「口づけに合わせて音と歌が始まった時は感動しました。二人で手を繋いで泣いちゃったんですよ」

「ああいった演出は、すべてステラ様ですね」

精霊たちを全員使った。

あそこまでの雰囲気を作り出せたのはそのおかげだ。


 「あと、僕が感動できたのは・・・二人をずっと見てきたからですね」

ノア様はグラスを揺らした。

 「というより、仲間だからでは?」

「あはは、そうですね。仲間でもあり、友人でもあります」

友人・・・その言葉に私の心が反応した。

 一番に浮かぶ顔・・・まだ色褪せずに記憶の中にいる。

せっかくの宴、悲しい気持ちになりたくは無かったのですが・・・。


 「ハリスさん?」

「・・・すみません。他の方ともお話してきます」

席を立った。

もう少し、年齢の高い方の所に行きたい・・・。


 「スノウ様、想いは伝えたのですか?」

離れる前にそっと耳打ちした。

ミランダ様から話は聞いていたが、進展があったのかはまだ把握していない。


 「あと・・・三日以内には・・・」

「恐れることはありませんよ。踏み出せば、差し上げた絵と同じ未来に歩き出せると思います」

「・・・ありがとうございます」

応援するのは魔女の言葉があるからだ。


 『そこはいい手があるから大丈夫よ。あたしは部下のためにちゃんと動いてあげるんだから』

ノア様がスワロに移ってしまうことを心配した時に言っていた。

どんな手かはわかりませんが信用していいでしょう。



 「美容水のお風呂はダメだったんだよね。目に見える変化は無かった・・・」

「試したのか?よくやるよ・・・」

年齢の高い方たちのテーブルを見つけた。

 「あんたよりも年上なんだからなんでも試さないと」

「恐ろしいな・・・。あたしもそうなるのかもしれないのか・・・」

大人と話したいと思ってはいたが、あのテーブルに行くべきかどうか・・・。


 「お二人はとても魅力的ですよ。その証拠に、食い入るように見ている方もいらっしゃいます」

気付かれてしまった。

 あの方は私と性質が似ている。

敵にしてはならない人間の一人だ。


 「・・・なんだハリスか。あたしたちを抱きたいのか?」

メルダ様がいやらしく笑った。

誰が魔女を抱くものか・・・。


 「あなたって会えば頭は下げるけど、うちには絶対に来ないよね?」

ジーナ様も艶めかしく唇をなぞった。

・・・リラさんがいなかったとしても好みではない。


 「奥様と遊びにいらしてもよろしいのですよ。上等の紅茶をご用意します」

エディ様も妖しげだ。

視界に入れたのが運の尽き・・・。


 「いつの間に交流を持つようになったのですか?」

投げかけられた話には答えない。

適当にあしらったら他へ行こう。


 「こっちに来てからだ。気が合いそうだったからね」

メルダ様はジーナ様ではなくエディ様を見て言った。

私の知らない繋がりでもあったのだろうか?

 「お互い見せ合おうって話したんだけど、べモンドが嫌がったのよね」

「あたしもやだよ・・・」

「娼館やってるくせに新しい快感が怖いのね」

「・・・秘めておくのがいいのさ」

それは同感だ。

 私たちは獣ではない。

進んで誰かに見せるのは、同じ趣味を持つ者同士でやればいい。


 「・・・離れましたね。少し、お話をしてきます」

エディ様が立ち上がった。

 「連れてきてもいいよ」

「ジーナ様もいかがですか?」

「私はいいよ。どうにかなった時にしか興味無い」

「ふふ・・・すぐに戻りますので」

見つめていたのはスウェード家の家長。

・・・興味深い。


 「ご一緒してもよろしいですか?」

「構いませんよ」

エディ様は嫌がらずに笑顔で許しをくれた。

隙の無い方だ。


 「ティム様のために説教でもされるのですか?」

「いえ、メルダ様がかなり言ったようなので私は慰め担当ですね。それに・・・子どもたちも近くにいるではありませんか」

「慰め・・・なにか、個人的な感情があるのですか?」

「いえ・・・ありません」

・・・読めないですね。

 『なあハリス、記憶を読む力・・・欲しかったんだろ?』

条件が厳しすぎるので断ったが、こういう時に欲しい力だ。



 「おや・・・またお会いしましたね」

「あなたは・・・」

エディ様は偶然を装いティアナに語り掛けた。

・・・また?いつ会っていたのだろう?


 「空いているテーブルがありますね。私たちと少しだけお話しをしませんか?」

エディ様が椅子を引いた。

 「・・・」

ティアナは素直に座った。

つまり、言葉を交わしてもいいと思われている?


 「ハリス様もどうぞ」

「ありがとうございます」

「飲み物も必要でしょう。お待ちください」

・・・気の利く方だ。



 「ティム様とエリィ様、お二人の幸福な顔はご覧になっていましたか?」

「・・・見ていた」

「彼らはどちらが上ということはありません。支え合い、共に歩く・・・素晴らしいことですね」

「・・・もうわかっている。エリィの父もルコウで嫌な思いをしたらしい。・・・変えていこうと思っている」

ティアナは話しながら頬を染めていた。

エディ様に惹かれるものがあったのだろうか?


 「いえ、変えるのはスウェード家だけでよろしいかと思います。ルコウの人間や土地柄が好きな方も多くいらっしゃいますから」

「・・・変える必要がない?」

どう変えるつもりだったのかはわからないが、土地柄はそのままでもいいというのは賛成だ。

 「極端な地域ではありますが、不満がある者は出て行くでしょう。そして住みたい者が入ってくる。それでいいと思います」

「たしかに問題がいくつもあるとは思っていたが・・・」

「異常とも言えるのはスウェード家だけですよ。他は許容内です」

「あなたは・・・ルコウにいたことがあるのか?」

ティアナの疑問は私の頭の中にも浮かんだ。

彼は何を知っているというのか・・・。


 「・・・さあ、どうだったでしょう。ハチミツ酒・・・真夜中蜂のものは甘いので飲みやすいですよ。ルコウのりんご酒もそうですね」

エディ様は酒瓶をティアナに勧めた。

 「誤魔化すのか?」

「私の人生はテーゼに来てから始まりました。それ以前のことは、どうもぼやけてしまっています」

エディ様の言葉に曇りは無い。

それ以前か・・・魔女に調べさせてもいいですね。


 「ただ、あなたとあなたの三人の子どもたちはなぜか気になりますね」

「理由を言え・・・」

「忘れてしまいました。・・・ジーナ様から戻れと指示がありましたのでお話はここまでです」

エディ様が立ち上がった。

 餌に食いついた所で離れるのか。

真意は、彼とジーナ様くらいしかわからないようだ。


 「待ってくれ!また・・・話したい」

ティアナがエディ様の腕を掴んだ。

スウェード家の家長が、男と語らいたいか・・・。


 「私たちのテーブルにいらしてはどうですか?あちらです」

「いや・・・それは・・・」

ティアナはそこにいるメルダ様を見てためらっていた。

あれがいなければ行ったのだろう。


 「ふふ、わかりました。では・・・お時間のある時にこちらへ」

「・・・あなたの家か?」

「はい、ジーナ様と共にお待ちしています」

「・・・二人では・・・会えないのか?」

ティアナはまだ腕を掴んだままだ。

ここまでこだわるということはなにかある。

 

 「ジーナ様は心配性なのです。買い出しも遅すぎるとお怒りになるのですよ」

これは真実なのだろうか・・・。

 「そうか・・・愛されているのだな」

「私も愛しています」

エディ様は堂々と言い放った。

誘惑とはまた違う気もするが、それに負ける男ではないようだ。


 「わかった・・・」

「男性が必要であれば、ここにたくさんいらっしゃいますよ」

「なぜだろうな・・・。あなたでなければいけないと・・・そう思ったんだ」

ティアナの目が潤んでいる。

 ・・・酔っているのか?

ほぼ初対面の男に、ここまでこだわる理由が他に見つからない。


 「そう思うのが、もっとずっと昔であれば・・・」

「あ・・・」

エディ様がティアナの手をほどき、自分に引き寄せた。

抵抗は無い、期待があったということだ。


 「共に歩く今があったのかもしれませんね」

「あなたは・・・とても暖かい・・・」

男性に抱きしめられる・・・彼女にとっては初めてのことだったのだろう。


 見ていた一人が黙り、近くの者の肩を叩く。そして叩かれた者がまた別の肩を・・・。

気付けば、多くの視線が二人に集まっていた。


 「ふふ・・・今回は触れても大丈夫なようですね」

「・・・今回?」

「言ってみたかっただけです。それと先日もお伝えしましたが、父親役が必要であれば声をかけてください。ジーナ様からそうしろと申し付けられていますので・・・いつでも・・・今夜でも構いません」

「彼女は・・・心配性なのではないのか?」

「ふふ・・・場合によります。では、待っていますね」

エディ様は、多くの目に気付いてはいるが余裕だ。

「そうして当然、なにも気にしていない」という顔で愛する女性の元へ戻っていった。


 心に秘めた思い・・・誰もがそれを持っている。

彼の過去を知ること、魔女に調べさせるのでは味気無い。

何年かかってでも聞きだすことにしよう。


 さて、次は誰と飲み交わそうか・・・。

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