第四十一話 精霊の城【ニルス】
『この先精霊の城。宝もなにもないので引き返してね』
立て札を信じるなら、本当に精霊の城がある・・・。
宝があるかないかはどっちでもいい。
この目で未知の世界を見ることが、オレにとって宝になるからだ。
「もう明かりは大丈夫みたいだよ」
ミランダが左手の炎を消した。
「・・・本当だ」
洞窟の奥からぼんやりとした光が見える。
太陽の明るさとは違う淡い光・・・なにかあるんだ。
◆
もうじき光の元が見える・・・。
「ニルス、夢だったんでしょ?先に見せてあげるよ」
ミランダが後ろに下がって、オレの背中を押した。
「こ、心の準備が・・・」
「こら、足に力入れないでよ」
お尻を叩かれた。
「ちょっと深呼吸させ・・・」
「無理でーす」
「待て・・・。あ・・・わあ・・・」
視界に光の正体が飛び込んできた。
すごい・・・。
「さてあたしも・・・お・・・おおーー!!」
ミランダが大きな声を上げた。
そりゃそうなるよ・・・。
「ちょっとちょっと、これが精霊の城?」
「たぶん・・・いや間違いないよ」
明かりの正体は、輝く水晶でできた城だった。
なにかを反射してるわけじゃなくて、城そのものが光っている。
「綺麗・・・神秘的ってこういうのを言うんだね」
洞窟の奥、かなり開けた空間に異様な存在感・・・。
「光の魔法・・・だよね?」
「どうやって建てたんだろう・・・」
想像以上の景色だった。
テーゼにある王城よりは小さいけど、すべてが水晶でできているみたいだ。透明感があるのに中は一切見えない。
こんなの人間には作れないな。
精霊・・・この中には・・・精霊の王がいるんだ。
「はあ・・・はあ・・・なんか意識しないと呼吸すんの忘れちゃうね」
ミランダが胸を押さえた。
・・・オレもそうだ。
「で・・・どうよニルスくん?」
「うまく言えない・・・」
目の前がぼやけてきた。
この光景はずっと残るんだろうな。
「やっぱり・・・ロゼも一緒がよかった・・・」
友達の顔が浮かんできた。
別れたのはたった二日前・・・。
「じゃあさ、もし王様と仲良くなれたら招待してもらおっか」
「うん・・・見せたい」
本当は今一緒がよかったな・・・。
「あれれ?あんたってもしかして、ロゼのこと好きだった?」
「うん・・・友達って言ってくれたから・・・」
「ああ・・・そういうことね」
ミランダが微笑んだ。
友達・・・もっとたくさん作りたいな。
「ちなみに・・・あたしが夜に剃り師とか行ってる時って二人でなにしてたの?なんか聞けなかったんだよね」
「夜か・・・ミランダが来るまで、酒場で酔っ払い相手に絵札で賭けして遊んでた」
「そうなんだ・・・」
「オレは見てただけ、相手が負け続けて怒った時用だね」
ロゼは強かった。
・・・当然か。
『ダメだよずるしちゃ・・・』
『へ・・・』
『・・・すり替え、かなりやってたでしょ?』
『見えてたんだ・・・ニルスとは遊べないわね』
薄暗い酒場だったけど、かなりの度胸だ。
まあ、相手はみんな酔ってたからな・・・。
「まあいいや、とりあえず・・・行ってみよっか」
「そうだね。精霊の王と友達になって、ロゼも呼んでいいか聞いてみよう」
「いいよって言われたらロレッタ戻んないとね。あはは、ちょっと恥ずかしー」
「たしかに・・・しばらく会えない別れ方だったしね。・・・少し空けよっか」
色んな所に行って、楽しい話をたくさん用意できたらにしよう。
そしたら旅に興味をもってくれるかもしれない。
◆
「・・・なんか静かだね。誰もいないって感じしない?」
入り口の門の前でミランダが首を傾けた。
「ほんとに王様とかいんのかな?」
荒城ってわけじゃないけど、誰かが出入りしている様子は一切無いみたいだ。
「まあ・・・悪いものも感じないし、誰もいないなら勝手に見せてもらおう」
「あたしたちのにしてもいいってこと?」
「・・・本当に誰もいなければね」
「じゃあ、まず開けないと。・・・ニルスがやってよ」
大きな門はしっかり閉じられている。
重そうだけど・・・。
「あ・・・」
押してみると、見た目よりもずっと軽くてあっさりと開いてくれた。
・・・入っていいってことだよな?
「ふー・・・」
今度は深呼吸をさせてもらった。
「はあ・・・」
ミランダも合わせてくれた。
そうだ、さっきのお返しを・・・。
「今度はお先にどうぞ」
ミランダの背中を押した。
「え、ちょ、まだ心の準備が・・・」
でも抵抗は弱い・・・。
よし、オレも中に行こう。
◆
「ん・・・」
城内に入った瞬間、薄気味悪さを感じた。
内と外でまったく雰囲気が違う。
壁や床・・・というか水晶は、今できあがったって言ってもいいくらい磨かれていて、オレとミランダを映し出している。
綺麗過ぎる・・・だから気味が悪いのか?いや・・・そういうんじゃない感じもするな・・・。
「わあ・・・広い・・・。どこからにする?」
ミランダはそこまで感じてないみたいだ。
「上?それともあっちの扉?」
「そうだな・・・」
入ってすぐの広間には、二階に続く階段と左右に扉が一つずつある。
勝手に入り込んだわけだし、王がいるなら先に挨拶をした方がいいな。
テーゼの王城だと、玉座は上にあったっけ・・・じゃあ一緒か?
「二階に行ってみよう。たぶんだけど、玉座の間があるはず」
「ああ・・・まずご挨拶ってわけね。そうしよっか」
違ってたら全部調べればいい。とりあえず動かないとね。
「いい音・・・」
水晶の床は、歩くたびに澄んだ高い音が鳴る。
「階段もだよ。一段ごとに音が違う・・・踵に鉄入ってるやつだともっといい音しそうだね」
これなら侵入者が来たらすぐにわかるだろうな。
奥にいるなら気付かれてるかもしれない・・・。
◆
「あ・・・」
階段を上り、扉を押した。
これも水晶・・・オレよりも磨くのが巧い・・・。
「・・・鍵は無し?」
「うん、門と同じで軽い・・・」
「・・・この先みたいね」
「きっとそうだよ」
目の前には長い廊下があって、その奥にまた扉がある。
きっとあの先に玉座の間があるんだ。
◆
「どんな見た目だろうね」
「やっぱりおじいさんみたいな感じじゃない?」
二人で長い廊下を進んだ。
足音がやけに響く、忍び足も通用しないみたいだ。
「じゃあ今度はあたしが開けるよ。お・・・これも軽いね」
ミランダが幼い顔で扉に手を当てて、ゆっくりと押した。
今だけ年下に見える・・・。
「そーっとね・・・どう?玉座はあった?」
「遅すぎる・・・ちょっとしか見えないよ」
「まあまあ・・・」
中の様子が隙間から少しずつ見えてきた。
・・・向こうの色も同じっぽいな。この城は、どの部屋も全部水晶で・・・。
「下がって!!」
ミランダの腕を掴んで後ろに引き戻し、扉を急いで閉めた。
なんだ今の・・・。
中には甲冑を身に付け、剣を抜いた兵士が並んでいた。
たぶん人間じゃない、城と同じように水晶・・・そういや、あの狼も・・・。
「なに?なんだってのよ?」
おもいきり引き離したせいで、ミランダは尻もちをついて驚いている。
「え!!ちょっ!!なによ!!!」
ミランダが立とうとしたと同時に扉が壊され、兵士が剣を振り上げながら襲い掛かってきた。
やっぱ、動くのか。
「あの・・・王にご挨拶を・・・」
攻撃を躱しながら話しかけてみた。
「・・・」
それでも兵士の剣は止まらない。
言葉は・・・通じないのか。
十人・・・奥にもいる。全部で・・・三十くらいか?狭いとこで戦うの苦手なんだよな。
「ニルス!」
「大丈夫、オレより後ろには通さない。壁を背にしてて!」
「・・・」
ミランダはすぐに廊下の壁に背中を付けた。
これで死角からの攻撃は防げる。まあミランダに攻撃は・・・させないけどね。
「やられても文句言うなよ!」
胎動の剣を抜いて構えたところに、一番前の兵士が斬りかかってきた。
・・・大丈夫だ、そこまで速くない。
「仕掛けてきたのはそっちだからな!」
躱して蹴りを打ち込み、追撃で剣を兵士の頭に突き刺した。
殺すつもりで来てるなら容赦しない・・・。
「いっしょか・・・」
嫌な感じがした。
突き刺したのに血が出ないし、蹴っても苦しんだり痛がったりしない。
洞窟前にいた狼と同じだ。
数が多いと戦場を思い出すな・・・。
こいつらが似過ぎてるのもある。魔族みたいに嫌な感じは無いけど、甲冑の奥で光る眼とか、声を一切出さないところはそっくりだ。
「・・・はあ」
感覚が戻ってきて吐き気がしてくる。早く終わらせてミランダを安心させないと・・・。
嫌な時は終わった後のことを考える。
これもあの頃と同じ、あと・・・何体いるんだろ・・・。
◆
兵士は残り五体・・・。
もう負けるってわかってるはずなのになんで向かってくるんだろ?
「あの・・・何か言ってください」
「・・・」
意思の疎通ができればいいんだけど・・・。
「最後までやるんですね?」
「・・・」
「・・・わかりました」
何回か斬られた。
浅い傷だけど、肩と太ももから血が出ている。
数が多いし、狭い廊下だから躱しきれないのは仕方ないけど、痛いのはやだな・・・。
「ニルス、ケガしてる!」
ミランダが不安そうな声を出した。
わかってるよ・・・もう終わる。
「あなたで最後です・・・」
「・・・」
最後の一体は、仲間がいなくなっても向かってきた。
同じ状況ならオレは逃げる・・・。
「まったく・・・」
払った剣で、兵士の首が落ち・・・そして消えた。
「終わったの?」
「たぶん」
「すぐ治すから・・・」
ミランダが壁から離れた。
・・・嬉しい。
◆
「・・・さっきみたいに深くないね」
ミランダが治癒魔法をかけ始めた。
「ねえ、あいつらどう思う?」
「あたしがわかるわけないじゃん・・・。でも、奥にはもういないみたいだね」
「うん・・・」
「治るまでじっとしてなって」
ミランダの治癒はとても暖かい。
素質の高いティララさんや治癒隊の人たちみたいに一瞬では治らないけど、オレはこっちの方が好きだ。
『ニルス、ケガをしたのか?母さんが治してやろう』
『なんか・・・あったかい』
『そうか?母さんに治癒の素質はないんだ。気持ちだけだな』
・・・アリシアのもそうだった。
あの頃は、まだオレを見ててくれたっけ・・・。
「はい、今回は痕が残ってないよ」
ミランダがオレの太ももを叩いた。
右腕の傷痕、気にしてるのかな?
「別に残ってもいいんだけど」
「・・・なんで?傷痕なんてない方がいいじゃん」
「えっと・・・ふふ」
恥ずかしいから笑って誤魔化した。
『弱くても、頑張って治してくれたのが嬉しかったから』
・・・次はちゃんと言いたいな。
「あのさ・・・変な趣味は共有しなくていいからね」
ミランダは、なんとも言えない顔をして肩の治癒を始めた。
「・・・変?」
「いや、別に・・・。色んな考え方の人いるしさ」
「え・・・」
「じっとしてて」
おかしな勘違いをされてる気がする・・・。
◆
傷も癒えて、二人で玉座の間に入った。
・・・もう兵士はいない。
「・・・もしかしてだけどさ、精霊の王様はさっきの奴らにやられちゃったんじゃない?」
「どうだろう・・・たしかに誰もいないけど・・・」
まだ全部調べたわけじゃない。でも、ミランダの言う通りなのかもしれない。
・・・だとしたら、あいつらはなんなんだ?
この城には、まだあいつらの仲間が潜んでいたりするのか?
◆
ひと通り玉座の間を調べた。
見つけたのは、また奥へ続く扉・・・。
「・・・開けるの?」
ミランダがオレの背中に周った。
「誰もいないし気になるよね?」
「開けろってことでしょ?」
「あんたもその気でしょ?」
「・・・この城で何があったか、手がかりがあるかもしれない」
オレは扉を少しだけ押して、次の部屋を覗いた。
・・・今度は誰もいない。
◆
扉の先には狭い部屋があった。
「ちょっとだけ雰囲気違うね」
「そうだね・・・」
向かって左にテーブルと椅子が二つ。反対側には、鏡は無いけど化粧台が置いてある。
「ねえニルス、テーブルになんか彫ってあるよ。シ・・・ロ・・・メピ・・・ル?名前かな?」
「そっちの化粧台に・・・なにかある」
光を反射しているものが見えた。
小さい・・・。
「なんだろ・・・お宝?」
「見せて」
ミランダが手に取ったのは、白い宝石が付いた首飾りだった。
たぶん見ればわかる。石の知識は、父さんから教わっ・・・。
「それに触るな!!!」
突然のことに体が固まった。
怒鳴り声・・・部屋の奥から・・・。
「早くそれを戻して出てって!!!」
いつの間にか、ミルク色の髪をした男の子が立っていた。




